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第11話
病院は思ったより混んでいて、帰ってきた時には夕方になっていた。
木村に寮まで送ってもらうと、その前に月成が立っていることに気付く。どうやら英たちを待っていたらしい、姿をみとめると、こちらに向かって歩いてきた。
「さ、降りられる?」
何故か木村は有無を言わさず英に肩をかし、月成の方へ歩いて行く。
「あ、の、社長。オレ、一人で歩けますって……」
「そんなふらついた足で、転んで怪我でもされたら困るからね」
「木村社長。小井出の衣装のことですが」
月成は近づくなり、いきなり本題に入ってくる。英のことなどお構いなしだ。
「光洋、その話は後でしよう」
木村の声色が少し冷たくなった。月成の口調が厳しいのはいつものことだが、今日は二人の間に何故か火花が見えるようだ。
「いいえ。急いで小井出の鷲野の衣装を作らせないといけません。社長がオーケーを出してくれないから、ちっとも進まないんですけど」
英の体がびくりと震えた。月成は、やっぱり小井出を鷲野役にすることを、まだ諦めていないのだ。
「言ったでしょう。私は意見を変えるつもりはない。それに、英くんの前でする話じゃない」
「ったく、このガキのどこが良いんですか。とにかく、こいつはもう稽古にも入れさせませんので」
「……っ」
英はその一言を聞いて、弾かれたように木村を押しのけ、寮の中へ駆け込んだ。熱のせいで足がもつれ、エレベーターを使うのも忘れて階段を駆け上がる。木村の名前を呼ぶ声がした気がしたが、もう誰の声も聞く気にはなれなかった。
初めから好かれていないことは分かっていた。だが、あそこまで言われる筋合いはないはずだ。
大体、嫌われる理由も分からないのに、どうしろと言うのか。それに、先日レッスンをしてくれた時だって、本番までに仕上げておけと言われたはずなのに。
(ただ気に食わないってだけで、あそこまでする人なのかよ……)
幼い頃からあこがれ続けた月成光洋。どんなにきついことを言われても、出演できるから、とその憧れ像をかろうじて保っていた。しかし、それも今は完全に崩れてしまった。それが、自分がこの世界にいる意味がなくなったことも意味している。
「……疲れた」
英は呟いて、ベッドに倒れ込むと、すぐに眠りに落ちた。
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