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第1話
動物好きの僕、伽耶(かや)。
仕事帰りにペットショップに立ち寄るのが趣味の平凡な男。
今日は、最近新しく出来たと噂のペットショップに来てみたところ珍しくキツネが売られていた。鋭い眼光のハンサムくんで、毛色はちょっと珍しい感じ。
オリの前には「美形属ヤンデレ科」ってポップが付いている。
説明書きには、「※年頃になったら飼い主さんをお嫁さんにしたがります」って。
他は「マッチョ属オレ様科」の犬とか「可愛い属儚い科」のウサギとか。
面白い売り方する店主だなあ、なんて僕は思いつつ、僕は「美形属ヤンデレ科」のキツネくんに一目惚れしてしまい買うことにした。
キツネ、縁あるなあ。昔ハイキング行った時に怪我してた子を助けたことあったけど、あの子元気かなあなんてふと頭を過ぎった。
店主からレジで「この子は本当にヤンデレですけど大丈夫ですか?あとお嫁さんになれます?マーキングも激しいです」とか真顔で聞かれて、笑いながら大丈夫ですよお!とか答えたんだけど。
まさかそれが本当になるだなんて、思いもよらなかった。
あれから1年。
僕は今、オトナになったキツネくんに押し倒されている。
「伽耶、嫁になる覚悟は出来たか」
尖った爪に尻尾をふりふり、キツネ耳を生やした眼光鋭いハンサムな男に。
あの店はいただけなかったよね。
成獣になったらケモミミの人間になります、ってさ。注意書きが足りなかったと思うんだよ。
しかもキツネ買った次の日に、エサのことでまた行ったらあのペットショップ、跡形もなかったし。古びた鳥居があるだけの場所だった。
・・なんて、いやまじでどうなってんだよ!
『不思議なペット』
キツネくん、もとい命名すること綺羅(きら)は、本当につい昨日まで普通のただのキツネだった。
僕は随分可愛がっていて食事も風呂も、色んなお世話を僕がしてきた。夜眠るのもベッドで一緒。
僕にすっごく懐いてくれてたし、カワイイ大好きずっと一緒にいようね、なんて言ってきたのだけれど・・
「伽耶は俺にプロポーズしてくれた。だから嫁に貰う」
なんて、今日朝起きたら人間(もどき)になっていた綺羅にベッドで言われたのだ。
綺羅は今日で人間で言うところの成人を迎えてようやくオトナになれたらしい。
そしてキツネはオトナになると妖力を得て人間に変身出来る様になるものも一部いる、とか。
にわかに信じられないが、目の前でそれが起きたのだから信じる他なかった。
ちなみに服は着てる。すごいね妖力ってどういう仕組み?なんてトンチンカンな方向に現実逃避していたら。
「伽耶、俺と一緒に故郷の山で暮らそう。結婚しよう」
そうギュッと手を握られた。
僕に迫るやたら良い男に、変にどぎまぎしてしまっていた。普通のキツネよりちょっと濃い色の髪と瞳、キッとした一重の眼差しがカッコ良い端正な顔立ち。
僕は初めて(?)会った男の人に一目惚れしそうになっていた。んだけど・・
「い、いやいや・・っ!!山とか無理だから!!!」
「ダメだ。嫁さんは夫の故郷で暮らすもの。俺の故郷ではそういうルールだ」
「知らないよ!!!」
「伽耶は俺の嫁にすると決めた」
「勝手に決めないでよ!!」
「しかし伽耶が俺にプロポーズした」
「してないから!!」
だめだ、全く話にならない!!
「伽耶・・そんなに山が嫌なのか」
「そこじゃないよッ!キツネとは結婚できない、それだけ!」
「そんな・・」
見るからにシュンとしてしまった。尻尾も垂れている。謎の罪悪感に苛まれる。っていや、何でだよ。
「いや、ほら。他に可愛くて美人なキツネの女の子、見つけてあげるから、ね!?」
「伽耶じゃなければダメだ」
即答されてちょっとドキッとしてしまった。
「な、何で・・?」
「伽耶はずっと俺に優しくしてくれた。熱を出した時も、具合を悪くした時もずっと側で看病してくれた。たくさん遊んで甘えさせてくれた。・・子狐の時から俺は伽耶に決めていた。他はいらない」
「気持ちはありがたいけどさ・・僕、ただの普通の男だよ?その、世間を広く見渡してみたら変わるって」
あははと自虐的に目を伏せた。自分が普通だと、僕は誰よりも知っている。
「そんなことはない。伽耶はもう少し自分に自信を持て」
うっキツネに励まされてる・・!
でもそっか、綺羅がちっちゃい時から平凡な自分へのボヤキをこぼしまくってきたから、アレも聞かれていたのかと思うと死ぬほど恥ずかしい・・!
「あ、え、うん、まあどうもね。ありがとう。
・・あ、じゃあさ!外ちょっと行ってみない?人間の他の女の子見たら、そっちが良い!って気持ちも変わるかもよ!?
あと山より人間界の方が暮らしやすそう、とかさ!?」
「別に変わらないが」
死ぬほど興味なさそうな綺羅だけど。
いや、良い。変わるのは周りの目だ。こんな美男を連れて街を歩けば多分何か起こるはずだ。
そう半ば確信して、僕は綺羅を外に連れ出した。
ちなみに耳も尻尾も短時間なら妖力で隠せるらしかった。便利だね妖力。
連れてきたのは渋谷のハチ公前。待ち合わせ場所で有名な。
まあ今はハチ公っていうか、綺羅の前に人だかりができちゃってるんだけど。
もう女の子がキャアキャア言っててすごいしうるさいし、もう何もよく聞こえない。
「LINE教えてくれませんか!?」
「教える理由がない」
「これからお茶しに行きません・・?」
「なぜ君と?」
どんな可愛い子にアタックされても超・塩対応の綺羅。えっちょっとそりゃないんじゃないってくらいの。
こそっと綺羅の手を引いて、ボソボソと尋ねた。
「ね、どう!?誰か1人くらい気に入った子いないの!?」
「別に。どれも等しく興味がない。そんなことより腹が減った。伽耶、飯を食べに行こう」
そう言って、僕にさっとキスをすると手を引いて人ごみをかき分けていくもんだから、後ろからキャアア!!っていう悲鳴を浴びてしまった。
たどり着いた先は・・混雑した安いうどん屋さん。ごめんな綺羅。給料日前なんだ。貧乏な飼い主ですまない。
でも綺羅は油揚げの乗ったうどんを率先して頼み、さも美味しそうに食べている。
やっぱりキツネって油揚げ好きなんだ!って内心ワクワクしてしまった。なんてのはさておき。
「食べ終わったらすぐに帰ろう。伽耶の荷造りをしなくてはいけない」
「山には行かないよ」
「何故だ・・」
僕らは相変わらず噛み合わない会話をしていた。
「改めて見てみて、人間の女性には全く興味が持てないとよく分かった。やはり俺には伽耶しかいない」
なんてまっすぐ見つめて言われてドキッとした。混雑したうるさいお店で良かった。
でも・・
「僕はキツネのお嫁さんになる気はないよ」
「伽耶・・」
声を落としてボソボソと言った。
「そりゃそうだよ。いくら綺羅がハンサムでも、キツネはキツネだ。人間と結婚なんか出来やしない。そうだろ?
それに僕は人間の女の子が好きなんだ、だからごめん」
綺羅は眉根を寄せてクッと唇を噛み、言った。
「・・それでも俺は伽耶を諦めない。何が何でも嫁さんにもらう」
僕は聞こえない振りしてうどんをずぞぞと雑に啜った。
結局何も収穫はないまま家に帰ってきて、そして僕はまた綺羅にベッドに押し倒されていた。
「綺羅あ・・そういうの辞めろよもう・・」
おふざけのつもりなんだと思っていた。
小ちゃい頃から綺羅はこうやって僕の上に乗って遊ぶの好きだったよな、あれの延長だよな?って思って。
でも・・
物言わない綺羅。尖った爪が僕の脇腹を引っ掻いて。
痛いと言う間もなくガバと着ていたトレーナーを剥ぎ取られた。続いてズボンに手を掛けられて!
「お、おい!綺羅!辞めろって!!!」
めちゃくちゃ暴れた!なのに全然跳ね除けられなくて!身長180くらいある綺羅は、体が大きくて重い。
「伽耶を嫁にする。人間の女など忘れろ。
伽耶はそのまま寝ていれば良い。あとはやっておくから任せておけ」
「何言ってんだよ!!」
大きな手が肌を這い上がる。ザワザワする。
無理やりコトを押し進められそうになり、僕は怖くなって叫んだ。
「綺羅!!言うことを聞けよ!!」
しかし綺羅は止まらない。ギラギラした野生の瞳が僕を見下ろす。手首を押さえつけられ、首筋を噛みつかれた。その息づかいに『食われる』と思った。
小さい時の綺羅が頭を過ぎる。あんなにちっちゃくって可愛かったのに。今は僕の気持ちなんてまるで無視して僕を自分のものにしようとしている。
僕は綺羅が大好きだったのに・・!
どんなに綺羅が良い男だからって関係ない!
イヤだ、こんなの!いくらなんでも!
「こ・・っこんなことされるなら、死んでやるから!!!!」
僕は叫んだ。怖かった。
すんでのところで綺羅はピタリと止まった。その一瞬の隙をついて僕はベッドをおり、部屋の隅に逃げた。
「・・伽耶」
「く、来るなよ!!来たらこの窓から飛び降りてやるから!!ほ、本気だからな!!キツネの嫁さんなんて、嫌だ!!!」
「・・・!」
ギリギリとしばし見つめ合ったあと、綺羅は折れた。
「・・分かった、伽耶を諦める・・すまない、伽耶・・」
随分悲しそうな声がそう言うもんだから、腹が立って僕は吠えた。
「あ、当たり前だ!最初っからそう言ってくれれば良かったんだ!!綺羅なんて大きらいだ!!」
「・・!そんな、俺のことは嫌いにならないでくれ、伽耶・・」
本当に、ほんとうにしょんぼりとそう言うもんだから、僕はあげた拳をおろさざるを得なくて・・。
全く、綺羅って奴は・・
「・・別に・・分かってくれれば良いよ。
でも、もう一緒には暮らせないからね」
「・・!わ、分かった・・。
ならば最後にお願いがある。一緒にハイキングに行ってくれないか?それを大切な思い出にするから。
頼む、伽耶。一生のお願いだ・・」
しおらしくそう言われて、ちょっと可哀想かもとか思ってしまったんだ。
「・・じゃあ良いよ、それで最後ね」
なんて、僕のお人好し振りが悪い方向に出てしまった瞬間だった。
よく晴れた日。僕らはハイキングに来ていた。
あれ、ここ来たことあるなぁ。前にキツネ助けたのってここじゃなかったっけ?
綺羅が美男過ぎて、ハイキングに来てる若い男女もおじさんもおばさんも、綺羅を見てる。
それに加え、綺羅が頑なに僕の手を握って離してくれないから意味不明なくらい目立っていた。
離そうとすると、最後くらい良いじゃないかと言って更に握られるし。綺羅の爪が食い込んで痛いし。もう放っておいた。まあもう今日が最後だし。
ご機嫌に歩きながら綺羅は言った。
「実は伽耶に言っていないことがある」
「何?」
「俺は昔、伽耶に助けられたことがある。落石に当たって瀕死だった俺を、伽耶が病院に連れて行ってくれたことがあるんだ。覚えているか・・?」
「!僕覚えてるよそれ!あの時のキツネくんが綺羅だったんだ!?」
なんか嬉しい!・・けどあれ?じゃあここって綺羅の故郷の山ってこと?あれ・・?
でも綺羅にキュッと一瞬抱きしめられてドキドキしてしまって頭に浮かんだ疑問はどっか飛んでってしまった。
「ああ、しかし元気になって伽耶に懐いた頃、山に戻されて・・。俺が眠っているところを山に置き去りにするなんて酷いぞ伽耶」
恨めしそうに綺羅は言った。
「いや、ホラ、でもさ!野生の動物はもといた場所に戻すのが1番じゃん!綺羅のお父さんお母さんキツネも綺羅に会いたいだろうしさ。
・・僕だって綺羅を手放す時、寂しかったんだよ!だから寝てる時に置いてったんだ」
あと泣くところ見られたくなかったのもあった。手放した後1週間は泣いた。
「・・まあ、仲間にもまた会えて良かったが。
でも俺は伽耶にどうしてももう一度会いたくて山を出てきたんだ。
本当はあの時のお礼がただ言いたかったんだ。
・・結婚話なんて嘘さ。騙してすまない。からかっただけだ」
ニコと綺羅は笑って言った。すごく爽やかな笑顔に、胸がキュウとなった。
「な・・なあんだ!そ、そうだったんだ。だよねえ」
言いながら僕はドキドキしていた。あれ、僕なんでこんなにがっかりしてるの・・。恋しちゃってた?
「で、でもさ、その途中で変なペットショップの業者に捕まっちゃって売られちゃったんだね、かわいそうに。僕とまた縁があって良かったよ」
真剣にそう思って答えたのだが。
綺羅はふふと笑って言った。
「・・いや、正直に言おう。実はあれは仲間のキツネに頼んで伽耶を化かしてもらったんだ。
面白い演出だっただろう?再会にはユーモアも必要かと思ってな。
それに買ったキツネなら今度は山に戻されまいと思った」
「えっそうだったの!?なぁんだ綺羅ってばあ〜!」
見事に化かされていたなあ。だからペットショップ跡が鳥居だったのか。
「もう綺羅ってば・・他にも内緒なこととかないだろうね?あっ実は許嫁とかいたりして!?」
な〜んて・・ってふざけた所で、綺羅は突然ピタリと歩みを止めると真面目な顔をして僕をじっと見つめた。
「綺羅・・?」
「実は伽耶に、謝らなければいけないことがひとつある」
「な、何?」
「俺が伽耶に飼われていたのは、本当はテストするためだった。伽耶の結婚相手としての適性をな」
「結婚相手の適性・・?」
「俺が恋した伽耶は、いつでも優しいか、浮気しないか。それをずっと続けられるか」
「な、何言ってんの・・?結婚話は嘘ってさっき・・」
さもおかしそうに綺羅は笑った。
「それは嘘さ。伽耶は人の話を鵜呑みにしすぎる。伽耶をからかっただけだ」
ムカ〜ッ!として食ってかかった。飼い主を馬鹿にするなよ!
「おまえ・・っ!」
「でもそれ以外は全て本当の話だ」
「!」
被せる様に強く言われてドキッとした。怖い顔をした綺羅。
そんな・・
「伽耶はやっぱり合格だ。ずっと優しかったし、浮気もしなかった。俺の目に狂いはなかったな。
殺さずに済んだ」
最後の一言にゾワッとした。
何言ってんのお前・・?
「い・・いや、てか浮気ってなんだよ。綺羅とは付き合ってないんだぞ!?良いだろ別に彼女作ったってさ!?あと殺すって!?」
「伽耶が浮気して女を作ったら、その時は伽耶も浮気相手も殺すつもりだった。
伽耶は俺以外の誰かのモノになってはいけないからな」
真顔で言われて心底ゾッとした。
「・・ただこの爪で伽耶を殺して一生自分だけのモノにするというのも、悪くはなかったが・・。伽耶の血はどんな味だったのだろう・・?
俺だけが知っている伽耶の味というのも、また甘美なものだ」
尖った自身の爪をうっとりと舐め、その美男は言った。
またもゾワゾワと震えた。
な、何言ってんのこいつ・・?まじのヤンデレって奴?
どこまでが嘘がどこまでが冗談なのか?もう分からない。
だ、誰か助けて。そう思ってふと周りを見渡すと、さっきまでチラホラいた人がいない。
あ、あれおかしい・・
その一方、立ち止まったままじっと宙を見つめて何かブツブツ言い始めた綺羅。様子が変だ。この場で愛してる、だから一緒に死のう、だなんて言わないよな・・!?
そう思ったら怖くなってきた。綺羅は本当に言いかねない。
その時ちょうど、バラバラと雨が降ってきた。晴れているのに。お天気雨だった。
「そ、そう言えばさ!こういう天気のこと、キツネの嫁入りとかって言うんだよ、知ってる!?」
話を逸らしたいばかりに僕は必死にそう言った。瞳だけチラとこっちに動かし、綺羅は言った。
「何だそれは」
「キツネが嫁入りするところは人間に見せちゃいけないから、見せない様にするためキツネが偽の雨を降らせてるなんて俗説があるんだよ。
実際どうなんだろ、あはは」
なんて僕は本当に冗談で言ったつもりだったんだけど。
「・・ああ、それのことか。
まあ、半分あたりで半分ハズレだな。
キツネが人間を攫って嫁にする時に天気雨を降らせている。
今みたいにな」
「何それ!変な冗談やめてよお」
すごく冷たい汗がタラリと伝った。
くはは、と綺羅は笑った。
「・・冗談じゃないぜ。
俺は人間界から伽耶をさらった。伽耶は今嫁入りの道中にいるんだよ。呪術は完成した。
妖力とは何とも便利な力を授かったものだ俺は・・」
綺羅は真顔で、目の奥が笑っていない。
心臓がざわついて、不安が押し寄せてきた。
「俺の故郷の皆も、伽耶を歓迎してくれてるよ。父さん母さんも。ホラ」
綺羅に促されて周りを見たら周囲には大量のキツネの群れ。木の影から僕らを見ている。あの時のペットショップの店主もいた。キツネ耳を生やして。
「ヒッ!」
こっこわい!!!冗談じゃない!
「やだっ!綺羅、家に帰してよ!!」
「それはもう無理だ。・・見てみろ」
そっと渡された小さな鏡。僕は悲鳴を上げた。
自分の姿が映らない!
綺羅はにこにこして言った。
「伽耶の魂は俺が預かった。もう人間界には返すつもりはない。一生俺とここで暮らすんだ。
言っただろ、何が何でも俺の嫁さんにするって」
end
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