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第9話 満たされるということ

 駐車場に車を停めてからもう30分は車内で考え事をしている。伏黒 佐波人と出会ってからずっとだ。俺はなぜ自分がこんな裏切りを普通にこなせているのかがわからない。今だって家のドアを開ければ、愛妻家の真嶋 |遼《りょう》が顔を出す。何事も無かったかのように妻の手料理を食べ、一緒にひとつのベッドで眠る。懺悔など数え切れないほどした。なのに、やめられない。伏黒佐波人からの呼び出しを断れば、何か悪いことが起きると予感しているから。40歳のいい歳した男が、19歳の餓鬼にいいように弄ばれるのは異常だ。自分でもわかっている。わかっているはずなのに、この沼のような関係から抜け出せない。  ふうと1呼吸吐いてから車を出る。二階建ての一軒家が俺と妻の玲子《れいこ》の家だ。 「ただいま」  鼻を掠める鮭の焼けた匂い。ぱたぱたと廊下の奥から玲子が駆け寄ってきた。 「おかえりなさい。最近遅いわね。残業?」  玲子は俺の着ていたスーツのジャケットを素早く脱ぎとると、それを持っていたハンガーにかけた。俺は靴を脱ぎながら玲子の問に答える。 「繁盛期だからな。かなり忙しいんだ」  玲子の黒髪が歩く度に揺れる。胸の高さまである艶のいい黒髪。ヤマトナデシコという言葉が良く似合う。顔だって美人だ。俺にはもったいないくらいの……。

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