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第16話 新しい未来

「待ってくれ、優しさを発揮してくれるんじゃなかったのか!?」 「そうだな」 「無理だ。絶対に無理だ。挿いるわけがないだろ! 頼む、待ってくれ、やめろ!」  俺はプライドを捨てる事にした。先ほどまで若干気持ち良いと思ってはいたものの、心が折れた。 「ああ。クラウスが俺をしっかりと好きになってくれるまで、待つ」 「っ」 「だがすぐに惚れさせてみせる」  シュトルフはそう言うと、あっさりと指を抜いた。ほっと吐息した俺は、全身から力を抜いた。恐る恐るシュトルフを見れば、相変わらず余裕そうに見える。目が合うと、微笑された。  ……。  呆然としていた俺の下腹部を拭いて処理してくれたシュトルフは、結局服装一つ乱れていない。俺は正直、シュトルフを侮っていた。断罪回避にばかり集中していたが、このままだとシュトルフに俺は食べられてしまうというか、捕まってしまうというか……シュトルフが獰猛な獣に思えるし、この図体でいうのもなんだが自分が小動物気分だ。 「起き上がれるか?」 「あ、ああ……」  心拍数が酷い状態になってきたが、別段体に違和感は無い。俺は上半身を起こし、シャツを着なおす。ベッドサイドに腰掛けたシュトルフは、そんな俺の髪を非常にさり気なく指でつまんだ。 「な、なんだ?」 「そんなに意識されると困る」 「意識!? してないしてないしていない、気のせいだ! 俺の髪を勝手に触るな」 「いつも触れたいと思っていたんだ」  シュトルフはそう言うと、今度は俺の額に口づけた。シュトルフが甘い! 優しい! こんなシュトルフなど、過去には見た事が無い。シュトルフは顔だけは良いので(他は、詳しくは知らない)――様になっている。しかし言われているのは、俺だ。俺だってどちらかといえば、愛は囁く側だと思う。 「シュトルフは、そんなに俺の事が好きなのか?」 「好きだ」 「!」  真っ直ぐに言われ、俺は質問した事を後悔した。我ながら情けのない顔でシュトルフを見てしまう。俺は誰かにこんなにも率直に好きだと言われた事なんか無い。 「俺のどこが好きなんだ?」 「逆に問いたい。クラウスのそばにいて、クラウスに惹かれない人間など存在するのか?」 「え」 「理屈はない、クラウスの全てが好きでたまらないんだ」  気づくと俺は赤面していた。頬が熱い。さも当然であるようにシュトルフは言うが、無論そんな現実はない。シュトルフには、俺とは違う世界が見えているようだ。  こんな風に愛をぶつけられると、正直戸惑う。ここにいるのが俺でなかったのならば、絶対即落ちしていたんじゃないだろうか。真剣な顔のシュトルフは、同性から見ても格好良い。俺ほどではないと思っていたが、真剣に恋を貫く姿勢がもう本当に格好良い。  保身に走った俺には決してないものだ。 「クラウスの全てが欲しい」 「シュトルフ……」 「必ず手に入れる。もう逃がさないからな」  まずいまずいまずい、完全にシュトルフの迫力に俺は飲まれている。気圧されている! シュトルフが無駄に格好良く見える! 俺は乙女か! いつから乙女になったんだ! 「それはそうと――そろそろ聞いても良いか?」  その時シュトルフが不意に苦笑してから、目を閉じた。そして優しい顔をしてから、瞼を開けた。 「どうしていきなり、俺を好きだなんて言い始めたんだ?」 「その……それは、その……」  唐突に前世の記憶が蘇ったからである。そうとしか言い様がない。しかし、信じてもらえるとは思わない。このアクアゲート王国の宗教に、輪廻転生は無い。死後の行き先は天国か地獄だ。 「……」 「第一王子という立場が重荷なのは推察できる。ただな、そうであったのならば、一言相談してくれても良かったんだぞ? 尤も、険悪な仲であった俺に相談するとは思えなかったが、クラウスには人望がある」  冷静な声でシュトルフが、諭すように俺に言った。 「今後は何か悩む事があれば、俺が聞く。何でも話してくれ。本当は、ずっと俺は、お前と沢山の話がしたかったんだ」 「……シュトルフ。お前、いい奴だな……」 「いいや? 知っているだろう。俺は利己的だ。純粋に、お前の事が好きだから、お前の話ならば聴くというだけだ」  それは即ち、俺を最優先にしてくれるという趣旨か? そんなに俺が好きなのか? 「俺はクラウスの周囲にいつも嫉妬していた。お前の友人、相談役、配下の者が羨ましくてならなかった。だが、今は俺が一番お前の近くにいる。クラウスの横に立つのは、俺だ」  断言したシュトルフを見て、俺は思わず見惚れた。全然知らなかった。俺の中でシュトルフは、どちらかといえば嫌味で冷徹な『敵』という認識でしかなかった。 「だから少しずつで構わないが、クラウスもきちんと俺を見て欲しい」 「あ、ああ。約束する」 「――これまでは、お前の視界に入っている自信が無かったから、俺としては現状ではかなり前進した気分だが」  申し訳ないが、反論出来ない。俺も、あんまり視界に入れていなかったような気がする。それこそ幼少時から比べられた従兄だとは感じていたが……。 「それで? どうして俺だったんだ?」 「……そ、その……――夢を見たんだ。そ、そうだ、夢だ。これは夢の話だからな」  俺はそう前置きした。シュトルフには、隠し通せる気もしないから、夢として話しておこう。 「クリスティーナとの婚約を破棄すると、お前に俺は断罪されて大変な目に遭う夢を見たんだ」 「? では、何故破棄したんだ?」 「だ、だから! 破棄して、俺がユアを好きだと宣言すると、お前が俺に酷い仕打ちをする夢だったんだ」  必死で俺は、状況説明を試みた。シュトルフは何度か首を傾げつつ、それでも真面目に俺の言葉を聞いてくれた。 「客観的に言えば、クリスティーナとの婚約を破棄して、こちらでも調査していた通り例の平民の少女を正妃にとお前が望んでいた場合、ツァイアー公爵家としては当然抗議はしただろうが……俺がお前を断罪? クラウスは、何か罪を犯したのか?」  シュトルフの声に、俺は項垂れた。 「王立学園の生活において、クリスティーナを蔑ろにしてしまった事が、俺の罪だ。またその夢を見ていなかったら、俺はクリスティーナをイジメの首謀者として告発していたかもしれない。根拠もないのに。彼女には、本当に悪い事をしてしまった」  多分。王立学園時代の記憶が、今は何処か遠くおぼろげになりつつあるが、代わりに入り込んできた小説の内容には、そういう描写がさらっと数行程度あったように思う。 「しかしそれは起こり得なかった。クリスティーナは最近、ダイク殿下と共にいる内に、笑顔も増え、結果として、兄としては嬉しい」 「それは良かった。そう聞いただけでも少し肩の力が抜ける」 「俺にとっては幸運極まりない夢だったわけだが、そのたった一度の夢で、自分の将来を捨てたのか? お前には未来があったのに」 「死にたくなかったんだ……」 「馬鹿だな、クラウスは」 「何とでもいえ」 「この俺が、お前を手にかける事などありえない。これは愛から吐く戯言ではない。一人の人間として、俺はお前を信頼している」  シュトルフの言葉に、俺は息を呑んだ。正面から目が合う。シュトルフは、微苦笑し、それから首を振った。 「臣下として、忠臣として、公爵家の人間として、もっと早く伝えておけば良かったな。そうすれば夢に惑わされる事も無かっただろうに。だが――俺は、もう自分の気持ちを抑えきれない。俺達は既に婚約者だ。今後はこの、新しい未来を築いて欲しい」  それを聞いたら、俺の胸がドクンとした。 「俺が必ず守ってやる。だから、俺の隣にいてくれ、クラウス」

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