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第32話
「なんで、ボクの記憶を消していったの」
「獣の姿では、一緒にいることはできないだろう? 私は谷に隠れ肉体 を休めなければならなかった。それは時間を要することで──私の記憶があれば、お前が辛い思いをすると思った。だから、幼い時に両親がなくなり、フィーネと共に暮らしたということにした」
「そんなことしないで、一緒に連れていってくれれば良かったのに」
空色の瞳にぷっくらと涙が浮かぶ。その涙が落ちる前に、温かな指先がそれを拭った。
「獣の姿の私とはいられないだろう?」
くすっと笑い、もう一度その言葉を繰り返した。
「あの夜、最後に一目お前の顔が見たくて、家に寄った。だけど、お前は床に倒れてて──私はお前を部屋に運んだ。お前の寝顔を見ているうちに、愛おしさが募ったよ。前世のトールだけではなく、一緒に暮らして来た今のトールが愛おしかった。父親として暮らしていたのにな」
今も、その銀と青の瞳は、眼の前の青年を愛おしげに見つめている。
「少し……悪戯をしてしまった」
ぐっとトールの襟を下げ、鎖骨を露にする。
そこに咲く、紅 の花。それを二本の指先で押さえた。
熱い……。
フィーネに“不思議な夜”の話を聞いた後、その痣が熱を持ち、くっきりと紅い色になった。今、触れられているそこは、その時と同じように熱くなっていた。
「熱くなってるな……。私はここを噛んで印をつけた。お前が私のものであるという証 を。いや、願いかな。いつか、封じた記憶が甦り、私を捜して欲しい……本当の父親ではなく、私を選んで欲しいという……願い。それを込めて口づけた」
身体が熱い……。
“誰かの所有の証 ”
それは、イオ以外いない。
そこから、じわりと身体中に熱が広がっていく。
自分を見つめる瞳が色を変えたのを感じ、イオは彼の頭を両腕でぎゅっと抱きかかえた。仰向けに寝ている自分の胸に顔を押しつける。
「願いは叶ったな……。記憶を消しても、その種はお前のなかに残った。だからこそ、何度もこの谷に足を運んだのだろう。お前は瑠璃 の 谷で、知らず知らずのうちに私を捜していたな……? 私はここで身体を癒しながら、お前の気配をいつも感じていたよ」
腕に抱えた頭が僅かに動く。
「うん。捜してた。誰かといつも一緒にいた……そんな気がして」
「お前は少しずつ思いだし、様々 受け入れられる年齢 になった。私は、最後の鍵を開けることにした──」
「最後の鍵……?」
「──フィーネだ」
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