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第5話 エイプリルフール

 その日の嘘は愛のある嘘。  許されるのは愛あればこそ。  そんなエイプリルフール。  夜、日付が変わる前後。  かかってくる、いつものライン通話。  これできっと終わりだと思うと、何だか少しさみしい気がする。  明日……正確には、今日あと数時間後に、オレは先輩の住む町に行く。 『行けそうになくて、ご……んな。荷造りできた?』  先輩は急のバイトになってしまったとかで、引っ越しの手伝いには来ずに、新しい部屋でオレを待つと言った。  元々、羽鳥――先輩の弟の手伝いで引っ越す手はずだったから、問題はない。  むしろ来るつもりでいたなんて、先輩の負担を考えてくらっとした。  オレだって早く会いたいけど、先輩がキツいのは嫌だ。  それくらいなら、オレが頑張る方がいい。 「はい。着替えと本くらいなので」 『あ、そっか。ほとんど部屋……だ…っけ?』 「先輩、電波悪い」 『ごめんごめん。ちょっと、移動してるから。大きいも……こっちで買うんだっけ?』  ざふざふと、先輩の声にノイズが混じる。  いつもよりノイズの割合が大きいなと思いながら、オレは先輩の声を拾って返事をする。 「母が、オレの部屋を残しておきたがっているので……」 『新婚みたいだよね』 「え?」 『家電とか家具とか、一緒に探せるのって、新婚みたいだと思わねえ?』 「……はい」  今夜は音声だけでよかった……と、本気で思った。  すごく楽しそうな先輩の声で、顔が熱くなる。  絶対画面越しでもわかるくらいに赤面してる。  声だけでも伝わるのは伝わってしまったみたいで、先輩が悶絶してる。  こんな風になるオレを『可愛いなぁ』なんて、言うのは、先輩くらいだ。 「先輩」 『ん?』 「明日、行きますね」 『早く会いたいよ』 「オレもです」  色々、あった。  いっぱい。  でも、大丈夫。  先輩がいてくれるから。 『ミキ』 「はい」 『明日があるから、今夜は少し早いけど、もうおやすみ』 「はい……先輩も」 『うん、俺はまだ仕事あるから』 「無理しないでくださいね」 『大丈夫。ミキに会えると思うだけで、がんばれる』 「それでも、心配です」 『ありがと。愛してるよ』 「はい……おやすみなさい」  ちゅ。  スマホにキスする音がして、通話が切れた。 「大好きです」  繋がってないのをわかっていて、オレもスマホにキスをした。  三月中に移動するのは料金がかかるからと、オレの引っ越しは四月になった。  それでも少しでも早く会いたかったから、四月一日。  そんなに急がなくてもとウチの家族は嘆いたけれど、先輩を待たせたくなかったんだ。  たくさん、心配をかけたから。  先輩と一緒に住むに際して、ウチの親が壁になった。  特に母が。  受験の時から、予想はついていたけど。  家を離れて進学することも、先輩とルームシェアすることも。 『一人暮らしが不安なら、家から通えるところに進学すればいいのに』  母はそう言って、入学金を払った後もオレの進学に反対した。 「ミキ、嘘はつかなくていいんだよ」  先輩とのことを家族に話すのかとか、進学先を変えようかとか。  どうしていいかわからなくなってしまった俺に、先輩はそう言った。  会いに来てくれて、キスをくれた。 「聞かれないことは、話さないでいるだけでいい」  先輩に抱きついて固まってしまったオレに、先輩はそう言った。 「嘘はつかなくていい。隠し事もしなくていい。ミキにはできないだろ?」  オレが落ち着くまで、そっと背中を撫でてくれた。  オレの家族に会って話をつけてくれた。  嘘はつかずに。  ホントのことだけを言って、母を納得させた。 「な、プロポーズみたいだったな。ミキを俺にくださいって、言いたくなっちゃった」 「先輩」 「言わないよ、今は。何年か先の楽しみに取っとく」  オレの手をひいて楽しそうに歩きながら、先輩が笑った。  先輩の左手にはギプスがはまってた。  ほんの二週間ほど前のこと。  やっと、先輩のところに行ける。  羽鳥との約束の時間は、昼ごろ。  段ボール数個を車に積んで、昼を食べながら移動しよう、そんな話だった。  何となく親孝行をしておきたくなって、母のお供で買い物に行った。  それから、引っ越しの荷物を玄関先に出して、部屋の掃除をして、正午。  母から弁当を渡されて、それを包んでいる時に、チャイムが鳴った。 「はいはーい」  パタパタとスリッパの音をさせて母が玄関に出ていく。  オレは最後だからと部屋に戻って、もう一度確認しようかと、腰をあげた。 「あらまあ、羽鳥さん……ありがとうございます」  え?  母の声が聞こえて、固まってしまった。  羽鳥、さん?  羽鳥くんじゃなくて? 「こんにちは」  聞こえた声に、慌てて向かう。  玄関にいたのは、けー先輩だった。 「先輩?!」 「来たよ」  状況についていけないオレを見て、母が不思議そうな顔をした。  先輩は行く先の街でレンタカーを借りて、オレを迎えに来てくれた。  オレの荷物なんて簡単に収まりきってしまうワンボックスカー。  先輩は大丈夫だと言っていたけれど、荷物を運ばせるのは恐くて。  だって先輩の怪我は治ったばかりだ。  名残りを惜しみたい母を放置して、せっせと荷物を積み込み、ふたりで新居に向かった。 「先輩、心臓に悪いです」  ドライブドライブ~と、調子っぱずれの鼻歌を歌って、先輩は楽しそうにハンドルを握る。  ぐったりと助手席に身を沈めるオレを見て、どやあって、楽しそうな顔で先輩が笑った。 「ミキ~今日は何の日だ?」  今日?  四月一日……  あ! 「エイプリルフール?」 「正解! びっくりした?」 「しました……」 「ミキはホントにかわいいなぁ」  待っているより早くに会えたし、かわいいびっくり顔も見れたし、大満足だ。  運転しながら、先輩はホントに楽しそうに笑った。  うん。  驚かされたけど。  心臓には悪かったけど。  思ってたより何時間も早くに先輩に会えたし、先輩とドライブもできるし。  オレも、大満足だ。 「先輩」 「ん?」  赤信号で停車したときに、声をかけた。 「オレも、嬉しいです。ありがとうございます」 「……!!」  先輩はものすごい勢いで悶絶して、青信号で発車できなくて、後ろの車にクラクション鳴らされてた。

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