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第4話
「カンパーイ!」
居酒屋が混雑する時間帯、周りが賑やかな中、侑吾と友樹と光太郎の三人がグラスを合わせる。
「いやー、予定が合ってよかったな」
侑吾はメニューを見ながら、何を頼もうか迷っている。
「忙しくて予定が合わないのは侑吾だろ」
光太郎が言う通り、侑吾はバーでバイトをしているので、なかなか夜時間を合わせるのが難しかった。
以前から計画していた飲み会だが、ゼミやらバイトやらデートやらで案外予定が詰まっている侑吾の都合が合わず、延び延びになっていた。
今回も予定が決まったのは数日前で、個室を確保できたのは運が良かったからだ。
「侑吾のお店にも行かなくちゃね。光太郎付き合ってよ」
侑吾がバイトをしているのは、侑吾の従兄弟が経営する洒落た雰囲気のバー。大学と深夜のバイトの両立は大変だが、時給が良いのと、親戚がオーナーだから、シフトの都合をつけやすい、と大学一年のころから続いている。
「友樹さんはバイトしてないの?」
友樹の誘いに、良いよ、なんて気楽に答えるほど勇気は光太郎になく、話をそらした。
「俺はたま~に、単発で家庭教師のバイトをしてるよ。それより、光太郎、そろそろ俺のこと呼び捨てでいいんじゃない?この前秘密を語り合った仲だし」
いたずらっぽい笑顔を浮かべて、向かいに座っている友樹が、光太郎のほうを見つめる。
「え!なんだよ、秘密を語り合うって何の話?光太郎、友樹に変な事されてないだろうな」
「変なことってなんだよ、ただこの前たまたまカフェで友樹さんに会って」
「そうそう、そこで、二人だけの秘密…っていうか侑吾も知ってることなんだけどね」
友樹の匂わせるような物言いに、侑吾は怪訝そうな顔をしている。
「まぁ、大きい声で言うことじゃないけど、俺がゲイだってこと…」
2人にはとっくに知られていることを口にしただけなのに、自分がゲイだと口に出すのはやはり恥ずかしさがあって、光太郎は顔が熱くなった。
侑吾が隣にいる光太郎のほうを見る。いつもとは違う真剣な顔だ。
「光太郎、良かったのか?嫌な思いしたとかないよな?」
自分の事情を知っている侑吾が、そんな風に気遣ってくれるのが、光太郎は嬉しかった。
「大丈夫。ゲイじゃないかって聞かれて、嘘をつくのも変だと思ったから、そうだって答えただけだよ」
「ならいいけど」
侑吾が友樹に向き直った。少し怒っているように見える。
「そういうのってわかるもんなの?急に聞くなんて、間違ってたらどうするんだよ」
「それは何となく、としか答えようがないね。特に光太郎のしぐさや目線に違和感があったわけじゃないよ。それに、これまで間違えたことがないんだ。それにしても、侑吾は光太郎の保護者みたいだな」
この前友樹も言っていたが、なんとなくわかるものなのか。
しぐさや目線が変だったわけではないと聞いて、改めてホッとする。
「だから、もう友樹でいいだろ。普段さん付けされないから、友樹さん、って呼ばれるとムズムズするんだ」
「じゃあ…、友樹。」
別にかたくなに呼び名にこだわっているわけじゃないし、呼び捨てにしてみた。よく考えると、呼び捨てにしている友だちなんて侑吾くらいだ。
「うん、そっちの方がいいね」
光太郎は少し照れてしまったけど、友樹は嬉しそうにしているのを見ると、思い切って呼び捨てにして良かったと思えた。
注文した料理が次々とテーブルに並び、3人とも酒が進む。
ほろ酔いになりながら、授業のことや、教授のこと、一人暮らしの大変さなどを語り合う中、友樹が、光太郎と侑吾に向って聞いた。
「そういえば、二人は中学からの友だちって言ってたけど、ずっと仲が良かったの?」
「ずっとじゃないよ。中学で2、3年時クラスが一緒だったかな。でも高校は別だったし。卒業間近に、たまたま光太郎と大学が一緒だって知ったんだ」
「へぇ~。侑吾たちの地元はここから離れてるのに、大学が一緒ってすごい偶然だな」
「同じってわかったときは、びっくりしたよ。でも大学に他に知り合いがいなかったから、光太郎がいるってわかって心強かったな」
侑吾の答えを聞きながら、光太郎も本心でそう思っていた。
侑吾は中学のときから光太郎に優しかったし、一緒にいて安心できる友だちだった。
「光太郎は、侑吾のこと好きだったとかないの?」
「はっ!?」
侑吾と光太郎はそれぞれ飲んでいたお酒を軽く吹き出してしまった。
「何てこと聞くんだよ。侑吾はゲイじゃないぞ」
おしぼりで口を拭いながら光太郎が友樹を睨みつける。
侑吾はまだむせているようだ。
「それは分かってるけど、侑吾って顔も悪くないし、爽やか好青年って感じだろ。まぁ、俺のタイプではないけど。光太郎もカミングアウトして信頼してるみたいだし、そんな時期なかったのかな~と思って」
酔っているのか、からかっているのか、その両方か。友樹が目を細めながら、じっと光太郎を見つめる。
「いや、ないよ。そんなの侑吾に迷惑だろ」
光太郎は答えながら、友樹から目線をそらした。
「でも一回キスしたよな」
むせていたのが落ち着いたのか、侑吾が急に口を開いた。急に何言いだすんだ、と思って侑吾を見たが、こいつも結構酔ってるな、と光太郎は判断した。
「え!?なんだよ、そんな面白そうな話今まで黙ってたわけ?」
友樹が目を輝かせながら、光太郎と侑吾を見る。
「いや、キスっていうか、そうだな、キスしたかも…」
酔いも回って、思考力が低下しているのか、光太郎は、侑吾とキスした過去を認めてしまった。
そもそも、侑吾もどういうつもりでいまさらそんな話を持ち出したのか。
「どういう状況でそうなったわけ?」
「俺から光太郎にキスしたんだよ。なんか、可愛く見えたから」
光太郎はドキッとした。え、侑吾ってあの時そんな風に思ってわけ?
あのキスは、ただ俺を同情してたからだと思っていた。
「あ~わかるわ!光太郎可愛いもんね。俺もキスしたいな~」
軽口をたたく友樹を、光太郎が睨む。
「睨んでも可愛いんだって」
笑っている友樹から目をそらしながら、光太郎は速くなる鼓動を感じていた。
まさか侑吾が自分を可愛いと思っていたなんて。
しかも友樹まで、自分のことを可愛いと言っている。酔っ払い二人がふざけているのは分かっているし、男が可愛いなんて言われて喜ぶのは変だと思ったが、光太郎は心の中がポッと明るくなるのを感じた。これは俺も酔っているせいだ、と言い聞かせながら、心がムズムズした。
「お前は光太郎に絶対手を出すなよ!光太郎、こんなチャラい男に引っかかっちゃ絶対ダメだぞ!」
侑吾が、友樹と光太郎を交互に見ながら忠告する。
「否定はしないけど、ひどい言い草だな。まだ光太郎に手は出してないよ」
ひどい言われようだが、友樹は全く気にせず、むしろ面白そうだ。
「まだってなんだよ。光太郎、友樹についていくなよ」
光太郎の肩を掴み、目を見据え、まるで子どもに『知らない人について行っちゃダメだぞ』と諭しているようだ。
「いや、行かないよ」
バカバカしい二人のやりとりに、光太郎はなんだか笑いがこみあげてきた。
「なんだよ侑吾、彼女いるくせに光太郎を独占しようとするなよな、ほんと保護者だな」
必死に光太郎を護ろうとする侑吾に、それを茶化す友樹、それを笑いながら聞いている光太郎。
これまでだったら確実に避けていたセクシャリティの話題を、こんな風に笑って出来るようになるなんて、思ってもみなかった。
この2人といると、自分がゲイであることに引け目を感じていることなんて、何でもないことなんじゃないかと思える。
あ~、今すごく楽しいな。光太郎は、心からそう思えた。
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