24 / 24

番外編:海の見える窓辺から

「えっ、ここ? 本当に?」 きょとんとした目で、珠希がこちらを見上げてきた。洋風の建物は見慣れていないんだろう。車に乗っている間もずっと興味深そうに見渡していた。小さな犬のように辺りを見渡す姿は、たまらなく可愛らしい。 いや、でも彼はどちらかと言うと猫に似ているかもしれない。気高くて、気まぐれで、簡単には触れさせてくれない。そういうところもまた魅力でもあるし。 「あ、周、本当にここでいいのか?」 「そうだよ。ほら、入って」 鉄製の門を開けてやると、恐る恐る中に入っていく。またしてもこちらを見上げてくるから、にこりと笑って頭を撫でた。 「ようこそ、それから、お帰り。珠希」 「た、ただいま……周」 「うん」 胸の奥が、なんだか少しくすぐったい。これにもいつか慣れるのだろうか。同じ家に、珠希と暮らすことにも。隣にいつも珠希がいることにも。 いつかこれが、当たり前になるという幸福が訪れるのだろうか。 「なんだ、その締りのない顔は」 「嬉しくて。君が隣にいることが」 「あ、う」 恥ずかしいやつ、と肩を叩かれたけれど、それがじゃれあいのように優しくてまた口元が緩んでしまった。 * 杖の必要な珠希には、一階の寝室を使ってもらうことにしていた。本来は客間として使っていたけれど、それは二階に移してしまえば問題ない。仕事用の部屋も一階にあるし、これなら移動も楽だろう。 舞わずの太夫と聞いた時は不思議な通り名だと思ったけれど、まさか足を怪我していたとは考えてもいなかった。こんなことなら二階建てになんかしなかったのに。 「ここが君の部屋。必要なものがあったら教えて欲しい」 換気のために窓を開けながら背中越しに声をかける。相変わらず物珍しそうにしている姿を微笑ましく思いながら、これからことについて考えた。 夜鷹の元に通うため、かなり厳しい納期で仕事をしてきた。まずはその埋め合わせをしないといけない。断り続けてきた晩餐会にもそろそろ顔を出さないと。旅に出ると言って全国を巡っている弟のことも気になるし。 (やることが多いな……) さっきまで夢見心地だったのに、あっという間に現実へと引き戻される。 「周! これ、なんだ?」 「え?」 そんな中で、弾けるような声が響いてきて我に返った。驚いて振り返ると珠希が楽しそうに棚に飾られた瓶を指さしていた。 陰間茶屋で見ていた時とは違う、化粧気もなく着飾ってもいないけれど、年相応に笑う姿はどこまでも眩しかった。 「どれ?」 「これ、行燈か? とても綺麗な色だけど」 「ああ。これはランプだよ。色の着いたガラスで作られている」 「へえ……すごいな」 この辺りではよく見かけるステンドグラスのランプも、珠希にとってみれば目新しいのだろう。楽しそうにあれはなんだ、これはなんだと聞いてくるのを見ていると、本当に狭い世界で生きてきたのだと思わされる。 私だって、もしかしたら同じ道を歩んでいたかもしれない。運良く孤児院を紹介してもらえて、その時の伝手で今こういう仕事が出来ているけれど。 もし、あの時父親が本殿に火を付けなかったら。 もし、弟とあそこに残ることにしていたら。 もし、珠希と出会わなかったら。 私の人生は一体どうなっていたんだろう。 「周、これは? この丸いやつ。くるくる回るぞ!」 「それは地球儀。珠希は日本がどこにあるか知ってる?」 「え、ええと……」 カラカラ音を立てながら地球儀が回される。伊太利から買い付けた年代物だが、色使いが美しくて何となく手元に残しておいた。珠希の白くて美しい手が地球儀を回している。 ただそれだけのことなのに、なぜだか急に自分の見ている世界が一気に現実として押し寄せてきて、堪らなくなった。 「あ、これが大陸か? 広いな……じゃあこれが蝦夷で、これが奥州……小さいな、日本って」 「そう。で、ここが私たちのいる山手」 「っ、あ」 後ろから珠希を抱きしめるように地球儀に手を伸ばす。先程まで楽しげに動いていた右手がぴたりと止まった。薄い背中に体を押し付けると微かに麝香が漂ってくる。 長年、焚き染めていると肌にまで香りが移るのだろうか。私の白檀はかき消されてしまったようだ。 「あ、周……近い」 「そうかな。説明しやすいと思ったんだけど」 「それは……そうだけど」 別に、わざわざ後ろから説明する必要はどこにもない。近くにソファもあるんだから、そこに座ってもいいのだ。 だからこれは、私のわがまま。これが本当に現実だと実感したいだけの、私のわがままなんだ。 「この、変わった形の国が伊太利。この地球儀はここからやってきたんだ」 「ん、っ、そう、か」 「少し北に行くと仏蘭西があって、この島国が英吉利」 「あ、あまね……もう、わかったから、っ、耳元やめて……」 「ん?」 なんで? と、わざと囁くように尋ねてみる。想像した通り、珠希の体が大きく跳ね上がった。首筋が真っ赤に染まっている。汗の滲んだ肌が、まるで熟した果実のようで。 思わず、柔らかく歯を立てるように口付けていた。 * 「ふ、ぅ、っ……」 「珠希、力抜いて」 「できな、あ、っ、んぁ………っ」  背中越しに抱きしめたまま身体中を撫でていく。夏用の薄い着物だから脱がせやすいし、布越しでも肌の熱さを感じられた。あっという間に尖りきった乳首を指先で転がし、真っ赤な耳朶に甘く歯を立てる。鼻にかかった声が少しくぐもっていて、よく見ると両手で口を塞いでいた。  それが気に入らなくて、顎を掴み無理やりこちらを向かせた。そのまま口付けて、じゅ、と舌を吸い上げる。昨夜、あれほどこの体を貪ったというのに。それでもまだ足りない。際限なく求めてしまう。 「あ、まね……、っ、もう、」 「ん……」  グチュグチュ音を立てながら舌を絡ませ合う。飲み込みきれなかった唾液がお互いの間を流れていった。とろりと蕩けた瞳がこちらを見上げてくる。今まではその瞳を見ても、その体に触れることはできなかった。抱きしめたいと思っても、手を伸ばすこともできなかった。何日も、何十日も、ゆっくりと時間をかけてようやく触れられたのだ。  それが、今、こうやって私を求めてくれている。  夢のようだ。幸福で目が眩んでしまう。 「触って、お願い、っ、くるしい……」 「……っ、うん」  帯を解いて、下履きを少しずらす。勢いよく飛び出してきた魔羅は、もう先走りでドロドロになっていた。塗り込めるように先端を擦り、そのまま全体に広げていく。壁に押し付けられたままになっていた珠希は、右足に体重をかけられないからか不自然な体勢だった。しっかりと抱き込んで、熱を帯びた首筋に強く吸い付いて。  夢中になって右手を動かし続けていると、珠希が掠れた声を出して小さく震えた。手の中に熱い飛沫が広がっていく。 「は……っ、あ、っ、……っ」 「珠希、腰、あげて」 「は? え、あ、っ……!」  唾液と精液をたっぷりと混ぜ合わせ、珠希の後孔になすり付ける。しっかりと縁の辺りを解してやると、まだ昨夜の名残かすんなりと柔らかくなっていった。珠希はもう体を支えきれないのか、腰を突き出して上半身の力が抜けている。きっと長距離の移動で疲れているだろう。初めての場所で、慣れてもいないだろう。  だから本当だったら、すぐにでも休ませるべきだってことは、わかっている。  なのに。 「あ、うぁ……っ!」 「君の中、すごい……吸い付いてくる」 「やああ、あ、っ、あ、あぅ、っ」  柔らかい尻たぶを揉みながら、どんどん指を増やして中をかき混ぜる。本当はもっと優しくしたいのに。大切に、丁寧に、壊れないよう抱きたいのに。どうして珠希を前にすると冷静さを失ってしまうんだろう。自分の奥底にある獰猛な獣が腹を空かせて、涎を垂らしているかのようだ。  生唾が溢れてきて、ごくりと飲み込んだ。自分でも想像以上に興奮しているみたいだった。 「入れて、もうやだ……っ、周……」 「ん」  指を引き抜いて、手早く前の合わせを寛げる。下履きをずらすと、腹につきそうなほど剛直な自分の魔羅が飛び出してきた。ひくひく蠢いている後孔は真っ赤に熟れている。先端を押し付け、ぐっと息を飲んで腰を押し進めていく。  頭の中が、馬鹿になってしまいそうだった。 * 「あ、っ……あ、はいって、くる……、ぅ」 「ん……すごい、ね」 先端を飲み込むと、その後はすんなりと受け入れてくれた。搾り取るように蠢く内壁が痙攣している。馴染むまでは動くのを我慢しないと、と自分に言い聞かせるが、それもどこまで続けられるか。 こんなにも自分の中に強い欲があることを、今になって驚いてしまう。 「ひぅ、うっ……、あっ」 「たまき、ごめん、苦しい?」 「悪いと思ってるなら、せめて、寝かせろ! この……っ!」 「でも、はぁ……っ、立ったままの方が、締まるよ」 「ばか……!」 腰を引いて、ゆっくりと押し込む。赤く熟れ、苦しそうにひくつく縁が必死になって剛直を飲み込んでいる。汗で湿った肌に手を伸ばし、崩れ落ちそうな腰を強く抱き寄せ、息を殺してなるべく優しく中を犯していく。 最初は狭くて苦しそうだった内壁も、次第に柔らかく私を受け入れてくれていった。気づいたら根元まですっかりと飲み込み、いやらしくしゃぶりついていた。 「んっ……く、ぅ、っ……、はぁ、たまき、っ」 「は、はは、すごい、っ、こんなに硬くして……っ、早く動きたいのか?」 「あ、こらっ、締め付けないで!」 「んふふ、ほら、はやく……気持ちよくしてくれ」 「……っ!」 挑発的にこちらを見つめられ、理性など一瞬で吹き飛んでしまい。腰を強く掴み、ぐっと息を飲んだ。 「あっ、あぅ……っ」 「ああ……本当に、君の中は、堪らなく気持ちいい……」 「んぅ、っ」 まるで獣のように上から覆いかぶさり、腰を振り、必死になって貪っている。ばちゅばちゅ卑猥な音が大きくなっていくのがわかった。 汗の滲んだ背中に何度も唇を滑らせる。強く吸い上げ、赤い痕を残していくと、何かが満たされる気持ちになった。これが独占欲というものだと、最近になってようやく知った。 「あまね、あまね……っ、はぁ、っ、好き……っ、んぅ、っ」 「ん、うん、私も」 「あ、っ、もぅ、だめ、出る……っ、」 「いいよ、出して」 掴んでいた腰が震えていた。奥を攻め立てると嬉しそうに中がしゃぶりついてきて、こちらも限界が近かった。乱れた呼吸の間に、自分の鼻にかかった声が漏れた。 「あまねも、だして、っ、なかに」 「……っ、うん」 最奥を何度か突き上げ、一際強い締めつけに耐えきれられず熱い飛沫をぶちまけた。 「あ、あ、出てる……」 小さく呟いた珠希が、腕の中でぶるりと震えたあと静かに達した。 * どろどろに汚れてしまった着物を脱がせ、体を綺麗に拭いて、新しい服で包んで、ようやく落ち着いて家の中を見て回ることが出来た。さすがに階段を一人で使わせるのは不安だったから、右半身を支えながら二階へと向かう。 陰間茶屋の階段と違って臙脂色の絨毯が敷かれているから少しは膝への負担が少ないといいんだけれど。 「風呂も厨も、全部一階にあるんだな」 「そう。仕事部屋も一階だから、君は二階に来ることは少ないかもね」 「へぇ……」 仕事と私生活をなるべく切り離したかったから、寝室兼書斎を二階にした。水道や竈の関係で風呂と厨は一階に作らざるを得なかったが、今は結果として良かったと思っている。 どうせ二階は寝る時しか使わない。珠希も基本的には一階で生活するから、ますますこの部屋は使わなくなるだろうな。 などと考えていると、隣を歩いていた珠希が不思議そうな顔をしていた。 「二階には何があるんだ」 「私の私室。あと、今は居ないけれど前は弟の私室もあったよ」 「私室、ってことは、貴方はそこで寝るのか」 「え、まあ、そうだね」 「ふぅん……」 最後の階段を登りきる。手すりと支えがあったからか、杖を使うことなく登りきることができた。少しだけ頬が赤く染っている。元々、透き通った白い肌をしているから血色が悪い時もあった。ただ、一度血が巡ると一気に赤く染る。 まるで酔芙蓉のようだ。夜にだけ赤く染まる、白い花。酔っているのは私の方かもしれないが。 「ここが私の部屋。書斎も兼ねているから物が多いんだ」 「周の、部屋」 「うん」 木製のベッドに革張りのソファ、窓辺には広々としたデスクを置いて、その近くには様々な言語で書かれた書物が並んでいる。 仕事の時に着るスーツも、普段着の着物も大きなクローゼットに入れている。どこからどう見ても洋風な造りだが、唯一実家から持ってきた香盆だけは和風のものだ。いい加減コロンを使おうと思いはするが気づいたら慣れ親しんだ香を選んでしまう。 「何か気になるものでもあった?」 「あるに決まってるだろ! あれ!」 「ええ?」 珠希が指さしたのは、窓だった。洋館にはよくある透かしガラスで、所々色ガラスがはめ込まれている。確かに珍しいものではあるが、同じような造りのランプを珠希の部屋にも置いていたはずだ。 それを今更珍しがるとは思えない。 「周、ずるいぞ、この部屋からは海が見えるじゃないか!」 「海?」 なるほど、珠希の指した先には横濱の海が拡がっていた。この家は丘の上に建っているから二階からじゃないと海は見えない。珠希の部屋にも大きな窓はあるが、どんなに目を凝らしても海は見えないだろう。 普段は何気なく見ていた海が、世界で一番美しいものかのように思えてきた。 「ずるい……」 「いや、わざとじゃないんだ」 「それに、なんで貴方と違う部屋で寝ないといけないんだ! おかしいだろ!」 「え、ええ?」 「せっかく同じ家で暮らせるのに、一緒に眠れると思ったのに、寝床が違うどころか部屋も違うなんて……今度は俺に、百夜通わせるつもりか!?」 「違う、珠希、そうじゃないんだ」 目元を赤く染め、噛み付くような口調で問いかけてくる。必死になって珠希の部屋を一階にした理由を説明し、海が見えることを二階に来るまで忘れていたことも話し、なんとか落ち着かせたはいいけれど。 まさか珠希が、そんなふうに思っていたとは知らなかった。確かに共寝をした朝は幸福だった。鴉どころか太陽さえも撃ち落として、いつまでも二人で眠っていたいと願いもした。 珠希も同じ願いを抱いていたなんて。 「何笑ってるんだ! 俺は怒ってるんだぞ!」 「うん、ごめん……じゃあここで一緒に寝よう? このベッドなら二人で寝ても十分な広さだし」 そう言うと、ようやく機嫌を治したのか珠希は満足そうに笑った。やれやれ、どうやら気まぐれで気高い「夜鷹」にはまだ翻弄されるようだ。 それもまた幸福なんだと言ったら、きっとまた君は笑うんだろう。 「明日は一緒に海を見よう。明け方の海はとても綺麗なんだ」 「うん」 ここからまた、私たちの新しい日々が始まる。

ともだちにシェアしよう!