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第12話 事実確認

 さて――転入生が来て、早二週間。 「一体どういう事だ……?」  俺は、減ると予測していたのに、増えていく書類の山を見て、一人きりの風紀委員会室で呆然としていた。一番上の書類を捲ってみる。  制裁したのは、生徒会長親衛隊。理由は、これまで自分達を交互に呼んでいたのに、今は会長の遠園寺が、日中は生徒会室に、放課後は寮の部屋に、転入生を招き入れているから――との、事である。 「あのバ会長は、何を考えているんだ?」  親衛隊と一言で口にしても、末端まで含めると大規模過ぎて統制が取れていない事はよくある。だが、俺の目の前に築き上げられている書類を見ていくと、大体の犯行が親衛隊の手によるもので、理由は、『副会長様が生徒会室に転入生を連れて行く』『会計様が遊んでくれなくなった』『書記様が笑うようになった』――笑うようになったのは良いだろうに……、『双子が個性を意識しだした』……これも自由だろうに、といった内容で……主に生徒会役員の親衛隊が制裁騒ぎを起こしている。  下駄箱は俺が掃除をしているため綺麗だが、教室の机の上などが大変だったらしい。しかし教室の机は、同級生達が処理をしているという。  同級生達……。  そうなのだ。転入生には、敵ばかりでは無い。  というより、現在、転入生は多くの親衛隊持ちの生徒に好かれている。そして、それが気に食わないとして、多くの親衛隊所属の生徒から制裁を受けている。我関せずな生徒は少なくて、学園は二分化されていると言っても良いだろう。  親衛隊持ちの中でも目立つのが生徒会役員達であり、彼らは最近、転入生に構いっきりで仕事をしていないなどという噂も聴こえてくる。菱上……何とかするって言ってなかったか? 俺は問いただしたい気持ちでいっぱいだ。仕事としては、来週、新入生歓迎会がある。確かに生徒会からは、いまだ何をやるのかという書類が風紀委員会へと回ってきていない。回ってこないから、見回り計画が立てられない。 「まず、新入生歓迎会の企画案の確認と、あとは日中に生徒会室へと連れ込んでいるのが事実かを、確認しないとならないな」  俺はその旨を、時任と風音先輩にラインした。すると――『今、親衛隊のお茶会に潜入中だから自分で行ってきて』と、風音先輩から返ってきた。連れ込んでいるのか否かは毎日見ているのだろうし分かっていそうだが……確かに企画案は、これ以上長引くと取り返しがつかなくなるかもしれないし、遠園寺相手にだと俺以外正面を切って指摘できない場合があるので、行ってみた方が良いかもしれない。さすがは遠園寺財閥だ。  という事で、腱鞘炎になりかかっている手首を解しながら、俺は生徒会室へと向かった。無駄に豪華な扉をノックする。 『入れ!』  なんと――青崎の声が帰ってきた。え?  もう中にいるのは確定であるが、一応俺は扉を開けた。 「失礼する」 「槇原!?」  すると遠園寺が声を上げた。遠園寺は生徒会長席に座っていて、その横にソファを移動させて、転入生が座っている。双子がその左右にいる。応接席には、平々凡々な生徒――大貫里美がいて、その隣には、俺も初めて見る微笑状態の書記、油條が座っている。他には、一匹狼と名高い圷が、大量の資料を持って、俺の方を見て動きを止めている。立っている圷の隣には、同様に資料棚の前にいる菱上副会長の姿がある。会計の夏川だけが自分の机にいて、目が合うとヘラリと笑った。 「どーしたのぉ? 槇原、久しぶりー」 「ああ。ちょっと二つ確認したい事があってな。一点目なんだが、青崎・圷・大貫。何故一年生の三名は、授業中のこの時間に、生徒会室にいるんだ?」  俺の言葉に、夏川が納得したというように頷いた。 「まず里美ちゃんはぁ、字がすっごく綺麗だから、来年の書記候補――というか、悠介の恋人候補というか……ま、まぁ、そんな感じで、生徒会補佐に任命されたから、ここにいるんだよぉ。来年からは、生徒会役員の選定を選挙制にしたらどうかなって話しててさぁ」 「選挙制?」 「うん。ランキング頼りだと、偏りが出るかもしれないって、前々から生徒会で話してたんだぁ」 「そうか。制度を変更する場合は、選挙管理委員会には早めに通達するようにな。それで、他は?」 「智くんもぉ、生徒会補佐だよぉ」  夏川はそう言うと、菱上の方を見た。菱上は圷に対して手で資料を机に置くように示してから、俺に対して大きく頷く。 「当初、偶発的に、渉夢が二人を生徒会室へと連れてきたのですが、二人共すごく仕事が出来ると発見し、ぜひ菱上グループの傘下企業に就職を斡旋したいレベルで、僕は気に入っているのです。現在、智には生徒会の仕事を叩き込んでいる最中です」  王子様然としている菱上の笑みを見て、俺は曖昧に頷いた。菱上の言葉に、圷が照れている。 「生徒会補佐は二名までだったと記憶しているが、では、青崎は?」 「あー、俺、海外で大学院まで出てきてるから、この学園の単位のいくつかを取り終わってて、必要のない授業は免除してもらってるんだ。だからサボりじゃない! です!」  青崎本人から返事があった。双子が「「すごいよねー!」」と声を揃えた。 「だから、こいつらに頼まれて、勉強を教えてるんだ」 「た、頼んでねぇよ!」  遠園寺が声を上げた。その言葉に、生徒会長席の方を見れば、遠園寺も双子も、ノートと参考書を開いている。授業に出なくて良いが、生徒会の仕事をしつつの自習は認められているため、ここで勉強をする事にも何の問題も無い。 「それと、ほら、片思いの恋愛相談を受けてるっていうか」 「渉夢! 言うな! 言わないでくれ!」  焦った声を上げた遠園寺を見て、俺は勉強中の些細な雑談も問題が無いだろうと判断した。海外での大学院の件も、理事長に少し聞いてみる必要があるだろうが、事実ならば、何もこちら側に問題がない。俺が確認するべき相手は、理事長だ。 「そうか。それはそうと、まだ新入生歓迎会の企画案が風紀へと回ってきていないんだが、どうなっているんだ?」  俺が聞くと、夏川が頷いた。 「補佐が二名入ったし、初仕事として少し関わってもらう事にしてるからじっくりやってるんだけどぉ、草案はもう固まってるし、あとは提出するだけに近いから、期日には間に合うよ。明日だよね?」 「ああ、明日だ。そうか。安心した。邪魔をしたな」  なんだ。問題は無かったんじゃないか。だとすれば、盛大に勘違いをしている親衛隊の末端連中をどうにかする事が大切だ。そう判断して、俺は踵を返そうとした。 「ま、待てよ、槇原!」  すると遠園寺に呼び止められた。 「なんだ?」 「次の中間テストこそ、俺は勝つ」 「そうか」  俺は適当に頷いた。すると、遠園寺が眉間にシワを刻んだ。睨まれても困る。ほかに何もかける言葉が見つからない。そこでふと俺は思い出した。 「放課後も、青崎を部屋に招いて勉強をしているのか?」  何気無く俺が尋ねると、遠園寺が虚を突かれたような顔をした。それから一拍間を置いて、今度は右の唇の端を持ち上げた。ニヤリと笑っている。 「気になるか?」 「まぁ、寮の中は暗黙の了解として見過ごす事にはなってはいるが……遠園寺は、親衛隊を順繰りに、そして現在は青崎を、放課後自室に招いて不埒な行為に耽っているという噂が流れている以上、風紀委員長としては気になる」 「そこに嫉妬とかはあるか?」 「嫉妬?」  俺は親衛隊を欲しいとも思わないし、欲しても出来ないと思う。また青崎を部屋に呼びたいとも特に思わない。勉強も嫌いなので教わりたくない。 「特に」 「っ」  簡潔に俺が答えると、遠園寺が息を呑んだ。 「それじゃあ、ただ誤解されて終わるだけという、俺にとっての最悪な結果じゃねぇか!」 「?」 「好きな奴に下半身がユルユルだと思われるなんて、ただの拷問だろうが。俺は一途なのに! 誤解だ!」  遠園寺が両目を掌で覆った。 「なにか誤解を受けているのか?」 「誤解だ。全部誤解だ。俺は親衛隊の奴らにも恋愛相談をしていただけだし、今はその相談相手が渉夢になっただけで、誓って不埒な行為なんかしてねぇぞ!」 「健全な方が良いだろうな。勉強をせっかく頑張っても内申書が悪くなればダメだと聞いたことがある。生徒会長というアピールポイントが潰れてしまうかも知れない」 「内申書には興味が無い! そんなものはどうでも良い!」 「? じゃあどうしてお前は、そんなに学園内のテストにこだわっているんだ?」 「お前に勝つためだ!」 「そ、そうか……」  そんな風に敵対視されても困る。しかし、恋愛か。遠園寺も俺との昨年のデートの事など忘れ、今は新しい恋に浮かれているのかもしれないな。 「遠園寺。誤解であるならば、お前の親衛隊は規模も大きく制裁も大規模に行っているから、誤解である旨、きちんと周知させて欲しい」 「お、おう……」 「では」 「待て!」 「なんだ?」 「――今年の新入生歓迎会でも、俺は勝つ。去年と同じようにな」 「そこは、新入生に勝利を譲っても良いんじゃないか?」 「全力で取り組むことこそ、相手への尊敬の現れだ。だ、だから……歓迎会の翌日の休日は空けておけ」  遠園寺はそう言うと、気を取り直したようにニヤリと笑った。意味が分からなかったが、取り合えず頷いて、俺は生徒会室を後にした。

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