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 この世には男女、その先にα、β、Ωと計6種の性がある。  男女はレアケースを除いて生後判断が多いが、第二の性と言われるα、β、Ωは大抵、中学卒業目前の検査で判明し、自分の性を知ることになる。第二性でも生後すぐ受けられる性別検査があることにはあるのだが、高額で、なおかつ結果に揺れが生じるので推奨されていない。  αは人口の約二割で、支配者の性と呼ばれている。能力面、体格、体力面、すべての面で他種より優位にあり、一種のカリスマ性を擁している。  βは人口の約七から八割。市民の性といわれ、男女ともに能力に突出したものはなく、一般的、普通といえばβの事を指している。  Ωは人口の一割にも満たない希少種だ。Ωは男女ともに子を為せる性で体質によって二から三ヵ月に一度、発情期がやってくる。  発情期が来たΩは、Ωフェロモンを発し周囲の人間を性的に誘惑する。主にαが標的となるがフェロモンが強ければ稀にβもその餌食となってしまう。Ωフェロモンは自制できるものではなく、そのため近代までΩは成長し発情期を迎えると結婚する道しかなかった。  αがΩのうなじを噛めばΩ側の意思に関わらず番となり、番のいるΩは発情期のΩフェロモンが番にしか効かなくなるので結果的にΩは生きやすくなる。よってΩはαとの婚姻を勧められるが、良い面ばかりではない。一度番になるとΩからは解除できない。  αからうなじを噛まれ、飽きて捨てられたり、そもそも遊びで噛まれ放置される、ことも実際多数起こっており、捨てられたり、αの元を逃げ出したΩは発情期を苛烈な苦しみに耐え過ごさなければならないという。  肉体的苦痛もさることながら、発情期のあるΩは一般の企業やアルバイト等倦厭され、経済面の苦労も多大だった。そんなΩの行き着く先は性産業で、古くからΩは差別の対象となっていた。特に男性のΩは待遇が酷かったという。  しかし今は違う。  Ωの状況改善のため、Ω用発情抑制剤の開発が進み今では服用が義務化され一般職への勤務が可能だし、公にはαβΩ権利の平等が叫ばれ雇用の性差別はないとされている。  そんな世の中になったから、Ωの陽向も大学を卒業後、就職できた。  高校時代、進路に迷っていた時に家族から幼児教育はどうかと進められ、強い意思も特別な想いもなく学び始めた。しかし子供達と触れあう時間を過ごすほど、この道に進んで良かったと思う。  しかし、明日からは無職。  毎月の収入が無くなれば陽向の暮らしはそう遠くないうちに立ち行かなくなってしまうだろう。 「実家かぁ、帰りたくないんだよなぁ」  ついこぼれた本音が、がらんとした教室にすぐ吸収された。仲が悪い訳ではないのだけど。    SNSの着信音が聞こえたので、風呂上がりの濡れた髪を拭きながらスマホを取った  昼間は暖かく感じても夜は冷える。十月ももう来週で終わるのだから、当然だ。震えながら見ると、着信は予想通り風呂の前までやり取りしていた幼なじみ、佐伯康平(さえきこうへい)からだった。とりあえず、先に服を着なきゃ。 『え、ほんとに辞めるの? 次はもう決まってるんだろ』 『まだ決まってない』  トレーナーに袖を通しながら返信するとすぐにぴこんと着信音がした。 『まじか。大丈夫かよ、次を決めてから辞めた方が良かったんじゃないかぁ?』   吹き出しのあとにびっくり顔のスタンプが三つ並んでいて、その変顔に笑いが出る。 『勢いで言っちゃった』 『そっか、じゃあこっち帰ってこいよ! 待ってるよ』  康平のせいで帰りにくいんですけど、と思いながら『検討しまーす』とメッセージを入れてスマホを机に置いた。  康平は陽向の実家、老舗菓子屋真福屋の二件隣、佐伯皮膚科の長男だ。  陽向には年の離れた兄二人と姉が一人おり、小さい頃、康平の母が子育てのあれこれを聞きに陽向の家によく訪れていた。母親同士が同じ女性のΩだったからかもしれない。もちろん赤ちゃんの康平も一緒に来ていて、陽向と康平は物心つく前から一緒に遊び、兄弟のように育った。幼稚園、小、中学校、高校まで一緒、大学で陽向が地元を離れても実家が近いので折に触れて会っていた。  康平はαだ。そして陽向はΩ。  仲よく遊ぶ子ども達を眺めていた両親達はいつの間にか康平と陽向はいずれ結婚するだろうと思い込んでいたようだ。特に陽向の母は強く康平との結婚を望んでいたと大学卒業前に知った。  上流階級では統計的にαを生み出す確率が高いと確認されているΩを複数囲うという風習が存在し、Ωの幸福の頂点はお金持ちに囲われαを生むというのが暗黙の了解だ。  Ωである陽向の母はそれを嫌い、我が家や佐伯家のように一人の伴侶と生活を共にする普通の家庭が一番だと考えている。佐伯家はまさに父母、康平と妹の絵理奈、四人家族で仲睦まじく暮らしている。実家も近く、両親らは友人、本人同士も仲のよいのだから康平と結婚したらいいと思っても仕方が無いのかもしれない。  当の本人達は親友以上兄弟未満位の認識しかなく、ただ気が合う幼なじみだった。しかし小学校の高学年になった頃から、一部の生徒が康平と陽向はいつか結婚するんだ、とかαとΩだから付き合ってるんだ、と噂するようになった。  男のΩと噂されるなんて康平に申し訳なく、友達を辞められたらどうしようと心配する陽向に康平は全く気にならないと笑った。  康平は高校一年生の時、下校途中の商店街で『運命の番』に出会った。  運命の番はαとΩが一目見た瞬間お互いが強烈に引かれ合い一生をともにするといわれ、よく小説や映画の題材になっている。  しかし出会えるのは稀で、陽向の周りに運命の番に出会ったという人間は康平以外いないし、康平のいう『運命の番』である奈々さんに聞いたところ、当初はいい匂いのする人、位の認識しかなかったそうだから康平の勘違いなのかもしれないと今でもこっそり思っている。  奈々さんは当時結婚しており、産まれたばかりの子どももいた。康平は二度目に遭遇したとき奈々さんに告白し、撃沈した。  赤ちゃんがいるお母さんだ、たとえ運命の番だったとしてもそう簡単にじゃあ別れてお付き合い、なんて出来るわけがない。しかも康平は高校生だ。  陽向は当然振られるだろうと思っていたので慰める用意も万全だったけれど、運命のつがいの遭遇に浮かれていた康平の落ち込み様は酷かった。

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