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第2話
――その後も仕事をし、そうして夜が訪れた。
私は私室で湯浴みをしてから、寝巻きに着替えて、寝台に座る。
「しかし今日は衝撃的だったな――ロイの番というより、ギルの反応が……」
仲良く出来ない相手だとは言え、長い付き合いだ。大切な仕事上の仲間であると言える。仮にレガリア侯爵家でどうにもならないとしても、王家の力ならば、どうにかできるかもしれない。私は応援した方が良いだろうか……?
ノックの音がしたのはその時の事だった。
「はい」
『陛下、取り急ぎ、ご確認頂きたい品が――明日使用しますので、今お願いします』
扉の外から、たった今考えていたギルの声がした。私は頷きながら、返事をした。すると静かに扉が開き、帰り際なのか外套を羽織っているギルが入ってきた。
「何だ?」
「明日の晩餐会では、バレンタインという古よりの行事に合わせて、特注のチョコレートリキュールを提供してはどうかと、アンザス伯爵家より提案があったんだ。これだ、飲んでみて欲しい。なんでも、特別な古くから伝わる成分が入っているそうで、運命の番が誰か気づくことができる――という、伝説があるリキュールらしい。端的に言えば、自分の好きな相手が誰か、明確に分かるそうだ。ただの御伽噺かもしれないがな」
そう言うと、ギルがテーブルの上に、トンと静かにボトルを置いた。そして片手に持っていた銀色の盆を置いた。蓋を取ったギルは、それからミルクの瓶とグラス、氷とシェイカーを見る。
「どうやって飲むんだ?」
「? 俺が振る」
「え? そんな事が出来るのか? ギルはカクテルが作れるのか?」
驚いた。普通貴族は、酒など作らない。それは使用人の仕事だ。ポカンとしていると、手際良くギルがシェイカーに氷やリキュールを入れ始めた。
そういえば、と、考える。
頷いてからカクテルを作り始めたギルは、昨年も今頃、私に、「試作品のケーキだ」と言って、チョコレートケーキを持参してくれた事があった。なんでもあの時は、貴族によるお菓子披露会なるものが開催されるという話だった。そんな行事があるというのは初耳だったが。
思えば一昨年も、「友人のたっての願いで、クッキーをレガリア侯爵家の人間が用意することになった」としてチョコチップの入ったクッキーをくれた。あれもお手製だった。その前の年も、更に前の年も、私は何かを味見したように思う。ギルが相手で二人きりだったから、毒見役は不在だった。
「もしかしてギルは、手作りの料理などが好きなのか?」
「いいや」
「だけど、毎年、何か一品は私に振舞ってくれるな。大体冬だ」
「冬、か――まぁ、冬だな。春とする場合もあるだろうが」
雪があったから冬だと思ったが、正確な日時までは思い出せなかった。ただ、シェイカーを振るギルを見ながら思った。
「料理や飲み物を作る事が出来るというのは、良いな。丁度バレンタインだし、今朝話していた本命に、チョコレートを贈ってみたらどうだ?」
私が何気なく告げると、グラスにカクテルを注ぎながら、深々とギルが溜息をついた。
「毎年振舞っている。好きになったと確信した年から」
「反応は?」
「……まず、本命チョコだとは気づいていないだろうな」
「そんなに鈍い相手なのか?」
ギルは、私の声を聞くと、私にグラスを差し出しながら、目を細めた。
「ああ。どうすれば好意が伝わるのか、全く理解出来ない。王宮の多くも、既に俺の好きな相手に勘づいているだろうに」
「え? 私の知っている相手か?」
「よくご存知だろうな」
「は!? 協力する、教えてくれ」
受け取りながら、私は思わず声を上げた。すると、自分のグラスには別の瓶からウイスキーを注ぎながら、ギルが長々と目を伏せた。それを見ながら、私はカクテルに口をつける。
「あ、美味しい……」
「それは何よりだ」
「この美味しいカクテルを振舞ったら、きっと本命の相手もギルに惚れるだろう」
本心からそう思った。私は笑顔を浮かべ、二口目を飲み込む。確かに私達は仲良しでは無いが、それは嫌いという意味ではない。無論、説教をする部分などは好ましくはないが、好きな部分だってある。勤勉なギルの姿勢は特に好きな部分だ。ギルは何より、落ち着いている大人だ――と、考えて、私は視線を下ろした。カクテルの中身を見る。私の好みのタイプと、ギルは完全に一致していた。いいや、正確には、好みのタイプを聞かれた時、私は咄嗟にギルについて思い起こして、特徴を挙げたような気がする。
幼い頃から、婚約者の第一候補として――それこそ、即位前から、私はギルを紹介されて、いつも見てきたのである。怖くて口うるさいと思いながら、ずっと見てきた。それはそれとして……私の中で、婚約者や結婚相手となると、ギルのイメージが浮かぶ。
「ん……」
胸がざわりとした。
――私と結婚するはずのギルに、好きな相手がいるだと?
酒が少し回ったのか、私は自分の本音に気がついてしまった。
それから改めてギルを見る。すると、何故なのかギルは真っ赤になっていた。
「もう酔っ払ったのか? ギルは、酒に弱いイメージはないが」
「……陛下が、それを飲んだら、本命が惚れるなどと戯言を吐くからだ」
「そんなに好きなのか?」
あるいは酔っているのは私の方かもしれなかったが、なんだか無性に、許せなくなってきた。私ですら貰った事のない本命チョコを、それもギルからのチョコを、ギルの本命は毎年もらっているのだ。
「ああ。好きだ。愛している」
「ダメ」
「――……分かっているんだ。叶わない事は」
「そうじゃない、ダメだ」
「陛下?」
「ギルは私を見なければならないし、私にチョコを贈るべきであるし、私の見合いの相手として、まず自分をセッティングするべきだ」
折角気づいたのだから、行動は早い方が良いだろう。私は、どうやらギルが好きだったらしい。そんな私の言葉に、ギルが目を見開いた。
「陛下、からかわないでくれ」
「からかっていない」
「――俺の気持ちにやっと気づいたんだろう?」
「ん? 気持ち?」
「もう限界なんだ、言わせてくれ。いいや、言う。陛下に気づかれたのなら、もう良い。俺は、陛下が好きなんだ」
「え!?」
「ちょっと待て、なんでそこで驚いた?」
「私もたった今、ギルが好きだと気がついたからだ」
私が率直に告白すると、ギルが硬直した。それから――真っ赤になって、唇を掌で覆う。
「――まさか本当に、このリキュールは、好きな相手を自覚できるのか?」
「そうかもしれないが……そうだな。今まで、考えた事がなかったんだ。ギルがそこにいて口うるさいのは、当然のこと過ぎた。私はそこも含めて好きだったみたいだ」
「おかしな成分は入っていないはずなんだが……え? 口うるさいだと? それは陛下が働かないからだ」
「働いている。そうか、え、じゃあ、私達は、相思相愛ということか」
内心では、動悸が酷かったが、私は誤魔化すように言語化した。ギルは、私を好き、私を好き、そうか、私を好きなのか。そのまま私は寝台を見る。
「……ギル、泊まっていくか?」
「陛下。直球だな」
「だって……相思相愛ということは、恋人になるということで、結婚をするということで、そもそもギルは私の婚約者の候補で――閨の先生だった。私はギルとしか体を繋いだ事は無いが……――ダメ?」
なんだか心が盛り上がっていた。これは酒の力かもしれない。
「俺がどれだけの根回しをし、金を積んで、閨の権利を勝ち取ったかも知らないんだろうな……」
「え?」
「陛下が悪い。誘ったのは陛下だ」
ギルはそう言うと、音を立ててグラスを置いた。そして、立ち上がり、俺の正面に立った。
「うわ」
そしてそのまま、横長のソファの上に俺を押し倒した。
「寝台まで待てない」
ギルはそう言うと、ポケットから小瓶を取り出して、テーブルに片手で置いた。もう一方の手では、私の首元のリボンを引っ張る。私はその瓶を知ってた。香油だ。閨の講義の後も、迂闊に誰かと交わるわけにはいかないからという理由で、私はそれを用いながら、ギルと何度か体を重ねてきた。
「ん……」
するすると私の寝巻きを脱がせたギルが、私の乳頭を噛んだ。甘い疼きに、体がゾクリとする。
「ぁ……」
片手で陰茎を握られながら乳首を舐められると、それだけで体が反応した。
私は、ギルの体温が好きだ。考えてみると、これまでもずっと好きだった。
「ンん」
「取り消したら、許さない。俺は、ずっと陛下が好きだったんだからな」
「ぁ」
ギルの指が中に入ってくる。二本の骨ばった指が、俺の中を暴いていく。バラバラに動いていた指が、揃えられて、私の中のある一点を刺激した時、私の体が跳ねた。
「ぁ、ぁあっ……うあ、あ、取り消したりしない。気づいたのは今だけど――っ」
その時楔を挿入されて、私は息を詰めた。圧倒的な質量に貫かれて、思わずギルの首に腕を回す。全身が蕩けそうだった。チョコレートよりも簡単にドロドロになりそうなくらい、私はギルの体温に慣れている。
「あ、ア!」
「陛下、好きだ」
「私もギルが好きだ……ん、あ、ぁ、ァ!!」
それから一際強く突き上げられた時、私は放った。ギルもまた、私の中で果てたようだった。
――事後。
「陛下……」
私を抱き起こしながら、ギルが言った。
「言質はとったし、明日には見合いをさせてもらう。俺と」
「ん……」
引き抜かれる感覚に息を呑みつつ私は頷いた。するとそんな私の額にキスをしてから、ギルが続けた。
「結婚してくれるんだな?」
「ああ」
このようにして――私の、結婚する前に本命チョコが欲しいという願いは、実は叶っていた事を、結婚の約束と同時に知る事となった。
なお、帰還したロイは驚いていたが、ギルの気持ちを知っていたらしく、満面の笑みで祝福してくれた。古代から続く文化――バレンタインも、悪くないものである。
ただ……あのリキュールには、隠された魔法があったのかもしれないとは、今でも思っている。あれが無かったら、私は自分の愛に気づく事ができなかったのかもしれないのだから。気づく事が出来て本当に良かった。古代の叡智には、感謝しかない。
【終】
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