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後日談 dear little birds
私はロビン・スパロー・バード、賞金稼ぎの娘。だけどもうひな鳥じゃない、ぼちぼち巣立ちの季節を意識するお年頃。
「さあさ見といで寄っといで、甘くでっかい林檎お安くしとくよー。煮てよし焼いてよし生でよし、一山たった500ヘルだよ!」
「甘酸っぱくて爽やかなオレンジはいかがかね、生でよし搾ってよしビタミン満点のオレンジだよー」
「ジェリービーンズの量り売りもやってるよ、好きなだけ詰めていきな」
「やたっ、太っ腹!」
ダウンタウンの市場は活況を呈していた。
恰幅のよい女将さんが太鼓腹を揺すって呼び込みをし、商魂逞しいおじさんがエプロンでぴかぴかに拭いたオレンジを掲げてみせる。
私は市場が好き。
清潔で整然としたスーパーマーケットとはまた違った、開かれた魅力がある。
露店をだしてる人たちはみんな子供の頃からの顔見知りで、気軽に挨拶やおまけをしてくれる。会計時のちょっとした世間話も楽しみ。
小さいスコップでジェリービーンズをすくい袋に詰めてたら、馴染みのおばさんが話しかけてきた。
「ご無沙汰だねロビンちゃん、しばらく見ないうちにお姉さんになったじゃないか。髪も伸びて見違えたよ」
「スワローにちんちくりんだって馬鹿にされたから伸ばしてるの」
「あはは、バーズの調子はどうだい?」
「賞金首と追いかけっこに夢中」
ジェリービーンズをざらざら紙袋に流し込んで鼻を鳴らす。
「聞いたよ、一昨日も悪党捕まえたんだって?懸賞金がっぽりふんだくったんだろ、そのうち雲の上のセレブんなってアップタウンに引っ越しちまうんじゃないかい」
褒め殺す一方で河岸替えを案じるおばさんに対し、笑って否定する。
「ないない絶対ない、ありえないって。パパもスワローもアップタウン向きじゃないよ、今のアパート気に入ってるし。あっちにはジェリービーンズ量り売りしてくれる青空市場もないし、地声がでっかくてきっぷのいいおばさんもいないもんね」
「おやまあ、お世辞が上手な子だよ」
「えへ。安くしてくれる?」
ちゃっかり値切るのは忘れない。
正直な所もしアップタウンに引っ越したらって、一度や二度想像しなかったといえば嘘になる。素敵なビーチチェアがあるプール付きの豪邸にも憧れた。
でも私たち一家にはごちゃっとしたダウンタウンの方が性にあってる、アップタウンは気取ってて肩こりそうだもん。
「アップタウンのマダムやレディってプードル抱っこしてごきげんよういいあうんでしょ?真っ白な鍔広の帽子被って、裾がふんわりしたお人形さんみたいなドレス着ちゃったりして。考えただけで吹き出しちゃう」
曰く、アップタウンには椰子の木が植わってる。曰く、アップタウンにはヴィンテージカーがとまってる。曰く、アップタウンの豪邸では毎晩順繰りに舞踏会が開催されて淑女がダイヤの靴を落としてく……
どれも全部噂にすぎない。
パパとスワローは何年も前に、賞金稼ぎの大先輩にあたるキマイライーターの金婚式にお呼ばれしたらしい。もうすこし早く生まれてれば一緒に連れてってもらえたのかな、悔しい。
なんてあれこれ考えてたら、隣の屋台のおじさんが陽気に茶化してきた。
「ロビンちゃんはお転婆だから、ンな服着たら裾踏ん付けてコケちまうんじゃねえか」
「運動神経はいいもん、私。足元とられるようなヘマしないよ」
紙袋に全種類のジェリービーンズを詰め終える。試しに揺すれば小気味良い音がした。
「またねおばさんおじさん」
「気を付けてお帰り、このへんも物騒だからね」
「市場帰りの女の子を路地に引っ張り込んでけしからんまねを働くゲスがいるんだ」
「何それ初耳」
素っ頓狂な声を張り上げる。
おばさんが頬に手をあて、おじさんが疲れた面持ちで首を振る。
「襲われてるのは十三・四歳、ちょうどロビンちゃん位の赤毛の女の子さ」
「どんな手口を使ったものやら、さっぱり正体が掴めねえんだ」
「被害者の証言が食い違ってるのが不思議よね」
「一人目は今にも召されちまいそうなくたばりぞこないのジジイ、二人目は若え男、三人目はむさ苦しいヒゲ親父だっけ。うちの娘もすっかりびびっちまって、出歩けねえでまいってんだ。疑心暗鬼ってヤツよ」
「アンタは過保護なのよ」
「んだと?」
「複数犯の仕業かな」
スコップを戻しひとりごちる。世の中には悪い奴が多い。
心配そうなおばさんおじさんに手を振り帰途に就く。石畳をとびはねるように歩けば、胸に抱えた袋も弾む。
今日の料理当番は私、お昼の献立は決まってる。
市場の真ん中を貫く目抜き通りは色んな人でごった返してた。買い物袋をさげた主婦、親子連れ家族連れにデート中のカップルまでいる。みんな朗らかに笑い合ってた。治安が悪くて有名なアンデッドエンドだけど、住民たちは図太く暮らしてる。
とはいえ、まだお昼には早い。
寄り道しても問題なさそうと判断、気になる屋台をひやかしぶらぶらしてたら、唐突に呼び止められた。
「ちょいとお嬢さん」
「はい?」
背中を突付かれ振り返れば、みすぼらしい乞食の老婆がいた。背中が極端に曲がってる。目が悪いんだろうか、足取りも覚束ない。
「そこの路地で小銭を落としてしまったんですが、生憎目が見えず困っとるんです。代わりに拾ってもらえませんでしょうか」
途方に暮れた様子でお願いされ、はりきって引き受ける。
「すぐ行きますね」
人には親切にしろっていうのがパパの教え。
先行する老婆に従い、大通りを逸れた路地の暗がりに踏み込んでいく。
「ここですか」
連れてかれた先の路地には誰もいない。両隣は老朽化した建物の外壁に挟まれており、正面も行き止まりの壁が塞いでる。早速小銭をさがそうと視線を下ろした瞬間―
「ッ!?」
身体に手を回され息を呑む。紙袋が垂直落下、石畳一面にジェリービーンズをまきちらす。
ローブから突き出た腕には皺が全然ない。それに太い。成人男性の太さだ。
刹那、脳裏を過ぎったのは市場で聞かされた物騒な事件の話。
被害者が目撃した犯人の特徴が、見事にばらばらだった理由が腑に落ちた。
「叫べばブチ殺す。大人しくしてりゃすぐ済ます」
「アンタが例の通り魔ね」
「そうだよ。男のなりじゃ警戒されっから、ババアに鞍替えして大正解だ」
「変装してたの。どうりで気付かれないはずだわ」
いかがわしい動きで体中這い回る手に、凄まじい嫌悪感が募り行く。同時に義憤が燃え上がる。
ジェリービーンズを蹴散らし抵抗するも大人の男と小娘じゃ膂力の差は歴然、あっというまに口を塞がれ組み敷かれた。
「ん゛ーっ、む゛ーっ!」
痛いほど手首を締め上げられる。
鳩尾を蹴り上げようとした足も不発に終わり、顔が真っ赤に染まってく。下卑たニヤケ面の老婆が黄ばんだ歯を剥いて笑い、サバイバルナイフにオーバーオールの布地を噛ませる。プツプツ、繊維が引き裂かれてく音が焦燥を煽る。
ああもー、おっそいんだけど!
『it's showtime!』
次の瞬間、待ち人が降ってきた。文字通り。右側の建物の屋根の上、逆光を背にして飛んだ男の片足が撓い、私にのしかかった男を蹴り飛ばす。
「げぼっ!」
もんどりうって吹っ飛んだ男と入れ替わり、颯爽と降り立った男が懐のナイフを抜く。猛々しく靡くイエローゴールドの髪はウルフカットに近い無造作ヘアー、険を帯びた切れ長の双眸に輝く瞳は荒野に沈む夕日の色合い。ノーブルに整った鼻梁の下、口角の下がった唇が癇癖の強さを表す。
こと見た目に関して言えば、極上の美形と呼んで差し支えない。
「守護天使にしちゃ足癖悪すぎ」
「助けてもらっといて文句言うな」
「もっと早く来てよ、可愛い一人娘が乙女のピンチだったんだよ」
「背中ががら空きになる瞬間を狙ってたんだ。計算通りだ」
私たちのやりとりを聞いた老婆が、尻餅付いてあとずさりがてら喚く。
「ひ、ひ……ストレイ・スワロー・バード!」
スワローのナイフが音速で閃き、文字通りの化けの皮を剥ぐ。老婆の仮面の下から曝け出されたのは、髭が疎らに生えた貧相な男の素顔。予感的中。
「カメレオン・ゾロね、変装名人の強姦魔」
「保安局に手配されてる小物だな。懸賞金は50万ヘル」
「て、てめえらぐるかよ!諮ったな!」
「被害者ぶんないでよ胸糞悪い」
口角泡をとばすカメレオン野郎の前に腕を組んで立ち塞がり、きっぱり宣言する。
「さっきはおじさんおばさんに話を合わせただけ。あんたの事は前から知ってる、女の子を辱めるのが大好きな男の風上にも置けないクソ外道でしょ。お芝居はなかなかだったね、一瞬だまされちゃった。でも詰めが甘いんじゃない?ずっと尾行してたの、気付かないとでも思った?」
「お前のすっとぼけっぷりは笑えたな、あの会話は地獄耳のカメレオンに聞かせる為だろ」
「赤毛の女の子がお好みなんでしょ。あてが外れて残念だったねカメレオンさん」
久しぶりに市場に来たのは界隈で頻発している事件を知り、カメレオン・ゾロを捕まえるため。早い話が囮作戦だ。私の容姿は被害者の条件と一致してる、使わない手はないと思った。
両手の指を組み合わせ、しゃがんで言ってやる。スワローが退屈げにナイフをお手玉する。
「テメェの対価は手の腱。両手が使えなきゃ頼みの変装もできねえよな」
「くッ……」
銀の刃に脅かされ、カメレオンが逃亡を企てる。いけない!
「なーんてね」
その点ぬかりない。石畳に「わざと」ばらまいといたジェリービーンズを踏み付け、カメレオンが勢いよくすっ転ぶ。そこへ追い討ちをかけたのは一発の銃弾。
「耳の孔かっぽじってよく聞け、俺様はアンデッドエンド一の賞金稼ぎストレイ・スワロー・バード」
乾いた銃声が路地裏に響き渡り、青空高く余韻が吸い込まれる。スワローが降ってきた建物の向かいの建物の屋上で、スナイパーライフルを構えた男の人が身を起こす。
風にはためくモッズコートとピンクゴールドの猫っ毛、柔和な風貌に優しい微笑み。
「アンド、リトル・ピジョン・バードもお忘れなく」
「ウィズ、ロビン・スパロー・バードもね」
これが私の家族、自慢のパパたち。
カメレオン・ゾロはお縄になった。スワローに両手の腱を切られたんで、もう二度と悪さはできない。
「ブツも落としてやりゃよかったな」
「ロビンが聞いてるぞ」
「スワローに同感」
カメレオン・ゾロには全く全然同情しない。アイツの毒牙にかかった女の子たちの事を想えば自業自得にお釣りがくる。
カメレオンを保安局に送り届けて役人に後をまかせたあと、三人一緒に路面電車に乗り、デスパレードエデンに帰る。
「ジェリービーンズ、拾えるぶんは拾っといた。もったいないもんね」
「でかしたぞ」
「褒めるポイントちげーだろ」
「洗えば食える」
優しいパパは荷物を半分持ってくれた。スワローは優しくないから持ってくれない。ケチ。
私がビーバーたちに誘拐され、早いもので三年が経った。私は十三歳に成長した。
この三年で変わった事はなにかと聞かれて真っ先に挙げるのは、パパ直々に狙撃の訓練をしてもらえるようになったことだ。スワローはナイフ捌きと護身術を教えてくれる。
あの時、私をアジトから救い出したパパは言った。
『まだ賞金稼ぎになりたい?』
スワローはこういった。
『将来どうするかはお前が決めろロビン。テメェのオツムでしっかり考えな。お前はまだまだ小便くせえガキだが、あと一年か二年したらそうも言ってらんなくなる。兄貴はグズでノロマでトンチキな駄バトだが、できるだけフェアにいこうとしたんだ。なあロビン想像してみろ、実の親父が何やらかしたかも知らずに賞金稼ぎになって、もしそれを他人にバラされたら耐えられたか?』
あれから何度も何度も、それこそうんざりするくらい二人の言葉を噛み砕いて考えた。どうするのが一番正しいか、ううん私自身はどうしたいのか自問自答した。
すぐには答えを出せなかった。答えを出すのに三年かかっちゃった。
十三歳の誕生日、漸く心を決めた。
本当はずっと前から決まってたけど、二人に面と向かって告げる決断を下した。
必要なのは背中を後押しする勇気だけ、ほんの一匙の覚悟だけ。
十三歳の誕生日。
パパにもらったパパお手製のスリングショットを細長い箱に入れた。
温かい巣で守られて、幸せだった子供時代を封印し、決別することにした。
あの日は朝からてんやわんやだった。
パパは私の為にどっさりカップケーキを焼き上げ、劉おじさんスイートねえサシャねえ大家さん神父様を招いて、盛大な誕生パーティーを開いてくれた。全然サプライズじゃないサプライズパーティー。ていうかバレバレだし、知らんぷりするのがキツかった。パパってホント隠し事するのに向いてない。スワローは先に開けたシャンパンをラッパ飲みして、パパにすっごく怒られてた。
「お前な、今日の主役はロビンだぞ?主賓をさしおいて酔っ払うなよ」
「ねんねに酒は十年はええ。ジンジャエール飲んでろ」
「ロビンちゃん誕生日おめでとーっ、これスイートのプレゼントのお洋服!ひらひらフリフリでロビンちゃんに似合いそうでしょ、絶対可愛いよ着替えてねっねっ?」
「ありがとスイートねえ、でもこれ似合うかなあ……私にはかわいすぎない?スカートってすーすーして恥ずかしい」
「お誕生日おめでとうございますロビン様、わたくしからのプレゼントはセクシーランジェリーです。ベビードールにキャットガーター付き欲張りセットですよ、あっ何するんですかピジョン様殺生な!」
「没収。ロビンになんてもの贈るのさ、そういうのは十八歳からにしてよせめて」
「痛恨の極みだわ、ランジェリーかぶりなんて」
「大家さん?」
「デザイン違ってればセーフかしら。ブラ中央のねこちゃんとパンティーの後ろの肉球マークがキュートでしょ」
「ありがとうございます。スワローが着ます」
「殺すぞ」
「俺のプレゼントは……女にやるもんなんてわかんねえよ。シガレットチョコ一年分で許せ」
「わ~虫歯になりそ~」
「箱買いたあ豪気じゃん。さすがの劉哥哥もロビン小姐にゃかたなしってか」
「ロビンさん、十三歳の誕生日おめでとうございます。大きくなりましたね。私の誕生日プレゼントは」
「待って、あてる。聖書でしょ」
「残念、はずれです。聖書の方がよかったですか」
おっとり微笑んで神父様がカソックからとりだしたのは、ロビンブルーのリボンが巻かれた弾薬の箱だった。いうまでもなくスナイパーライフル用の。
パパが眉をひそめる。
「先生、これは」
実際の所、神父様にはなにもかもお見通しだった。
サシャねえスイートねえ劉おじさんはきょとんとしてたけど、スワローは予め察してたみたい。
みんなが取り巻く中心で両手を伸ばし箱を受け取り、大事に大事に抱きしめる。
「すっっっごい嬉しい!」
神父様が背中を押してくれたから、最後の最後で決心が付いた。
深呼吸してパパたちに向き合い、まなじりを決して直談判。
「パパ、スワロー、聞いて。あの時はすぐ答えられなかったけど、あれからずっとずっと考えたの」
十三歳は子供じゃない。大人でもないのはわかってる。でも三年前に比べたらできることが格段に増えたし、優しいだけじゃない世界の事もわかってきた。
「ねえパパ、三年前に聞いたよね。ビーバービリーバーズに誘拐されて、危ない目にあわされて、それでも賞金稼ぎになりたいかって……」
今でも時々夢に見る。
息苦しい麻袋に詰め込まれて運ばれる夢、廃工場で首に縄をかけられ酒瓶のピラミッドに立たされる夢。うなされて飛び起きたら汗びっしょりで、心臓はうるさい位跳ねまわってる。パパたちが助けに来るのがあと数分遅れてたら、今頃ここにいなかった。
だからこそ。
「私、なりたい」
パパたちみたいな、優しくて強い賞金稼ぎに。
誰かを救える人に。
何か言いかけ口を開いたパパをスワローが制す。私は息継ぎして続ける。
「危ないのは承知の上。おっかないのは身にしみた。でもやっぱり、私はなりたい。今はまだパパみたいに百発百中の狙撃もスワローみたいなナイフ投げもできないけど、うんと頑張って一人前を目指すからしごいてほしいの」
「本気?」
「本気」
珍しく真顔のスワローに頷き返す。パパがこらえきれず反駁する。
「どうしてそこまで」
「一番好きなのは私といるときのパパたちだけど、一番かっこいいのは賞金稼ぎをしてるパパたちだもん」
私はロビン・スパロー・バード。
賞金稼ぎの娘、バーズの秘蔵っ子。世界一強くてかっこいいパパたちを持ったんだから、きっと大勢の人を助けられるはず。
一度走り出した憧れは止まらないから、どこまでも突っ走るっきゃない。
だったらとことん突き抜けてやると覚悟を決め、唇を引き結び前を向く。
「私は子どもだけど、ずーっと子どもじゃないんだよ。パパたちがどんなに愛してくれたって、安全な巣にこもりっきりじゃいられないの。危ないっていうなら身を守る方法教えてよ、世界の悪意ときちんと戦えるように鍛えてよ」
血が繋がってなくても二人の子どもなんだから、パパたちが持ってるものを分けてほしい。
「守られるだけじゃやだ。私だってみんなを、だれかを、守りたい」
「ロビン……」
「私のことはパパたちが助けてくれた。じゃあパパたちがいない子はだれが助けてくれるの?」
私はたまたま偶然ラッキーだったから、ここにこうしていられる。大好きなみんなに誕生日をお祝いしてもらえてる。
本当の両親は人でなしの人殺しなのに、今日は本当のパパとママの命日なのに。
熱い涙が込み上げて瞬きし、パパとスワローをまっすぐ見据える。
「忘れちゃったのふたりとも。私もあっち側だったんだよ。被害者は簡単に加害者になっちゃうし、加害者は被害者になるんだよ。そういうのもううんざりなの、いやなのよ、私は一人でもたくさんの人でなしを捕まえてきちんと詫び入れさせたいの」
ヴィクテムなんて呼ばれたくない。
サバイバーと呼んでほしい。
孤児院で会った子たち、路地裏に蹲る空腹の浮浪児たち、一人一人の顔を思い出す。
「パパたちみたいな賞金稼ぎになりたいんじゃない。パパたちをこえる賞金稼ぎになりたい。ロビン・スパロー・バードの稼ぎ名をアンデッドエンド中に、ううん、世界中に知らしめてやる」
夢なんて甘ったるいことは言わない。これは人生を賭けて叶えるべき目標だ。
「私は幸せを運ぶ青い駒鳥なんでしょ?じゃあみんなにお裾分けしてあげなきゃだめじゃん、パパたちだけで独り占めはよくないよ」
泣き崩れそうな表情を辛うじて持ちこたえ、オーバーオールのポケットから出した細長い箱をパパに渡す。
パパが怪訝そうな顔でふたを開き、中に寝かされたスリングショットに目を見張る。
「パパの宝物返すね。これからは本物で教えて」
全員が私に、私とパパに注目していた。
スイートねえがおろおろする横でサシャねえが口を覆い、劉おじさんが煙草を咥え、神父さまが微笑んでいる。大家さんは一際毒々しい青いカップケーキを頬張り「まずいわねこれ」とぼやいてた。
「……大きくなったなあ」
限りない愛情と感慨が滲んだ声で呟いたあと、名前を呼ぶ。
「ロビン・スパロー・バード」
「はい」
「娘でも容赦しないよ。俺のレッスンはキツいけど、ちゃんと付いてこれる?」
「はい」
「一日でもサボったらそこでやめる。朝は早起きして屋上に来なさい。くれぐれも勝手な行動は慎むこと。街で賞金首を見かけたら必ず俺かスワローに報告しなさい」
「現場にだしてくれるの!?」
「仕上がったらね」
パパが降参したように苦笑いし、スワローがクラッカーの紐を引く。銃声に似た破裂音に続き、カラフルな紙吹雪が舞い落ちる。
「俺の訓練はピジョンなんざ目じゃねえ、ゲロ吐くまでしごき倒すぞ。逃げるなら今」
皆まで言わせずジャンプし抱き付く。勢い余ってよろけたパパとスワローが顔を見合わせ笑い、私の背中に手を回す。
温かく不器用な抱擁。
神父様が拍手をしたのを皮切りに、スイートねえにサシャねえ、大家さんに劉おじさんの祝福が続く。
「大好き」
「俺も。お前は?」
「さあな」
スワローがそっぽをむく。
「そういや俺たちのプレゼントまだだったな」
「二人で一個?えー」
「贅沢ぬかすな」
パパとスワローが一旦私をおろし、どちらかともなく目配せを交わす。モッズコートのポケットから引っ張り出された鎖の先には、真新しいドッグタグが光ってた。
「俺の手作りだよ」
「さらっと手柄ぶんどるな、イニシャル彫ったの俺な」
よく見ればタグの端っこに『R.S.B』と刻まれてた。パパとスワローが肌身離さず下げてるおそろいのドッグタグを見比べ、おそるおそる鎖に首を通す。
「似合うかな」
それはちょうど、私の心臓の上にきた。
「とっても」
「まあまあってとこ」
二人で一個のプレゼント。
なのに全然手抜きじゃないのは、私たちが三人でひとつの家族だから。
控えめに言って、人生最高の誕生日だった。
路面電車が規則正しく揺れる。吊り革を掴んだパパとスワロー、真ん中に挟まった私も揺れる。窓の外を流れる市街地の街並みが、夕焼けの色に染まってく。
シャツの下にたれた鎖を掴み、ドッグタグを引っ張り出す。自然と顔がニヤケる。
「帰ったらまた特訓だね、先生」
「先生はやめてよ、恥ずかしい。疲れたから今日は休まない?」
「一日でもサボったらやめるって言ったのそっちじゃん」
「年なんだよ」
パパが片手に持った紙袋からジェリービーンズを摘まみ、口に運ぶ。お行儀悪い。私も一個もらった。スワローにもあげる。
「あーん」
「惜しい、はずれ」
「食べ物で遊ぶんじゃない」
てのひらを叩き、弾んだジェリービーンズを口でキャッチするスワローに苦言を呈すパパ。その後当然のように落ちたのを拾って食べたせいで、シートに掛けた乗客がぎょっとしてた。
紙袋を抱え直してぼやく。
「お昼食いっぱぐれちゃった」
「晩飯に回せよ」
「献立は?」
「パスタ!」
「またかよ」
「スワローがこの前教えてくれたプッタネスカよ」
「オリーブオイルでびたびただったじゃん」
「あれは分量間違えたの!今度はちゃんとするもん、最高のプッタネスカになるもん。デザートは林檎とオレンジね、レオナルドでちゃちゃっと剥いてよ」
やがて路面電車が最寄り駅にすべりこみ、三々五々下りた人たちがばらけていく。私はスワローとパパに挟まれ、デスパレードエデンの通りを抜ける。アパートの階段の前で、掃き掃除中の大家さんが劉おじさんと立ち話していた。
「いくらなんでも誕生日プレゼントにセクシーランジェリーはねえだろ」
「シガレットチョコ一年分もどうかと思うわよ」
「ただいまー!」
二人に手を振り小走りに駆けて行くうしろで、パパとスワローが毎度恒例の反省会を開いていた。
「やっぱタイミング遅いよ、ロビンが押し倒される前に来い」
「ギリギリまで引き付けなきゃトンズラこかれちまうだろ。てめえこそ、トリガー引くのが遅ェんじゃねえの?肝が冷えた」
「お前が射線阻むから狙いを付けるの手こずったんだ、追撃は位置を計算に入れろ」
「あーいえばこーぬかすお兄さまですこと」
「長年組んでるのに全く成長しないな。相棒チェンジするぞ」
「私!?」
勢いよく振り向いてパパにハグ、する直前に止められた。
「コイツは俺の」
スワローが私の首ねっこを掴んでひっぺがし、往来のど真ん中でパパを抱き寄せる。
残念、フラれちゃった。まあいっか。
「離せよご近所さんが見てる、道のど真ん中で立ち往生は通行の迷惑だろ!」
「やだね。どうしてもってんなら力ずくでどうぞ」
「そうだ、忘れてた」
右手を高々かざし、スワローとハイタッチを決める。お次はパパの番。手を打ち合わせた拍子にドッグタグが弾み、鮮烈な夕焼けを照り返す。スワローは渋い顔で自分の手のひらを見下ろしてた。
「毎回これやんの?」
「賞金首を挙げたお祝いと明日への景気付けに」
「うぜえ……」
「ノリ悪いぞスワロー」
「そうよそうよパパたちだけずるい、私もまぜてよ」
「立ちションした時手ェ拭き忘れたわ」
衝撃的な発言に青ざめ、オーバーオールの生地で繰り返し手を拭く。
「最ッ低!不潔!」
「小便した手を洗わないでジェリービーンズ食うなんて非常識な」
「嘘だよ。てかトラムの床や地面に落ちた駄菓子食うのはいいのかよ」
すねるスワローが面白くて、パパと一緒に声を出して笑った。
サシャねえと大家さんにもらったプレゼントは、私が十八になるまでパパが責任もって保管してくれるそうだ。
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