4 / 15
金蘭之契
「俺アレならわかるよ、春の大三角形!」
志翠 は金曜の夜、無理矢理押し掛けた清風 の自室で、東北の夜空を指差しながら笑った。
「じゃあ星の名前も言える?」
「余裕。アークトゥース! スピカ、デネブラ!」
「アークトゥルス、スピカ、デネボラね。スピカしか合ってない。アークトゥースってわざとだろ、なんで言う時に力強く人差し指立てた?」
「いいじゃん名前なんて、俺が知らなくても清風 が隣で教えてくれんじゃん」
「俺は志翠 専用プラネタリウムのナレーション担当じゃないし、自分から天文部に入っておいて名前を覚えないってどんなヤル気のない部員なんだよ」
呆れた顔をする清風 に反して、志翠 は「ぐふふ」と気持ちの悪い声を漏らして夜空をにやにやと見上げた。
「聞いてんの? 志翠 」
「聞いてる聞いてる。星の話させたら清風 ってホントよく喋るよなー、めっちゃ楽しい」
無邪気に本心を語る親友に複雑な表情を一瞬浮かべた清風 だったが、志翠 はこちらへ背中を向けたまま熱心に夜空を見上げていたため、それに気付くことはなかった。
「なあ清風 、星座の話してよ。俺清風 の話なら胸焼けせずに聞いてられんの。声が良いのかな? やっぱお前ナレーターとかも向いてるかも」
「…… 志翠 ってホント、発想が小学生みたいだよな」
「小学生とはなんだこのヤロー! 明嵜 クンはいつまでも子供の心を忘れない純粋な人だよねって女子には評判なんだからな」
「それ多分褒め言葉じゃないよ」
「ウソッ! マジッ!」
目を閉じながらハァーと長い溜め息をついた清風 は、ショックな顔をしながら振り返った志翠 の頭を鷲掴みにして再び顔を夜空へ向けさせ、何事もなかったように星座の話を始めた。
散々人に専用プラネタリウムのナレーションをさせておいて、いつの間にかそれを子守唄がわりにしていた志翠 は、清風 のベッドの上ですっかり眠りについていた。
「志翠 。コラ、起きろよ。ここお前ン家じゃないぞ」
一度深い眠りについてしまうとそのへんの小学生よりも寝付きの良い志翠 は早々目覚めない。下手に長く付き合ってきたせいで清風 は起こすことを諦めざる得なかった。
仕方なく志翠 の母親へ電話を入れると、心から申し訳なさそうに深々と謝られた後、息子については邪魔だろうから床にでも蹴飛ばしてくれておいて構わない。風邪が向こうから逃げるほどのバカだから一切心配しないでと扱い方を指南された。
清風 が風呂から上がると、志翠 はきっちりと首まで布団をかぶって綺麗に眠り直していた。ここまでされて床に蹴飛ばせるほど清風 は鬼の心を持ち合わせていなかったし、そもそも大切な親友を無碍に出来る性格であればバイトの時間を奪われるような活動の天文部になんて入っていなかっただろう。
仕方なくベッドの隅へ腰掛け、清風 は幸せそうに眠る親友の寝顔を眺め、深い溜め息をつく。
「お前は本当に、いつまで経っても俺への距離が変わらないよな」
昔から自分のそばでリラックスして、無邪気に笑う親友。楽しいことも悲しいこともいつも報告して来た。
身長が1センチ伸びた、昨日階段から落ちて尻を打った、国語で赤点を取って母親に殴られた、今年のバレンタインも収穫ゼロだった──
そんな中、中2のとある昼休み、図書室で真っ赤な顔をした志翠 が、珍しく俯きながら蚊の鳴くような声で突然告げて来た。
「…… 清風 って夢精したことある?」
それは質問というより、つまり、志翠 が昨夜初めて経験したという報告だ。
「うん、あるよ……」
「マジで? 俺びっくりして、別に変な夢見たわけでもないのにさ、朝起きたらパンツ汚れてて、すげぇ焦ってさ」
結局清風 の想像通り。志翠 は単に自分の報告がしたかっただけなのだ。
どことなく恥ずかしそうにしながらも清風 に不安で仕方ない胸の内を聞いてほしくて志翠 は必死で話し続け、最後に
「これってフツーのことだよな? 俺変じゃないよな? 正常? 俺だけじゃないよな?」と、眉を下げながら清風 に縋った。
「うん。男なら皆あるよ、心配しなくていいよ」
優しく微笑む清風 にすっかり安心したのか、志翠 はいつもの能天気な親友へと一瞬で逆戻りした。
──フツー、
正常、
変じゃない。
その言葉の羅列が清風 の心を無駄に傷付けたことを能天気な親友が知るはずもなかった。
そのせいで、清風 はその夜から眠りについて朝を迎えることを恐れ、ひたすら本を読むことに明け暮れ、とうとう体育の長距離走中に睡眠不足と貧血で倒れてしまったのだ。
その頃のことを今でも清風 は鮮明に覚えていて、拗らせた思春期真っ盛りな自分があまりにも滑稽で愚劣で……未だに嘲笑いが止まらない。
清風 は親友に寝床のど真ん中を奪われた為、客用の布団を持ち込んで眠ることにした。
部屋の明かりを消し布団に潜ると、静かになった部屋の中を親友の規則正しい寝息だけがやけに響いた。
それが清風 の鼓膜へずっと響いては残り、どうやっても眠ることが出来ず、カーテンの隙間から薄らと太陽の光が差し込み出した頃、ようやく瞼が疲れて閉じた。
ともだちにシェアしよう!