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七、

……あぁ、この人の息があるうちに、センを連れて来てやらないと。 親の死に目にも会えないなど辛すぎる。 こんなに見慣れた、飽きるほど探検した、大好きな家とその家族なのに 何も変わる事はないと思っていたのに。 意地で仕事に明け暮れた二年間は 俺が思うよりもずっと、長かったのだ。 振り返れば、湯飲みに温かい茶を注ぐおばさんと目が合う。 手招きをするセンによく似た笑顔に甘え、重たい腰を上げた。 「あんた達に怒っていたわけじゃ無いんだよ。お父さんは。 …昔っから見てるお前の事も、言わないだけで大好きだったからねぇ」 おじさんが起きてしまわぬよう、小さな声で。 疲れ果てた顔は、多分 畑仕事や家事、子の世話…休む暇もなく働き続けた証だ。 それでも、眉を下げ、歯を見せて笑う癖は センが譲り受けた、可愛らしいあの頃のおばさんのまま。 「きっと周りから白い目を向けられる。 いくら私が味方をしても、庇えない事もあるよ。 ……それでもいいなら、いつでも帰っておいで」 「おばさん…っ」 「二人が居なくなって…村も元気をなくしちゃったんだから」 幼い頃に両親を亡くしてから センの親は俺を本当の息子のように可愛がってくれて だから、頭を撫でる手の温もりが どうしようもなく、幸せで。 「…センを連れてきます。今もきっと、無理をしていると思うから。 一刻も早く、センとここへ戻ります」 だからどうか、お元気で。 おじさんの命の火が消える前に、きっと帰るから。 ──遠慮の言葉には耳を貸さず 俺はこの一月分の稼ぎを、封を開けないままおばさんに手渡した。 この先も、きっとたくさん世話になるセンの両親が 少しでも楽に、僅かでも長く生きられるように。 その晩はセンの家に泊めてもらい、 日が昇ると同時に村を出た。 センとの関係を認めてもらえたその嬉しさが、昨晩までの疲れなど忘れさせ、 前へ、前へと踏み出す活力となる。 この時、俺はどこまでも 浮かれていたのだ。

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