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第34話
次の日の午後、英はベッドの上で布団を頭まで被って外界との交流をシャットアウトしていた。
いい加減起きろと言われたのが一時間前。朝までつき合わされた英は気絶するように眠り、月成に起こされるまで熟睡していた。
しかし、酷使された体は休めと言っていたらしい、起き上ろうにも力が入らず、その上微熱まで出して、再びベッドに臥したのが三十分前。
(朝までに何回ヤったと思ってんだっ)
気に入らないのは、睦み合った相手が平気な顔をしてご飯を作りに行ったことだ。そして、その人がとてつもなく上機嫌で――それが自分のせいだと思うと、恥ずかしくて布団にも潜りたくなる。
(あのエロオヤジ、どんな体力してんだよっ。こっちは初心者だってのに!)
「ううう……」
「なーに唸ってんだ? いい加減出て来い」
いつの間に戻ってきたのか、月成の声がした。英は硬直し、シカトを決め込む。
「……」
英が黙っていると、ため息が聞こえた。しょうがないなと言う感じで、近くにトレイを置く音がする。
「お前、もう何やっても可愛く見えるだけだから無駄だぞ」
優しい声音と一緒に、頭を布団越しに撫でられた。
「……それ、きっと病気ですよ。目と脳を検査してもらったほうが……」
「英」
月成は声だけで、英の反論を止めた。こういった憎まれ口も、一線を越えてはならないという、英の防衛反応だと、英自身も気付いてしまっている。
「だって……」
英は布団を被ったまま、今の素直な心境を話した。
「ホントにどうしたら良いのか分かんないんです。恋をしたことすら初めてなのに、ましてや男の人……しかも、ずっと憧れてた月成監督となんて……」
手が届いてはいけない位置にいたはずの月成が、向こうから寄ってきた。それが信じ難くて戸惑っている。
「付き合うってのは、迷惑か?」
静かな問いに、英はがばっと顔を出した。思ったより真剣な顔をした月成の視線とぶつかり、顔が熱くなる。
その反応に英の答えを聞かずとも分かったらしい彼は、頭をぽんぽん、と撫でた。
「ゆっくりでいい。俺も最初はお前の演技力に惚れたんだ。そしたら綺麗な顔に似合わず意外に頑固で融通きかなくて、反発してばかりだし可愛くねぇし……」
「ちょっと、悪口ばっかりじゃないですかっ」
月成はこれでもか、と英の欠点を挙げていくが、いつかのように楽しそうにしている。
それが、英も嬉しかった。そして、どちらからともなく笑い出すと、幸せってこういうことかな、とほのかに思う。
その後、月成が作ってくれたご飯を食べ、それが意外にもおいしくて、おかわりもした。
聞けば新人時代は自炊していたため、いつか料理人の役になったときのためにと、少し勉強したらしい。
今も時間があれば自分で作るそうだ。
「監督って、意外に努力の人ですよね。料理だったり本だったり……」
「周りには言うなよ。特に社長」
「……何でですか?」
「アイツは何でも軽くこなすから。張り合ってると知ったら鼻で笑われる」
拗ねたように言う月成は、どこか子供っぽくて可愛い。
「張り合ってたんですか」
監督の顔をしているときは我が物顔なのに、密かに木村と張り合っているとなると、これから二人の見かたが変わってくるかもしれない。
「気を付けろよ。あいつは俺以上に、使えない奴は切り捨てるから、人気が落ちたら雇ってもらえなくなるぞ」
初めて知った木村の一面に、英は冷や汗をかいた。
いつも微笑んでいて優しそうな彼だが、あれは本心を読ませないための仮面だったのか。
木村だけは怒らせてはいけないな、と英は心に誓う。
「……頑張ります。オレ、演劇が好きですから。それを通して、人の心に少しでも触れられたら……」
人の心を動かす脚本。それを演じる役者も、最大限にストーリーを生かさなければ。
そのためには、もっともっと勉強する必要がある。
「……期待してるぜ、たんぽぽ」
月成はにやりと笑った。しかし、その眼にいつもの鋭さはなく、英を受け入れる、優しい瞳をしている。
ふと、その瞳が近づいた。英もつられて瞳を閉じる。
唇に昨夜散々覚えさせられたキスが降ってきた。丁寧なそれは、次第に深くなる。
「……んん?」
心地いいキスに身をゆだねそうになっていると、月成の手が英の脚の間を撫でてきた。
「監督?」
「黙ってろ」
「ちょっ、もう無理ですってば!」
英は抵抗するも、いつの間にか食器などはテーブルの上だ。そのままのしかかられて押し倒されると、またこのパターンか、ともがく。
「好きなくせに」
耳元で甘い声がして、ビクン、と腰が跳ねた。
「さっきから熱のせいか、エロい顔しやがって。お前のせいだ」
「何バカなこと言ってんですかっ。エロいのはアンタだっつの!」
上にいる男を押し戻しながら睨むと、「その反抗的な目もそそられる」とどうしようもない言葉が降ってきた。
結局は、彼は真面目で努力家でもなく、憧れの俳優でもなく、ただのエロオヤジなのかもしれない、と英は諦めて、月成の濃厚なキスを受け入れたのだった。
(終)
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