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第1話

時刻は21時半。 高校生にしては健全すぎる時間だが、俺は一刻も早く眠りたかった。 スマホでアラームを設定し、ソーシャルゲームも、SNSも、友人からのメッセージも、 すべて通知を切ってしまう。耳に空いた無数の穴がふさがらないように、透明ピアスだけはしっかりつけて。 もうこれで寝る準備は万端だ。 ベッドに入る頃には、時間のズレた壁かけ時計の音だけが、この部屋を支配していた。 チクタク、と規則正しく刻まれる秒針に耳を傾けつつ、ゆっくりと瞼を閉じる。 そういえば明日提出の宿題があったな。誰かに見せてもらえばいいか。 そんなクソみたいな事を考えて数秒。プツリと意識が途切れ、暗闇と無音が広がった。 すると、どこからともなく波の音が聞こえてくる。 被っていた布団の感覚はすでになく、足元が冷たい何かで濡れていた。 いつもなら足が濡れるなんて、冷たいし匂うし最悪だが、これは心地よくて好きだ。 ちゃぷちゃぷと満足するまで足で遊んでいると、意識が少しずつ鮮明になっていく。 次第に周囲が明るくなっていき、眩い何かに瞼を上げる。 「昨日ぶりの景色、だな」 そこには果てしなく広がる空と海。 溶け合ってしまいそうな青とそこから運ばれてくる潮風に、少しだけうっとりする。 何度見てもこの美しさには慣れない。 現実ではありえない輝きに、毎度心奪われてしまう。 運ばれてくる風に髪を弄ばれ、ふとしばらく美容室に行ってなかったことに気づく。 これじゃ生活指導行きだな、どうでもいいけど。 視界にチラつく赤毛を他人事のように思っていると、砂を引きずる音が近づいてきた。 音の正体を知っている俺は、眩しさに負けじと目を開き、顔を向ける。 「おお、来たか」 少し大きめに独り言を言って、余裕ぶった。 そうでもしないと、この鼓動を誤魔化せないと思ったから。 「おはよう、斎」 紡がれた美しいテノールに心臓が強く脈打つ。 真っ白な砂浜に対比するような黒髪と褐色の肌に、美しい顔目立ちの少年。 俺の予想通り、そこには愛しい恋人がいた。 「おはよう、ヨシノ」 俺とヨシノの逢引は、いつも”おはよう”で始まる。

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