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第6話
それから期限の一週間後、主人公の配役は英に決定したのだった。
「ちょっと、もうちょっとタイミング合わせてよね」
大体の演技の動きが付いてきた頃、後は細かい練習に入る。英は小井出との掛け合いのシーンでうまくいかず、彼が文句を言ってきた。
英に主人公の役を与えられた後、小井出の機嫌は常に悪い。風当たりも強くなっていた。
「今のはたんぽぽが悪い。お前の食いつきが遅いからだ」
「……はい」
しかし相変わらず月成は英に対して厳しいままで、不満を漏らしてばかりの小井出の演技には何も言わないくせに、英の一挙一動に口を出してくる。
このころになると、楽曲も出来上がり、踊りながらストーリーが進むシーンも出てくる。小井出はダンスもでき、歌もそこそこうまいのだ。
舞台上での彼の唯一の欠点を上げるとすれば、背が低いことだけ。しかし、それも可愛い容姿と合っているから、完全な欠点とはいえないかもしれない。
月成の小井出との比較、苦手なダンスが増えてきたこともあって、英の精神はちょっと追い詰められている。
短期集中で繰り返し練習を重ねることによって、体で演技を覚えるこの時期が、英にとって一番つらいときになるのだ。
「よし。小井出、次の仕事があるだろ。今日は終わりだ」
「はい監督。ありがとうございました」
同じ稽古量をこなしているというのに、小井出の足は軽く走っていく。この差は何だろう、と英は思う。
思い当たる節を挙げるとすると、英は無駄な動きが多いからだ。本来の振り付けより無駄な動きをしたり、無理な重心をかけたりしているので、どうしても体への負担が大きいのだ。
これはこの後も自主練だな、と思っていると、月成がへたり込みそうな英を見下ろしていた。
「おいたんぽぽ。お前はこのダンスナンバー今週中の課題だ。お遊戯やってんじゃねぇんだぞ」
「……はい」
英の呼び名はあれからずっとたんぽぽだ。態度も変わらない。いちいち突っかかってると無駄なので、流すことにしている。
大人しく返事をした英を一瞥し、月成は稽古場を出ていく。
「ふーっ」
英は床に仰向けになった。
主役となれば当然、セリフも運動量も格段に多くなる。体に叩き込むことが多すぎてパンクしそうだ。
「だめだ、体が冷える前にやらないと」
英は起き上って、稽古場の自分の荷物からハンディカメラを取り出した。
振り付けを覚えるのが苦手な英にとって、これは必須のアイテムだ。先日、振り付け師にレッスンをしてもらったのを録画し、見返して振りを覚える。
映っている小井出や笹井は一度先生がやった振りをすぐに再現しているのに、英だけがもたついている。今日も、ところどころ忘れた個所があって、月成に何度も叱られた。
まずは自分のペースで一つずつ振りを確認。次にゆっくりそれらを繫げていって、最後に曲に合わせてやってみる。それの繰り返しだ。
(そうか、ここはこういう重心移動で楽にいける)
本来ならこれは先生の振りを見た時点で見つけるべき点だ。しかし、どうしても形ばかりを見てしまって、そこまで見抜けていない。
(で、こう流れるから、こうなって……)
そのコツが分かってしまえば、後は体に染みつくのも早い。ただ英は、そこまで行き着くのに時間がかかるだけなのだ。
それなら、と曲をかけて合わせてやってみる。何回か通して、つっかえずに一曲踊れたら終わろうと黙々と練習を続けた。
「あっつー」
「お疲れさん」
声がして振り返ると、いつかと同じように木村が椅子に座っていた。
「あ、お疲れ様です。もしかして、もう閉めますか?」
慌てて片づけようとした英に、そうじゃないよ、と止め、頭にタオルをかけてくれる。
「すごい汗だね。水分はちゃんと採ってる?」
「はい……」
そのままわしわしと頭を拭かれる。何だか子供扱いされているようで不満だ。
「……頑張ってるね。私も、応援のし甲斐があるよ」
「あ、ありがとうございます。月成監督には叱られてばかりですけど」
「光洋が?」
しまった、と英は思った。つい愚痴めいたことを言ってしまい、後悔する。
「光洋が何て?」
「あ、あはは……」
しかも予想外に食いついてきた木村は、詳しいことを聞き出そうとしている。笑ってごまかすと、木村はタオル越しに頭を撫でた。
「……着替えておいで。おいしいものを食べに行こう。何が良い?」
「え、でも……」
「英くん。これは社長命令だよ。早く着替えておいで」
笑顔で言われ、英は逆らえなかった。
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