11 / 14
─
10.帰宅
ベッド脇にある時計を確認する。
もうこんな時間か。
「鷹也…時間、そろそろ出るぞ」
隣でひと眠りしていた鷹也がもぞもぞと身体を起こした。
「やべ、寝てたわ。おけ、出るか」
二人してぼんやりしながらホテルを出た。
あてもなく繁華街をうろついた後、そろそろ時間が気になりだした。
「そろそろ帰らないか。遅いとあの人心配する」
「あの人?」
「あぁ、母親だ。少し心配性というか過干渉なんだ」
「へぇー、和美ちゃんの母さん、そうなんだ?何か意外…でも、納得かもな。和美ちゃんの性格を見れば」
どういう意味だ。とはいえ、偏屈な面があるのは母親のせいなのは違いない。兄が少し羨ましくなる。
「じゃ、次は学校で!」
駅前で分かれ、電車に乗り込む。
今日の余韻がいつまでも消えない。分かれたばかりなのに少し寂しく感じた。
自宅に着くと、玄関に母の靴がないのを見つける。
あれ、まだ帰ってないのか。珍しく外出か?
リビングに荷物を起き、そのままキッチンで手洗いを済ませる。冷蔵庫からお茶を取り、コップに注ぎ入れるとテーブルに移動する。そこで紙が置いてあるのに気づく。それを取り上げて読む。
『和美へ おばあちゃんの家に行ってきます。帰りません』
その文字を見るなり脱力感が押し寄せる。
なんだ、帰らないのか。居ないのを知っていたらもっと…。
けど、助かった。あの人が居たら気を使う。親に気を使うなんておかしなことだが、俺はあの人の気配りや心配が余計なお世話だと思っていた。あの人は田舎の祖父母の家で静かに暮らした方が健康に生きられるのではないだろうか。
子供に気ばかりやるから神経質になって頭もおかしくなるんだ。
ため息が自然と出る。
あまり、望みは無いが掛けてみるか。
ケータイを取り出し、祖父母の家に電話をかけた。すると、祖母が出た。
「良かった、ばあちゃんが出てくれて」
『急にあの子が来て、ビックリだよ。いま困ってない?』
「大丈夫。それより、しばらく母さんをそっちで見てやってくれないか」
思い切って言ってみた。しばらく向こうで無言が続いた。その時間がやけに長く感じた。そして、ため息が聞こえた。
『和美も苦労かけたね。ひさしぶりに見たあの子のやつれた顔を見て私もその方がいいと思ってたところだよ。あとはばあちゃんに任せて。勉強頑張ってね』
「ありがとう。母さんをよろしく」
電話を切って、張り詰めていたものが一気に剥がれ落ちてソファに倒れ込む。
良かった…何とかなった。俺が1人前になって家を出るまで母さんには田舎で暮らしてもらうのがきっといい。
「和美」
名前を呼ばれて飛び起きる。
「そんなところで寝るな。風呂はいって寝ろ」
「父さん、おかえり」
「あぁ。そうだ、これやる。お祝い」
プレゼント包装になった包みを渡されて驚く。どういうことだ?
「お祝い?」
「今日、メールで母さんが和美に恋人出来たってはしゃいでたぞ」
「あぁ…」
力なく返事をし、ため息をついた。そんな俺を父さんは苦笑をもらす。
「お前が一番、母さんに苦労させられたもんな。さすがに俺も同情するよ」
他人事みたいに言う父さん。俺にはその理由が分かっていた。離婚はしていないし夫婦仲も悪くない両親だが、明らかに二人の間に線引きがあるように思う。母は相変わらず男前な父にいまでも恋してるみたいだが、父の方はむしろ愛情は無いように思える。
そんな父の思惑に確信を持つ出来事を俺は見ているので父と2人きりになると不思議な空気がいつも流れる。
「…父さん、離婚しないのか」
「…どうだろうな。息子から離婚を進められるのも変な感じだな」
「もういいんじゃないか。あの母さんだ。そのうちバレるぞ」
どちらかが冷めていると温度差の違いにそのうち気づいていくはずだ。
「和美は良い奴だな。自慢の息子だ」
頭をわしわしと撫でられて有耶無耶にされてる感じがしてあまり嬉しくない。
「悪いな、和美。もうしばらく、お前と2人だけの秘密だ。そろそろどうにかしないといけないのも分かってるけどな。俺も覚悟が必要だからさ」
父と会話は親子というより、仲のいい友達みたいな感覚になる。父が許されないことをしているのを分かっていても黙認している。それも全部、父の人柄によるものかもしれない。
「俺の話もいいけど、和美はどうなんだ?彼氏かっこいい?」
俺は驚いて、口を抑える。あやうく声が出るところだった。
「な、なんで知ってるんだ!?」
「何でって、そりゃ、和美が行った場所を仕事で通ったから。これでお互い様だろ?俺だけバレてるのはフェアじゃないんじゃないか?」
いや、それとこれでは全然わけが違う!
父さんのは後ろめたい感じのだろ!
「はぁ…何か疲れた。母さんは実家に帰したから少しは楽になるんじゃないか。俺も、父さんも」
「そうか。ありがとう」
「世間体もあるから早く離婚してくる方が助かるけどな。母さん居ないからって家に人連れ込むなよ」
「うっ…分かったって。離婚は絶対するから、もう少し待ってくれ。…アイツのためにも早い方がいいしな」
最後の一言には目を瞑り、父をリビングに残し風呂に入り、そのあとすぐ眠った。
ともだちにシェアしよう!