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第22話 幸せ
その日の夜は、王族と、宰相閣下をはじめとした王宮関係者で晩餐会が行なわれた。一応お忍びでヴォルフは来ているため、大々的なものではない。表向きはファイアマギア王国から外交関連で戻ってきているルゼフ叔父上のための晩餐だ。
俺は晩餐会が始まってから、ぼーっとしていた。
思い出されるのはシュトルフの事である。勝手に頭に浮かんでくるのだからどうしようもない。ちょっとあいつの言動は、甘過ぎはしないだろうか。
「――上。兄上?」
我に返ったのは、ダイクに声をかけられた時の事だった。視線を向けると、隣に座っているダイクがじっと俺を見た。
「なんだ?」
「ぼんやりしているからどうしたのかと思ってさ」
「ちょっとシュトルフの事を考えていてな」
「お、おう……幸せそうでなによりだ」
「あ、いや、ち、違う。別に惚気じゃない」
「惚気なんだな」
ダイクが小さく吹き出した。俺は目を閉じて、言葉を飲み込む。
「ヴォルフ殿下には、何もされなかったか?」
「それがほとんどシュトルフが相手をしてくれてな」
「さすがはシュトルフ卿だな」
シュトルフの評価は、ダイクの中ではとても高い様子だ。少し前までは敵陣営だったとは思えない。ダイクは未来の義兄を非常に慕っている。
俺は話しつつ、ちらりとヴォルフ殿下を見た。奇声を発していた時とは異なり、現在は精悍な顔つきで、周囲と会話をしている。実際には、ヴォルフ殿下とルゼフ叔父上は、俺の降嫁や、ダイクの立太子の件で訪れたのだが、本日は新しい葡萄酒の貿易のために来たという表向きの用件もある。
ファイアマギア王国の特産品の一つが葡萄酒だ。
このようにして晩餐会の場は過ぎていった。
晩餐後部屋へと戻った俺は、寝る支度をした。そして大きな寝台に体を横たえる。なんだか無駄に疲れてしまった。気疲れだ。
「……しかし、俺は断罪される未来は回避したって事で良いんだよな?」
自分以外は誰もいない室内で、ポツリと呟いてみる。俺以外の記憶保持者がいた以上、そこはしっかりと確認しておかなければならない。
「あの小説だと、この後どうなるんだったか」
確か、ダイクとヴォルフはクリスティーナを奪い合う。しかしヴォルフは、その争いからはリタイアしそうな雰囲気だった。俺の人生で今後関わってきそうなのは、小説中のシュトルフの行動だ。俺の記憶によると、シュトルフはツァイアー公爵家というかクリスティーナを守るために、ある程度なんでもするキャラクターだったような気がする。
そして前世を思い出した俺が、クリスティーナや公爵家を害する事はない。断言して、ありえない。
「それにシュトルフも俺を幸せにしてくれると言っていたぞ……信じるしかない」
枕に頭を預けて、俺は天井を見上げた。
「幸せ……」
しかし、そう口に出してみると、再び頬が火照りだす。
今後は結婚するのだから、俺だってシュトルフを幸せに導いてやりたいではないか。俺ばっかりが幸せでも仕方がない。伴侶とは互いに高め合うものだと俺は家庭教師の先生に習った。政略結婚ばかりのこのアクアゲート王国ではあるが、根底の部分は変わらない。
シュトルフは、俺の隣にいると幸せらしい。
だったら、これからはもっと沢山隣に立てば良いのだろうか?
そんな事を考えている内に、俺は微睡んだのだった。
――さて、思い立ったら、行動あるのみである。俺は翌朝、早速ツァイアー公爵家へと出かけるために使いを出し、身支度をしていた。本日は王立学園が休みのため、ヴォルフの相手はダイクがするらしい。
このアクアゲート王国は週休二日制だ。聖書の安息日にあたる二日間が休暇となる。
ツァイアー公爵家からは、二つ返事で歓迎の連絡が来た。手土産は、昨日振舞われたファイアマギア王国の葡萄酒だ。用意をして馬車に乗り込み、俺はツァイアー公爵家へと向かった。すると玄関までシュトルフが迎えに出てくれた。
「昨日俺が帰った後は、大丈夫だったか?」
「ああ。晩餐会で顔を合わせたが、特に話もしなかった」
「そうか」
心配性だなと思いながら、俺はそばにいた執事に葡萄酒の瓶が入った箱を渡した。
「今日は夕食までこちらで食べるという事で良いんだな?」
「ああ。周囲にも強く促された。明日にはヴォルフ殿下とルゼフ叔父上が帰るから、本来であれば王宮にいるべきなんだろうが」
「いいや。彼らが帰るまで、こちらにいてくれ。なんなら泊まっていくと良い」
「さすがにそれは急だろう?」
俺が苦笑すると、シュトルフが双眸を細くして嫌そうな顔をした。
「万が一にも連れ帰られては敵わないからな」
「俺がシュトルフのそばから離れるわけがないだろ」
何せ俺は、隣にいて、シュトルフを幸せにしなければならないのだから。
「え?」
「ん?」
「あ、いや……――嬉しくてな」
シュトルフが目を丸くし、不意に赤面した。俺も自分が口走った言葉に気づいて、瞬間的に照れた。思わず俯いた俺と顔を背けたシュトルフは、暫しの間そうしていた。
揃って顔を上げたのは、執事が咳払いをした時である。
「どうぞ、ご案内致します」
こうして俺は、ツァイアー公爵家の中へと促されたのだった。
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