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28 和馬視点
和馬の髪が、カフェオレ色から金色に近い色に淡く光る。それは和馬の身体全体を包み、優しい風が髪をふわふわとなびかせた。
「……っ」
後ろで、息を飲む気配がする。同時に彼から感じる力も強くなり、和馬も息を詰めた。
(いけない。僕の力に反応して柳さんの力が強くなってる……)
和馬はほんの少しだけ彼の力を引き出すつもりだったが、予想以上に反応が良くて困った。少し引っ張っただけで溢れ出てくる力は、和馬の制止を無視し、どんどん奥へと入ってくる。
(うそ、何で?)
ビクン、と和馬が大きく震えた。思わず声を上げそうになり、唇を噛む。
体内に入った力は、奥へ行くほど熱くなり、和馬の身体をも翻弄する。
瞳の金色が揺れ、体が熱くなる。腰の辺りから背筋を通って何かが這い上がってくるような、でも甘い痺れが脳に伝わっていく。
「和馬……」
「――ん……っ」
動かないでと言ったのに、紘一は和馬を抱きしめる腕に力を込めた。さらに周りの空気が濃くなり、和馬は頭がクラクラする。
今まで何度か竜之介や佑平に助けてもらったけれど、こんなに強烈な力は感じたことがない。どおりで仕事中の和馬を見つけられる訳だし、竜之介に警戒される訳だ。
和馬はすぐに彼の力を落ち着かせると、熱くなった自分の身体も落ち着かせようとする。
そう、彼は自分ではなく、自分の力に惹かれて側にいるだけなのだ、勘違いしてはいけない。人間には自分の意思で動いているのか、天使族に動かされているのか、区別がつきにくいらしいから、自分がしっかりしていないといけない。
「柳さん、もう大丈夫です」
多分赤くなっているであろう顔は、まだほてって熱い。乱れかけた呼吸を整え、早く竜之介を探しに行かなくては。
顔を見られたくなくて、正面を向いたままそう言うけれど、紘一は離れようとしなかった。しばらく黙ってそのままじっとしていると、ぽつりと彼が呟く。
「和馬……お前、自分が犠牲になればとか考えるなよ。今だって、俺に負担をかけまいとしてただろ」
耳元で聞こえる言葉は、完全に図星だった。だからこそそれに、和馬はイラついてしまう。
「……自分の力もコントロールできないただの人間に、何が分かるんですか」
天使族と人間が交わることが、どれだけ危険なのか、彼は知らない。それがあるから、自分たちはずっと、人間を傷付けないために身内同士で婚姻を繰り返してきたのに。
しかし何故彼はいきなりそんなことを言い出したのだろうか。和馬の力に触れて、何か感じたのかもしれない。
場の温度が一気に下がる。それを感じたのか、紘一がやっと和馬を放した。
「和馬の言うとおりだ。俺は何も分かっていない。けど、お前のことを好きだって言ってる奴に対して、その態度は失礼だと思う。過ぎた遠慮は、人を傷付ける。」
「……」
それは、自分には幸せに過ごす権利がないからだ。家族を殺し、一族の存続が危ぶまれているのも、自分のせいだから。
「さっき、小さい和馬が泣いているのが見えたんだ。ずっと謝ってた。竜之介も佑平ももういいって言ってるのに、聞きやしないんだ。それがこう……今の和馬と重なって、ああ、こいつは許されちゃいけないって思い込んでるんだ、って思ったら、急に抱きしめたくなって」
和馬は驚いた。レイを封印した後、一つの言葉しか発しない和馬を、竜之介と佑平は困惑した顔でずっと宥めていた。本人ですら忘れかけていた記憶を、紘一は見たというのか。
「でもやっぱり小さい頃のまま、お前は誰の言うことも聞きやしない。俺のことも、強い力があると言いながら、人間だからとすぐ外へ締め出そうとする」
「それは……」
あなたが一番傷つけたくない人だから、とは言えなかった。和馬が口を噤むと、紘一はもういい、と話を終わらせる。
「今は何を話しても信じてもらえないだろうから」
その言葉に、和馬はハッとした。妙な焦燥感がじわじわと出てきたけれど、これで良いのだ、と思い直す。
後ろで紘一が立ち上がる気配がした。そう、そのまま部屋を出て、すべて終わるまであの部屋に閉じ込めておけばいい。和馬への不信感が増し、全て終わって解放された後は近づきもしないだろう。
(それでいい……)
胸の痛みを覚えながら、和馬は無理やり納得しようとした、その時。
「見つけた」
冷たい風が部屋を取り巻き、人の形を作った。それはちょうど紘一の後ろにあったことにまさか、と思い振り返る。声を上げた時にはもう遅かった。
「柳さん!」
風の中から現れたレイは、紘一の腕を後ろに捻り上げた。苦痛にゆがむ紘一の表情を見た時、和馬の中で熱い何かが沸騰するのを感じる。
レイは薄い笑みを浮かべながら、和馬を見た。
「なかなかお前の力が減らないと思ったら、こいつのせいか。おかげで俺も実体化できたし、感謝はするけどなぁ」
相変わらず瞳に昏い光をたたえながら、レイは口の端だけで笑う。
「レイ、彼は関係ない。放して」
空気がピリピリして痛い。レイから放たれる邪気が、一気に部屋の空気を汚していく。それが紘一にも影響しないか、気がかりだ。
「関係ないことないだろ。この人間、お前の好みなんだから」
相手の嫌なところをついて、心を揺さぶるのは彼の得意なことだ、その言葉を聞いて、紘一がハッとこちらを見る。その視線に動じていないふりをして、和馬はレイを睨んだ。
「……仮にそうだとしても、彼を傷付けていい理由にはならない」
「ふーん……」
レイの瞳が鈍く光る。
「ずいぶん大事にしてるじゃないか、こいつのこと」
「彼だけが特別じゃない。僕たちは、人間を守る対象としているはずだ。レイ、きみのやっていることは、天使族本来の存在意義から外れている」
紘一の様子を気に掛けながら、何とか反撃の隙を見つけようとするが、なかなか見つからない。レイは挑発的にこちらを見ているが、そのくせ警戒を怠らないのだ。
ふと、レイが浮かべていた笑みを引っ込める。
「……興醒めだ、和馬」
言葉の揺さぶりに乗ってこないと知ると、レイはため息を吐いた。
「昔から、欲を出さず澄ました顔のお前が嫌いなんだよ。こいつの……」
そう言って、レイは紘一の身体を揺さぶる。
「この人間の力が欲しいんだろ? 欲しくてたまらないんだろ? 本当は浅ましい奴のくせに、綺麗なふりして」
レイは紘一をまっすぐ立たせると、その首に手をかけた。紘一は視線で抵抗しているのが見えるけれど、操られているらしい、微動だにできないでいる。
「やめろ!」
思わず声を上げると、レイは満足げに笑った。
「そうだ、その顔。お前と俺は同類だ。ただ俺は、本能に従っているだけなんだよ」
和馬は唇を噛む。紘一を人質にとられてしまうという、最も恐ろしい展開になってしまった今、レイと戦わずにこの場をしのぐのは無理だ。その考えがレイにも通じたのか、彼の目が爛々と輝いている。
「来い。完全にその力を俺のものにしてやる」
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