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番外編 木之下家の末裔(完)

祓い屋四家の容姿には、はっきりとした特徴がある。 例えば和馬の結城家は、中性的な外見をしていることが多いし、竜之介の木下家は女性的な外見をしている。 特に木下家は、始祖の容姿をそのまま受け継いでいるらしく、長を務めた人数も四家の中では最多だ。 レイの礎家は攻撃が得意とあってか外見までもが攻撃的で目つきが鋭い。この三家の天使族は、平均して金髪に近い髪の色をしていて色が白く、天使と呼ばれるのに違和感がないほどだ。 しかし、佑平の有馬家だけは、黒髪で男性は雄々しく、女性はしおらしい外見をしていた。 四家の中では一番力が弱く、レイはよくバカにしていたな、と竜之介は思う。 (それでも、佑平は上手く育った方だと思いますが) 日本人の特徴が顕著に出る有馬家では、手足が短く背が低いという特徴もあった。しかし、佑平は背も高く、手足も長くて適度に筋肉も付いている。外見ではパッとしない有馬家では――といっても天使族の中で、だが――珍しい容姿だった。 竜之介が何故、天使族の容姿について考えているかというと、半年前、和馬の中にいた始祖に、やっと会えたからである。 十年前には自分は気を失っていて、その圧倒的な強さと神々しさを目にすることができなかった。しかし半年前、やっとその始祖に会えて、しかも言葉まで交わしてしまったのだ。 和馬の中にいた始祖は、同じ天使族でも動けなくなるほどの存在感だった。柔らかい和馬の雰囲気とは違い、自分に逆らう者は許さない冷酷さを湛えた瞳は、今思い出すだけでも身震いしてしまう。 (ああ、何でしょう、あの冷たくてもこちらを見て欲しいと思ってしまう瞳は。あれほどの力を秘めているなんて、さすが和馬ですね) 元々はあの性格で竜之介の顔をしていたという事実は無視し、彼は妄想に耽る。 (もちろん、普段の和馬でも逆らい難い力を持っていますが。だからこそのあの美しさでしょうし) 力が強いほど美しいというのは、天使族の特徴でもある。しかも和馬は、それでいて守りたくなるような、儚さもあるのだ。 凛として強い和馬。しかし脆い所を突かれると、とたんに崩れてしまいそうな、そんな危うさを持つ彼に竜之介は惹かれてやまない。 だから、和馬の一挙一動、言葉の一つ一つ、どんな小さなことでも見逃したくはないのだ。 「オイ」 不意に声を掛けられて、振り返ると佑平がいた。いつものように無表情だが、言いたいことは分かっているので、緩んだ顔を引き締める。 「……変態」 ぼそりと彼が呟いた。半ば自覚しているだけに、反論も声が小さくなってしまう。 「あなたに言われたくありません」 竜之介はそっぽを向いた。和馬のことをほとんど崇拝に近い形で好いている自分は、自分でも残念だと思ってはいるのだ。 「そんなんだと、いつまでたっても和馬はお前に遠慮したままだ」 「……分かってますよ、それくらい」 綺麗で強い和馬。誰にも支配されず、絶対的な存在でいてほしいと願っていたが、それもある人物のせいで邪魔されてしまった。 (出会って間もない、しかもただの人間に) 誰も選ばない、そう言った和馬の言葉は、紘一という人間の存在よって、あっけなく反故にされてしまった。 ある意味和馬のその言葉に安心していた竜之介は、理屈じゃなく紘一に惹かれていく和馬を見て、悲しくなったのだ。自分たちの関係性が崩れてしまう気がして。 実際、和馬の脆かった部分は紘一が現れたことによって安定しているように見える。今までは自分たちがそこを支えていたのに、と嫉妬してしまうのだ。 そして、それを分かっている和馬は、自分の前で紘一を頼るようなことはしない。それが嬉しくもあり、申し訳なくもあり、複雑なのだ。 「竜之介」 佑平が静かに話しかけてくる。 「和馬とアイツは初めから惹かれ合ってた。それでも時間がかかったのは、レイのことだけじゃないって、お前も分かってるだろう」 「……」 和馬は人間の紘一を巻き込むことを嫌がっていた。それに、誰かを選ぶことで人を傷付けることを避けていたのだ。 竜之介は深いため息を吐いた。 「とりあえず、紘一を悪く言うのは止めろ。和馬も傷付く」 その言葉に、竜之介は佑平を見た。やはりこの天使族は、自分とは正反対でイライラさせられる。 「和馬が好きなら、奪いたいとは思わないんですか」 「……好きだから、和馬の幸せを願うんだ」 精悍な顔立ちから思った通りの答えが返ってきて、やはりこいつとは一生意見が合わないな、と再びそっぽを向いた。 「……やっぱり、私はあなたを好きになれません」 それを聞いた佑平は、軽く笑ったようだった。 「同感だ。気が合うな」 それでも表面上は平和的に過ごすのは、やはり和馬が大切だからだ。 (もう少し、時間をください、和馬) 優しい和馬なら、自分の心の整理がつくまで待ってくれるだろう。だから、それまでその優しさに甘えさせてほしい。 そう心の中で呟くと、優しい春の風が竜之介の頬を撫でた。

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