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30 紘一視点

気付いたら、真っ白な空間にいた。 右も左も、上も下も、どこまでも続く白だ。 どうして自分はここにいる、と直前の出来事を思い出す。レイの術で呼吸ができなくなったのだ。 紘一は、天国ってシンプルなところだな、と思う。 とりあえず、自分はきっと死んだのだろうから、仲間に会えないかと一歩踏み出した。 しかしすぐに、腕を掴まれる。 「どこへ行く?」 「は?」 振り返ると、そこには和馬がいた。翼がある本来の姿で、鋭い視線をこちらに向けていた。 「あれ、和馬?」 何故ここに、とぽかんとしていると、和馬は掴んだ腕を放して大きなため息をつく。 「我と天使族の末裔の区別もつかんのか、お前は」 「はぁ……ええっ?」 紘一が間抜けな声を上げると、和馬そっくりの天使族は不快そうな顔をした。 金髪金目、色白の肌に整いすぎているほどの美しい容姿。確かに見た目は和馬そっくりだが、醸し出す雰囲気が鋭くて、あ、と紘一は思い出す。 「夢で会った和馬の別人格……」 「正確には、始祖だ」 金色の瞳で始祖は見上げた。その艶やかさに、紘一は一瞬息を飲む。 「先祖がえりに相応しい、珍しい器の持ち主だからな。この身体の持ち主を殺すのは惜しい」 ハッと、紘一はこの始祖が言わんとしている意図に気付いた。 「だが、我を抑え込む強力な術がかけられている。そこで、お前の意思を聞きたい」 始祖は自分の胸に手をあてると、和馬が首からぶら下げていた、緑色の石を取り出す。 勾玉の形をしたそれは、紐の先で揺れている。透き通った緑は、光を反射して、まるで水の中の水草を見ているようだ。 「これは?」 「この身体の主の祖母が、我の存在に気付き、お守りとして持たせた石だ。強すぎる力を持て余し、よく他人を傷つけていたからな」 「……」 「まあ、そうでなくともアレは桁違いの器だ。だが、今や末裔と呼ぶのもはばかられるほど、奇妙に膨れ上がった器が邪魔している」 それは手当たり次第に力を吸収している、レイのことだろう。 始祖はもう一度、その石を紘一の前に掲げた。 「お前の答え次第で、この石の封印は解かれ、我は解放される。この石の封印を解く鍵は、強い意思だ。怖がって逃げ回る、この身体の主では解けん」 そんなこと、言うまでもなく封印を解いて、すぐに和馬を助けてほしい、と紘一は口を開く。だが始祖は、紘一の唇の前に人差し指を掲げ、言葉を止めた。 「いいか、我は『お前の答え次第』と言った。間違えればお前が戻れなくなるか、末裔が死ぬか、どちらかだ」 紘一は慌てて口をつぐむ。多分この始祖は、答えを知っているのだろう。だが、ヒントをこれ以上言う訳にはいかないのだ。そんな気がする。 (考えろ……彼も和馬を死なせたくないって言った。だから俺に協力を求めてきた。ギリギリのヒントをこの会話で出しているはず) しかし、考えても考えても、正しい答えなんて分からなかった。 だから、どう足掻いても、これだけは変わらないという事実だけ、紘一は口にする。 「俺は、和馬が好きだ。ここで死なせたくない」 「……」 はあ、と始祖はため息をついた。心臓がバクバクしていて貧血を起こしそうだ。始祖はそれきり黙ってしまい、間違えたかな、と紘一は諦めかける。 「確認だ。それは、お前の命を代償にしても、か?」 ドクン、と心臓が高鳴った。金色の鋭い視線に射抜かれ、声が掠れる。 「俺が死んだら、和馬はまた自分を責めるだろ。それは嫌だ」 「……」 始祖は目を伏せる。鋭い視線さえなければ、後は和馬と同じなのだ、やっぱり綺麗だなと見惚れてしまう。 「……少なからずこの身体の主は」 彼は石を握り込むと、胸に当てた。 「お前に恋愛感情を持っている。……時間はかかるが、辛抱強く待ってやってくれ」 「……え?」 紘一が聞き返すも、すぐに始祖の姿は消えて行った。 白い空間はやがて薄暗くなり、今度は闇に包まれる。 さっきの答えは間違いだったのか、と紘一は焦った。立っているかも分からなくなるほどの闇で、必死に辺りを見回す。 すると遠くでパァン! と乾いた音がした。

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