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Gods’s Motel On Dead End Street

 フィラデルフィアは、この街を初めて訪れる21歳の名付け子と一緒ですら、全く楽しい土地ではなかった。  ロッドが枕元へ腰を下ろしても、フィンレイの腫れ上がった瞼はまだ閉じられたままでいる。眦を撫でる無骨な指先に反応の一つすら寄越されない。目脂の絡む、黒々とした長い睫が色濃い隈の上に更なる影を落としていた。  明け方まで続けられたまぐわいは、さすが若いと感心させられるものだった。薄っぺらいカーテンを貫き通って、目覚め始めた太陽の光が青白く押し寄せる中、自らに跨がる青年の艶めかしさと言ったら無かった。最後は殆どこちらが犯されていたようなものだ。乱暴に掴んだ男のペニスを自らのアナルに押し込み、真上から顔を覗く。お互いが吐き出す獣のような息遣いは、冷えて澄んだ朝の空気が、結局のところ昨夜からずっと同じものであることを知らしめる。目の中に滴り落ちてきたのは汗か、唾液か、飴色をした瞳から溶けるように溢れていた涙か――やっている間、フィンレイは泣き通しだった。けれど顔を歪めていたのは半分くらいの時間で、残りは幼げな面立ちに相応しくない鬼気を顔一杯に湛えていた、はずだ。分泌されすぎたアドレナリンは見事に記憶を吹き飛ばし、お互いの体に残った鬱血や噛み痕の詳細すら曖昧にする。  小難しく寄せられた眉間を人差し指でなぞると、やっとのことで反応を引き出すことが出来る。むずかるような唸りを放つ為、薄く開かれた唇へ、もう一度ペニスを含ませてやりたい。寝起きの熱い口腔とざらつく舌はさぞや心地がよいことだろう。  でもよしてやるよ。何せ俺は、お前の名付け親なんだから。  深みにはまりつつある自らを、この数日ロッドは嫌になるほど自覚していた。可哀相なフィンレイ。軍時代の友人だった父親は、息子の将来を案じていた。細っこく繊細そうな見かけに不安を覚えていたようだが、同時に己の人生を追いかけて来る可能性へも酷い危惧を感じていたのだから矛盾している。人間、選択が重要だ。そして最初から、あの男は間違っていた。息子をまともな人間へ育てようと決意したにも関わらず、よりによって名付け親へ選んだ相手と来たら。  まだ間に合うかな、と昨晩フィンレイは服を脱ぎながら言った。このモーテルへ逗留して2日。ファックするようになって9日。となると、親父のところへ連れて行ってとテキストを送ってきたこいつを実家から連れ出して10日程になる。この短期間で青年は、父親と変わらない年の男と全く忌憚ない会話を交わすようになっていた。 「消防士になりたいんだ。昔、親父がレンタルビデオ屋で借りてきてくれた、『バックドラフト』のDVD。あれって、大卒じゃなくてもなれるよね?」  なれるなれると適当に相槌を打ったのが余程気にくわなかったのか、まだ挿入もしないうちから背中へ盛大な引っ掻き傷をつけられた。ぴりぴりした痛みは、どんどんばんばん、雷鳴の如く乱暴なノックが響く中、Tシャツへ袖を通すことにすら億劫さを感じさせる。  お巡りは細く開けた隙間から顔を突っ込んで来かねない有様だった。指でドアチェーンを押さえながら、ロッドは官憲の犬の弛んだ顎へ目を向け、それから生気のない金壷眼を見据え、媚びたようにちょっと笑って見せた。無駄であることを百も承知で。 「中へ入れて貰えませんかね」 「寝起きなんですよ。と言うか、まだ寝てる人間がいるんで」  全く、自らの頭は覚醒にほど遠い。信じられないほど無防備な状態で応対してしまった。うっすらと汗の滲んだ手へ何も掴んでいないことに、今更動悸が早くなる。外にはこの男の他にも一人か、二人。幾ら何でもパトロールカーのサイレンを聞き逃す程の耄碌はしていないはずだから、連中は忍び足でやってきたのだ。その事実が余計に緊迫を煽り立てる。今や警報は、ロッドの頭の中で音が割れそうな程騒がしく鳴り響いていた。 「何の用です、こんな朝っぱらから」 「そっちが協力してくれたらすぐに済む話だ。おたく、昨晩はずっとこの部屋に?」  警官の平坦な抑揚から、何かを読み取ることは難しい。こう言うときに思い出すのは、己が本来、他者の感情の機微を察するのが得意でないこと。全ては学習の賜だ。せめて少しでも苛立ちとか不安とか、そういうものを滲ませていてくれればヒントになるのだが。背後へと回した右の手をぐっと握りしめ、手のひらに爪を立てる。相手がくれないなら自らケツを叩くしかない。何か隙を突けるものはないか。ボールペンとか花瓶とか。どちらも安いモーテルの備品として所望するのは望み薄だった。 「父さん、何事」  幸い次に指を開いた時、そこにはひんやりと固いカーボンの感触がある。銃把を握らせたのと反対の手は柔らかく、巌の用に強張ったロッドの肩に触れた。 「お巡りさん、困ってるよ。入れてあげたら」  相変わらず感情のない目で一瞥した後、その警官は「2人だけ?」とのっぺり尋ねた。 「はい。父さんと僕ですけど……何かあったんですか」 「今朝の4時頃、もの凄い悲鳴が聞こえたと通報があってね。駆けつけてみたら、ここから3つ隣の部屋で男が倒れてた」 「嘘でしょ、怖い」  これが芝居なら大したものだ。フィンレイの声は微かに上擦りを帯びる。振り返ったら、目線の先では顔色すら変わっているかもしれない。 「マクスウェル・ホプキンス、20代の黒人だ。何も聞かなかったかね」 「僕は少なくとも……実は昨日の夜、お酒を飲みまくって、その、僕の誕生日のお祝いに」 「加減を知らないガキだから、ゲロは吐くわ歌は歌うわで滅茶苦茶だったもんで。全く、こっちも大分煽ってたし、すっかりくたびれて、ついさっきまでひっくり返ってたって訳ですよ」  滑らかに続けられる嘘の二重奏へ、不審はあっという間に溶け消える。また何か思い出したことがあったらとか何とか抜かしていたお巡りの顔を一刻も早く視界から消したくて、ロッドはさっさと扉を閉めた。押しつけられた大振りのグロック17。フィンレイは自らも玩具みたいな26を握りしめている。  向き合った時、彼は怯えていなかった。口元を凍り付かせるのは、例えて言うならば試験前に取り憑く緊張のようなものだ。 「驚いた……あんた、まさか」 「それはこっちの台詞だ。お前、何もやらかしてないだろうな」 「4時だろ。まだやってた頃じゃないの」  はんっと鳴らされた鼻はまだ充血が残っているのか、少し詰まって甘ったれ具合を強調する。 「とてもじゃないけど無理だって。今も身体がばらばらになりそう……あんた、おっさんの癖によくあれだけ盛れるね」 「自業自得だな。お前が誘ってきたんだろう」    事実を教えてやっただけなのに、フィンレイはまた不機嫌そうに唇をひん曲げる。シャツを脱ぎ捨て、皺と染みに覆われたシーツへ再び潜り込むだけの動作をこなすことすら、随分とかったるそうだった。 「コーヒー買ってきてくれよ、パパ」 「お前、実の父親にもそんな態度でもの頼んでんのか?」   だとしたら、あいつも随分ガキを甘やかしていたものだと呆れてしまう。それとも偶にしか帰宅しないから、家にいるときはめい一杯可愛がろうとしていたのかもしれない。  テーブルへ拳銃を戻しざま、一本だけ残っていたバドの缶を掴んでベッドへ投げつけてやれば「それはもう無理だって」と泣き言が飛んでくる。 「本当に頭痛いんだってば」 「そんなに飲んでないだろうが」 「ないけど。飲み合わせが悪かった」  そうぼやくものの、ナイトテーブルに鎮座するアーリータイムズへ、昨晩の彼は殆ど手を付けていない。空き瓶の傍らから潰れたマルボロのパッケージとジッポーを掴み取ると、ロッドはベッドへと這い上がった。跳ねる枕元のスプリングは今にも折れそうな音を立てて軋み、また低い呻きが上がる。 「ロッド……」  この親にしてこの子あり。両親の期待を裏切り、坊やは既にありとあらゆる悪事へ手を染めている。その癖、初めてロッドのシボレーへ乗り込んだ時、車内へ満ちるヤニ臭さへ顔を顰めたものだから、うっかり勘違いしてしまうところだった。あどけない顔つきに違わぬ、まるで石鹸で洗ったように純真な子供なのかと。  「今時紙巻きの煙草なんて。俺はジョイントに混ぜる時しか使わない」と生意気を抜かしていたのが嘘のよう。今やフィンレイはニコチンへすっかり適応している。「だってあんたがあんまり旨そうに呑むものね」せめてどちらか片方の親でも、何かと人のせいにする悪癖を矯めようとはしなかったのだろうか。  胡座を掻いたロッドが一服、二服と噴かせば、幾らもしないうちに膝元で身じろぎが起きる。むくりと起き上がった時、シーツは身体へ纏わりついたままだった。寄り添う身体は最初から脱力しきっていて、肩へ凭せ掛けられる重みも予想の範囲。細い腰を抱き寄せてやれば、益々身体を預けてくる。  昨日散々男のペニスをしゃぶり、口と舌でねぶられた唇は重い充血を残し、ぴったり噤まれることがない。寝癖のついた黒髪から覗く焦点の合わない目が、まだロッドの口から漏れる紫煙を追っている間に、薄く開いた隙間へ煙草の吸い口を差し込んでやる。フィンレイは従順に咥えた。贅肉のない胸の中で肺が膨らみ、萎み、一息ごとにどろりとしたタールを蓄積する。煙草を摘む中指が鼻の下に触れても、そこは女のように滑らかなのだ。唇を落とした頬と同様に。 「なあフィン」 「うぅ、ん」 「お前、おまわりがパトカーのサイレン鳴らして来たの気付いたか」 「しらない」  先端を軽く舌で弾くようにして除けるから、フィルターは薄笑いに染まる口角を更に押し広げる。嫉妬のようなものを感じて、ロッドは煙草を抜き取り、唾液の滲んだそこを舐めた。この甘さは毒物だけが作ったものではない。 「なに、びびってんの」 「いや、用心してるだけだ」 「平気だろ。監視カメラは壊してきたし。あいつ英語喋れなさそうだった」 「ひでえ訛りだったな。ありゃ中国人か?」 「日本人じゃないの。ドラゴンボールのTシャツ着てたよ」  怯えて両手を掲げ「ああ殺さないで」とか何とか喚いた後は全く支離滅裂。ガタガタ身を震わせていたニキビ面のアジア人に支払われる時給は7ドル50セントといったところだろうか。どう考えてもコンビニのレジスターを守るのに見合う金額では無いし、本人もしっかり弁えていた。  鼻を鳴らして笑うロッドに「アジア人差別なんてダサい」とフィンレイは宣う。 「俺あいつら好きだよ。漫画もゲームも面白いし」 「馬鹿言え、連中の作るものはみんなこの国の真似ごとだ。しかもそれを改造して、馬鹿高い金額で売りつけて来やがる」  回した手でボクサーパンツの履き口をずらし、ぽっこり目立つ腰骨を撫で回す。そのまま潜り込ませた指を尻へと向かわせていたら、「これだからおっさんって」と喉の奥で声が震える。 「好きに言ってろよ、もう」 「ああ、そうするさ。大体、奴の頭を殴ったのはお前だぞ」 「だって素直に金を渡さなかったし……」  囁いた「これだからガキは」なんて揶揄を、もうフィンレイはまともに聞いていない。仰け反った喉がひゅう、と荒屋の隙間風じみた音を立てる。 「銃、こわれてないかな……」  尖った喉仏へかぶりつき、ずり落ちたシーツから覗く青白い肩口へ鬱血を上書きする。飲まれ、短く押し出された息は自らのものと同じく、馬糞の匂いがした。  大人が子供とファックするのは良くないと、これまで何となく思っていた。(実際の年齢はともかく、ガキのようなものと、ロッドはフィンレイを認じていた)世間の規範という奴だ。アフガンで砲弾を抱えた女のどたまをぶち抜き、郊外の質屋で店番の老人の前歯を叩き折る生活をしていても、最低限の一線は自分の中にあるのだと。自分はそれを理解できる程度にはまともなのだと。  けれど、理解なんてとんでもなかった。ただ刷り込まれたものを、何も考えず飲み込んでいただけの話でしかない。実際のところ、フィンレイの肉体は心地よく、ペニスをねっとり包み込む内臓は極上の一言に尽きた。  曲がりなりにも赤ん坊の頃から知っていて、成長の節目節目で会ったりしている訳だから、もっと感慨らしきものが湧くものかと思っていた。実際のところは何となく、まるで自然に、鍵が鍵穴へはまるという感じで関係は進んだ。驚くべきことに、日がなやり続けても、世界はひっくり返る気配など微塵も見せない。悪徳を罰する大洪水も起こらなければ稲妻に打たれることもない。神は禁忌を見逃すと? いや、そもそも奴を信じていないので、最初から埒の範囲外なのかも知れない。  対するフィンレイも、子供が大人とファックすることに抵抗を抱かないらしかった。まあこれは仕方ない。子供なんて大抵そんなものだ。何せ大人と違い、自ら誘惑したところで、ガキは罰せられない。罪を理解するまでは刑に処すことが出来ないという訳だーードラマで少年犯罪か心神喪失の被告が登場する判決でよく使われる言い回し。もしかしたら腕の中の青年は、後者なのかも知れない。  そもそも、これは罪なのだろうか。もう分からない。どうでもいい、と言うのが正直なところだった。  灰皿の中に残る昨晩の吸殻が、まるで今際に生きた証を誇示する悪あがきのように、臭いを辺りへ撒き散らす。  乾いた口がねとつき始め、接着されてしまいそうなほど執拗なキスを繰り返す。薄いフィンレイの舌が甘える動きで絡みつき、口腔内へ引き込もうとするから、わざと往なして糸切り歯の付け根を擦ってやった。二の腕に掛かっていた指が縋るように、張り詰めたシャツの袖を掻く。ゆっくりと押し倒されても、彼はまだ瞼を落とそうとはしなかった。欠伸涙の滲んだ目尻を舌先で擦れば、思った以上に塩辛い。ついでに色素の薄い目玉にも、べろりと舌一面を這わせてやる。 「痛っ! ちょっと、何だよ」 「悪い悪い」  プレゼントの包装を剥がすようにシーツを開き、生まれたままの姿を晒け出させた。昨晩ロッドが刻んだ情交の名残の他に、右の上腕から胸へと刻まれるトライバルの刺青が黒々と目へ飛び込んでくる。まだ薄れないインクは、本人の新鮮さと青臭さをそのまま示しているかのようだった。  体毛の無い胸元を両手で撫で回しながら、ロッドはまだくわえ煙草をくゆらせていた。舞い落ちた灰が臍の窪みの縁へ着地する。特に堪えた様子もなく、それどころか気付いていすらいないのかも知れない。フィンレイはくすんだ壁のクロスを茫洋と見上げていた。生まれたばかりで、艶々と一際鮮やかな茶色の羽を持つ小さな油虫が、のそのそと壁を這っている。ベッドヘッドが頭上へぶつかる勢いで暴れたら、シーツの上へ降ってくるかも知れない。ふうっと吹きかける紫煙は当然の事ながら届かなかった。虫は平然と、マイペースに壁を横切っていく。 「ロッド」 「ああ?」 「あんたは気持ちいいね」  しどけなく開かれた下肢の間に割り込んできた肉体を、だらけた下目が睥睨する。 「イタリア系と寝るのは初めてだけど、噂通りものもデカい。親父と同い年の割にはやり過ぎな位ムキムキだし。まあそこそこハンサムだし。どこに出しても恥ずかしくない情人だよ」 「そりゃどうも。にしても情人たあ、随分難しい言葉知ってるじゃないか」 「違うの?」  そう言いながら瞬く目が、びっくりするほど屈託無い。思わずロッドは、青年の顔をまじまじと見下ろした。今度こそ少し真剣こいて、思い出そうとしてみる。こいつの両親の結婚何周年記念を祝うホームパーティーにて、おじさんおじさんと回らぬ舌で呼びかけながら駆け寄って来た小さな子供の姿を……結局無理だった。うっすらと筋肉の乗った胸をわしわしと揉んでやる時、一瞬脱力した指先から煙草が転げ落ちそうになる。もう半分近く燃え尽きているものを灰皿で揉み消し、ロッドは更に強い反応を追求し始めた。 「ん、ん……じゃ、ゴッドファーザーって呼ぶ?」 「それこそゾッとしないぞ。イタリア系差別なんて」 「意外とこだわるなあ……」  ロッドが弄るまで貧相だった乳首は、まだ夜の熟れをたっぷりと残している。指先で触れれば熱を感じる程だった。荒れてざらつく指の腹で強く揉み込んでやれば、跳ねた膝小僧が脇腹を掠める。自らの前で、この青年は弱さを隠すどころか見せつける真似すらした。 「ふ、あ、ぁあ……」  もっとと強請るように上半身が浮き上がる。お望み通り顔を伏せ、ねちっこく舌一面で舐めて、薄く皺のない粘膜へ前歯を食い込ませてやった。ひとたび肉欲へ意識を向け始めたが最後、快感さえ拾えるならば、扱いの粗雑や丁寧は関係ない。フィンレイは頬を悶えの色に染め、反らした喉を震わせた。  あんまり無防備にされるものだから、くびってやりたくなる。ナイトテーブルで大人しく控える拳銃を引ったくって、心臓に銃口を当て、引き金を引きたくなる。この数日で何度も何度も覚えたオブセッションを、抑え込まねばならないのが辛い。訓練によって身につけた衝動性を抑制する術は、ここのところの自由気ままな生活ですっかり鈍っている。  一思いに欲を満たしてもいいのかも知れない、と囁く本能を打ち消す、別の本能。緩く立ち上がったペニスを素通りし、会陰に触れると、そこには温かく重たげな湿り気。アナルに残る潤滑剤は乾きかけていたが、指先で擽ってやればくちっと音が鳴る。とっととはめたい。等閑な前戯を終了し、ジーンズのチャックを開く。金属が解れる小さな音を、枕へ勢いよく預ける頭によって相殺することで、逸る気持ちを隠したつもりなのだろう。唇を舐めるフィンレイの紅い舌先は下品で、卑猥の一言に尽きた。 「マクスウェルだっけ、あのコーンロウの黒人だよね。あいつ……」 「なに、なんだ」  左手の中指を潜り込ませ、掻く動きで乱暴に直腸の入り口を捲り緩める。右手では取り出したペニスを扱く。無精して2つの違う動作を行なっていたから、唐突な会話の穂口に反応が遅れてしまった。「お前、自分で広げろ」と命じれば、フィンレイは渋々と右手の指をしゃぶり、左腕で太腿を抱える。 「ーっ、あのブラック・ブラザー。最新の、iPhone、持ってた」 「よく見てんな。どうせパチモンか盗品なのに」 「すぐそういうこと言う……警察、もう現場検証したかな」  細い指は一気に2本含まされる。思い切り開かれた脚の間は色素の沈着もない。従順な肉の輪は異物をぴっちり包み込み、縁が拗ねた子供の尖らせる唇じみてぷくっと膨らんだ。掘削ではなくぐりぐりと中で回す動きを作ることにより、糸引きながら絡む内臓の動きを相手に想像させる。  ロッドが喉を鳴らすのと同様、今やフィンレイも禍々しく勃起するロッドの逸物へすっかり意識を奪われていた。子供はことさら背伸びして、虚勢を張りたがる。唇から短く熱い息を溢し、フィンレイは辿々しく呟いた。 「証拠品、もう、持って行っちゃったかも……」 「マジか。死体漁りは流石にヒくぞ」  顰められた眉を呆けた目で見上げ、フィンレイはことんと音が鳴りそうに首を傾げた。 「死んだんだっけ?」  ずぷりと音を立てて、柔い肉の中に指が股まで潜り込む。今の状況に全くそぐわない、もしも上半身だけをカメラで切り取ったら、男と自慰を見せ合っている状況だとは誰も思えやしないだろう。 「あ、ぁあ、あ、あ、あ、ロ、ロッド、ぃや、い、や…!」  上下運動へはすぐさま捻りが加えられ、血管が透けて見えそうに瑞々しい粘膜が隙間から覗いた。動きは益々早くなり、筋が浮くほど手首に力が込められる。いや、いや、と回らぬ呂律で繰り返す癖、自虐の手付きは激しくなる一方だった。がくがく揺れるすんなりとした腿を握る指先が、白く血の気を無くす。食い込む爪で刻み込む半月の跡に触れたいとの希求に駆られるまま、ロッドはそのまま相手の手に手を重ねた。力んだ指の狭間から触れる、粟立った肌の感触へ覚えたのは、どう言う訳か滑稽さだった。この青年に向ける感情が荒れ、すさみ、爛れて惨くなり、熱く冷たくなる度、ペニスが漲るのは一体どういう訳だろう。  腹を打ちかねないものを手で支え、穴に押し当てる時、ロッドは一度壁へと視線を走らせた。油虫は触覚をぴくつかせながら、まだ隅の方でぐずつき、さながら人間様の様子を窺っているかのよう。何にせよ、ベッドへ落ちてくることはないだろう。  よそ見へ癇癪を起こしたとでも言わんばかりに、触れている先端を括約筋が抓り上げる。ちゅうと甘い音を誤魔化す為だろうか。それとも煽り立てられてしまったのだろうか。ひくひくと喘ぐアナルを可能な限り明け渡そうと股を開き、息を乱しながら、両腕を差し伸べる。求めているのは、死んでしまいそうなほど強烈な刺激だ。天突くペニスを握って軽く擦り付け、割れ目を引き伸ばしてやりながら、ロッドはにやにやと引き攣ったやに下がりを向けた。 「そら。これが欲しいって言えば、天国へ行けるぜ。お願いしてみろ、フィン」 「意地悪しないでってば……ああ、ああ、お願い、欲しいよ、すごく欲しい、早くくれって!」  「いじわる」なんて幼い語彙が、早鐘を打つ心臓にストレートで叩き込まれる。汗と先走りでべとべとになった手のひらの中、性器は太い筋が感じ取れるほど浮き上がり、今にも燃え出しそうだった。  沈み込ませた時点で、ぐぷ、と酷い音がなるほどだった。覚えているのだろう痛みに、フィンレイは冷たい汗の滲んだ腕で、目の前の逞しい首へひしとしがみつく。脈打つ頸動脈を八重歯が掠め、ロッドは怖気がぞくぞく尻まで走るのを味わった。 「ぅ、あ゛ぁ……ロッド、ロ」  べろりと唇を舐めてやることで、火照った粘膜と張り詰めた舌、焼ける息まで何もかも味わう。今にも呼吸が止まりそうな気配に、半分まで埋め込んだ時点で一度腰を止めたが、地獄の責め苦と言う他なかった。舐め咀嚼する動きは亀頭から竿から一度に襲いかかる。艶々とした内臓の襞同士がにちゃにちゃと濡れた音を立てて纏わりつき、くっ付いては離れるを繰り返しているかのよう。  フィンレイも男のものを心行くまで味わい、続きを待ち侘びていた。俯いた拍子に薄く重なり合った上下の睫毛が、先程食い破りかけた首筋を、蝶の羽の動きで擦る。肩口になすり付けられる唇の動きは拙さしか感じない。 「フィン、離れろよ」 「いゃ」 「これじゃあキス出来ないだろ」  ここのところ女にすら、こんな甘やかす口調を作ったことはない。冷たい汗が浮く肩を軽く叩いてやれば、そろそろと身が離される。目と目が合う前に、ロッドは約定通り唇を重ねた。粘る唾液の絡む舌を引き摺り出される事がどれほど猥褻なのか、必死のフィンレイは気付いていない。 「ん……ロッド……優しく、ね」 「よく言うぜ……今時こんな優しい名付け親、そうそういてたまるか。わざわざ国を横断して、お荷物を運ぶなんて」 「自分も、は、ぅ、用事、あったんだろ」  そう言えば話したっけな、と、ロッドは熱暴走を起こしつつある頭で考えた。いい年こいて母親と喧嘩した挙句、「そんなに火に巻かれて死にたいなら、あの男にサインもらって来ればいいじゃない」と啖呵を切られた末の自棄っぱち。消防士の採用試験を受ける為、身元引受人の署名を貰いに行くとの名目で家出したクソガキ。これはあくまでオプションなのだと、この一文なしのプー太郎は弁えているべきなのだ。カスタムを終え、整備工場から戻ってきたばかりなシボレーの助手席には帰路、悪たれ坊主でなく20万ドルを詰めた鞄が鎮座していなければならない。    フィンレイの父親がぶち込まれたのは完璧な想定外だった。いつも通り金庫番を任せていたことは別に後悔していない。己が大金を持つのはまずいと、ロッド本人ですら自覚していた。彼の賭け狂いは仲間内でも有名だった。そもそもヤマを取ってきて、計画を立て、現場で指示を飛ばしと、管理するのがあの男の役割なのだ。金がその範疇に含まれるのも当然と言えた。  だがそろそろノミ屋の督促も煩くなっているし、間抜けで哀れな男は義理堅くも裁判の最初から最後まで黙秘権を行使し続けた結果、懲役10何年、だったろうか? 「親父が黙ってたから、あんたシャバへいられるんだろ……っ」 「あんまりナマこくと放り出すからな」 「出来ない癖に…!」  そう強がってみせる癖、足は素早く腰へと絡みつく。自ら腰を掲げ、生意気にも頬へ笑みすら刻んで見せた。 「好き、ロッド。やれよ!」  思わずロッドが上げた感嘆の唸りは、極限まで高められた興奮が作るヒステリーによるものだった。骨張った肩を掴んでマットレスへ押し付け、追いかけるようにして腰を落とす。 「ぐ、ぅぁあ……っ…!」  陰毛がざりりと、敏感な肌へ擦り付けられる程の深い結合に、フィンレイは肺の奥深くから呻きを絞り出した。心地よく聞き流しながら、脚を抱え直す。  がつがつと使われる腰の動きで、フィンレイは嵐の中の小舟ほどもなす術を失った。所々薄くなったリネンをぎゅっと掴む手は、垢の匂いがする枕よりも余程白い。ロッドのこめかみを伝う汗が滴り、腹へ落ちてくることすら強烈な刺激となるのだろう。丸い雫が溶け消えたシーツへ頬を擦り付け、「あ、あっ、あ」と途切れ途切れの喘ぎを響かせた。  ロッドは膝でにじり寄り、先を求めた。まだ全てを暴きききってはいない。別にそんなことをする義務はないのだが、求めてしまう。可能性を感じた。腸の奥、先端を撓ませる柔らかな壁は、まるで尿道口を摘んで尖らせるように、貪欲で鋭敏な吸いつきをみせる。 「ふう、ぅ……」 「いい子だ、フィン」 「あ、ぁあーーっ、やだ、出る、も、イく、イくから、ぁ…!」  大きなストロークで、貫き通した暁には最深を破る勢いで思いきり叩きつけ、破ろうとする。幹が撓みそうな勢いすらも腸壁は抱擁し、むしろ煽るかの如く襞は従順に薙ぎ倒された。シーツを掻くフィンレイの指は、今にも布を引き裂きかねない。  紅潮し、しっとり汗ばんだ眼下の頬を撫でてやろうと思ったところで、甲高い電子音が鳴り響く。埋めきったところで動きを止め、ナイトテーブルへと手を伸ばす。捻られた腰の身じろぎに合わせてペニスがぐるりと内臓の円周を広げ、フィンレイは「ああっ」と掠れた悲鳴を上げた。  スマートフォンへ応答した時、てっきり間違ってフィンレイのものを取り上げてしまったのかと思った。液晶画面へ表示された発信者名へは一瞥を落としていたから、相手が誰かは知っていた。だが電話口の声は、硬いものを切るような音色で、想定していた以上に余所余所しい。10日前もこんな口ぶりだっただろうか。寄せた眉根は、ほぼ一方的な報告を聞くにつれ益々深まる。 「は、ぁっ、ねぇロッド、なんだって……」  鳩尾に手を当てて押さえつけていれば、フィンレイは臍を曲げ、踵で腰を蹴る痙攣じみた動きで抗議の意を示した。目元を擦る拳の下から覗く恨めしげな眼差しに、苛立ちと欲情が湧き上がる。 「分かった、俺から伝えとく……その方がいい、まだ寝てるから」  スマートフォンをテーブルへ投げ戻した返す手で、ロッドは額に掛かる髪を掻き上げた。ほんの数分の会話の間に、汗はまるで凍りついたように冷えている。 「お袋さんからだ」 「なんで、あんたのところに」 「お前が無視するから心配して掛けてきたんだろう。それより、面会は中止だ。お前の親父が昨日の晩、シャワー室で刺されたらしい。幸い一命は取り留めたそうだが、刑務所病院で隔離されてる」  音読じみた口調が耳に届いた時、フィンレイが浮かべた表情と言えば、全く見ものだった。ぽかんと間抜けに開いた口の中で、舌はだらりと力無く蟠っている。驚愕で麻痺したと言うよりは、キスのし過ぎですっかり疲れ果てたかのよう。丸くなった目の飴色が、朝日を吸い込んで一瞬輝き、やがて唐突に光を失う。  そら来るぞ、とロッドが期待に胸を膨らませ、見守っている時間は短かった。透ける瞳が溶け潤み、赤らんだ眦へみるみるうちに雫が膨れ上がる。  とうさん、と声なき声が唇の先で淡く弾けたのを、自らの唇で飲み込んでしまいたい。その熱望を叶えることは残念ながら間に合わなかった。けれど頬を滂沱に伝う涙を隠すよう、手が顔へと向かう途中で、阻むことには成功する。  両手首を掴み、マットレスの上へ押さえつけて間髪入れず、ロッドは歪んだ泣きっ面へ顔を近付けた。フィンレイも最初は右へ左へと振り背け拒絶していたものの、一度唇が口角を掠めると、もう白旗を上げる。嗚咽は、ぴたりと重なったロッドの口元が笑いを隠しきれていなかったことを起爆剤とした。 「ばか、ロッド、ばかやろうあんた、死んじまえ」 「よーし、泣け泣け。そうやってガキみたいに癇癪起こしてろ」  揶揄と裏腹、ちゅ、ちゅと甘く啄む仕草は、実のところ案外実際的な宥めの効果があるものだった。呼吸が落ち着き、瑞々しい粘膜を軽く噛む刺激で意識を悲嘆から逸させる。  おまけとばかりに、ひくついている塩辛い鼻先へ音を立てて口付けてから、ロッドは細い手首を握る力を僅かに緩めた。首が竦められたのは、擽ったかったせいだろうか。べとつく手のひらに人差し指を這わし、軽く擦ってやったし、血の気の上った耳に潜めた声を吹き込みもする。或いは、その眉間の皺が示す通り。 「なあフィン……お前、どうして泣いてんだ」 「だ、って……」  力無い五指全てを使って、無骨な男の指が握り締められる。その時ロッドは確かに思い出した。洗礼が行われたアリゾナのど田舎にある小さな教会。厳粛で静謐で、辛気臭くかび臭い空気など全く意にも介さず、母の腕の中ですやすやと眠る赤ん坊。ふくふくした頬を指の背で撫でてやれば、楓のような手が今と全く同じ仕草を返してきた。  神父の御託ではなく、あの汚れない柔らかな手こそが庇護を誓わせるのだと、こいつの父親は確信していた。馬鹿げていると今なら思うことができる。確かに奴の予想は一部当たった。本命と単穴のワイド並に面白みのない勝負とは言え。 「だって、俺……」 「そう、お前だな」 「身元引受人のサイン、してもらえないじゃないか」  すっかり拗ねて鼻を鳴らしながら、フィンレイは男の指を口元へと運んだ。火のような息でふやかした深爪を甘噛みしながら、じろりと突き刺してくる上目遣いがどれだけの魅力を放つか、勿論このガキは理解している。  この会話を聞いたらお前の両親はどんな顔をするだろうかとか、これだけ悪事を重ねておきながら今更公務員になろうなどとどの口が言うかとか、余計な文句をロッドは全て飲み込んだ。歯型をつけられた指の腹で探る口腔内の粘膜はぬるぬると熱く、まだペニスを埋め込んだままの直腸を容易に思い起こさせた。 「もういいよ、あんたがサインして」 「続柄に名付け親って書いて通用するもんかな」 「じゃあ結婚したら良いじゃん。夫なら間違いないだろ」  思わず真顔になったロッドを、フィンレイもまた無表情に見つめ返した。 「別にヴァージンでもあるまいし、ファックしたら結婚しなきゃいけないとは思ってないけど……しちゃいけないってことも無いんじゃない?」  やり過ぎて脳みそが壊れるなんてことはあり得るのだろうかとの疑問に並行し、可能性を想定してみる。それこそ考えることすら及ばない、馬鹿げた話だ。数年ぶり位に再会して、たった10日で結ばれる?   ハーレクイン小説とまでは言わないが、こういう話題を持ち出す時は、もうちょっとムードとかそういうものを……なんて思ってしまった自らの方が、よっぽど頭のネジが外れているに違いない。 「冗談でも、もうちょい気の利いたこと頼むぜ」  至極面白みのない切り返しは、結局溜息と共に吐き出す。 「当ててやる。この次に俺が何を言っても、お前はこう言うんだ、面倒臭い女みたいな口ぶりでな。『あんたにとって俺は何なの』」 「どうでもいい。情人とか?」 「またそれか」  更なる抗弁は、腰の動きを再開することで封じ込める。ぐっ、ぐっと本格的に奥の窄まりをこじ開けられるのは、さぞきつかろう。だが忍耐と言えば、こちらの方が相手の百倍は発揮したと、ロッドは自信を持って答えることが出来た。 「やめ、いや、ぁ……ロッド、も、それつらぃい……」  代わって喉が絞られ溢れ出る、がらがらに割れた声が、天上へと駆け上る朝日で干からびていく。 「はら、やぶれる……こわれるよ」 「心配すんなって、壊れても可愛がってやるからな」 「ぅあ……っーーーーー!!!!!!」  遂に破壊の瞬間がやってきた。ぐぽっとグロテスクで、とてつもなく欲情をそそる音が、薄い腹の中から鳴り響く。その振動は、張り出したえらを揉みくちゃにする刺激と共にペニスから伝播し、脊柱を走り抜け脳まで一直線にぶち込まれる。ぶわりと放出されるアドレナリンは、麻薬並の中毒性だ。何回味わっても、堪らない。 「ーーーっ、ぅーーーー、んく、あ、あ゛ぁ…!」 「いい子にしてたら結婚してやるよ」  引き抜いては押し込み、こじ開けては抉る。相手のつむじがベッドヘッドにぶち当たっていることなどお構いなしに、がんがんと腰を突き上げながら、ロッドは言った。脳に浮かんだままの文章を口から出まかせにする。思ってもいないことだったとして何の問題があるだろう。理性の手綱を放し、衝動に身を任せることは途轍もない快感だった。 「新婚旅行はフィリーのあの、美術館へ行こう。ほら、シルベスター・スタローンが駆け上がってた階段さ。それからチーズステーキを食って……後は、くそったれ、おい、なんだ? フィン、お前は何がしたい」 「っあ、あん、やっ、あ、ぁ、んっ」 「アンアン言ってないで答えろよ、俺と結婚したいんだろ。それとも情人か。何でも好きなことさせてやるよ」 「お、俺、ぅ、あ、iPhoneほしい……」 「じゃあ次はシケたガソリンスタンドじゃなくて、アップルストアを叩くか」  いつの間にかがっちりと絡み合った手は、お互いの汗で時に滑る。手の甲へ文字通り爪を立てて食い込ませることで、フィンレイはロッドへついてくる。今や彼もかくかくと腰を振っては、より深い結合を貪ろうとしていた。 「サイン、サインして…! しょ、ぼ、しになるんだから」 「なれるかよ、高校も出てない年少上がりが。いい加減、そんなアホらしい夢は捨てちまえ」  それで、俺と一緒に来ればいいじゃないか。そう思ったのは嘘ではない。だが臍の下から迫り上がる射精感に襲われ、言葉は口の中で死んだ。  フィンレイの血を吐くような絶叫は、極上のオーガズムが伴われる。白濁混じりの先走りで溶けた蝋燭のような有様だったペニスは、まるでホースから噴き出す勢いで射精を行う。  追いかけるようにしてロッドも中に出した。びちびちと跳ね回る精液が、既にぬかるんでいた内臓を洪水のような有様に変える。散々擦られて敏感になった粘膜を濡らされるのも良ければ、最後の一滴まで出し切るためにぶるりと腰を震わせ、数度軽く突き上げるのも感じ入るらしい。一際狭い結腸の隘路から、亀頭が撓む勢いで引き抜くことで、窒息しているかのような喘鳴が漏れた。だらだらと垂れ流され続ける体液は点々とアナルまで続くどころか、閉じきれない穴からじわりと滲み出てくる。  手のひらの中から滑り落ちて行く一回り小さい手は、辛うじて掴み直す。 「しょげるなよ。確かどっかのムショで、ホットショット(森林火災消防隊員)になるプログラムがあるって聞いたことがある」  握り込み過ぎて変色した手の甲に唇を落としながら、ロッドはぐったりと目を閉じているフィンレイに嘯いてみせた。 「お前はまだ若いんだから、チャンスは残ってるかも」  うっすら持ち上げられたとき、瞼の向こうで瞳はすっかり呆けているかと思いきや、あに図らんや。一抹の剣呑さは決して消えることが無いのだ。 「あんた、イラクで死体漁りとか、ほんとにしなかったの」 「ああ、したかもな。少なくともお前の親父はやってたんじゃないか」  何せ子供を養うには金がいる。健やかにあれと願い、どんな場所でも働いて得た報酬はそこそこ家に入れていたはずだが、あの男は肝心なものを息子に与えなかった。  自らはそれを与えることが出来るだろうか。実の父親に託されたゴッドファーザーの名に於いて。  今は1970年代ではないし、己はマーロン・ブランドに程遠い。さっさと割り切り、ロッドは再び青年に覆い被さった。アル・パチーノへ及びもつかない小僧は、拒むことをしなかった。それどころか、伸ばされた腕と言ったら貪欲だった。これは美徳だ。教えてやれる。伸ばしてやれる。  やるべきなのだ。何せ大人たるもの、一度引き受けた責任は果たさねばならないのだから。 終

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