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第40話 シュトルフ派のNo.2達
その後は、俺側の友人であるライノやエルネスの事も改めて紹介した。シュトルフは終始そつなく挨拶をしていた。それらが落ち着いたのは、正式に夜会が始まってから一時間ほど経過した時の事である。
「クラウス」
「何だ?」
そのまま挨拶回りを続けていると、少ししてから、シュトルフが小声で言った。
すぐに顔を向けて聞き返すと、チラリとシュトルフが視線をある方向に向けた。
「王家関連の特に優先度の高い挨拶回りは終えただろう?」
「ああ、そうだな」
「良ければ、俺の派閥の人間や親交のある者も紹介したいんだが」
「勿論構わない」
大きく俺は頷いた。
無論王立学院にどちらも在学していた時期もある上、招かれているのは貴族ばかりであるから、全く俺が知らない相手という事は無いだろうが、考えてみると俺はシュトルフにどんな友人がいるのかを知らない。
ツァイアー公爵派閥という趣旨なら、母上から貰った調査資料を当たれば良いが、そうだとしても直接挨拶出来る方が良いだろう。バルテル侯爵家での話を振り返るのならば、今後はそれこそ付き合いが長くなる可能性もあるのだしな……。
既に攻略対象ではない俺の頭脳で、どこまで貴族関係の闇と対峙出来るのかは知らないが、何も分からないよりは良いだろう。
「まずは俺の派閥のNo.2を紹介させてもらう」
「ああ、分かった」
「行こう。東の時計の下にいる」
シュトルフが歩き出したので、俺は頷いた。ゆったりとした足取りで、並んで進んでいく。進行方向でもあったので、俺は先にそこにいる人物を確認した。そして思わず首を捻りそうになった。そこに立っていたのは、王立学院の教員であるカミル先生だったからだ。
カミル=ブレヒト先生は、王国史の先生で、二十代後半である。ブレヒト伯爵家の次男だ。なお俺の、入学してから卒業するまでの、担任でもあった。とても若い先生だ。
「クラウス、改めて言うが『俺』の派閥だからな」
「――ツァイアー公爵家ではなく、その中の私的な派閥という意味か?」
「そうだ」
俺の記憶が定かならば、ブレヒト伯爵家自体は、宰相閣下派だったと思うので、曖昧に頷きつつも、納得した。
「俺とクリスティーナの元担任の先生がおられるようだが、クリスティーナを見守るように、指示を出していたのか?」
「同様にクラウスの事もまた見守っておられたぞ」
「っぶ」
俺は咽た。あまり爵位を持ち込むことを歓迎しない王立学院とはいえ、確かに何の理由もなく王位継承者とその婚約者の担任は選ばれないと俺は思う。だが、だからこそ宰相閣下派なのだと確信していた。
同時に俺は蒼褪めそうになった。
「ユアについても、先生から何か報告が……?」
「カミル先生は別に密偵ではないし、情報源は腐るほどあるが?」
「そ、そうか……」
「ただいずれの密偵も、おかしな事を言っていたな。あの少女を前にすると、いつものクラウスとは違うように見えると」
「……具体的には?」
「俺はそれが恋なのではないかと思っていたが、『人形みたいになっている』という報告が多かった」
「……へ、へぇ」
「今思えば、それはユア嬢と打ち合わせをして、恋心を偽装する為だった――と、言いたいところだが、それが無いのも分かっているからな? クラウスは、一体何を考えていたんだ? 今は俺を好いてくれていると自負しているが、その部分だけは疑問だ」
「俺はシュトルフが好きだぞ」
「今は、だろう?」
そんなやりとりをする内に、カミル先生の前に到着したので、一旦会話は打ち切りになった。追及されなくなった事に俺は安堵した。
「ご無沙汰しております、カミル先生」
シュトルフが先に切り出した。俺はその隣で、気づかれないように一度吐息してから、両頬を持ち上げる。
「ご無沙汰しております」
そしてシュトルフ同様、挨拶した。実に何気ない素振りで振り返ったカミル先生は、茶色い瞳を揺らしてから、唇の両端を持ち上げる。丸い眼鏡をかけている。
「本日の主賓のお二人に挨拶をいただけるだなんて、これは担任冥利に尽きる。ご婚約おめでとう、クラウス殿下、シュトルフ卿」
「恩師である先生にご挨拶が遅れて申し訳ありません」
俺が必死で取り繕うと、カミル先生の瞳が輝いた。
「生徒に恩師だと言われたのは初めてだよ」
「カミル先生」
「シュトルフ卿に『先生』と呼ばれたのも初めてだねぇ」
「――カミル先輩」
あ、なるほど、シュトルフと先生は王立学院で在学時期が重なっていた事があるのかと、俺はやっと気が付いた。
「改めてクラウス殿下をご紹介させて頂きたい。俺の伴侶となる相手として」
「こちらこそ」
「今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
深く俺は頭を下げた。すると、その頭を――不意に、カミル先生が撫でた。
「カミル先輩、触って良いとは言っておりませんが」
「怖い怖い」
シュトルフが低い声を放つと、その手がすぐに離れた。
「応援しているよ。可愛い後輩と教え子の恋だからね」
俺が顔を上げると、クスクスと笑っている先生と目が合った。ちょっと肩から力が抜けてしまった。シュトルフを一瞥すると、目が据わっていた。
「では、失礼します」
「ごきげんよう、シュトルフ卿。そしてクラウス殿下、幸せにねぇ」
そのまま俺は、シュトルフに手を引かれる形でその場を後にした。
「シュトルフ?」
「良い奴だが、食えない所があるし、何よりクラウスの外見を好いているから、たまに俺はカミル先輩には殺意がわく」
「そ、そうなのか」
「次に行こう」
シュトルフは暫く歩いてから、気分を切り替えるようにそう述べた。そして続いて、東の奥、テラスの手前に佇んでいる貴族を見た。俺もそちらを見たが、そこには一人しかたっていないため、相手は確実である。
俺はその人物を知っていた。
シュトルフの同窓生だった人物なのだが、俺の耳にも入るくらい有名だった。なおいうと、一時期『シュトルフ卿とデキているのでは?』として噂になった事がある先輩がそこにはいる。フランツ=リード侯爵である。
フランツは、シュトルフと仲が良かったというわけではない。シュトルフ以外と喋っている場面を目撃された事がほぼ無いという人物だ。在学中には侯爵位を継いでいた麗人である。男だが。ご両親が宮廷魔術師をしていて、仔細は分からないが、実験の最中に失踪してしまったのだと聞いた事がある。
女性と見まごうばかりの細身の美人であり、クリスティーナと並べて配置してもどこか艶を感じさせると言い切れる程度には、男ながらにそれこそ『美人』だ。俺とシュトルフとは異なり、実際フランツ相手ならば、男同士でもそんなに違和感を覚えないのではないだろうかと思ってしまう。
「……」
思わず俺はじっとシュトルフを見た。なお、調査報告書には、フランツと付き合っていたというような記載は無かったし、シュトルフには亡き奥様がいたわけだが。
いつも学園の温室にいたフランツを思えば、密室で何が行われていたとしても不明だ。
「フランツ=リード侯爵だ」
「ああ、知っている。親しいという話は聞いた事があるぞ」
「……親しい?」
「え? 違うのか?」
「別に険悪ではないが……どうせろくな話では無いだろうと思ってな」
「どういう意味だ、シュトルフ?」
「大方奴と俺がデキていたといった下世話な噂話だろう? まさかお前の耳にまで入っていたとは……」
「違うのか?」
「俺は妻を愛する努力は惜しまなかったが、その妻も知っていた程度にはクラウス一筋だった」
「え」
「亡き妻もまた想い人がいてな。よく二人で叶わぬ恋だと語り合ったものだが……――フランツは、俺と彼女の話を聞くと腹筋を崩壊させる事が多かった。どちらかといえば、性格は破綻しているだろう。別にこれは悪口ではない、事実だ」
「!?」
話が急展開過ぎて、ちょっとついていく事が出来なかった。シュトルフの亡くなった奥様は、俺の事を知っていたのか……? ちょっと掘り下げて聞きたいのだが。と、思っていたら、フランツの前に到着した。
「やぁ、シュトルフ。クラウス殿下」
「久しいな、フランツ」
「ご無沙汰いたしております、フランツ卿」
「新聞で見ない日がないから、僕としては久しぶりという気はしないけれど」
そう述べたフランツは、それから腕を組んだ。
「良かったね、とりあえず。あの会場には、妹の保護者として僕もいたけれど、驚愕したよ」
そういえば、リード侯爵家令嬢ナザリアは俺の同級生でもあった。ほとんど話した事が無い為、忘れていた。ちなみにクリスティーナとナザリアも別に親しかった記憶は無い。
「クラウス殿下。シュトルフ卿のどこが良かったんだい? それをずっと聞きたかったんだ。僕から見ると、良い所無しなんだけどね」
「シュトルフ卿は優しいし、恋は理屈ではないので」
俺が必死に濁すと、フランツが小首を傾げた。シュトルフが咳払いをしたのはその時だった。
「随分な言いようだな」
「墓場まで一生持っていく片想いなんて流行らないよ。僕なら間違いなく、そこまで好きなら押し倒すもん」
国王陛下の片想い話を聞かせたら、フランツは爆笑しそうなので、俺は言わないでおこうと思った。
「ただ最終的に欲しい獲物は逃さず、きちんと手に入れるところが、シュトルフらしいね。さすがは僕の悪友だ」
「悪友、か。せめて親友と言ってほしかったな」
「僕とシュトルフが親友? 頭でも打ったのかい?」
「悪い、なんでもなかった。それでは失礼する」
シュトルフが再び俺の手を取った。そして歩き始めたので、会釈を返してから、俺はその横をついていった。
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