73 / 155
03-18.
……その場限りの言葉なのだろう。
嘘ではないだろう。
だが、心の底から反省をしている言葉でもない。
「構わない」
レオナルドはジェイドから視線を逸らす。
「事情はあったとしても婚約を結んだのは伯爵家の意思だ」
ジェイドが望む返事ではないだろういうことは、レオナルドもわかっていた。
「それに次はないからな」
「……それは同意の上でも?」
「同意をするような状況になるとは限らないだろ」
なにを言っているんだと言いたげな表情をしながらも、レオナルドは果実を掴んで口の中に放り込む。次から次へと食べ始める。
明らかに様子がおかしかった。
ジェイドはそれに気づき、わざとらしくため息を零した。
「よく噛んで食べろよ。口の中が苦くなっても知らないからな」
ジェイドは出来る限り、優しい言葉を選び、宥めるように声をかける。
「その癖は止めないが、早い段階で改善できるように努力しよう」
急に口に入りきらないほどに食べ物を詰め込もうとするのは、精神的に追い詰められた時の症状の一つとよく似ている。
「それを食べたら宿に行こう」
その症状が出ている自覚はないのだろう。
下手に刺激をしないようにジェイドは笑顔を繕う。
「今日は伯爵邸に戻らなくていい。だから、落ち着いて、ゆっくりと食べるんだ」
ジェイドの言葉が届いたのだろう。
レオナルドは手を止めた。
……なぜ?
頭の中の整理ができていない。
……戻らなくてもいい?
十年以上の間、その言葉を聞いたことがなかった。
口の中にある果実を飲み込み、レオナルドはジェイドに視線を向けた。
「どうした?」
ジェイドは優しい顔をしている。
それはレオナルドにだけ向けられるものであると錯覚してしまう。
「……なんでもない」
また、食べ始める。
今度は一粒ずつ、ゆっくりと噛んで飲み込んだ。
ともだちにシェアしよう!