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⑧
「なんで東園? 連絡取ってたの、おまえら」
「まさか。たまたま勤務してた幼稚園に東園が姪っ子ちゃん連れてきたんだ。偶然会ってびっくりしたんだけど」
「偶然ねえ」
康平は苦笑いして「そうか、東園か」と呟いた。
「でもなるほど、東園なら色々納得だな」
康平は二度頷くと残り少ないアイスコーヒーを飲み干した。
「なにが納得?」
「あの、キングオブαな東園なら眠っていたΩをたたき起こすのも可能だろうなってそういう納得」
「なにそれ」
大袈裟な言い方に陽向は肩をすくめる。
「α以外の人間には分からないだろうけど、α同士ではあるんだよ。こいつは自分より上か下か、本能で分かる。あいつは別格」
「そうなの」
陽向が知る東園は子ども好きで優しい男だ。康平もそうだ。学生の時は馬鹿もやっていたが、つがいを見つけて落ち着き、いいお父さんになった。康平に比べて東園が上だ下だ、なんて陽向には感じたことがなかった。
「あと俺がどうして嫌われてたのか分かった気がする」
「え、嫌われてた? 康平、東園と喧嘩したことあったっけ?」
自分もだけど康平も東園との接点は薄かったはずだ。二年生の時に一度だけ一緒のクラスだっただけで同じ部活でもない。
Ωの陽向とは違い康平は同じαなのにどうしてなのかな、と思う。
「いやないよ。でもあいつすれ違うときいっつも俺のこと睨んで、何かしたっけな~と思ってたけど陽向のせいだったんだな」
聞き捨てならない言葉に丸くなっていた背を伸ばす。
「なんで僕のせいなんだよ」
Ωだからと言うつもりか。唇を突き出した陽向に康平は身を乗り出して「東園、陽向が好きなんだよ」と耳打ちした。
「は?」
「気づかなかったな。まあ、そう考えればホント腑に落ちるわ。ほら俺たちほぼ一緒にいただろ。好きなΩに纏わり付くαがいたらそりゃ嫌うわな」
そういえば東園に康平と別れたのかと聞かれた事があったなと思う。
好きなΩか。
「さあ、どうだろう」
「なんだよ、再会して付き合い始めたって話じゃないの?」
陽向は大きく首を振った。
「いやいや、東園には、その、女優さんとか、モデルさんとかいっぱいいるみたいだから僕なんて」
陽向は雑誌を見て衝撃を受けてから一度だけ、東園を検索してみた。もしかしたら別れた、とかその後のなにかが出てくるかと少しだけ期待をして。しかし交際履歴が複数ヒットし陽向は胸がもやもやしてそっと閉じたのだ。
「僕なんて、って。じゃあ陽向は、東園が好きなんか」
「え、それは、うーん、まあ、そう、かな」
こんな事を康平から聞かれる日がくるとは。顔が異様に熱く、手で風を送る。ちっとも熱さが引かないけれど。
いい淀むが嘘をつく必要はないと思い直して陽向は頷き「だって運命のつがいらしいし」と呟いた。
「まじか! そりゃあ良かったな、普通探したって見つからないもんなんだぞ」
「そう、かもしれないけど、まあ、……見つからなくても良かったかも。だって探してなかったし。ていうかなにも東園みたいなのじゃなくても、って」
「あー、そう言ってやるなよ。同じαとして胸が痛くなる」
顎の前に手のひらを合わせた康平が苦しそうな顔をする。
「俺たちαは、ずっと自分のΩを探しているんだ。そういう情報が遺伝子に組み込まれてるんじゃないかと思う。そうか、運命のつがいか。だったらなおさら嫌われてもしょうがないな」
「あのさ、αって運命のつがいがいても、他の人を好きになることある?」
眉根を寄せたまま「ないだろ。いや、絶対じゃないけど」と康平は陽向をじっと見つめる。
陽向は小さくうなずきながらため息を落とした。
「東園って格好いいしめっちゃ金持ちなのに運命のつがいがごく普通の男だなんて、ある意味気の毒だよね。あ、東園だけじゃなくて僕も。僕はもっと、……いや、いいや。あ、今度帰ったとき、家に行っていい? 子ども達にお年玉用意してたのに帰れなかったから」
「陽向」
「もしかしたらそっちに引っ越すかもだけど」
「陽向は卑屈になる前にまず、東園と話し合うべきだな。そもそも本当に女優やらモデルと関係があるのか、やらせとかかもしれないぜ」
康平がじっと陽向の目を見る。陽向が目をそらしてもまだ見ている、頬に突き刺すような視線を感じる。顔を戻して陽向はうんと頷いた。頷くまで違う話題は許してもらえそうにない。
「分かったよ」
「それでな、過去のことなら水に流せよ」
「……α同士の絆は強いんだな」
陽向は苦笑いでストローを唇で挟んだ。
「αはΩに執着するんだ、Ωが考えるよりも強くな。生きている間に会えるか分からない運命のつがいを必死に探すし、見つけたら逃がさない。お前らが運命のつがいだとしたらきちんと話せ」
「分かったよ」
康平の言うとおりだ。
お腹に子どもが宿っていなければ、最悪逃げ出すことだって出来ただろうがそうもいかない。
陽向はお腹に当てた手を少し動かす。
さすがに東園に子どものことを隠せない。ちゃんと話さなければならない、それは分かっている。
ただなんだか怖いだけ。こんな切羽詰まった話をした経験は覚えている限りないから。
「で、東園のどこが良かったの? 聞きたい聞きたい」
「やめてくれよ」
「あいつ昔からいい男だったもんな」
康平はやけに嬉しそうで陽向は肩をすくめる。
これからこっちは修羅場かもしれないというのにふにゃふにゃしやがってと思う。
昔から康平は陽向の窮地を楽しむきらいがある。もちろん助けてくれるけれど。
鼻白む陽向を康平がで、で、とせっつく。
どこがといわれても、今となっては何もかもだ。
「色々助けて貰ったけど、そうだな、強いて言うなら、そう、あれ、や、優しいところかな」
目をむいた康平がへえと零し、陽向の顔はぐんぐん熱くなる。
陽向はストローを咥え勢いよくジュースを飲み干した。陽向の様子を眺めていた康平はグラスが空になったところでぽんと手を叩いた。
「じゃあ俺そろそろ行かないと。次は結婚報告かもなあ」
「ちょ、誰にも言うなよ。母さんと兄さんには特に。うるっさいから」
「へいへい」
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