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第1話

極悪非道。 そう呼ばれるに相応しい集団。それが極道。 人の道から外れ、背き、日の当たる場所から敢えて日陰へ飛び込んだ者達。 その世界でしか生きる意味を見いだせなかった者達。 平和惚けした社会の裏で、同じ時代、同じ国、同じ時間を過ごしているとは信じ難い様な事が起こる。 それは縄張り争いだったり、抗争だったり権力争いだったり。命を賭して挑む。 そしてその結果、街の裏の薄汚れた路地裏のゴミ箱で身元不明の死体となって発見されるのも稀ではない。 原型をとどめていればラッキーだなんて普通の人間が聞けば正気を疑われそうなそれが、見事に合致する世界。 例え極道と名乗る人間が生き難いように法改正をしたところで、所詮は法に背く者。そんなもの何の抑制力にはならない。 抑えられれば反発したくなるのが人間。しっかりと抜け目なく作られたその法の隙間、ミクロサイズのあってないような隙間を目敏く見つけて擦り抜けるのだ。 姑息と言われようと卑怯と言われようと破落戸と言われようと、その世界が彼らの世界。 そしてどんな小さな世界でもルールがあるように、法も常識も倫理もないその世界にも、ルール、その社会の掟があり、長が居る。 今、その極道の王座に君臨するのが仁流会風間組である。 その風間組組長であり、仁流会会長の風間龍一は平成の極道戦争を起こした強者だ。 だがその風間龍一よりも極道の世界で恐れられているのが、仁流会会長補佐、鬼塚組組長鬼塚心。 裏の世界ではその名を知らぬ者は居ないと言われているが、実は、ここまで恐れられていて数々の伝説があるにも関わらず、鬼塚心本人に対峙した者は少ない。 なので一体、鬼塚心がいくつで、どういう容貌でどういう気質の人間なのか本当のところは知られていない。 まさか成人式を終えて間もない、何事にも感心も興味も持たない面倒臭がり屋だなんて夢にも思わないだろう。 そう、名の通り”鬼”と呼ばれる男は、世界で一番、ものぐさな男だった。 闇夜を駆け抜ける黒のSLR McLaren Coupe。5430ccの排気量を持ち、10.6秒で時速200km/hrの速度が出る最高峰のスーパーカーはその馬力に不釣り合いなほどにゆったりと走っていた。思わずその排気量を試してみたくなったとしても、アクセルは常に定位置。決して踏み込まない。 例えて言うならば、パトカーよりも安全運転。きちんと法廷速度を守り道路交通法も遵守する。いや、しなければいけない。 なぜならば、どんな小さな法律違反も、その方が基本的人権の部分で法律違反ではないかというような扱いで、同乗する男は何年も本当の意味で表の世界と隔離された場所に葬られる事になる。 男、鬼塚組組長鬼塚心は同業者のみならず、警察の世界でもその首を狙われている男だった。 どんな罪でもいい。運転してなくても、そこは別件で逮捕出来れば良い。それくらいの横暴さが罷り通るほどに、心の首は狙われていた。 そして、鬼塚心を逮捕出来た者には、二階級特進なんていう信じられない様な出世があるとかないとか。 「あ?何やて?」 心は助手席でウィンドウを少し開けた。日付が変わる時間帯のせいで、街は死んだように静かだ。 心は街に息を吹きかけるかのように、隙間から紫煙を吐き出した。 「来月、総会の臨時役員会があるんです」 淡々とした口調。穏やかで抑揚のない音色は、聞く人が聞けば聞き惚れるような声色かもしれない。だが、心はその男が嫌いだった。嫌いというより嫌悪。 ハンドルを握る男、鬼塚組若頭相馬北斗。誰よりも付き合いも長く、誰よりもその性格も熟知しているが、誰よりも馬が合わない。 根本的な部分、根っこが別の所にあって、それは永遠に絡む事のないのだと本気で思っている。それほどに合わない。 乱れ一つないブルオーニのスーツの袖から覗き見える腕時計は何といったか、確かクロノスイス。ドイツのブランドくせに、全ての部品をスイスで生産しているという時計だ。 そういう妙な拘りを持つ偏屈さは、相馬によく似合う品物だと心は冷笑した。 獰猛でまるで人を射る様な目の心と違い、相馬はとても穏やかな目をした秀外恵中な男だった。 とてもではないが極道などと縁がある様には見えない。だが本人にもその自覚があり、そういう自分を楽しんでいるところもやはり心は嫌いだった。 パチン、急に指を鳴らされ、ほんの少し顔を傾ける。運転席でハンドルを握りながら指を鳴らした相馬は、心を見ることなく微笑んだ。 「聞いておられますか?」 「いいや」 心は素っ気なくそう言うと、後部座席に付かん勢いで倒したシートのヘッドレストに頭を深く沈め目を閉じた。 「彪鷹でええやん」 「組長はあなたですよ?」 「糞ダヌキの面見てたら、暴れたなる」 「彪鷹さんも同じ事を言ってましたよ」 ふふっと笑われると、それだけでカチンとくる。きっと、どうでもいいような事も相馬に言われるとカチンとくるのだ。 心はそれを欠伸で紛らわしたが、この狭い車内で同じ空気を吸っているだけでもどこかイライラする。 多分、きっと、いや、確実にそれは相馬も同じで。ここまでお互いを嫌悪し合いながら、よく一緒に仕事なんてしてるものだと我ながら呆れたりもする。 ふっと目を開くと空が見えた。どす黒く、黒い影で覆われた雲が黄金に光る月を飲むこむ。 それを見ながら、心は暗夜の礫だと呟いた。 閑静な住宅街。その住宅街の一角に目を見張るほど大きな門構えの家がある。鬼塚邸だ。 その門の大きさ故、中はどう頑張っても見えない。そしてその敷地をぐるりと囲んだ塀はどこまでも続き、敷地の莫大さを物語っていた。 鬼塚邸には本家とは別に大きな離れが建てられているが、それでもまだ広さが残る。持て余して居るような広い敷地の庭には池とそこから流れる川、その川に架かる小さな橋までもがある。 古い時代から軒を構えるその土地は果てしなく広大で、その庭はとても見事なものだった。 その庭を一望出来る、広い本家の奥の一角にある部屋に心は居た。そこが心の今の寝ぐらなのだ。 心は煙草を咥えたまま部屋の奥にある寝室に向かった。暗い寝室を仕切る格子を開けると、ベッドの上が丸く盛り上がっているのが見える。 心は銜えた煙草をナイトテーブルの灰皿に押し付けるとベッドに腰掛け、その盛り上がりを手で軽く叩いた。だが、それはビクリともしない。 入っているのは確かに人間だ。ぬいぐるみの類いじゃない。ときどき心の行動を鬱陶しそうにして動くから、絶対に人間のはずなのに中から出てこようとしない。 「…静?」 寝るには早過ぎるという時間ではないものの、しつこくポンポン叩いてみると思いもよらぬ場所から足が飛んできてそれを片手で受け止めた。足癖の悪さは心より上らしい。 細く白い艶めかしい足は、華奢だが女の足とは違った。筋肉と筋が男のそれだ。 その足は心の手から逃れると蛇の様に中に潜っていく。何だ、ご機嫌斜めかと心は笑った。 「帰って来てんけど?」 おかえりは?と言わんばかりにまたその膨らみを叩く。少し、強く。と、さっきとは反対の足が飛んできた。 今度は利き足。本気で蹴り倒すつもりだったらしいが、心はやはりそれを片手で受け止めた。 「まったく」 呆れた様な声を出しつつも、その顔はどこか温かい。 何事にも興味も感心もない、とりあえず他人のために自ずから行動するという事が一切ない心が、唯一、動かされた人間。それが吉良静だ。 ようやくというか渋々というか、ベッドの上の塊がごそごそと動き中の人間がのそのそと這い出てきた。そして、心が掴んでいる足をぐいぐい揺らしてみせた。どうやら離せという事らしい。 心が足を離すと、やはり蛇のようにするする中に潜っていく。油断すれば全てが中に戻りそうな勢い。 「…なに」 眠気眼の静は小さく呟くと、機嫌の悪い顔で心を睨みつけた。 少し癖のかかった髪は寝癖でくるんと毛先が踊っている。とてもではないが褒められたものではなく、思わず吹き出しそうなほどの爆発ぶり。 意志の強さが滲み出た大きな瞳は眠さからか今にも閉じそうで、そして不機嫌極まりない。 思わずフッと笑うと、やはり足が飛んできた。顔面めがけて飛んでくる辺りが、さすがというか何というか。 「あのな、俺、仕事だったの。さっき、ようやく寝たの。分かる?寝不足なの」 大袈裟なため息をついて、つっけんどんに言う。心よりも2つ年上の静は今年、5年かかってようやく大学を卒業した。 といっても教授の心遣いがなければ卒業出来なかった。ようはおまけで卒業させてくれたと言っても過言ではない。 借金返済のために朝から晩まで働き詰めの静は、遊びほうけて単位や出席日数を取れなかった生徒とは全く違う。 教授も鬼ではない。人生のなかで、一度くらいは特別があってもいいのではないかという計らいあってのことだ。 それでも出す物は出さなければならず、卒業論文は他の生徒の倍の量になった。そうしてようやく卒業をもぎっ取った静は、そのままcachetteに就職した。 思いつきにも聞こえた自分の店を持ちたいというのは本心だったらしく、卒業と同時に心の与り知らぬ所で相馬と話をつけ、経営勉強というあってないような理由でcachetteに居座っている。 初めは心もcachetteに戻ってオーナーの早瀬の下で働きながら経営の何たるかを学べばいいなんて言っていたが、心は基本的にまどろっこしい事が嫌いだ。 心に何も言わずに事を進めたのは、そのせいもある。経営の何たるかを学ぶよりも、経営しながら店の転がし方を考えたほうが早いだろ?だから、とっとと店を持って転がせばいいじゃないかという、一般常識とはかけ離れた考え方の不一致があるからだ。 鬼塚組の経営する店は数多くあり、それこそ遊ばせている店も山ほどある。簡単な話、一軒くらいいつでもポンと用意出来るということだ。 だが静がそれをよしとするわけもなく、モメる前に心の舎弟である崎山雅に裏鬼塚を解雇された雨宮或人と一緒に、さっさとcachetteに身を置いた。 「おい」 起こしておいて何も言わない心に腹が立ったのか、静は心の鍛え上げられた横腹を蹴った。 本当に、初対面の時も見事な足癖だったが、どうにもこうにもこれは直らないらしい。 「仕事は慣れたか?」 心はキルトケットごと静を抱き締めると、そのままベッドに転がった。ぎゅっと俵の様に抱きかかえられると、身動きが取れない。 それに静は不服そうな顔を見せたが、大した抵抗も見せずに息を吐いた。 「オマエが安眠妨害しなきゃな」 「したか?」 「俺はどんな時間に帰って来ても、朝が早いんだよ。知ってるだろ?」 「…ああ、鷹千穗なぁ」 「鷹千穗さん、可愛い」 静が呟く様に言ったが、心はそれに蛾眉を顰めた。本気か?言いたいほどだ。 知らぬ人間が聞けば心が狭量な男と思われるかもしれないが、鷹千穗を知っている人間が聞けば心と同じ態度を取るだろう。 鷹千穗は裏鬼塚の人間で、あの崎山ですら手を焼いている裏鬼塚の異端児だ。その容貌は現実のそれとは俄に信じ難いほどのそれで、挙げ句、本当か否か、口がきけない。 本当か否かというのは、誰も、心でさえも鷹千穗が喋るのを聞いた事も見た事もないからだ。そんな鷹千穗が唯一、声を出した瞬間、声を出して呼んだ名前が仁流会鬼塚組若頭の佐野彪鷹の名前だ。 一体、何を考え、何を思い、何を感じて生きているのか。心以上に謎に満ちた鷹千穗に、静は懐いていた。 そんな二人の朝の日課が、広大な庭にある池の鯉に餌をやることだ。隠居の爺かと言いたい様な日課だが、静も鷹千穗もそれを欠かさない。かといって、そこに会話はない。 鷹千穗は相変わらず話さないし、静も無理矢理話してコミュニケーション取ろうとはしない。 二人の間の不思議な距離だ。 「鷹千穗さんさ、たまに鯉に指喰われそうになってビックリしてた」 「…鷹千穗が?」 「そう。あ、でも驚いた顔とはしないよ。何か、ちょっとだけビクッとするくらい。それが可愛らしい」 オマエ、趣味悪すぎるなと言いかけて止める。あれを可愛いなんて言うのは静くらいだろう。 だが、それを言って臍を曲げられても困る。心は静の柔らかい髪に鼻を差し込んだ。 その髪の隙間から見えた耳朶にやんわり歯を立てると、おい!と非難めいた声がしたが気にせずに、ちゅっと吸い付いた。 一緒に暮らしているとはいえ、多忙な心とcachetteで働く静の時間は擦れ違う事が多い。なので、こうして触れるのも二週間ぶりだ。やめろというほうが無理な話なのだ。 キルトケットの隙間から手を差し込んでTシャツの中に手を入れ、薄い背中をすっと撫でる。包まっていたからか、それとも眠たいのかホカホカと子供の様な温かさが掌から伝わった。 白い項に吸い付きながら、手を正面に回し少しばかり主張し始めた果実を指の腹で撫でると静の息が漏れた。 何度抱かれても、その行為に馴れる事も抵抗がなくなることもない。見た目が中性的なせいもあってか、静は人一倍男らしい。 その静が同性の心にそういう事をされるというのは、静の中でかなりの譲歩なのだろう。 「…や、だ」 くりくりと乳首を捏ねる手を叩かれる。だが心はそのままキルトケットの中に潜り込んで、捲れ上がったTシャツから顔を出した果実を口に含んで舌で転がした。するとビクッと静の身体が震え、ぐっと声を殺すのが分かった。 それをフッと笑って、胸の果実を舌で弄びながらTシャツを剥いでいく。ハーフパンツの裾から長い手を侵入させて不埒な悪戯を仕掛けると、背中をバンバン叩かれた。 静とのセックスは暴力込み。別にサディストではない。同性同士のセックスというのを差し引けば、極めてノーマルなセックス。 だが静はどうにも堪えきれないジレンマだとか背徳感だとかを、暴力で訴えて来る。でも、力半分。性的な事に馴れていない静の身体は、心の少しの愛撫でくてんくてんになるのだ。 腰のくびれの辺りをチュッと吸って、甘噛みしながらハーフパンツを下着ごと脱がせると上の方から”おい!”なんて抗議の声が聞こえて来る。阻止出来なかった悔しさからか、やはり背中を叩かれた。 「あっつ…」 モグラの様にキルトケットの中を移動して、静と向かい合わせになる様に這い出る。キルトケットの中は熱気で酸欠状態だったので、外の空気は冷たく新鮮に感じられた。 「もう、オマエ、最低っ」 じんわり涙目で睨みつけられても迫力なんて皆無。どちらかというと、誘ってるのか?なんて聞きたくなる静に、唇を落とした。 全裸状態の静を抱き締め、滑りの良い肌を堪能しながら男にしては柔らかい尻を揉む。 「あ、マジで、眠…」 心の胸元で上がる息を抑えながら訴えたところで、それは止まるわけもない。心がジャケットとシャツを脱いでベッドの下に放って胸と胸を合わせると、互いの鼓動がシンクロしているような錯覚。 心はそれを感じながら、あることに気が付いた。 最近、気が付いたこと。静は心の身体は好きなようだ。 自分と同じ造形ながら、全く別もののような堅い胸。無駄な脂肪が一切ない胸元は筋肉で堅く引き締まっている。 そこに静は当たるか当たらないかのキスをしてくる。きっと、自分も気が付いていない癖。 よくわからないが、感触が好きなのかなんなのか。どちらにしても、心からすれば悪い気なんて全くしないわけで。 スラックスの前を寛げて成長しきったペニスを取り出し、静の熱にキスをすると腕に爪を立てられた。 「心!」 「眠かったら寝たらええ」 寝れるもんならなとクツクツ笑って、二つの熱を大きな手で掴んで上下にゆったりと扱き出した。 「あ…、バカっ!…」 抗議は当然の事と言えども、それを受け入れる様な出来た人間ではない。心はそうしながら静の口に己の指を滑り込ました。 「ふっ…!!」 「ちゃんと濡らせ。やないとキツいんは静」 口角を上げて笑えば、その指にギリッと歯を立てられた。それでも、心はそれに怯む事なく奥へ指を差し込んだ。 言ってしまえば、これもいつものこと。前戯みたいなものなのかなと思いながら、とんだ前戯だなとチクリと痛む指の感覚に笑った。 「全く、ほんまに上品な奴」 心はそう言いながら静の口腔を得手勝手に堪能して、羽の様な柔らかさのある舌を指で撫でた。閉じきれない口の端からツーッと唾液が垂れ、それを心が舌で掬う。 相変わらず熱は緩やかだったり早急だったりと、強弱をつけて扱かれていて静の息は上がるばかり。 身体の奥底で、種火に引火した熱が爆発する様に一気に迫り上がる快感。それに付いていけずに頭を振る。 「はぁ…」 心が小さく息を吐いて静の口から指を引き抜くと、熱を扱く手を離し腰を抱いて慎ましやかに閉まる蜜壷にずるりと無遠慮に指を差し込んだ。 「うわっ…!!ば、バカ心!!」 唐突に入り込む異物に息を詰める。本来の役割と違う事をされるそこは、その侵入を拒むかの如く蠢く。だがその蠢きが更に心の欲情を掻き立てた。 ごくっと息を呑んで静の肩口に噛み付く。長い指を奥へ奥へと突き進め、孔の壁をぐるりと撫でると静が悲鳴を上げた。 「や、やっ…!!ぁあっ!!」 「熱い」 蜜壷は指に馴染むと先ほどとは打って変わって心の指を咀嚼し始める。うねり、もっと奥へと貪欲に飲み込み、その花を開き心を迎え入れる準備を整え始めるのだ。 名器と呼んでいいものなのか、静からすれば殺されたいのかと言われそうなものだが、そう呼ぶに相応しいそこに更に指を追加すると静のペニスが跳ね上がった。

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