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九、

乱れた襟を握り締め、男の肩に頬を寄せながら とめどなく紡がれる言葉の攻撃に耐え忍んだ。 幾度も幾度も身請けすると言っているのに 柘榴は「自分には勿体無い」の一点張り。 手強いにも程がある。 柘榴ほど心惹かれた者はいない。 そろそろ、身を委ねてくれないものだろうか。 頭が狂いそうな程聞かされた。 寅松への想い、情愛。 言葉をも超える愛おしさがあるのだろう。寅松の話をする時の彼は恍惚としており、それでいて本当に優しい目をしていた。 …寅松は、こんなに愛されているのだ。 俺など比ではない 遊女を身請け出来てしまう財力を持つこの人に。 同じ男なら、俺ではなく彼を選んだ方が 寅松は幸せになれると決まっている。 身を汚す毎日。 朝から晩まで見知らぬ男に抱かれる日々。 そこから脱せるというのに 差し伸べられた手をなかなか掴めずにいるのは ──俺という存在があるからだ。 あぁ、なんだ。 どうしてここまで簡単な理に今まで気が付かなかった。 「はは、少し話過ぎてしまったな。 …おや?顔色が良くないぞ、桃。気分が優れぬか?」 「…っいえ、そのような事はございません」 それほど高い位でも無い遊女の顔色を伺い、心配までしてくれる。 この人は きっと、すごく良い人だ。 肩書きに捉われずとも、心温かく、寅松をまっすぐに愛してくれる。 寅松の幸せを願いながら その道をまさか俺自身が閉ざしていたとは。 寅松が幸せになれないのは 俺のせいではないか。

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