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紅椿咲く頃

※鐘崎遼二と一之宮紫月の父親たちの出会い編。「春一番が吹く頃に」の直後くらいの話です。  その日、鐘崎組では誰もが心躍らせながら唯一人の帰りを待っていた。組長である鐘崎僚一(かねさき りょういち)が海外での任務を終えてこの日本に帰って来るとの知らせが届いたからだ。  春まだ浅いこの時期、住宅街の路地には所々で大輪の椿の花々が咲き誇り、新しい季節の到来を待ち侘びているかのようだった。 「親父(おや)っさん! お帰りなさいやし!」 「永い間のご出張、お疲れ様でござんした!」  屈強な男たちがズラリと並んで腰を九十度に曲げてよこす。彼らの一人一人に明るい笑みを向けながら、鐘崎組組長である僚一がうなずいた。 「皆もご苦労であったな。留守を守ってくれたこと、感謝する」  組員たちは労いの言葉に感激の面持ちを見せている。そんな一同の奥から少し遅れて顔を出したのは組番頭の東堂源次郎(とうどう げんじろう)だ。 「僚一さん、お帰りなさいやし! お出迎えが遅れまして失礼いたしました」 「おう、源さん! 長いこと世話を掛けたな。ご苦労だった」  僚一は殊更嬉しそうに笑顔で再会を喜ぶと共に、番頭として立派に留守を預かってくれた源次郎を力強いハグで讃えた。  ここ数年、海外での難しい案件に飛び回っていた組長の僚一がようやくと本拠地の日本へ戻って来たこの日、源次郎以下組員たちの喜びはひとしおのものであった。 「お陰で仕事の方は無事落着に漕ぎ着けた。しばらくは俺もこの日本で腰を落ち着けられそうだ」 「それは良うござんした。ああ、そうそう! 若もお元気でございますよ!」  『若』とは僚一の一粒種で、生まれて間もない赤ん坊のことだ。 「おう――! 赤子の面倒まで見てもらって本当にすまない。手を煩わせたろうに……」 「いえいえ、とんでもない! 夜泣きなどまるでありませんし、お風邪ひとつ召されません! さすが若でございますよ!」 「そうか。ではちょいとヤツの顔を見てくるとするか。今は部屋(となり)か?」 「ええ、つい先程ミルクを飲まれてお休みになられたところでございます。こちらのモニターからもご覧になれますが」  源次郎は常にこのモニターを持ち歩いている。いわばベビー専用の監視カメラである。  事務所で内勤の時は出来る限り自身の目の届く範囲に連れて歩いているのだが、寝付いた際などにはうるさくしないようにと自分の事務所の隣の部屋に簡易ベッドを設えているのだ。何か異変があればすぐに飛んで行けるようにである。  また、依頼の仕事で外出する際や、側を離れる時などはモニターを肌身離さず持参して様子を窺っている。夜はもちろん自室に置いたベビーベッドの側で共に眠る。いかに丈夫な子とはいえ何せ赤子のことだ、万が一のことがあっては一大事と、それこそ我が子のようにして面倒を見てくれているのだった。 「すまないな、源さん。感謝している。ではちょっと様子を見てこよう。俺のツラを忘れてねえといいがな」  悪戯気味に笑いながら僚一は息子の寝顔を見に隣の部屋へと向かった。  赤子の名は遼二(りょうじ)という。現在は生後八ヶ月といったところだ。  その遼二は僚一の出張の関係で香港の地にて生まれた。  妻の佐知子が他所に男を作って出て行ったのは、それから半年余りが過ぎた頃だった。裏の世界での――常に危険と隣り合わせのような環境に馴染めず、穏やかな普通の男性に心の拠り所を求めて自分の元を去って行く彼女を僚一はとめなかった。そればかりか、好いた男との新しい門出に子供がいては何かと気苦労だろうと、生まれたばかりの赤子は僚一が引き取った。とはいうものの、当時は海外での仕事で飛び回っていた為、実質上は源次郎以下、男ばかりの組員たちによって育てられることになったのだ。  その海外での仕事も無事終わり、ようやくこの日本に戻って来た長を組員たちは大喜びで迎えたのだった。  しばしの後、赤子の寝顔を見て事務所に戻って来た僚一が源次郎に訊いた。 「そういや源さん。帰りしな、この近所で忌中の行燈を見掛けてな。俺は永らく海外暮らしだったからよく事情が分からんが、うちのすぐ後ろのブロックだ」  ご近所付き合いとして顔を出さなくていいものかと思ったのだ。 「ええ、実は私もこれから弔問に出掛けようと思っていたところでございます」  源次郎が出迎えに遅れてやって来たのは、香典の準備をしていたからだそうだ。 「確か――あそこの家は道場だったな? こんなに近くに居ながら殆ど顔を合わせたことがなかったが」 「左様でございますな。家主は一之宮飛燕(いちのみや ひえん)様とおっしゃられるお方で、確か僚一さんと同じお年頃だったと――」  一之宮道場が組からワンブロック隔てた近所に新設されたのは今から一年程前のことだった。 「元々は区内にあるお寺様で武道を教えていらしたようですな。ご師範の一之宮飛燕殿はそのお寺のご子息だとかで、ご結婚を機に道場を新設なされてここに移って来られたようですぞ」  源次郎は引っ越しの挨拶と称して一之宮夫妻が訪ねて来た際に一度会ったことがあるという。僚一も近所に道場が建設されるらしいとのことは聞いていたが、その頃はちょうど海外に行ったきりだったので、直接その師範と顔を合わせたことはなかったのだ。 「たいへん腕の達つ御仁のようでしてな。私も興味方々、少々一之宮殿について調べたことがございます。裏の世界の方ではありませんが、彼の剣術は天下一というくらいの腕前だそうで、武道家たちの間では『一閃之宮(いっせんのみや)』とか『閃飛燕(せんひえん)』とかという異名で崇められていらっしゃるとか」  まあご近所事情を把握しておくのも組番頭の務めである。ましてや一般の住宅ではなく大きな道場が新設されるとあれば調べて当然といえるわけだ。  源次郎の話を聞いて、僚一もまた興味を引かれたようだった。 「ほう? 閃飛燕――とな」 「そればかりではございませんぞ。ご師範は医術の腕前もお持ちだとかで、道場で怪我を負った子供たちの手当てはもとより感冒の面倒まで幅広く診なさるそうです。何ともお達者な御仁のようでございますな」 「ふむ、医療の心得もあるとな。確かに貴重なお人のようだ」  近所であるし、一度顔を合わせておくのも礼儀だろう。僚一は源次郎と共に自らも弔問に赴くことにした。 「して、亡くなったのは誰なんだ。その師範とやらの親御さんか?」 「いえ、それが――御内儀だそうで」  さすがに驚いて瞳を見開いてしまった。 「……嫁さんを亡くしたのか。俺と同い年くらいというならまだ若かろうに」 「はい――。しかもご出産と同時だったそうで」 「出産と同時だと――? では赤ん坊を生んですぐに亡くなったということか?」 「そのようです」  気の毒そうな表情で源次郎が伏目がちでいる。 「なんと……」  さすがに僚一とて言葉にならない。自身もまた同じ年頃の赤子を抱える身として、その心痛が他人事とは思えないからだ。  しかも僚一の場合は夫婦の間で納得の上に至った離縁だ。その師範の彼は愛していた妻を失ったのだろうから、自分とは比べ物にならないくらい辛いはずだ。  僚一は自然と拳に力が入ってしまう気持ちを抑えながら、すぐさま喪服に着替えると一之宮道場へと向かった。 ◇    ◇    ◇  道場前は通っている子供たちとその親たちだろうか、多数弔問に訪れていて、相当な人だかりであった。広い庭先の奥からはお経が聞こえていて、春まだ浅い寒空に浮かぶ忌中の文字に胸を締め付けられる。一之宮家の実家は寺だということだが、経をあげているのは知り合いの寺の住職のようだ。  そのすぐ脇には赤子を抱えた黒紋付の男――彼が一之宮飛燕だということはすぐに分かった。赤子は眠っていたようでおとなしく、その寝顔を見つめながらポンポンとお(くる)みを撫でる男の手は色白で、とてもじゃないが剣術の達人とは程遠いような印象を受ける。『一閃之宮』とか『閃飛燕』などという異名ともすぐには結び付かない気がしたが、何より驚かされたのは彼の顔立ちだった。  まるで精巧に作られた人形の如く整った目鼻立ち、ひと言でいえば美しいとしか形容し難い完璧さに思わず目を奪われる。同じ男同士でもつい現実を忘れて見入ってしまいそうな美形だ。その美麗な顔周りを覆っている髪は絹糸のようで、生きた日本人形を見ているかのようだった。 「源さん、あれがご師範か?」 「はい。一之宮飛燕殿で――」  裏の世界で酸いも甘いも知り尽くしている僚一にとっても衝撃的とさえいえる――一之宮飛燕はそんな印象を抱かせる男だった。 ◇    ◇    ◇  そんな彼が鐘崎組を訪ねて来たのは、通夜からひと月半が過ぎた頃だった。四十九日の法要が済み、弔問に訪れてくれたご近所の家々に挨拶して回っているとのことだ。  ちょうどその日は僚一も内勤で邸に居たので、若い衆からの連絡を受けて彼と対面することにした。  自ら玄関まで赴き、上がってくれと伝えたが、どうやら飛燕は生まれたばかりの赤ん坊をおぶって来たようで、迷惑を掛けてはいけないと玄関先での挨拶のみを希望した。  彼はあの広い道場に妻と二人暮らしだったと源次郎から聞いている。その連れ合いを亡くしたばかりで、赤子の面倒を見る者がいないのだろう。まだ乳飲児(ちのみご)を一人で放っておけるはずもなく、こうしておぶって歩いているのだ。 「有り難いお言葉ですが、この通り赤ん坊もおりますので――こちらでご挨拶だけでも」  そう言って遠慮した彼に僚一は穏やかに瞳を細めてみせた。 「なに、気にせんでください。実はうちにもおたくと同じ歳頃のボウズがおりましてな。私は仕事でずっと海外に行っていたもので、ご近所というのにこれまでご挨拶にも上がれずじまいでした。よろしければ茶の一杯もお付き合いいただけたら幸いです」 「はあ……左様でございますか。ではお言葉に甘えさせていただきます」  飛燕が首を盾に振ってくれたことを素直に嬉しいと思う僚一だった。 「ではどうぞこちらへ」 「は――、お邪魔いたします」  赤子を背負いながらも玄関先で脱いだ履き物の向きを揃える仕草が美しい。武道家ならではなのか、ピンと張った背筋は見目美しく、履き物へと向けられた伏し目がちの視線を覆う長い睫毛が作り物の人形のようで、本当に生きた人間なのかと惑わされるほどだ。本来気に留めることなどない何気ない所作にも思わず視線を奪われてしまう。誠、この一之宮飛燕という男は不思議な魅力の持ち主だ。  僚一はそんな彼を見るともなしに視界に留めながら、邸最奥にある応接室へと案内したのだった。  通常、鐘崎組では来客時に客人を通すのは玄関入ってすぐの第一応接室と決まっている。仕事の依頼人などは一見(いちげん)も多いので、警備上の観点から大概はそこに通されるのだ。  組員たちの常駐する事務所を挟んでその奥にある第二応接室には、よほど懇意の間柄でも絶対の信頼がおける仕事相手などしか通されたことはない。だが、僚一は更にそのずっと奥、中庭を望む自身の組長専用事務室脇にある第三応接室に飛燕を案内したのだった。  ここに来る客人といえば裏の世界でもごく限られた者しかいない。例えば香港の周ファミリーや台湾の楊ファミリーといった組織トップのみだ。  そんな応接室に初対面も同然のご近所さん――それも堅気の一般人をご案内とは前例にないことといえる。これには組の若い衆らも驚いていたが、組長自らがそうしているのだから口出しできる者などいない。  何も知らない飛燕はえらく広大なお邸だといったふうに辺りを見回していたが、行く先行く先で屈強な風貌の男たちがチラチラと視界に入ることにも驚いたようでいた。見るからに堅気とは違う雰囲気に、普通の一般人なら尻込みするところだろう。しかし飛燕に怯えた様子は見受けられなかった。  顔立ちは美しい日本人形のような男――それだけでも一瞬目を奪われる上に、その足運びには隙がない。いつ何時(なんどき)どこから攻撃が飛んできたとしても、すぐさま返り討ちにされそうな独特の空気を纏っていることに背筋が寒くなる勢いだ。まるで美しいその容姿は相手を油断させる為の隠れ蓑、安易に触れれば懐に持っている抜き身の刃で即刻あの世送りにされそうな――とでも言おうか、そんな雰囲気が背筋を凍らせるわけだ。逆に言えば組員たちの方が例えようのない飛燕の雰囲気に押されるような顔つきでいる。それらを横目に、僚一は自然と浮かんでしまう笑みに高揚するような感覚を心地好く感じていた。 「すまないな。野郎ばかりの大所帯だが、何せ拙宅(うち)は少々変わった生業(なりわい)なもので――」  飛燕に椅子を勧めてその対面に腰掛ける。するとそこへ源次郎が赤子の遼二を抱いてやって来た。 「どうも、一之宮様。ご丁寧に恐縮でございます」  飛燕の方でもこの源次郎には一度会っているので、どことなく安堵したような表情を見せる。と同時に、彼が抱いていた赤子に興味を示したようだった。 「そちらがご子息で――? うちのよりは少しお兄ちゃんかな?」  まるで『こんにちは、ボク』というように瞳を細めて話し掛ける。僚一は彼が背中におぶっていた赤ん坊を降ろして寛いでくれるようにと伝えた。 「遼二といいます。こいつは六月生まれでね、今はかれこれ十ヶ月目に入ったところですよ」 「そうですか。遼二君、格好いいお名前だねえ」  あやすように話し掛けながら微笑む横顔が朗らかだ。通夜の時に見た美しい日本人形の如く容姿はそのままだが、こうして笑うと柔和でやさしい印象を醸し出す。僚一はそのギャップにも興味を引かれてならなかった。  何故だか分からないが、もっとこの一之宮飛燕という男を知りたくなる――そんな気にさせられた。 「おたくのお子さんのお名前は何とおっしゃられるので? 男の子さんかな? それともお嬢ちゃんかな?」 「え? ああ、失礼。うちのも男の子でして、紫月(しづき)と命名しました。紫の月と書いて紫月です」 「紫月君か。雅な名だね」  僚一もまた、紫月という赤子に向かってそう話し掛ける。それと共に訊かれてもいない自身の身の上を暴露してみせた。 「実は私、男やもめでしてね。妻は別の男性の(かいな)を求めて私の元を去りました。つい先頃のことです」  ――――! 「そ……うですか」  飛燕は驚き、さすがに上手くは言葉にならないようだ。大きく見開かれた瞳が『こんなに男前のご主人なのに――』と()っているようだ。 「ああ、失礼。相槌に困ることを言ってしまったな。ご存知かと思うが私共は世間で極道と呼ばれている――いわば日陰の人間です。妻はそんな境遇が不安で仕方なかったようでね。今はやさしい男性の元で幸せに暮らしてくれているはずです」 「――左様でございますか」  飛燕は特には言葉にして返さなかったが、この鐘崎組についての噂は時折耳にしていた。目の前の男は彼自身のことを”日陰の人間”と言い、確かに世間でも『あの家は極道だ』と言われていることも知っていた。だが、それだけではない別の噂も耳にしていたのは事実だ。  この町内の自治会にもきちんと顔を出し、とりわけ町の治安という面では組の面々が陰ながら尽力してくれていること。他にも繁華街の見回りなどを行い、飲み屋などで喧嘩などの問題が起こった際にはすぐに駆け付けて仲裁に入ったりと、人々の為に動いているということも知っていた。例えば酒に酔った上での殴り合いなど、堅気の一般人には少々怖くて手が出せないような案件であっても、彼らが仲立ちに入ることで大事に至らず済んだ――などである。  極道といっても単なる暴力団とは違い、昔ながらの仁義と礼節を重んじる任侠の心を持ち合わせているのだろう――そんなふうに思っていたのだ。だから色目で見るとか怖いとかいった感情が湧かなかったのかも知れない。 「一之宮さん。ボウズ共も歳が近い上にご近所だ。よろしければ今後も懇意にしていただけると有り難い」  まるでド・ストレートな言い草だが、飛燕には僚一の言葉に裏はないと受け取れたようだ。美しい瞳に薄い笑みを浮かべて静かにうなずく。 「有り難きお言葉。私も妻を亡くしたばかりでこの子を抱え、慣れぬ育児に戸惑うことも多いと存じます。鐘崎様のようなご相談相手が近くにいてくださると思うだけで気持ちが安らぎます」  そう言いながら双方の赤子たちをやさしい視線で見つめる仕草がどこか切なくも感じられ、僚一はますますこの一之宮飛燕という存在に興味を覚えるのだった。  正直なところ、ある種の高揚感とでも言おうか――どっぷりと浸かってきた裏の世界でも飛燕のような男と出会ったのは初めてである。ともすればゾッとするくらいに美しい容姿もさることながら、それに似合わない剣豪(うでまえ)の持ち主。何気ない所作の中にも隙がまったく感じられない完璧さ。例えばこの飛燕が敵だとして、本気の対峙を試みた場合、自分は彼に勝てるだろうか――思わずそんな想像が脳裏を過ぎる。手合わせをしてみたいとはさすがに言えないものの、機会があれば一戦交えてみたい。もっと言えば乾坤一擲の大勝負をかけた窮地の中に陥ったとして、この飛燕とならば互いの背中を預けられる――そんな想像が浮かんでしまうほど不思議な思いが心を掻き立てるのだった。  それは非常に魅力的であり、かといって恋情とはまた別の――言葉では上手く言い表せないような一種独特な感情だった。  この時、出会ったばかりの鐘崎僚一と一之宮飛燕は、この先の永い人生を――それこそ二人三脚というくらいの縁で結ばれ共に歩いていくことになる。四半世紀の後、今はまだ乳飲児(ちのみご)である互いの一粒種が、やがて惹かれ合い、恋をして生涯を共にしたいと云う。両家は本当の意味での家族親戚となり、僚一と飛燕は揺るぐことなき固い友情で互いの背中を預け合うことになる。  まだ見ぬ未来にそんな縁が待っていようとは、さすがにこの時の二人にも想像ができなかったものの、互いが共にあればきっと何かワクワクとするような高揚感が待っている。そんな想像を胸に、出会いの茶盃を交わし合った――春麗らかな日のことだった。 ◇    ◇    ◇  一之宮飛燕が医療の心得を鐘崎組の為に奮うことを決めたのはそれから数年後のこと、乳飲児(ちのみご)だった互いの子が幼馴染となり、道場の庭先で仲良く遊び出した頃であった。 「遼ぉー! 見て見て! この花が(しゃ)くとねぇ、(しゃむ)い冬が終わってあったかくなりゅんだって! 父ちゃんがおちえてくりぇた」 「ふぅん? 真っ赤っかだな。すごいでっかい花な!」  子供の掌には両手に乗せても余るくらいの立派な一輪だ。 「なんかこの花、遼みたい」 「……俺?」 「うん! でっかくて、かっこいいかりゃ」 「――! そ、そっかぁ……? 俺、かっこいい?」 「うん! この花の名前、”遼”ってちゅけりゅべ」 「……そっか。俺ン名前つけてくれんの?」 「うん!」 「ありがとな、しじゅき」 「うん!」  花を見上げながら手と手を取り合ってはしゃぎ合う。やがて訪れる未来に――この時の花を互いの肩に背負う日がくることを幼き二人はまだ知らない。だが、まるでその時を予兆するかのように大事そうな手つきで花びらに触れる幼な子たちの表情には満面の笑みが浮かんでいて、とても幸せそうだ。  少し離れた縁側では、そんな子供たちを見つめるやさしげな父親たちの瞳が午後の陽射しを受けて揺れていた。 「紅椿か。見事に咲き出したな」 「ああ。しかしアレだな、花に遼二坊の名をつけるとは――。案外あの二人もデカくなったら俺たちのようにいい相棒となるやも知れんな」 「そうだな。そんな日が来るのが楽しみだ」  まだ見ぬ未来に『相棒』を超えた固き絆で結ばれる。さすがにそこまで想像できなかったものの、この子供たちが元気で逞しく育ってくれることを願う。  キラキラ、陽の光をたたえて春風に揺れる真っ赤な花が親子四人を見守るように微笑んだ気がした。   - FIN -

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