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第45話 俺が聞きたかった事と火急の用件

 その後、俺はマークに先導されて、応接間へと向かった。ノックをしてから、マークが開けてくれた扉を抜け、室内を見渡す。 「やぁ、推し!」  ヴォルフ殿下が立ち上がった。その隣に座っていたダニエルもまた慌てたように立ち上がる。テーブルを挟んで対面する席にいたシュトルフは、俺を見ると座る位置を少しずらした。 「先日の夜会以来だな、ヴォルフ殿下。それに久しいなダニエル卿」  笑顔を心掛けながらそう告げて、俺はシュトルフの作ってくれた場所へと向かい、隣に座った。するとヴォルフ殿下とダニエル卿も座りなおした。  そこへ侍女が俺の分の紅茶を運んできた。マークも中に入って、壁際に控えている。 「ご無沙汰しております、クラウス殿下。先日の夜会は、お招き頂いたにも関わらず、伏せっておりまして、欠席の非礼をお許しください」 「気にしないでくれ。それで?」  俺はダニエル卿に対して答えてから、チラリとシュトルフを見た。  するとシュトルフもまた俺を見た。 「ヴォルフ殿下から火急の知らせがあるそうなんだが、クラウス殿下にしかお伝え出来ないとの事でな」  シュトルフが平坦な声でそう述べた。すると俺の正面で、大きく何度もヴォルフが頷いた。 「そう、そうなんだ! これは――端的に言うのであれば、王族同士でしか語れない話題なんだ! クラウスと二人で話したい。推し、推しよ! 推しのために、俺は急いでここへと来たんだ!」  それを耳にして、実は俺も尋ねたい事があるのだったと思い出した。 「そうか。シュトルフ、二人にしてもらえるか?」 「……クラウス殿下がお望みならば」  すると、シュトルフが鉄壁の無表情とでもいうしかない氷のような眼差しで頷いた。シュトルフのこういう顔を見るのは久しぶりだ。幾ばくか背筋が寒くなってしまった。 「では、ダニエル卿は、俺と共にこちらへ。庭をご案内する」 「そうですね、王族のお二人のお邪魔をするわけにも参りませんしね」  ダニエルが満面の笑みになった。立ち上がったシュトルフが扉へと向かうと、その後をついて歩いていく。それを見ていると、ダニエルが一度だけ俺へと振り返った。 「!」  そして右側の唇の端だけを持ち上げて、ニヤリと笑った。なんだ、今の笑み? 何笑いだよ? 考えてみると、シュトルフとシュトルフに片想いしている相手が二人で庭へ行くのを見送る形だけど、だ、だ、大丈夫だろうな? 嫌な胸騒ぎがした。 「漸く二人になれたな、推し」  扉の開閉音した直後、ヴォルフにそう言われたが、俺は全然嬉しくなかった。  僅かに苛立ちつつも、俺は平静でいようと努めながら、ヴォルフに向き直った。 「所でヴォルフ殿下、俺も少し聞きたい事があったんだ」 「ん? 何だ? 何でも聞いてくれ。推しの望みは全力で叶えようとも!」 「……ヴォルフのいう所の、『前世』の記憶の話なんだ」  俺は静かにカップを手に取りながら、頭の中で質問をまとめた。ヴォルフはそんな俺を見ながら、ティスタンドからクッキーを手に取り、口に放り込んでいる。それを嚙みながら、じっと俺を見ている。俺は意を決して続ける事にした。 「確か、『断罪』されて『幽閉』されるという話だったが――その記憶だと、幽閉先は何処だった?」  その後待ち受けるのは国外追放のはずだが、確かに俺にも幽閉場面のコミカライズの記憶があるのは間違いない。そして俺はこの前、それにそっくりな場所をツァイアー城で目にした。 「シュトルフの城だった」  クッキーを飲み込んでから、簡潔にヴォルフ殿下が答えてくれた。俺は、やっぱりそうかと思って、蒼褪めるかと思った。 「正確には、元王族であるリュゼル卿の預かりという形で、ツァイアー公爵領地に幽閉されるという設定だったな」 「……」 「しかしシュトルフが爵位を継承した為、処遇を決めるのはシュトルフだという内容だった。ああ、何と嘆かわしい事だ、推し!」  眩暈と頭痛がしそうになったが、俺はかぶりを振って、そんな自分を誤魔化した。 「俺がシュトルフの魔の手から絶対に守ってやるからな!!」 「いや、いい」  俺はその部分は間を置かずに遠慮した。相思相愛のシュトルフが今更俺を幽閉するとは思いたくないというのもあるが、ヴォルフに守られたいわけではなく、万が一の場合は自分で回避したい。 「所で、ヴォルフ。そちらの火急の用件というのは、どんな内容だ? 話の腰を折って悪かったな」  話を変えるべく俺が促すと、ヴォルフが思い出したというように何度も頷いた。 「そうだ、聞いてほしいんだ、推しよ!」 「何だ?」 「俺が知る前世の小説には、特典SSがついている書店があったんだ。勿論大ファンの俺は、何店舗も周り、時には通販を駆使し、全て揃えた。全部読んでいる!」  さすがすぎる、ヴォルフ殿下……暇つぶしに読んでいた俺とは異なり、本当にガチ勢だ。 「その内の一つに、『婚約破棄をしないバージョン』が存在したんだ」 「――は?」 「クリスティーナと婚約破棄をしない場合というバージョンのSSだった。それを伝えていなかったと思い出してな。そして、思い出した結果、俺は気づいてしまったんだ。大変な事実に」  ヴォルフが身を乗り出し、じっと俺を見た。

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