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第1話

物書きがお洒落な人物であるなどということも、嘘に決まっている。物書きという人種は、どこまでもねちねちと小言を言うが如く、重箱の隅でもつつくようにして人生の些事に言及し続ける、もしくは、大風呂敷広げて雑に世界を包む、否、包むかのように見せかけるのが得意な人種なのだからインチキ屋であって、ダンディズムはあり得ない。ましてやお洒落などと言うことは、更にあり得ない。 私は物書きである。貧しい物書きである。あまりの貧しさに、カップそばの中身を食べたあと、容器を見てはこれも食べることができたのならとすら思う。それでも、定職に就くなどということはできない。するには些事に拘り過ぎてしまう。書きたいものが多すぎる。小説を書きながら世の中の色々なことをこなすには、人生は短か過ぎる。 そんな私が唯一めかしこんで外出する機会は、岩沖と遭う時である。岩沖は、私などになぜこだわるのか不明な、さる財界の御曹司で、たまに私を呼び出しては金を握らせてくるのである。 岩沖には、私には金など渡さなくていいと言っている。それなのに岩沖は、私に金を渡そうとする。岩沖とは、たまたまひょんなことから出会っただけの仲だというのに、私に良くしてくれる。私はといえば、岩沖に頼って仕舞えば自分の腕一本で食っていく自信が失われるから、本当に貧困な時以外は岩沖を頼らず、アルバイトなどをして暮らしている。そして大賞を目指して小説を書く日々!私は思っていた。小説家とは洒落た職業なのだと。しかし実際は、泥臭く重箱の隅をつつくような作業の繰り返しであって、決してお洒落などではないのだ。岩沖は、そんな愚痴を垂れる私に笑いかける。私を笑う者はたくさんいるが、私に笑うものは、岩沖くらいのものである。 「光次さんは、本当に頑張っているんだね」と、岩沖は言う。ここは、私には場違いなほど洒落たレストランで、私は一張羅であるスーツを着て岩沖と向かいあってワインなど嗜んでいた。 「光次さんの小説は、今に売れる。きっと売れる。」なんなら僕の父に掛け合って出版してもらったって、と言いかける岩沖を、私は制して答える。 「だめだよ岩沖、私は真に自分の力だけで名声をものにしたいのだから。」 岩沖のおかげで舌ビラメのムニエルだからなんだかを食べている身分で、そんなことを言っても良いのかと、私の影は囁く。しかし、これだけは意地なのだ。小さくて皺くれた、私の誇りなのだから、仕方がない。 「わかったよ、光次さん。」 でも、光次さんの作品を応援しているからね、と、岩沖は破顔してそう言うのだった。 私は、岩沖の高級そうなスーツを見ながら、自分のスーツと心の中で比べ、そして悲しくなった。悲しいほどに私は貧しくて、岩沖は裕福だった。 悲しい気持ちはワインで流し込み、今日はどんな「遊び」が待っているのかと想像を馳せる。岩沖は、こういった食事の後、必ず私を「遊び」に誘うのだ。それが私にとって岩沖の困ったところであり、可愛いと思うところでもある。 食事が済み、私たちは「遊び」を始めた。その場所として岩沖が用意していたのは、私たちが食事をした一流レストランのあるホテルの、スイートルームだった。一体、なぜこんなことになってしまったのだろう。私はただ、岩沖を少し懲らしめたに過ぎないのに。あの日、岩沖は金に物を言わせてある女性に乱暴しようとしていた。それを見かねた私は、岩沖を少々懲らしめてやっただけの通りすがりの者だったのだ。それが、こんなに懐かれてしまっている。いや、懐かれているという表現では説明が付かない。 岩沖が言う 「今日は、僕は光次さんの犬になりたいです」 「犬になるとは?」と説明を求めれば、岩沖はなぜか顔を赤らめながら説明してくれた。 「光次さんに僕の首輪を引いてもらって、マーキングするところも見られて、ばかいぬ、って罵られたい。存分に虐めてほしいんです。」 私はそれを聴き、この坊ちゃんはやはり変わった男だと思う。だが、一宿一飯の恩がある以上、それを断ることなどできはしない。 「そうか。そうしてほしいのか。」 「はい、いつもみたいに、最後は光次さんに、乱暴に犯してほしいです。」 始めに会った時みたいに…と、岩沖は女のようにしなを作る。 岩沖への仕置きの仕方がまずかったのだ。私は、乱暴される女性の側になれということで岩沖を犯した。それを機に岩沖は反省するはずだった。しかし、実際には岩沖はなぜか私に惚れ込み、そうして今に至る。私には、粗野だが未来ある一人の若者を歪めてしまった責任もあるので、私は今夜も岩沖の望みを叶えるのだ。 「わかった。…では、服を脱いで四つん這いになりなさい。」 岩沖は、素直に命令に従った。 私は、岩沖の首に赤い首輪を付けた。これは、茶色に染まった岩沖の髪色によく似あう、などと、らしからぬことを考えながらリードを付け、適当に引っ張ってやる。岩沖はと言えば、高級品のスーツを脱ぎ捨てて、間抜けにもわんわんと鳴き、尻尾があったならばちぎれんばかりに振る勢いではしゃいでいる。ここは土足で上がる部屋だというのに、酷く嬉しそうに四つん這いになっている様を見て、ついつい、 「岩沖、お前に尊厳はないのか?」と訊くと、顔を赤らめながらも 「おれ、いえ、僕には尊厳なんかありません。僕はあなたの玩具です。」などと言うので、早速足蹴を喰らわせた。 「こら、お前は犬なのだから、喋ってはいけないよ。」 すると岩沖は寂しそうにくぅーんと鳴いて、私にまとわりつくのもやめた。賢い犬である。お座りして、うるんだ瞳で私を見ている。こういうところが変に気に入っている。 だからもあってか、この腐れ縁がやめられないのだ。 「岩沖、おいで。」私がベッドに座って呼ぶと、岩沖は四つん這いのまま私の足元へやってきた。私はその頭を軽く撫で、岩沖がその手を舐め回す様を、サービスで置いてあった酒を飲み始めながらぼんやりと眺める。 はじめは優しく、次第に激しく、扇情的に。岩沖の舌は私の手を性器と見做しているかのように舐め回して、私をそう言った気持ちにさせた。動揺した私は、酒を数的、自分の靴に溢してしまった。それを、岩沖に舐めさせる。主人の粗相は犬の粗相である。 そうだ、と私は思い出す。岩沖は、マーキングも見て欲しがっていたな、と。ならば、その通りにしなくてはならない。野郎の排便など見て何が楽しいのかと思うが、何となしに背徳的な気もする。とりあえず、岩沖に失禁を命じた。 「岩沖、ここでマーキングをしなさい。」 と私が出したのは、そこらへんにあったおまるである。岩沖は、あそびに使いたいものをそのへんに散らかしているから、私はそれを使う。岩沖が使っている便器は、普段は使用人にピカピカに磨かれたもののはずである。それが、その辺にあるおまるなどを使わされる。このギャップが、どうにも私の背徳心をそそり、快感がぞくぞくと背筋を伝う。今目の前に立っているのは、財界の御曹司で顔も頭もそこそこ悪くない若い男。その男が、自分の意のままになるのだから、その快感は底知れない。 岩沖にも、その背徳感は伝わったのだろう。自分から提案してきたくせに、唇を噛み締めて悔しそうな表情を作りながら、岩沖はそのおまるに排尿した。 おまるに筋肉質だが細い体が絡む様は、ますます私を昂らせた。私は、男色者ではない。では、サディストなのかも知れない。目の前で、明らかにいい暮らしをしている人間、擦れていない人間が、屈辱的なポーズをとっている事実に、私は眩暈がするほどの興奮を覚える。 ズボンのチャックを下ろして、性器を露出させた。その状態で岩沖を脚の間に呼び寄せれば、賢い岩沖はもうすべきことはわかっていると言わんばかりに、私の性器に口付ける。 いやらしくて赤い唇が私のペニスを包み込み、中の滑りが優しく私を包む。 岩沖は、私のペニスをしゃぶりながらもう興奮しているらしく、いやらしく腰が揺れていた。 「もう発情しているのか。」 はしたない、と感想を述べれば、岩沖は恥ずかしそうな、でも嬉しそうな、とろりとした目をこちらへ向けた。その上目遣いは、何となく愛おしく、喉奥へ私のペニスを納め始めた岩沖の頭を撫でてやる。 しばらくして岩沖は体を起こし、私の方を見上げた。その様を見て、私は、優しさと嗜虐心がないまぜになる。 「岩沖、お前に発言を許可する。お前は私の何だ?」 岩沖は、うっとりとした顔で言った。 「おもちゃです。奴隷です。おれ、あなたの虜なんです。何でもしますから、どうか見捨てないでください。あなただけが俺の光です。」 私でなくとも、色々な人間を見られる立場だろうに、そう言ってくれる岩沖を私は少し尊いと思った。思ってしまった。これでは当分、私たちの腐れ縁は断ち切れないのだろう。 「そうか。私は、大好きなおもちゃは壊れるまで使う主義なんだ。」 大介、と、初めて岩沖の名前を呼ぶ。岩沖の顔に、嬉しそうな表情が広がった。 「おいで。壊してあげよう。」 こうして岩沖はベッドの上に乗った。私は、ベッドの上で岩沖の腹を殴った。最初に会った時にそうしたように。若い肉体に拳が刺さるその弾力性を楽しみながら、思い切り殴った。 かは、と大介が咳き込む。無防備な腹にめり込んだ拳に、大介は恍惚の表情を浮かべている。そして私は、思い切り大介にのしかかってその体を制圧し、今度は首を軽く締めた。 「お前は駄犬だな。でも可愛い。」 そう言って、余った片手で頭を撫でる。大介は、首を軽く圧迫される密着度が好ましいのか、もう完全に女のような表情になっている。 「俺は馬鹿でした。光次さんのような素敵な人におもちゃにされるために生まれてきたのに、俺は女を抱く人間だと思い込んでいたんですから。本当は、光次さんに”抱かれる”みたいな優しいことなんかじゃなくて、軽蔑と嫌悪のうちに虐められるために生きてきたのに。」 「別に嫌悪はしていないよ。」 軽く頬をなで、それから、戯れに叩いた。 嫌悪や憎しみはない。多少、裕福な生活への嫉妬はあるかも知れないが。 私を突き動かすもの、それは、この坊ちゃんに加害を加えたいという欲である。大介が流す生理的な涙を吸いながら、もっと無様な姿を見たい、支配したいという欲望がとぐろを巻いているのを感じる。 涙を直接目玉から吸われて、大介は少したじろいだが、やがて大人しく身を任せてくれた。 「私は、たまには大介を優しく抱きたいと思っているんだが、それはいけないことなのか?」 大介は、一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。 「いいんですか?俺、いや、僕なんかを女性みたいに扱って、それで光次さんは楽しいんですか?」 私は、相変わらずこのお坊ちゃんがわからない。強引に、「遊び」に参加させておいて、優しくされることには遠慮するその気持ちが。いつだか話してくれたが、それは彼の過去に由来する遠慮深さなのだろうと思う。大介は、有力企業の後継として、厳しく育てられた。しかし母が亡くなり、後妻が息子を産んでから、父親は後妻の言うがままに後妻の息子を企業の跡継ぎにして、大介はそれ以来、自分の稼ぎだけで生きている。 他人に厳しく躾けられ、自らを追い込んで課題をクリアすることだけを喜びとして、愛される方法として覚えている大介は、こんなSMのような形でしか愛を実感できないのだ。潜在的にそれを悟り、そして否定したくて女性を少々乱暴に口説いてはみても、きっかけさえあれば従順な服従者に戻ってしまう大介である。そんな大介は会社では上役として畏敬の眼差しを向けられ、女性にはルックスはいいもののその荒っぽさに辟易され、唯一ちゃんと向き合ってもらえたと感じているからこそ、私などという、お洒落でもなく、ただただ重箱の隅を突くような小説を書いているインチキ屋に惚れ込んでしまっているのであった。 「楽しいとも。さあ、お前に優しくさせてくれ。」 私は、初めてしてみたことだが、大介の肩や胸に口づけを落とした。優しく優しく、労わるように唇を這わせていると、若い肌の弾力と滑らかさを感じた。 大介は、うっとりと身を任せている。時折、ん、とか、うう、とか、感じているのか、声を僅かに漏らした。私は、乳首に軽く歯を当てて、吸ったり舐めたりしてみた。するとそこが立ち上がってきた。 「感じるのか」と語りかけると、大介は恥ずかしそうに頷いた。 「では、気持ちよくしてもらえるようにお願いしなさい。」 私は、大介が苦痛ではなく、快感をねだれるようにしたかったのだ。しかし、大介は快感をねだることには酷く羞恥を覚えるようで、なかなか上手く言わなかった。 「上手く言えないのか」 私はわざと冷たく言い放つ。大介は、見捨てられるのが嫌だと言わんばかりに、 「で、できます。できますから…」と、半ば怯えたような媚びた笑みを返してきた。 「ちゃんと、何をどうして欲しいか言いなさい」 大介は、顔を真っ赤にしながら宣言した。 「おれ…いえ、僕の、ち、乳首、…乳首を…っ、舐めたり噛んだりして、気持ち良くして下さい…っ!」 私は、彼の一人称が俺でなくて僕であることにも満足した。毎回、そうするように指導しているのだ。育ちのいい坊ちゃんには、僕という一人称の方がぴったりであろう。 「わかった。気持ち良くしてやろう。」 お前は気持ち良くしてもらう価値があるのだ、私にとって大切なのだと繰り返しながら、私は大介の体を可愛がる。大介は、恥ずかしそうに震えながら、それでも私の、作家としてのねちっこさがそのまま映るような行為を受け入れている。これを可愛らしいと思わずして何が可愛らしいと言えよう。大介は可愛らしいのだ。砂糖菓子のように、そう、食べてしまいたいくらいに。 全身の敏感なところを隈なく舐め回し、私は、手で大介の昂りをこすってやった。 大介は、ビクンビクンと反応しては、私の体に縋り付く。なんとも言えないその肉体の体温の甘さに、私も昂っていた。 「も、我慢できないッ、光次さん、来て…」 大介は私の背に手を回し、そう言ってねだる。私は大介をうつ伏せにし、その上にのしかかった。大介のナカは、私を待ち侘びていたという風にぎゅうと私を捕らえて離さない。男の情念に、私もまたくらりと来そうになるが、大介を喜ばすために、中で動いてやる。 大介の体温も喘ぎ声も肉体の弾力も、全てが気持ち良くて、私はいくらでも貪っていたいと思う。しかし、私にも限界があって、私は身体を交えるスピードを上げながら、荒い息遣いで達してしまう。そんな私に、大介はニコリと微笑んで、私の下半身を舐めて掃除し始めた。その奉仕心をも、私は気に入っている。 「気持ちよかったでしょうか。」と私に聞く大介。 「もっと乱暴にしてもよかったのですよ?」と聞く大介は、ああ。恐らくは、本当の愛を知らず、私は、思わず彼を抱き締めたのだった。 大介が本当の愛に目覚めるのと、私が大介との関係をセンセーショナルに語った小説が売れて大先生と呼ばれるようになったのとは、それぞれ後の話である。

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