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第10話 王道展開(?)の食堂での動画撮影

 生徒玄関での服装チェックを終えて風紀委員会室へと戻ると、風音先輩が顔を上げた。 「どうだったの?」 「ああ……副会長がいてくれて助かった」  思い返しながら俺が述べると、風音先輩が足を組み、片手で例の指南本――『生徒会長の溺愛煉獄♡放課後は秘密の花園~お気に召すまま~』を俺に見せた。 「キス、したの?」 「額に。ただ、あれは、菱上は分かった上でのようだったからな」 「ふぅん」  さして興味が無さそうに、風音先輩がテーブルの上に指南本を置いた。 「それよりも、今日の昼食は食堂へ行って、支倉先輩宛の動画を撮らないと。盗撮にならないよう細心の注意を払わなければならないが」 「支倉先輩、寧ろここにいなくて良かったんじゃない? いたら、今頃この部屋は血みどろだったと思うからねぇ」  俺達はそんなやりとりをしつつ、その後は書類を片付ける事にした。俺は早速、校門の破壊についてをまとめ、風音先輩は昨日から残っていた聴取書にサインをしていった。何かとこの学園では、委員長や副委員長等の役職持ちがサインをする機会が多い。  そうしていると、すぐに昼食時がやってきた。 「それじゃあ行こうか」 「ああ」  風音先輩に頷き、俺は立ち上がった。二人で風紀委員会室を後にし、食堂まで向かう。そこには扉を開けてくれる専用の給仕さんがいる。 「はい、これ」 「悪いな」  俺は風音先輩からレトロな耳栓を受け取った。風紀委員の標準装備として、耳栓が用意されていると知った時、俺は非常に感動したものである。こうして扉が開いた。 「「「きゃー!」」」 「風紀委員のお二人!」 「槇原委員長様格好良い」 「風紀委員長様、本当に神々しい……」 「風音副委員長様美人すぎる……」 「眼福……!」  耳栓をしていても、声は結構聴こえてくる。大半は、風紀委員ブランドと風音先輩への賞賛のようだが、たまに俺も格好良い等と言われる。まぁ、それこそ風紀委員長ブランドとしか言えないか。俺は至って普通の容姿をしていると鏡を見る度に思う。  なお、歓声を上げている多くは、チワワと呼ばれる、可愛い系男子だ。主に親衛隊を構成しているのは、彼ら達、チワワである。時折ドーベルマンやハスキー犬のような隊員が混じっている場合もあるが。 「今日は、録画があるから一階席だな」  この食堂、俺は滅多に来ないが、過去に二度だけ足を踏み入れた事がある。支倉先輩に引きずられて訪れた事があるのだ。その際に知ったのだが、二階は、生徒会及び風紀委員会の人間の専用席なのである。これもまた、特権の一つだ。 「何頼む?」  席を見つけ出した風音先輩が、タッチパネルを見た。二階席は専用の給仕さんが、扉の前のように立っているのだが、一階席はファミレスや回転寿司のごとくタッチパネルである。 「生姜焼き定食」 「委員長は、本当に肉が好きだよね」 「ああ。俺は肉を愛している」 「へぇ。俺はとろろ蕎麦にする」  こうして俺達が注文していると――扉が開く音の直後、耳を劈く大歓声が上がった。 「「「「「きゃー!」」」」」 「生徒会の皆様だ!!!!」 「会長様格好良い」 「副会長様麗しすぎる」 「会計様本当素敵」 「書記様愛してます」 「双子今日も本当天使!」  最初の幾人かの声は聞き取れたが、俺と風音先輩の時ではとても太刀打ち不可能な大歓声が上がっていたので、以後は聞き取るのは困難だった。だが、生徒会役員が来たのは分かった。俺はスマホを構え――そこで気がついた。まだ、転入生の姿が無い。  俺の記憶によると、転入生が食堂に来て、生徒会長にキスを奪われ、副会長と生徒会長が取り合い、生徒会長を好きな親衛隊長に制裁――という名のイジメを受けるという内容が、指南本の王道ストーリーだった。どうやら菱上の話だと、アンチ王道や非王道もあるようだが、根本的には似ているはずだ。 「転入生がいないよ?」  俺と同じように、風音先輩が首を傾げている。俺達は顔を見合わせた。とりあえず、俺は録画だけは開始している。ひっそりとだが。風紀委員長が盗撮は、公にはまずい。  ――扉が開いたのはその時だった。  食堂が、ざわっ、と、した。  見ればマリモが入場してきた所だった。あれは誰だってざわつくだろう。俺もキョトンとしてしまった。緑かかった黒いマリモにしか見えないアフロヘア(?)の生徒が、分厚すぎる、古の牛乳瓶の底を彷彿とさせる眼鏡をかけて入場してきたのである。  その両隣と一歩後ろとそのまた後ろには、俺の記憶リストだと、『1-B』の生徒がいた。  右を歩くのは、茶道部副部長の、雛形早穂(ひながたさほ)である。茶道部部長の、雛形果穂(ひながたかほ)の、一つ年下の弟だ。こちらの親衛隊長も、常磐が兼任していると聞いている。奴は結局、情報屋だったらしいが、今の所、俺には何も有益な情報はくれない。自分から貰いにいかないとならないのだろうか?  左を歩くのは、陸上部期待の星と名高い、走り幅跳びの選手の、葦月要(いつきかなめ)だ。爽やかなイケメンとして評判である。一歩後ろを歩いているのは、これまた珍しい……一匹狼と名高く、どことなく不良風ではあるが、Eクラスでは無い、圷智(あくつさとし)だった。確か圷に関しては、秘書の湯川さんが持ってきた転入生の資料で、同寮者として見かけた気がする。最後に一人、平凡な少年が歩いている。  三人とも、春に発行された、抱かれたいランキングや抱きたいランキングの上位者だ。  最後の一人はランク外であるが、この生徒も1-Bの生徒で、大貫里美(おおぬきさとみ)という名前だと俺は記憶していた。大人しい生徒だ。過去に問題を起こした事も無いので、俺の中での優良生徒ランキングでは上位だ。 「何あのマリモ……」 「そんな、早穂様と一緒に」 「ああ! 葦月様の肩に触った!」 「圷くんが来てる!? け、けど、なんで不審者と一緒!?」  そんな声が響いてくる。 「ねぇ、槇原委員長。あれが転入生?」  俺は、風音先輩の声で我に返った。言われてまじまじと見れば、身長と体型は同じだ。筋肉の動きも古武術をしていた俺の眼には同じに映った。  なるほど、クラスメイトだから一緒に食堂へと来たのかもしれない。だが俺個人としては、混むからとして止めてくれた昨年の常磐や夏川の方が有難いなと心から感じた。 「おや、渉夢」  そこへ菱上が微笑しながら歩み寄った。すると食堂がより一層ざわついた。 「副会長様に名前で呼ばれている!?」 「ま、まさか、朝の親衛隊情報網の噂は本当なの!?」 「転入生にキスしただなんて、そ、そんな、嘘!」  親衛隊情報網と聞こえてきた。俺は知っている。それが、それこそが、常磐の構築している代物の一つであるとだけは、聞いていたからだ。ならば、今の転入生の姿が変装だというのも当然広まっていくだろう。 「よお! 夏向! 朝は案内してくれて有難うな!」  明るい声で青崎渉夢らしきマリモが答えた。声が同じだから、やはりそうだ。  するとまた食堂がざわついた。 「菱上副会長様を呼び捨て!?」 「有り得ない有り得ない有り得ない」 「信じられない……!」  遠園寺が転入生に歩み寄り、少し屈んだのはその時の事だった。 「お前が、夏向が珍しく気に入ったという転入生か?」 「? お前は誰だ? です」 「生徒会長の遠園寺采火だ」 「よろしくな! ……です」 「その物怖じのしない態度、中々良いじゃねぇか。どこかの誰かを思い出させる図太さだ。この俺様に対して」  そう言うと、遠園寺がチラリと俺を見た。俺はスマホを片手にそれとなく視線を逸らした。 「その唇を寄越せ」  遠園寺はそう言うと、転入生に詰め寄った。よし、動画にバッチリ映りそうだ。うんうん。俺は満足しながら決定的瞬間を待った。しかし、遠園寺は再び俺の方をチラっと見た。どころか――向き直った。 「……と、言いたい相手は他にいるから、一途な俺様は、今回はパスで」 「「「「「きゃー!」」」」」  遠園寺が何か言うと、取り合えず歓声が上がるのは、この際もう良い。問題は支倉先輩にこのどうでも良い日常風景を送って良いのか否かだ。あの人は、怒ると怖いのである。 「なになに、かいちょー、へたれちゃったの?」 「黙れ、葵。お前が代われ。なんで俺が、いきなりキスしないとならないんだ」 「そう言われてもぉ。だって夏向ちゃんがさぁ」  そこへ夏川が出てきた。最近ではめっきり絡む事は無いが、昨年と見た感じは変わらない。夏川もまたその時、俺の方をちらりと見た。俺は夏川は友人だと思っているので、軽く片手をあげた。向こうも同様である。すると遠園寺が眉間にシワを寄せた。まぁ、別に奴の反応などどうでも良いが……遠園寺は何故なのか、夏川の足を全力で踏み始めた。意味が分からない。 「お前は誰だ?」 「夏川葵。会計だよぉ。よろしくねぇ」  間延びした声を発しつつ、夏川が笑顔で転入生に挨拶をした。見れば、遠園寺の足を踏み返している。夏川は、やられたらやり返すタイプであり、俺と同じだ。そういう点にも親近感がわく。 「僕は、瑞浪明」 「僕は、瑞浪宵」 「「どっちがどっちでしょうか!」」  その時双子が回り始めた。転入生の周囲をくるくる回った後、停止した。その瞬間の視線の動きで、俺はどちらがどちらか判別した。すると転入生が明を指さした。 「お前が宵!」  ――!! 外した! 「だ、大正解★」  しかし明は、一瞬だけ頬を引きつらせたものの、正解と言い出した。 「僕達を見分けるなんてすごいね!」  宵はそれに乗っかった。ま、まぁ、この双子は冗談が好きだからなぁ。このくらいは、可愛い嘘として見過ごすか。  取り合えず、動画もとった事だし、腹を満たそう。その時丁度生姜焼き定食が届いたので、俺はその後、肉と向き合う事に決めた。ほぼ同時に風音先輩の蕎麦も届いた。 「おいおい、なんで風紀委員のお前らが、二階席じゃなく一階席にいるんだ?」  そこへ遠園寺が歩み寄ってきた。 「悪いが今、豚肉に集中したいんだ。話しかけないでくれ」 「お、おう……」  俺の言葉に遠園寺が黙った。俺は全力で箸を口に運ぶ。本当美味い。 「あ! 郁斗! 郁斗も今朝は、有難うな!」 「気にしないでくれ」  そこへ転入生もやってきた。するとまた食堂にざわめきが溢れたが、俺は肉に集中しているためあんまり聞いていなかった。 「俺でも呼べない槇原の下の名前を呼んでいる、だと? 一体どうやった!?」 「ん? 一度話せば友達だろ?」 「……近くて遠い。俺は、友達じゃなく、恋人を希望しているんだ」 「え!? 初対面なのに、俺の!?」 「違うから安心しろ」 「びっくりしたー! そ、そっか。片思いか! ええとな、まずは心を開いて本心をぶつけていけば良いと思うぞ!」  俺が味噌汁まで飲み終えた時、何やら遠園寺と転入生が話を終えたようだった。そこで視線を向けると、遠園寺が俺に言った。 「お前は、肉と俺のどちらが大切なんだ?」 「? 肉だが?」  意味が分からず素直に回答すると、遠園寺が転入生を睨んだ。かなり迫力があった。 「本心をぶつけてダメな場合はどうすれば良いんだ!?」 「え……」  転入生が頭を抱えた。結果、マリモっぽいアフロが少しずれた。カツラって蒸れそうだな。  取り合えず満腹になったし、完食したし、動画も撮ったし、もう良いだろう。  風音先輩も丁度食べ終えた所だった。 「帰るか」 「……そうだね。うん。そうだね。槇原委員長は、そこが安定だよね」  こうして俺と風音先輩は、食堂を後にした。

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