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一、

「今日はもう客は来ないねぇ…店仕舞いだ。桃!早く戻んな」 「は…はいっ」 俺達は、都でも数少ない男による男の為の風俗店『甘遊苑(かんゆうえん)』で働いている。 まとまった金をいち早く貯めるには、それしか方法がなかった。 つい先日、店の看板を背負っていた遊女をとある旗本が身請けし、 それに伴い目に見えて客の数が落ち込んだ事もあるのだろうが 本日もまた店主の厳しい声に肩を震わせる。 ここでは皆甘い果実の名をつけられる。 俺…仙之助(せんのすけ)は桃。そして寅松は── 「ざくろ!お前もだよ」 「はい。すぐに」 赤く甘い柘榴だ。 他の遊女が店主の怒りを買わぬよう足早に部屋を出ていく中、俺も同じく足を踏み出した。 と、その時 「セン。あとで部屋に行ってもいいか?」 俺にしか聞こえない静やかな声が 桃ではない本当の名を呼び、 「……明日に響いたら怒るからなっ。寅松」 俺も柘榴の本当の名を 忍び声で耳打ちする。 この世界に染まってたまるものか。 せめて、二人だけの時は元の名前で呼び合おう。 そう、果名(かめい)を貰った晩に指切りをしたからだ。

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