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第26話

英たちがきた店は、前に木村と二人で来た寿司屋だった。しかも気後れしているのは英だけで、月成も高島も遠慮なく食べている。 「ほら、英くん、イクラ好きだっただろう? どうぞ」 「あ、ありがとうございます……」 遠慮する英に気を使ってか、隣に座る木村は英の皿が空く度に次々と寄越してくる。 (だから、空気が重いんですけど) 英をさらに遠慮がちにしてしまうのは、はす向かいに座る月成の機嫌がすこぶる悪いからだ。黙々と、しかもこれでもかと食べる姿は怖い。 「イカをお持ちしました」 大将が自ら運んできたイカは、「こっち」と月成が無愛想に受け取る。そしてそのうちの一貫を英の皿に寄越した。 「たんぽぽ、これ食え」 「ど、どうも……」 受け取ったものの、英はイカが苦手だった。どうしたものかと迷った挙句、好き嫌いはよくないよな、と食べようとすると、「あれ、英くんイカ苦手じゃなかったっけ?」と木村が口を挟んでくる。 「この前一緒に来たとき言ってたよね」と本人すら忘れていた会話を持ち出してきて、その瞬間、月成の眉間に皺が寄ったのを見てしまった英は、どうにか取り繕えないかと言葉を探す。 「あ、でも食べられないってことでもないので……」 「そう?」 木村は立場的に月成を立てないといけない英に気付いたようだ。それ以上は何も言わず、箸を進める。 「ところで、今日は何のために集まったの? 私はいない方が良いかしら」 一通り食べて満足したらしい高島が、本来の目的を促した。 「そうだな、帰れ」 「いや、いてくれても構わないよ」 それに対して月成と木村は、正反対の答えを言う。英は大人げない二人に苦笑するしかない。 「……どちらにしろ私には関係なさそうだから帰るわ。ご馳走様でした。じゃあね、英くん」 「あ、はい。お疲れ様でした」 ひらひらと手を振って去っていく高島は、三十代なのに少女の様で可愛いな、と英は思う。見られる仕事をしているせいか、後姿も綺麗だ。 「何見惚れてんだ」 不機嫌な声にハッとして声の主を見ると、頬杖を付いた月成は顎を上げる。 「人の事見てる余裕があったら、今日の稽古の反省をしろ」 稽古中はあまりお咎めなかったが、やはり月成なりに思うところはあったようだ。素直に「すみません」と謝ると、彼は面白くなさそうに鼻を鳴らす。 「まぁまぁ、稽古は始まったばかりだし、何とでもなるよ。ね?」 木村はいつもの微笑みでフォローしてくれるが、英はそれを情けない気持ちで受け止めていた。 今回のキャストに限らず、この舞台でのみ仕事をしている役者は少ない。他の舞台での客演に呼ばれていたり、若手の指導もしていたりする。それも、自分の歌唱やダンスのレッスンの合間にだ。みんな、自分の技術の向上を目指しながら、仕事をこなしている。 「あらら、余計凹ませちゃったみたいだね」 英の様子を見た木村が苦笑する。 「放っとけ。いいかたんぽぽ、今回はお前に構ってる暇はないんだ。フォローされて甘やかされてる場合じゃないぞ」 (……そんなの分かってる) 言われなくても、それは頭では理解している。しかし、今回の舞台は初めから何故かやる気が起きないのだ。何かしらの方法を見つけて、自分を奮い立たせるほかない。 俯いたまま黙ってしまうと、木村が「いつもの英くんらしくないね」と肩を叩かれる。 「ちょっと二人で話、しようか。光洋は先に帰ってくれるかい?」 「おい、その必要はねぇ」 「光洋、社長命令だよ?」 にっこり笑って席を立った木村はカードで会計を済ませると、戸惑う英を店の外へと連れて行く。 残された月成は、面白くなさそうに舌打ちをした。

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