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第1話
この世界には女神がおり、人々にギフトを授けるという。
異世界からやってきた俺も、どんなギフトがあるんだろうと胸を躍らせてしまったことを後悔したい。
「は? チート?」
ギルドマネージャーである竜人のおっさんを二度見して、俺はひどい声でつぶやいた。
右手にはくすんで茶色くなった地図のタペストリーが壁に掲げられ、大陸の真ん中には湖の形がぽっかりと円を描くように存在していた。
左手には空になった酒瓶が転がり、中は薄暗い。
窓には綾織物が掛けられて、部屋の隅には埃の山がみえた。
「ソータ、何回も聞くんじゃねぇよ。ケツがチートなんだ。チートケツマンコ。まだその域に達してねぇが、素質はあるようだ。だが、レベルが瀕死だ。だから身体開発しねぇとやばいぞ」
「は?」
何言ってんだ、このおっさん。
いつもの呑み過ぎか……。
それともとうとう頭が沸いたのか。
至極当然のように言い放つが、いわんや理解ができない。
身体開発ってなんだ。
なんだよ、ケツがチートって。
「ケツに才能なんかねぇよ」
そう言ってみせるが、おっさんは首を横に振る。
仄暗い出張所を照らすランプの灯がゆらめいて、竜人特有の鱗状の腕を茜色に照らしていた。
「あるよ」
きっぱりと言われて、まじまじとおっさんの顔を眺めた。紙煙草を横に咥えなおして紫煙をくゆらせてぐるぐると蛇のように巻き上がる。
「は?」
「フェロモン値があがって、魅力度が上がるんだよ。レアアイテムとか珍しい騎獣を引き寄せるから、お宝に遭遇できる確率が確実に上がる。おまえら聖騎士は聖杯を探してんだろ。ちょうどいいじゃねぇか」
「……ああ。それは助かるな」
ぽつりと低い声がうしろからした。振り返ると、体にぴったりと合っている漆黒の甲冑に身を包んでいる男がいる。
「そうだね」
その隣でにこっと柔らかな視線を送り、笑いかけてくる奴がもうひとり。
銀色の鎧をまとい、手には槍のような長い魔法の杖を持っている。
おっさんは話を継ぐ。
「ケツの能力を上げていかねぇと、死ぬぞ。この世界は持っている能力をある一定のレベルにしねぇと早死にするんだ。俺には女房がいるから、そこの兄ちゃんたちにでも手伝ってもらえ。ふたりとも上級もののイケメンじゃねぇか。チームなんだろ。ま、いままでレベルが上がらなかった理由がわかってよかったな」
おっさんは腕組みをしながらにやにやして、壁に寄りかかるクロードこと短髪黒髪騎士とランスこと銀髪白魔道士に視線を投げる。
やめろ。やめてくれ。そいつらに余計なことを言うな。
そのふたりは仲間だが、それほどの関係でもなんでもない。
「ち、ちょ、ちょっと開発ってさ……」
「開発っていう響きがいいね」
にこにこと軽快な笑みをみせる白魔道士。黙ってろと心でつよく念じるが効力はない。
「………わかった。やろう」
深くうなずく黒騎士。
「は?」
「やるなら娼館を貸し切るぞ」
「は?」
「それなら僕がすぐに手配するよ」
にこにことほほ笑む白魔導士。
「ああ。よろしく頼む」
「任せてよ」
黒騎士と白魔道士はこくりと互いをみつめ合って頷いている。そして長い脚を動かし、数歩ほど前に出てじりじりと俺に近づく。ちょっと落ち着け。まってくれ……。つうか近寄るな。
「い、い、いやっ……」
「おやじ、必要なものをくれ」
「あいよ」
「あ、あとパパローションもちょうだい。あといつもの練り薬も」
「あいよ」
「ち、ち、ちょ、やめ……」
両手をがっちりホールドされて、逃げられない。
「おまえのためだ。やむを得ない」
「は?」
「命に関わることだしね、全力でレベル上げにつきあうよ」
ポンと肩を叩かれる。
全力ってなんだ。こわいだろうが。
ぶんぶんと首を横にふると、魔道士と黒騎士は見えない圧が高まる。
「ひっ……」
「おやじ、こいつのケツのレベルはいくつだ」
「ゼロにちかい。それよりも低いかもしれねぇな。それでも魅力度はあるから、発情期の動物には気ぃつけろよ。ま、餓死寸前の猛獣にでも遭遇しねぇ限り大丈夫だけどな」
はっとなって、ふたりの整った顔をまじまじとみつめる。二人は聖騎士だ。灰色の瞳と、青の瞳には燃え滾った情欲を宿しているようにも感じる。
「いっ……。じ、自分で……」
「自分じゃ無理だ。だれかにやってもらえ。男のケツなんてそうやすやすとゆるまねぇし、出口が出入り口になるなんてそうそう簡単じゃねぇ」
げらげらと下品な笑い声を立てて、また酒をあおるように吞んだ。ゆるゆるなんていやだ。尻は出口のままでいい。
「……っ」
「すぐにレベルを上げるぞ」
「そうだね。こういうのは早いほうがいいよ。おじさん、これもちょうだい」
白魔導士は卑猥な形の筒棒を手にして、おっさんに出していた。
「まいど~!」
ランスが金貨一枚を差し出すと、この村のギルド出張所であるギルドマネジャーのおっさんはうれしそうに手をさすった。そうっと店から出ようとして首ねっこをつかまれる。
「おい、逃げるな」
「……うっ、ルゥ」
「くぅ……」
店から出ようとして、両手を掴まれる。外では残忍で凶暴といわれる騎獣が柔らかい視線をこちらに向けていた。
「ルゥ、待たせたな。行くぞ」
「クッ!」
黒騎士が手綱を手にすると、うれしそうに首を上げた。所詮主人が一番だ。すでにペット化している。
「ソータ、行くぞ」
「楽しみだね!」
「いやだ。やだやだやだやだ。ケツなんて鍛えたくねぇ!」
「クッ!」
どうしたらいいんだ、俺。
なんだかわからないうちに、俺たちはチートケツマンコという卑猥な尻の存在を発見してしまうことになった。
両腕をがっちりと掴まれ、俺はずるずると引きずられながら娼館の二階へと連れていかれる羽目になった。
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