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第8章

冬が来た。 屋敷や森は雪の真白に閉ざされる。 フラヴィオのもっぱらの友は白の絵の具とサモワール、シルクロードから渡ってきた毛織物だ。 窓から見える白銀の景色は、朝になれば朝日に照らされて薄く青い影を作り、昼は曇り空からも貪欲に光を吸収してキラキラと光り、夜は帷の中で仄明るく存在を主張する。木の影に梟やキツネの目玉がたまにきらりと光ることもある。 毛織り物を羽織りそれらをキャンパスに筆で映していき、指が悴んでこればサモワールで淹れた茶を啜った。ボーンチャイナのカップは薄く、平素ならば茶を淹れると熱くて持てないほどであったが、氷のように冷たくなった手を手っ取り早く温めるのにちょうどよかった。フラヴィオはせっかちな性分なのだ。 そのため、セシリオが一向に訪ねてこないことに苛立っていた。完成には時間がかかると言っていたし、雪と氷で閉ざされた森の中にある屋敷に盲人の足で来るのは自殺行為に等しい。せめて手紙の一つでも欲しいところだが、セシリオは目が見えないためそれも難しい。 手が温まったところで窓を開けるが、白い雪の上をキャンパスにセシリオの顔が浮かび筆が止まる。あの醜悪とも言える傷跡から覗く鮮烈な金と緑は美しかった。分厚い唇は弧を描きいつでも優しくフラヴィオに言葉を紡いだ。 そして、あの手。あの大きく節くれだった手は驚くほど繊細にフラヴィオに触れてきた。 たった一度交わっただけだというのに、セシリオの手の感触が身体に刻み込まれている。思い出すだけでフラヴィオの中心が疼いた。 フラヴィオは再び窓を閉めた。 セシリオから送られてきた箱を取り出す。 その中には、立派な張型が詰まっていた。最初に箱を開けた時は、黒光りする男根が目に飛び込んできて驚愕した。 しかしよくよく見れば見事な作りであることが分かった。雁首の皺や海綿体に浮かぶ血管まで精巧に彫られている。肌に馴染むように滑らかな手触りで、どこを撫でても肌理の一つさえ逆立てることはない。職人技からなるもので、決して片手間には作れぬ逸品である。 フラヴィオは下履を脱いでベッドに上がる。下着をくつろげ香油を菊座にも張型にも纏わせた。目を閉じて、セシリオの愛撫や囁きを甦らせる。自身の指で後孔を解した後は、張型をゆっくりと後孔に差し込んだ。この形も、大きさも太さもあの日感じたセシリオの雄と寸分違わぬものであった。快感を感じている間は多幸感に包まれていたが、精を放った後は虚しさが残った。何度昇りつめても、セシリオのぬくもりはやってこない。やがて疲れ果て、セシリオの分身を抱えて眠ってしまうのが常であった。 そんな中、フラヴィオは珍しく父親の部屋に呼び出された。年明けにとある令嬢の誕生日を祝う夜会があり、必ず出席して令嬢に挨拶するよう言われた。 これは見合いなのだとピンと来た。婿養子に入り身分を上げようという魂胆も透けて見えた。よくもまあこんな放蕩息子を迎えようという家があったものだと、呆れを通り越して感心する。それに、今はセシリオにしか興味がない。 父親に、半ば当てつけでセシリオと寝たと言ってやった。父親は呆れて眉を下げるばかりで、そのような遊びは独身の間だけにしておけと釘を刺されるにとどまった。 夜会は新年の祝いの時期と重なり盛大に行われた。年が明けてもセシリオから便りはない。自分から会いに行ってなるものかと意地を張り、フラヴィオもカードの一つさえ送らなかった。 広間では一足先に春が来たように冬バラが至る所に飾られ、人々は明るい色の服で着飾っている。フラヴィオはその中で壁の花と化していた。豊かな金の髪は後ろで一括りにし、群青のジャケットにシャンパンイエローのベストを合わせて遊び心を加えている。本当は男娼のように刺繍の入ったジャケットを着て行ってやろうかと思ったが、従者に見つかり両親にも叱責された。 令嬢は可憐な花のような少女で、10をひとつかふたつ過ぎたばかりだが、淑女教育が行き渡っているらしく洗練された一礼を見せた。フラヴィオの秀麗な顔を見てポッと頬を染めていたところが初々しい。 まだ子どもじゃないか、こんないたいけな少女に自分のような爛れた男をあてがうなどなんと罪深いのか。苛立ちを隠しながら手に接吻をして一曲踊った後は、義理を果たしたとばかりにその場から離れワインで口を潤した。 令嬢は母親とともに客の挨拶に回るが、彼女の大きな目はちらちらとフラヴィオを追う。白桃のように小さな顔は色白で、無垢なアイスグリーンの虹彩が眩しい。髪はこの国でよく見る赤みがかった茶色だが、ブロンドの光沢があり若々しさにあふれていた。成長すればいくらでも縁談が舞い込むだろうに、とフラヴィオは不思議で仕方なかった。 と、ここでパーティーの最中だというのに、令嬢は退席してしまった。身体が弱いらしい。 婦人たちのひそひそ話に聞き耳を立てれば、成人するまで持つかどうかわからないとか、あれでは子を成すことも出来ぬのではと品のない噂話が流れてきた。相手側にそれなりの理由があったのかと得心がいった。 さっさと帰ろうと広間を抜け出す。廊下で贈り物らしき包みや箱を抱えた従者とすれ違う。その拍子に、ヒラリと一枚の封筒がフラヴィオの足元に落ちた。何気なく拾い上げると、差出人の名前に心臓が跳ねた。 セシリオ・グリエルモと書かれた文字は、張型の入った箱に書いてあった筆跡とまったく同じであった。

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