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第1話
陰キャと陽キャ。この2つの言葉には、どちらにも少しネガティブな意味合いが込められている気がする。
陰キャは陰である立場を卑屈に、陽キャは陽である立場から天狗になって、互いを遠ざける。
だから悪いと言っているわけではないが、こう考えているからこそ、僕・眞鍋 晴(マナベ ハル)は一つ思うところがあるのだ。
それは、"いい子はどちらに属するのか"という事。
もっとも、いい子は何処にいてもいい子だ。
誰といても、どんな時でも。
卑屈になったり、天狗になったりはしない。
「眞鍋くんおはよ!今日も一番乗りだった?」
「え、あ…おはよ…今日は…どうだろ。教室の電気はもうついてたけど…。」
「まじかー。」
そう、例えば彼のように。
「ねぇねぇ、そえばさ、今週のジャンク読んだ?」
「う、うん。読んだ…MR.CLONE終わっちゃったね…。」
「なぁ…!マジで泣いたんだけど…。」
彼の名前は、穂高 優(ホダカ スグル)くん。正に、名が体を表している子だ。僕は、彼のすぐ後ろの席だが、誰とでも分け隔てなく接せられる上で、常に明るく優しい姿を見ているから、分かる。
一応、同じ中学出身でもあるのだが、一度も同じクラスにはならなかった。そのせいか、あまり"同中感"はない。
「穂高ぁ、はよー。」
「え、南?!もう熱下がったん?」
「俺一日で治るタイプなのよ。でも偉いからマスクしてきた。」
「えー!うわぁマジか!うわぁ!」
仮に、もし、中学時代同じクラスになっていたとしても、どのみち人付き合い程度の仲だったに違いない。
「南、三年間皆勤賞狙うとか言ってたくせにさぁ。」
「一年の五月で夢破れた。」
「悲しいね。」
「次はあのぉ、あれ。休みめっちゃ少ない人がもらうやつ狙う。」
「あー、なんかあるね、そんなん。」
何故なら、彼と僕では、住む世界が違うから。
「てかね、今漫画の話ししてたの。」
「えぇ、俺漫画読まんからついてけない。」
「だーかーらー!貸すっつってんじゃん!」
「だって、漫画って読むのむずいじゃん。」
二人が話しているうちに、僕は鞄からファイルを取り出し、席から立ち上がった。
「あれ?どしたん?」
僕が急に立ったものだから、少し驚いた顔でこちらを見上げる穂高くん。長い睫毛が、パシパシと瞬いている。
「いや…ちょっと職員室行く用事あったの思い出して…。」
「おー、そかそか。いてらー!」
本当は、ただの嘘。
南くんが来たなら、僕はお邪魔だと思っただけだ。
「よし、じゃあ行こっか!眞鍋くん。」
「え。」
「こら南、眞鍋くん素で困ってるから。」
自分で唱えた定義からいくと、僕は典型的な陰だろう。相手を気遣うふりをして、誰よりも自分だけしか見えていない、ひとりよがりな思考だから。
■□
教室を出たのは良いものの、朝のHRが始まるまで後20分はある。財布やスマホも置いてきてしまったから、暇つぶしになるものも無い。かといって、図書室で本を読むほどの時間があるわけでも、ない。
僕は、特に何も役に立たないファイルを持って、職員室がある二階をフラフラと歩いていた。
「まーなーべくんっ。」
「ぅおあ?!」
すると、突然後ろから声をかけられ、そのまま、誰かも分からない腕で肩を組まれた。
「もう用事済んだの?」
「あ…え、南くん…?なんで…?」
やけに馴れ馴れしいなと顔を見上げると、そこには教室に残っているはずの南くんが居た。
「ひどー、声で分かってよ。」
「いや、まぁ…あの…ぇと…。」
僕の中では、南くんとの距離はまだまだ遠い。だから当然、肩を組めるほどの距離感でもない。あくまで、"僕に話しかけてくれる穂高くんと仲良しな子"くらいでしかないのだ。
更に、ただでさえ僕には友達が居ない。
日常生活で名前を呼ばれるようになったのは、高校に入ってからの話。けれど、それも結局、穂高くんと同じクラスでなければありえなかった出来事なのだ。
「そんな困るかね?」
「え………うん。」
「あら正直。」
ドキマギした感情が表に出すぎてしまったのか、南くんは一瞬、拗ねたような顔をした。
しかし、これまた僕が素直に応えすぎてしまったせいか、直ぐに目を見開いて、奥様のような声を発した。
「ね、本当は用事なんてなかったんしょ?」
「っ…!」
そして、いつものおちゃらけモードかと油断させておいて、一転。南くんの冷静な声が、僕の胸にめがけて落とされる。
はたから見ていて気付いてはいたけれど、やっぱり、南くんは少し怖い。
「穂高が可哀想だよ?今頃一人でシクシク泣いてたりして。」
「…なら、南くんが一緒に居てあげれば良かっただけじゃ…僕をつけてこなくても…。」
「失礼なぁ。俺はちゃんと、復活したのを顧問に報告する為に来たの。まぁ、職員室入る前に階段ですれ違っちゃったから、職員室自体には用無くなっちゃったんだけどね?」
僕の肩をぐっと寄せて、ツラツラと話す南くん。
僕が抵抗すると見越してか、気持ち力が強まっている。
「…僕は…漫画の話したら終わりだけど…穂高くんと南くんは、他にも話すこと沢山あるでしょ…。友達なんだし…。」
「…ふーん。眞鍋くんはそれで良いんだ。」
「それでも何も…事実だよ。」
僕は僕で、ファイルがクチャっと音を立てるほど、強く握ってしまっていた。どうして南くんに、とやかく言われなければいけないのか分からない理不尽さと、卑屈で意固地な思い込みで、板挟みだ。
「よし!ならさ?」
「……ふぇ?」
悶々と負のループに陥りかけた次の瞬間、何の前触れもなく、僕の身体がふわりと軽くなった。
「穂高と俺の友達じゃないなら、かわりにお姫様になってよ。眞鍋くん。」
視界が、ぐるりと足元から天井へと切り替わった。かと思えば、今度は南くんからの意味不明な発言が耳に飛び込んでくる。
ある意味、まるで夢のような展開。
どうしてこうなっているのか、全くもって理解できない。
「…は?」
「そうすれば、3年間、いや、一生一人にはならないよ。」
「…え、と…。」
人生初どころか、端から考えてもいなかった。
僕はどうやら、お姫様抱っこをされながら、お姫様になってと強請られる人生だったらしい。
「ねー!穂高ー!」
「うわっ…!声大きいよ!あと下ろして!!」
「おーい…って、お前ら何してんだー?」
「先生見てー!お姫様だっこ!」
「ちょ…!すいません!何でもないです!」
「いや…何でもないは嘘だろ。」
友達は居ないけれど、平々凡々だった僕の日々。
今日を境に、変わってしまうのだろうか。
あまりに唐突なイベントに、僕はどこか他人事のように捉えてしまっていた。
■□
《穂高と俺の友達じゃないなら、お姫様になってよ。眞鍋くん。》
南は、一体何を言っているのだろう。
眞鍋くんは、とっくの昔に俺らのお姫様じゃん。
《そうすれば、3年間、いや、一生一人にはならないよ。》
"一生"なんて、不確かで現実味のない年数言われても、眞鍋くんには効果ないよ。
眞鍋くん、そういうところあるから。
ね、眞鍋くん?
続く
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