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第22話 誤解

 そこからが忙しかった。忙しすぎて、見たかったのに、生徒会の出し物の劇を見に行く事も出来なかった。報道部が撮影していたはずで、近々動画が配信されるというからそれまでの我慢である。  なお、生徒会は、後夜祭が始まってしまえば多忙から解放される。だが、風紀委員は違う。その後夜祭こそが、解放感からアヤマチが起きやすいので、ものすごく見回りを強化しなければならない時間帯なのである。文化祭終了後から夜中まである後夜祭終了まで、風紀委員のメンバーは気を抜けないのである。  さらには翌日の代休も、風紀委員のみ、風紀委員会室に集合だ。文化祭の日にあった事件のまとめや報告書の整理、加害者の取り調べ等を一気に行うためである。代休の後は、すぐに土日になったのだが、忙しすぎて俺はそちらも潰れてしまった。  ――そのため、週明けに配られた学園新聞を見て、頭がパーンってなった。  一面は一応文化祭の記事だったのだが、そこ以外がアレだった。 『元風紀委員長と現風紀委員長の熱愛発覚!?』  と、書かれていた。掲載されている写真は、確かに去年からでは考えられない満面の笑みの支倉先輩と、思いっきり真っ赤になって照れている俺という構図だった。俺が照れた理由は、遠園寺との関係を聞かれたからにほかならないのだが、この記事と写真だけ見ると、どう見ても俺が、支倉先輩の笑顔を見て赤面している場面にしか見えない。なんだと……!?  次の記事には、こうある。 『極秘結婚式のために、来校!?』  そしてブロッコリーを放り投げている、俺と支倉先輩が写っていた。  それを見て俺が唖然としていた時、風紀委員会室の扉が大破した。 「な」  入ってきたのは、青崎だった。半泣きで、俺を見ている。 「俺、俺、支倉が好きになっちゃったから、お前とはライバルだ!」 「え」 「負けないからな!」 「ま、待ってくれ、青崎。俺と支倉先輩は――」 「聞いた! 去年風紀で一緒に親睦を深めたんだろう!? 羨ましい……!」  確かに親睦を深めたのは間違いがないし、俺も嫌いではないが、青崎と俺とでは、支倉先輩への好意の種類が絶対に違う自信しかない。 「青崎。俺は恋人が別にいるから、支倉先輩とは何でもないんだ」 「郁斗がなんでもなくとも、支倉は郁斗を好きなんだろう!?」 「それは無い。俺とあの人の間には、先輩と後輩以外のいかなる仲も存在しない」 「嘘だ。だって去年、手とり足とりつきっきりで支倉はお前にだけ指導したって噂だぞ? 当時から支倉は郁斗を溺愛してたってみんな言ってる!」 「みんな? 具体的にはどこの誰だ? そんな下らない噂を立てている奴は」 「みんなはみんなだ。郁斗には、采火がいるだろう!? 浮気は良くないぞ!」 「だから浮気なんかしてないと言っているだろうが!」  俺が叫んだ時の事だった。 「本当だろうな?」  その場が一気に冷えた。絶対零度の声音を放ちながら、遠園寺が風紀委員会室へと入ってきた所だった。俺まで青褪めてしまった。 「……好きな相手が出来たら消滅する関係だと伝えたのは、確かに俺だ。過去にも何度か前風紀委員長とお前の関係を考えた事はある」  それを聞いて、俺はハッとした。そう言えばそうだった。俺は、俺自身の中ではとっくにお試しではなくなったと思っていたが、その気持ちを遠園寺に伝えた覚えは無い。 「待ってくれ、采火。俺と支倉先輩は、本当に何でもないんだ」 「……本当だな?」 「ああ。信じてくれ」 「じゃあ、俺様は?」 「っ、だ、だから……ああ、もう……好きだよ」  俺は直球で伝える事にした。小声でボソっと伝えたつもりだった。  すると――目を見開き遠園寺が硬直した。風紀委員会室も静まり返ってしまった。みんなが、俺に注目している。我ながら恥ずかしくなってきた。 「……わ、悪かった。俺、誤解してた。お前らはもう、愛が溢れていたんだな」  最初に沈黙を破ったのは青崎だった。 「ま、まぁ、支倉はフリーらしいし、郁斗は采火しか見えないみたいだから、俺、自分で頑張ってみる……扉壊してゴメン」  青崎はそう言うと出て行った。風紀委員のメンバー達は、扉の修繕を開始した。ただ一人、遠園寺だけが硬直している。そして俺をじっと見ている。俺もまた改めて視線を向けた。すると、遠園寺が真っ赤になった。プルプルと震え始めた。 「不意打ちは卑怯だろうが!」 「不意打ち?」 「お前に好きだって言われたのは、初めてなんだぞ……わかってんのか? あ?」 「そうだったか?」  残念ながら記憶にない。俺は最近、自分の心の内側では、何度も好きだと思ってきていたので、てっきり本人にも言っていたような気でいたのだから。 「詳しく聞かせてもらう。たまには学食で一緒に昼でもどうだ?」 「ん? ああ、そうだな。丁度仕事も一区切りした所だった」  頷き俺は、扉を見た。するとその場にいた風紀委員達が皆大きく頷いた。  そして代表するように風音先輩が言った。 「変な誤解を生んで、これ以上風紀の仕事を増やさないように、ぜひ行ってきて」  このようにして、俺は皆に見送られて、遠園寺と共に学食へと向かう事になった。  歩きながら、俺は遠園寺を見上げた。 「あの写真は、支倉先輩に、お前との仲を聞かれて照れた時に撮られたんだ」 「――前風紀委員長は、俺達の関係を知ってんのか?」 「前に学園新聞で、俺とお前が熱愛中だと取り上げられた時に、風音先輩から聞いたらしい」 「ほう。反応はどうだった?」 「……一言でまとめると、とても嬉しそうな反応だったな」  支倉先輩は隠しているそうなので、名誉を考えて、フダンシだとは言わないでおいた。  こうして食堂の入口の前に立ち、俺は耳栓を持っていないと思い出した。いつも風音先輩としか食堂に来ないので、自分で持つ癖が無かったのだ。遠園寺は気にした様子が無い。まぁ仕方が無いだろう。 「「「「「「「「「「きゃー!」」」」」」」」」」  扉が開くとすぐ、大歓声がした。さすがに遠園寺と一緒だと違う。いつもよりずっと大きく思えた。 「素敵!」 「生のお二人!」 「並んでおられる!」 「『会長様と風紀委員長様を見守り隊』に入ってて良かった!」 「それ入ってない生徒の方が少なくない?」 「風紀委員長、夏休み明けから色気増しすぎ、なにあれ、目に毒、麗しすぎる。絶対あれ、脱童貞……」 「会長様、夏休み明けから艶が凄すぎる。絶対あれ、脱童貞……」  歓声が大きすぎて、誰が何を言っているのかさっぱり聞き取れなかった。聞き取れない方が良い内容が含まれているとまでは、俺は考えていなかった。その時、これみよがしに遠園寺が俺の手を取り、ギュッと恋人繋ぎをした。そして二階席を目指して歩き始める。俺は頬が熱くなった。 「お、おい! 手を離せ」 「どうして? 名実共に、本当に俺を好きになったんなら、本当の恋人同士なんだから、恋人繋ぎをして何が悪い? 生徒手帳にだって、手を繋ぐのは問題が無いと、不純交友の定義の所に書いてあるぞ?」 「……そ、そうだな」  俺は頷いた。それに俺は、誤解させてしまった事などを申し訳なく思っているのもあるから、ここで喧嘩をして時間を潰したいわけでもない。そのまま真っ直ぐ俺達は、生徒会役員と風紀委員の専用席へと向かった。二階席には、給仕の人々を除くと俺達しかいない。 「何を頼む? 俺様は刺身膳」 「俺はステーキだな」  それからすぐに、俺達は料理を注文した。運ばれてくるまでの間は、文化祭について話していた。会えなかった間の近況報告をしていたと言える。ラインでも似たような話は沢山したのだが、実際に会って話すとやはり違う。本題に入ったのは、運ばれてきてからだ。 「で? 本当に俺様の事が好きなんだろうな? あ?」  箸を動かしイカを食べながら、遠園寺が言った。俺は、ナイフとフォークを手にしながら、大きく頷いた。 「ああ。好きだ。言うのが遅くなって悪かったな」 「全くだ。この俺様が、どれだけ不安だったかを考えろ」 「……聞きたかったんだが、一体お前こそ、俺のどこを好きになってくれたんだ?」 「初めは生まれて初めて自分と対等な相手と出会ったと思ったんだ。それから見るようになって……気がついたら惹かれていた……」 「そうか」 「郁斗は? 俺様のどこに惚れたんだ?」 「俺も気が付いたら、だな。強いて言うならば、真面目に勉強をしている姿だとか……そ、その……一緒にいる内に、見ていたら、自然とだな……」  ステーキは非常に美味だと分かるのだが、俺は遠園寺との会話に集中してしまい、あまり味が分からなかった。肉よりも、遠園寺が大切になってしまったらしい。 「俺様と肉、どちらが大切だ?」 「今は采火らしい……」 「本当か!? 今年も遠園寺財閥はクリスマスパーティーを開くんだが、そ、その、良かったら来ないか? 美味しいローストチキンが毎年用意されるんだ」 「あ、行きたい。ただ、肉というか……クリスマスにお前と過ごしてみたい……かな、と……」 「本当か!? 肉に勝利出来る日がこんなにも早く訪れるとは……!!」  そこからは、二人で、次の冬休みの計画を立てていった。そして今週末からは、今まで通り、どちらかの部屋――主に、遠園寺の部屋でテスト勉強をしようと決めたのだった。

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