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第1話 カフェオレと本音は飲み込むもの

初恋は実らない。世間一般に言われている話。 じゃあ、何度目の恋なら実るんだろ。 最近ふと、カフェオレを飲みながらそんな事を考えている。 『2-A藍原晃、数学準備室まで。いいか、今すぐだ。』 春休みを目前に控えたある日の昼休み。今日はどこでお昼ご飯食べようかなんて友人二人と話していたのだけれど、突然の呼び出し放送に僕は仕方なく購買で買った菓子パンを抱えて数学準備室の前にいた。 勝手知ったる準備室。ノックなんて当然しない。 なにー?とドアを開ければ、ぎ、と眉間に皺を寄せた厳しい眼差しが僕に突き刺さった。 だんっ、とデスクに叩きつけた先生の手の下には、一枚の紙切れ。 それが何なのかを理解して、僕はあーとため息をつく。 「一応聞くが、書き間違いじゃねぇよな?」 「ちゃんと見直しした上で担任に提出したつもりですけど?木崎せんせ。」 あえて名前を呼んでやれば、僕のクラスである2-Aの担任こと木崎総士その人は、眉間の皺をさらに深くした。 シャツのボタンは二つも開けられ、ネクタイは首からぶらさがっているだけというなんともだらしない格好でおよそ教師らしからぬ人だけれど、どうやら今日は担任として真面目にお仕事をするつもりらしい。 とりあえず座れ、と先生の隣の椅子を引かれたのだけれど、僕はそれを無視して、手にしていた菓子パンの袋をデスクに置いてから準備室の奥にある簡易キッチンへと足を向けた。 お説教だろうとなんだろうと、この部屋に来たらまずやる事は決まっている。 背後から突き刺さる視線は無視をして、僕はシンク下の棚からガラスポットと粉コーヒーを取り出した。 「今日はホットとアイスどっちにする?」 粉コーヒーをスプーンで掬いながらいつものようにたずねれば、背後から呆れとも取れるため息が聞こえてきた。 「……ホット。」 「おっけー。」 電気ポットに水を入れてセットする。 お湯が湧く前にキッチン横にある小型の冷蔵庫から牛乳を取り出し、さらには冷蔵庫上に置かれていた水切りラックからマグカップを二つ取り出せば準備は万端だ。 あとは電気ポットがぽこぽこと音を立て、沸騰する直前にスイッチを切ってドリッパーに注げば、ぬるめのコーヒーの出来上がり。 先生にはそのまま。僕のカップには牛乳を足してカフェオレに。 手際よく入れたコーヒーをはい、と手渡せば先生の口からは再びため息が漏れた。 どうやら、もう怒る気力もないらしい。 いい加減座れと促され、ようやく僕は木崎先生の目の前に腰を下ろした。 カフェオレのカップを傾ける僕の前に、一枚の用紙が突きつけられる。 藍原晃と僕の字で名前も記されている見覚えのある書類。 それは、今朝のホームルームで提出した進路希望の用紙だった。

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