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同棲している彼氏に浮気されたかもしれない

おかしい…。 何がおかしいって言うと、はっきりと言ったところでその違和感には俺しか気がつかないのだろうが…。 俺、乙坂奏多は現在交際して一年ちょっとの歳上彼氏がいた。その男の名前は浅香健人。ついこの間、社会人として大学を巣立っていった二つ歳上の人だ。サークルで意気投合した俺ら二人は、周りからも付き合っているのではないかと噂をされる程一緒にいることが多く、健人の方から俺へ告白してくれたのがきっかけで付き合うことになった。でもその関係もほんの数人しかそれは知らない。それでも内緒の関係っていうのは擽ったくてより特別感があって俺はそれで良いと思っていた。 しかし、例え男女のカップルだとしても卒業したらきっと学生と社会人という壁が邪魔になって離れてしまうことが多いというのを聞いた。まぁ、雑誌やテレビからの情報だけれど、実際には健人が大学四年で俺が大学二年の時から生活の流れに壁を感じていて、二人で会う時間も少なかったのは事実。 それでもやっぱりどうにか繋ぎ止めておきたくいという程の気持ちがあって、健人が卒業するタイミングを待ち、同棲をすることにした。 毎日、新入社員研修でヘトヘトになって帰ってくる健人の夕飯を作り、お弁当を作る。気持ち良い布団で寝て欲しくて、天気のいい日は布団も干した。それに、掃除も抜かりない。風呂は要らないと言われても沸かしておいたし、洗濯物もきちんと畳んでチェストにしまっていた。その辺の新婚にだって負けないほどだと思う。 尽くすのは嫌いじゃないし、相手が喜ぶならもっとしてあげたい。大学とバイト、そしてサークルを行き来する自分の時間もきちんと作りながら健人のために家事をこなしていた。 それなのに。 そう、それなのに、だ。 最近、夜の関係が少ない。朝や夜のおはようとおやすみのキスはしてくれるのに…全くといっていいほど、セックスをしていない。同棲開始した当初は殆ど毎日という程していたし、日が空いたって一週間や数日だったのだが、ここ最近、二ヶ月一度もなかった。ついに飽きられたかと思ったが、そういう訳ではなさそうで、家にいればべったりとくっついて歩いてくる。 可愛いのだが、そういうのだけでは物足りない。仕事で忙しいのはわかるが、たまには良いじゃんか…。 こんな日が何日も続いてしまって、俺ももうシたくて堪らない。金曜日に授業を入れていない俺は、木曜の夜から夜勤バイトを入れ、金曜日の朝に帰宅すると健人を見送ってからベッドに潜り込み健人の寝ていた布団の温もりと、脱ぎ捨てられた部屋着を片手に一人でするのが日課になってしまっていた。 ひどい時は仮眠を取ってからもう一度。我慢の限界が募って、内緒で健人の匂いを感じながら…。 それのせいであまりしつこくは誘うこともなかったけど、やっぱり満足できない時もあって、不満がたまる一方だった。 「ただいま」 深夜一時過ぎ。花金だからといって終電帰りをした健人を玄関で迎えた。 「今日は飲み会?」 「いや、ちょっとね」 俺の横を通り過ぎていく健人からは確かに居酒屋特有のアルコールの香りや、鼻に付く煙草の匂いがしなかった。 「ご飯、あるけど」 「うーん、軽く食べてきたから。明日のお昼に食べる」 そう言ってラップをしたおかずをテーブルがら持ち上げると冷蔵庫にしまった。 今日の豚キムチ、めちゃくちゃ美味くできたのにな…。 残念そうに口を尖らせていると、健人が笑って俺の頭を撫でた。 「ちゃんと食べるから。ごめんな」 そう言いながらスーツを脱いで、早々に風呂場へ向かっていってしまった。 もう何日目だろうか。毎週金曜日の夜はこんな感じだ。残業をしてきた、とも言わないし、飲み会にも行っている感じはしない。 考えたくない不安がよぎる。 もしかして、浮気…してるのかなぁ…。 尽くしすぎて、嫌になられたのかもしれない。でも、ご飯は作ったらいつも美味しそうに食べてくれるし、掃除や洗濯も気がついた時はめちゃくちゃ感謝されるし…。会社に凄く可愛い女の子がいたのかもしれない。同じ仕事をして、同じようなストレスを共有して、愚痴をこぼし合う関係になってそれが発展して…。 思わず首を振った。 健人に限ってそれはない。きっと。多分。いや、絶対っ! あってほしくないという願望と、そうなんじゃないかという不安が頭の中をぐるぐると回る。溜息を深くついて俺はイスに引っ掛けられたまま放置されていた健人のスーツをハンガーにかけた。 「それ、限りなく黒じゃない?」 学食で大きな茶碗に大盛りご飯を装って席に着いた大柴美奈子が言った。彼女は俺と健人の関係を知る、俺の同学年サークル仲間。思ったことをズバッというが、口は硬くて俺と健人のことを心底応援してくれている。 「やっぱり…?」 「健人先輩ってさ、無口で何考えてるかわからないけど、心開いてくれた瞬間すごい距離近くなるでしょ。アンタとベタベタし始めた時そんな感じだったし。だから同じ境遇の人と意気投合して距離が縮まった、なんてことはあり得るでしょ」 「美奈子、俺に少しは遠慮とかないの……」 「じゃあ、私に相談しないことね」 美奈子は大きな口で定食の唐揚げにかぶりつきながら言った。細い身体のどこに入るのだろうと思いながら彼女の言葉を頭の中で繰り返す。 言われてみれば、いや、言われなくてもそんな感じのとこは思っていたけれど。改めて他人から言われてしまうとグサグサっと心を抉られた様な気がした。 「どうしたら良いと思う?」 「さぁ…直接聞いた方が手っ取り早いんじゃないの」 「それが出来ないから相談してるんじゃんっ」 彼女は口をもぐもぐさせながら俺をじっと見る。ジト目で睨む様な目力。これは呆れてる顔に違いない。 苦笑いを返すと、口の中のものを飲み込んで水をいっぱい飲んでから口を開いた。 「色仕掛けでもしたら?」 「は、俺が?」 「やっぱりいい、今の無し。考えたら寒気した…」 「だから俺にもっと遠慮してくれって」 食堂は全く寒くもないのに両肩をさすりながら美奈子言った。けらけらと笑っているけれど、実際こっちは相当悩んでるっつーの。そりゃ、色仕掛け?やりたいよ。やってやりたいし、求められたいわ。でも今はそんな雰囲気にすらならない。 「やっぱり、限りなく黒か…」 「ただ単に疲れてるってこともあると思うし、一人になりたい時間なんじゃない?」 「そうなのかなぁ…まぁ、それなら良いんだけど」 確かに、家に帰っても俺がいて休まらないのでればそれはそれで良い。でも、同棲したいって話を切り出したのは健人だったはず。腑に落ちないが、他人と暮らすのはそういうことがあっても仕方ないのか。 何度目かの溜息をすると、美奈子は唐揚げを一つ俺の食べているカレー皿に置いた。 「ま、なるようにしかならないし。気になるなら聞いた方がすれ違いもなくて済むとは思うよ」 「うん、まぁ……そうだろうね」 「あ、唐揚げ食べたら私の課題手伝ってね」 「えっ、慰めの唐揚げじゃないの?」 「そんな、まさか」 その日、俺はたった唐揚げ一つ分のために美奈子の課題を手伝うはめになった。 『今日は遅くなるから先に寝てて』 せっかくミートソースを煮込んだのに…。俺はぐつぐつと煮える鍋の前で項垂れた。どうせなら作る前に連絡くれたら良かった。そしたら久々にバイト先の賄いが食べれたのに。 「ちぇーっ」 俺は不貞腐れながらコンロの下の扉からもう一つの鍋を取り出しお湯を沸かした。一人で夕飯を食べるのは今月に入って何度目だろう。土日は俺がバイトだし、家で健人が一人で食べる。 味気ないんだよなぁ、平日の一人ご飯って。 パスタを適量用意して、鍋が沸騰するのを待った。 食べ終わってテレビをつけては見たが、これといって興味を引くものはやっておらずすぐに消してしまった。音楽を聴く気にもならないし、退屈だ。風呂もさっき掃除ついでに入ってしまったし、後はもう寝るぐらいしかやることがない。 「健人、仕事なのかなぁ……」 信じたい自分と、信じられない自分。最初の頃は残業なら残業だと言ってくれていたのに。最近は「遅くなる」としか言ってくれない。 面倒くさいのも分かるけど、誤解されるとか思わないのかなぁ…。もし本当にこの時間、俺に嘘をついて別の誰かを抱いている…なんてことがあったら…どうしよう。 鼻の奥がつうんとして目頭が熱くなった。 深く考えないようにしているのに、少しでもそう思うと歯止めがきかず、涙がボロボロと落ちてくる。 「うっ…け、んっ……とぉっ」 嗚咽が漏れて、思わず健人の寝巻きと枕を抱きしめた。彼の匂いがして安心する。安心して少し涙が引っ込む。じんわりと霞む視界に彼が昨日の晩から朝までこの寝巻きを着ていいたかと思うと、下半身がジンとした。 こんなので興奮するのも気持ち悪いと思われるかもしれないけれど、近くにいるのに触ってくれない彼の匂いなんてどんな麻薬よりも中毒性があると思う。 ゆっくりと部屋着のスウェットをずらして下着の中で張り詰めた自身を外に出すと、ゆるゆると扱き始めた。片手で彼の上の寝巻きを鼻に押し当てる。襟首からいつも吸っている甘い煙草の香りがした。他の匂いが彼の汗の匂いだと思うと、更に大きく腫れ上がる。 「ん、はぁっ」 身体が熱くて身じろいだ。刺激を与えるたびに跳ねる脚からはスウェットがどんどん下がっていく。下着も邪魔になって器用に下ろした。少しだけ冷気を感じ縮こまるが、興奮して火照る身体はそんな小さな冷たさをもろともしない。下半身を扱く手を止めないように、もう片方の手を健人のスウェットから離すと、上着の裾から胸に手を滑らせた。 「あっ」 ピン、と尖った先端を摘んで、弾く。こんなところで気持ちよくなってしまうようになったのは健人のせいに違いない。 「はぁっ……ん、あっ」 彼の触り方を真似るように、きゅっと強く摘むと、腰が浮いて声が漏れた。 「けぇっ……んとぉっ、あっ、あっ」 うわ言のように健人の名前を呼んで、彼匂いに包まれて、刺激を自分自身に与えて…。 さっき、浮気を疑って出た涙なのかも生理的な涙なのかもわからない。視界はぼうっとして快楽だけに溺れていく。 「ふっ……んあっ、あっ、あっ!」 動かす手の速度を上げ、一気に果てた。ドクドクと熱い体液が手のひらに吐き出される。脱力してどっと汗が吹き出た。ベタベタになった手のひら、汗で濡れた身体。 もう一度、シャワー浴びないと…。 勢いよく迫る眠気を振り払い、残りの少ない力を振り絞ってベッドから起き上がった。 「うわっ…」 ひんやりとした冷たい、何か濡れたものに触れた。気がつくと、健人の上着の左袖に精液を飛ばしてしまっている。慌てて下の寝巻きを持って脱衣所に行き、洗濯機をもう一回、回した。 次の木曜日のことだった。 俺のバイト先は高校卒業してからずっと変わらないラーメン屋で、二十四時間営業をしているところ。近所の飲み屋のレシートを見せると半ライスか麺大盛りが無料になるため、木曜日はその一番忙しい時間帯である夜勤バイトに入っていた。いつもの様に指定のティーシャツと作業用ズボンに着替えて、大きめの前掛けをすると、ホールとキッチンをずっと行き来する。 作っては運び、片付けては洗い…。何度繰り返しても終わらないのが花金、そして休日前の深夜だった。 「乙坂くん、休憩いいよ」 「はーい」 社員から声がかかって奥に引っ込んだ。今日のまかないは炒飯。その前に炭酸が飲みたくなり、上着を羽織ってコンビニへ向かう。 店の裏口から出て、五分程歩いたところにコンビニがあり、そこでコーラを買った。コンビニを出る時には喉が渇いていて、肌寒い深夜にも関わらず、キャップを開け、口をつける。炭酸が弾けながら喉を通る刺激で目が覚めた。 その時、首筋のあたりに視線を感じ、ちらりと横目で周りを確認したが誰も居ない。 なんだろうか、この刺さる感じ…。気味が悪い。寒いせいなのか、背筋がびくんとなる。 嫌な感じがして、足早に店へ戻ろうと足を動かす。 さっきの違和感が全く消えない。誰かに見られているような気がしている。 しかし、足を止めて後ろを振り向くが何もない。暗く、電球の切れかかった街灯が余計な不気味さを演出する。 もう一度前へ向き直すと、またあの変な感じが戻ってきた。気のせいだ。店に戻れば安全だから、気づいていない振りをしてやり過ごそう…。 早歩きになり、急いで店へ向かう。 不審者、強姦魔、拉致、監禁……。 嫌な感じが恐怖になって最悪のことばかり浮かんだ。 怖い、怖いよ……っ。今まで休憩中こんなこと、無かったのに!健人…、助けてっ。 店が見えてきて、俺は目をつぶって走り出し、店の裏口を思いっきり開け、勢いよく閉めた。 大きな音にびっくりしたのだろう、閉めたと同時にもう一人のバイトが慌てて休憩室を覗きに来た。 「な、なんかあった?」 「え、あ、ごめんなさい、風凄くて…勢いよく閉めちゃった……」 焦って答えた俺は、誤魔化すようにあははと笑った。 「風?じゃあ、外ののぼり様子見て下げるか」 そう言って彼はホールの方へ戻っていく。 それにしても、一体何だったのだろう。恐る恐る窓を見ても、誰かが居たような雰囲気すら見えない。道路の向こう側は住宅街が広がっているし、不審者なんて出たらすぐわかりそうなのに。それに、店に入る直前まであの嫌な感じ、捉えて全く振りほどけないしつこい視線を感じていた。 考えてまた身震いする。 あー、やだ。気持ち悪い、忘れよ…炒飯食べよ。 こういうのは美味しいものを食べて忘れるに限る。休憩室のテーブルに買って来たコーラを置き、キッチンから炒飯をよそいにいった。 「じゃあ、俺迎えにいくよ。バイト終わり、店まで行くから」 土曜日の朝、朝ご飯を食べながら木曜日の夜にあったことを話すと、健人がそう言った。 「え、でも危ないんじゃ」 「大丈夫。腕力なら奏多より強いし」 「そういうことを言ってるんじゃないんだけど」 天然なのかおバカなのかはわからないが、時々健人は抜けたことを言う。今日は昼過ぎからのシフトで夜の十時には終わるのだ。深夜ではないしまた同じことになるとは思えない。 「いや、心配だから。十時ちょっと前には必ず行くから、ね」 健人は念を押すように言った。この言い方の時は絶対に引き下がらないの合図。仕方なく俺は健人の行為に甘えることにした。 昼食を軽く食べた俺は、三駅先のバイト先へ向かった。見送りに玄関先に立った健人は、気をつけて、と言って頬にキスをして送り出してくれる。たまにされるスキンシップが嬉しくて、にやける顔を抑えながら下を向いてアパートを出た。 いつもショートカットして駅まで向かっていたが、この間のことがあって商店街の中を突っ切るルートに変更をした。こっちの方が人通りも多いし、何かあった時に助けを呼べる。まぁ、真昼間からそんな犯行に堂々と及ぶ奴なんて早々いないだろ。すぐにバレる。 そう思って鼻歌まじりで商店街を闊歩していた。 クリーニング屋と理容室の並びを通り過ぎるともう駅だ。腕時計を確認してもまだ余裕がある。足早に歩いたからそこまで時間もかかっていない。安堵して、向かい側の駅に続く横断歩道の信号が青になるのを待っている時だった。 ピリッとした感覚が背中にぶつかる。 嫌な感じがした。この間の、気持ち悪い感じ。ふと後ろを振り向くが、同じように横断歩道の信号が切り替わる歩行者が数人いるぐらい。 ここにいる人……な、訳ない。 凝視していない限り、こんなねちっこい視線にならないだろう。 ストーカー?まさか、俺に? 見に覚えが全くない。女の子に告白をされたのも数回あるかないかだが、その時には健人が好きだったから断った。でも、嫌な断り方はしていないはずだし、それも大学一年生の時の話だ。今更遅すぎる。 心当たりがなさすぎて、あまりにも気持ち悪い。 俺は信号が青に変わると走って駅へ向かい、ホームを駆け上がった。 一瞬でも離れない気持ち悪く張り付くような視線。色んなところにいる人間すべてが疑わしくも思えて、壁に寄りかかった。 背後を取られるなら、背後を見られなくすれば良い。売店を背にしてホームに立ち、来る電車を待つ。 早く、早く来て。見られている感じのしない、今、早くっ! 目をつぶって足踏みをする。まるでトイレを我慢している人のように。でもそれぐらいそわそわして落ち着かない。怖い。 バイトに行くだけなのに心臓も痛いほどに鳴っている。こんな緊張しながらバイト先へ行くことが来るなんて思ってもいなかった。 電車がホームに到着するアナウンスが流れる。電車のガタンという線路を走る音もだんだんと近づいて来た。 お願い、早く……早くっ! 電車が到着し、中へ乗り込むと、ピタリとあの気持ちの悪い視線を感じなくなる。 あ。良かった……見失ってくれた……。 ホッと胸をなで下ろす。土曜日の昼間の電車は乗客が少ないため、外からも中の様子がはっきりと見えるのに、急に視線が止んだ。 何だったんだろうか、本当に気持ち悪い。 寒気がして、身震いをしながら隣の車両へ移動し、空いている席へ座る。 『発車まで一分ほどお待ちください』 アナウンスが車内で響いた。 本当言えば、一刻も早く発車して欲しかったが、気味の悪い視線も消えた。ゆっくり息を吐いて、異常なまでにバクバクと大きな音でなる心臓を沈ませようと深呼吸を数回繰り返した。 『まもなく、電車が発車致します』 アナウンスが流れ、ドアが閉まる。もう出発だ、これでもう大丈夫…。 そう思ったのもつかの間、一瞬で感じ取れた。前方側から強めの視線を感じた。 もしかして……反対のホーム……。 怖くなって下を向いた。そんな遠くから見てるのか。俺をずっと探してるのか。もし、同じホームだったら、何されてた? 線路に落とされてたんじゃなかろうか…。 どっと冷や汗が吹き溢れた。顔から上の血の気ががくっと引いていくのがわかる。 俺は電車がバイト先の最寄り駅に着くまで、頭を上げることができなかった。 その日、バイト中は不審な視線を感じることはなかった。というのも、休憩時間になっても外にでるのをやめたから…というのが理由の一つかもしれない。確証のないことで、警察に相談したところで気のせいだと言われそうだし、バイト先にも迷惑はかけたくない。今日のシフトは賄いも出ない中番シフトだったため、俺は休憩中仮眠をとって過ごした。 シフトが終わる五分程前に、小綺麗な格好の男性が店の前に立ち、なかなか中に入らないのが見えた。 あ、健人だ。 本当に来てくれた…よかった。 行きにあんなことがあったからか、帰りも不安で仕方なかった。 迎え、断らなくて本当に良かった……。 ホッと安心したら、胸の奥が熱くなる。やっと本領発揮ができそうだったけど、もうシフトは終わりの時間。早く帰って今日こそ健人とイチャイチャしたい。 鼻歌まじりで洗い物を終わらせ、交代の準備をする。明日分の餃子タネを冷蔵庫から出して、次のシフトの人に渡した。 「明日の、サイドメニューの仕込みこれだけです」 「了解。おつかれ」 ぺこりとキッチンで社員に挨拶をし、急いで着替えをし、慌ただしくタイムカードを切ると健人のもとに出た。もちろん、裏口の出口できょろきょろと辺りを見回した。 良し、何も無い。大丈夫、安全だ…。 足早に健人のもとへ行くと、スマホをいじっていた手を止めて俺の顔を見るなりにっこり笑う。 「お疲れ様。ごめん、今日ちょっと出かけてて夕飯作ってないんだ。俺奢るから何か食べいこう」 「え、あ、そうなんだ」 「あぁ、ちょっとな」 変な感じだ。出かけていたって…今朝何も言ってなかったけどな。深く追求するのも嫌がられるだろうけど、この間から曖昧に濁す態度は気にくわない。 「で、何食べたい?」 逸らされる様に健人が俺の顔を覗き込んで聞く。 「あったかいやつ」 「んー、じゃあ鍋?」 「こんな時間に?まぁ、良いけど」 「じゃあ家の近くにしようか」 そう言った健人の後ろをついて駅へ向かう。揺れるコートの裾を見てやっぱり胸が騒ついた。 本当、お迎えスタイルにしては小洒落てるんだよなぁ…。 疑惑が渦を巻く。こんなに優しいのは探られないため、とか。有らぬ疑いであって欲しいと思いながら、俺は健人の後ろをついて歩いた。 次の日のバイトは行きも帰りも何も起きなかった。拍子抜けというのはこのことか、背後に気を配り、身体全身に無駄な力を入れて過ごしてしまったため、身体の節々が痛い。 そのせいで帰りの準備も遅くなってしまった。昨日同様に迎えに来てくれた健人はバイト終わりの俺が店から出てくるのを見るの同時にいつもの笑顔で手を振った。 「お疲れ様。今日は寒いからポトフ作ったよ」 「え、まじっ!やった」 煮込まれてとろとろに甘く溶けたキャベツが好きで、よく健人が休みの日に作ってもらうが、ご飯のおかずにならないと言ってあまり進んで作ってはくれない。 何の風の吹き回しだろう。でもまぁ、いいや。美味しい物さえ食べれば嫌なことなんて忘れる。昨日も今日も電車に乗ってまで迎えに来てくれたし、浮気なんて考えすぎだ。でも今日は昨日とは違う普段着。コートも別のものだった。 「ねぇ、昨日のコートは?」 「ん、あぁちょっと汚れあって。昼間にクリーニング出したんだ」 「ふぅん」 適当に返事を返した。汚れ、あったかなぁ。 昨日、飲み屋で鍋をつついたから、スープが飛んだのかもしれないけど……。 「今日は何もなかった?」 「え、あぁ。うん。大丈夫だった」 「そっか、なら良かった」 やっぱり、心配してくれてるし、俺の考えすぎかもしれない。なんて言ったら美奈子に甘い、とか言われそうだが。 それでもやっぱりどうにかして白であって欲しいと願ってしまう。ほかにこの人を取られたは無い。 最寄り駅に降りて、人通りの少ない道になると、俺は黙って健人の手を握った。 「甘すぎ。それ、絶対別の女のとこ行ってたでしょ。あれよ、髪の毛とかついてたり、何かの拍子に化粧品がコートに付着したとかなんかあってバレルの前にクリーニング出したって流れが妥当だわ」 美奈子は今日も相変わらず遠慮なく言葉だけで俺を刺してくる。本当、良い性格してるなこの女は…。 「どうしよう……もう確かめるのが怖いよ」 「意気地が無いわねぇ。あ、じゃあ土日のシフト変えてみたら?」 「え、変えるって?」 「アンタがいない日に浮気相手のところに出かけてる…とするなら、来週あたり土日ずっと家にいてみたら?」 「確かに……盲点かも」 「バカなだけでしょ」 美奈子はため息とともにスマホを机に置く。講義の始まる数分でこんなにも心をボコボコに殴った挙句、その捨て台詞は酷いと思うが、彼女なりに俺を心配しているのはわかるし感謝をしていた。 「社員さんに相談してみるか…来週は平日時短にして土日休も」 「ま、現実見て地獄絵図になったら逃げ場は確保してあげる」 「お前の家なんかに誰が行くかよ」 「そんなこと言って、知らないからね」 にやにやと意地悪そうに笑いながら美奈子は言った。 その週のバイトで俺は美奈子提案のシフト変更を一週間分出してみた。社員には一週間だけなら良いが事前に相談してと窘められたが、これで土日の健人の行動を確認することは出来そうだ。疑っていて申し訳ないと思っていても、やはり気になってしまって仕方ない。神様だって一度ぐらい許してくれるだろう…。 でも、その前に問題はまだあった。 ストーカー紛いの視線に関しても何の解決も見えていない。 今週木曜日のバイトの出勤の際には何もなかった。休憩中もコンビニに行くことなく過ごして難なく過ごせた。 そう、問題は帰宅時だった。平日の朝方ではあるが、前回は真昼間にやられたのだ。慎重に慎重を重ね、その日もショートカットの道よりも人通りの多いところを通るようにした。これから会社に出勤する人、学校へ行く人の中を縫って小走りで道を抜ける。この間は場所を問うこともなかったから、神経も研ぎ澄まして走った。 あれ……。 気を張りすぎたのか、気がつくと自宅のアパートに着いていた。 何も起きなかった。 もう飽きたのか。ならそれで良い。でも何だろうか、背中のあたりが嫌な感じがして気持ち悪い。 ふと振り向くが、何も無い。誰もいない。 なんだろう、このまたざわつく感じ…。 怖くなってアパートの階段を駆け上がり、部屋のドアを思いっきり開けた。 心臓がばくばくで、身体が熱い。暑くて上着を先に脱いでいると、玄関のドアが開いて、はっと息を飲んだ。 「あれ。あぁ、お帰り。どうしたの、冷や汗すごいけど」 ドアを開けてた先に立っていたのは、大欠伸した健人だった。 「健人…?なんで」 いつもなら行き違いで出て行っているはずだった。スウェット姿で眠そうに目をこすって立っている。 「あぁ、今日は休みなんだ。先々週の土曜日、出勤しただろ。それの振休。昨日の夜に取って良いって言われたから言えなくてさ。あぁ、今ゴミ捨てて来たんだよ」 「あ、そ、そういうことか…ありがとう」 思い返せば確かに先々週は土曜日も、出勤して連勤がどうのって言っていたっけ。 「ね、下に変なのいなかった?」 「え?変なのって?もしかしてまた何かあったの?」 しまった、と思った時にはもう遅く、健人に捕まってしまった。手首を掴まれて、顔を近づける。 「一瞬だけ、変な視線感じたんだよね…でも気のせいかもだし」 「本当に?」 「うん、大丈夫だから離してってば」 すると、ゆっくり手を離した。顔を上げると、心配そうな表情で俺を見ている。 そんな顔しないでよ、本当…。 「何かあったらちゃんと言ってね」 「うん、わかってるよ。その、健人もだけど」 「あはは。ありがと」 大きな欠伸をすると健人は寝室へ戻って行った。 次の週は火曜と水曜のの夕方から短時間バイトをこなし、木曜日の夜勤で仕事を終えるスケジュールだった。不思議なことに、あの夜勤明けから全く何も起きない。後をつけられることも無かったため、何事もなく土日のバイトも過ごすことが出来た。やっぱり、飽きたのかもしれない。ならば俺の心配するべきは健人の「浮気疑惑」のみだった。 相変わらず健人は帰りが遅い。俺がバイトから帰ってきてもまだ帰宅していないため、火曜と水曜は夕方から夜の時間に自宅にいないということも伝えていなかった。今週はバイトのない月曜日にスーパーでたんまり食材を買って置いたし、作り置きのできるカレーを作っていたから夕飯には大した影響もなかったからバイトのことを伝えることを忘れていたのも事実だった。 「それじゃ、行ってくるね」 いつも通りバイトに行く準備をして玄関に立った。今日は休みを取っていた土曜日。この日のために美奈子と作戦を練ったのだ。一度何時も通りに家を出て、駅へ向かう振りをして近所で時間をやり過ごす。もちろんアパートから見えないように。ヘマをしないようにスマホの電源を切り、腕時計をきちんとして時間は常に確認できるようにした。隠れてから十五分過ぎたら一度美奈子に連絡を入れる約束をしていた。 「気をつけて。帰り迎えに行くから」 「えっ、良いよ。何ともなかったし」 「ううん、ダメ。俺が心配」 まぁ、いつもの終わる時間まで美奈子に付き合ってもらうか、早上がりした、とか理由はいくらでも思い浮かぶ。 「うん、わかった。行ってくるね」 「行ってらっしゃい」 手を振っている健人に手を振り返しながらドアを閉めた。がちゃん、という鍵のかかる音も確認して早足で階段を下りた。 今のところあの変な視線も感じない。アパートの様子がよく見える近所の公園に行く。事前に木々の茂っているがアパートの階段が見えるところを探しておいたので、まずそこに移動をした。 浮気調査する探偵みたい。ただ、自分の恋人が対象っていうのが腑に落ちない。最初は嘘をついて健人を騙していると思って気が引けたが、やっぱり気になって仕方なかったが故に行動に出た。 スタンバってから玄関のドアが開く様子がない。もしかしたら白じゃ…?と喜んだ数分後だった。時間差で健人がこの間クリーニングに出して返ってきたばかりのコートを羽織って出てきた。 鍵を閉め、あたりをキョロキョロと確認している。足早に階段を駆け下りると、走って駅の方へ向かって行くのが見えた。 あの速さだと、俺が駅に着く前に合流しそうだろ…と思えて苦笑いする。 仕事に疲れ過ぎると、そんな判断も出来なくなってしまうのか。ていうか本当…どこに向かっているんだろうか。 俺はゆっくりと深呼吸して、コソコソと健人の後を追った。 だいぶ距離をとって歩く。いつも一緒に歩いている健人とは思えないような足の速さだ。ついて行くのがやっとで、見失わないギリギリの距離を保って追いかけた。 彼はスマホを見つめながら、時折顔を上げてキョロキョロと何かを探している。 まるでだれかを探しているようだ。いや誰かとの待ち合わせ場所を探している、感じ。 これ、もしかして本当に黒……? 考えるとやはりショックはでかい。相手が異性でも同性だったとしても、立ち直れないほどにショックを受けるだろう。 腕時計を見ると、美奈子に連絡をする時間を少し過ぎたところだった。チラチラと健人の方を確認しながらスマホの電源を入れた。 健人が角を曲がって行くのが見えるが、一旦その場で美奈子に連絡を入れようと立ち止まった。 スマホの暗い画面が明るくなり、電波が入る。連絡帳アプリで美奈子の名前を検索して、電話をかけた。 コール音が三回。 『もしもしー?遅い、何かあったかと思った。で、ホシは?』 「ホシって…出かけてったよ。駅向かっててちょっと離れたところに今いるんだけど」 『ふーん、どんな様子?』 「うーんと、何かキョロキョロして…」 美奈子に電話しながら、健人が曲がっていった角を見た。 「えっ」 『どうしたの?』 角を曲がった先はたしかに駅前で、電車に乗るもんだと思っていた。 しかし、健人の後ろ姿が見えたのは駅の前を通り過ぎたホテル街だったのだ。奥の方にあのコートの後ろ姿が見える。左に曲がったように見えたが、どうやらホテルの中に入っていったらしい。 心臓が強く動く。何でそんな場所に…? 何で、何で?そこ、一人で行く場所なのか…? 『奏多?奏多、何、どしたの』 耳元で美奈子の声が大きく響く。急な大声に驚いて耳元からスマホを離した。 「ごめん…その…」 『相手、いたの?』 「いや、そうじゃなくて…ほ、ホテル街のホテルに入ってって…」 『……奏多、今どこ』 「…最寄り駅前」 『すぐ行くからまってて』 通話が切れた。 頭が真っ白だった。 後をつけるなんてこと、しなければ良かった。知らなくてよかった…。 知りたくなかった…。 崩れ落ちそうになる足。寒さで震えてるのか、怒りで震えているのか、もはや分からなかった。 俺はあの後、なんとか足を引きずるようにして近くのファーストフード店の奥の席に座り、ぼうっと壁を眺めていた。 美奈子はタクシーに乗って駆けつけくれ、何も言わず横の席に座ってコーヒーを飲んでいた。どこの誰よりも男らしくてずるい。 何も言わない健人よりも、何も言えない俺よりも。 「バイト、早上がりになったって連絡したらさ、既読しかつかないんだ」 「そう」 「あのままあそこにいたら相手の顔ぐらい拝めたのかな」 「さぁね」 泣きたいのに泣けなかった。 喉の奥が熱くて苦しいのに、何も吐き出すことさえできない。 「今日、どうするの。帰れるの」 「…帰るよ、ちゃんと」 「そう。とりあえず終電までは起きててあげるから、ダメなら連絡よこしなさいよ」 「うん。ありがと」 美奈子はそれだけ言うと俺を立たせて店から一緒に出た。 歩けるか心配され、大丈夫と答えた。 本当はフラフラで立つのもやっとだったけど、これ以上美奈子にみっともないところは見せれなくて何を聞かれても『大丈夫』と答えた。 帰宅すると、俺は真っ直ぐ台所に向かっただ。米を研ぎ炊飯器にセットしてスイッチを押す。そして風呂洗ってお湯を張った。 部屋着に着替えた俺は、ベッドの上でスマホを動かしながら米が炊けるのと、風呂が沸くのを待った。暇すぎて今朝干したばかりの洗濯物の様子を見に行くが、乾いていなかった。いつも通り、家事をした。 家事をして手を動かして何かをしていたかった。 夕飯はどうしよう。そういえばこの間作ったカレーがまだ残っているんだった。サラダ用に野菜を切れば良いや…。 頭の中もフル回転させて、シュミレーションをする。 それでも、健人が帰ってきたらどんな顔をして会えば良いのだろうか。学校では教えてもらってない。恋人に浮気された後、どんな言葉をどんな思いで聞かされるのかなんて。 この部屋が息苦しく思える日が来るなんて思っても見なかった。 ずっと一緒で、幸せにって、すれ違うのが嫌だから同棲を始めたのに。 こんな終わり方をするぐらいなら…一緒に居なければ良かった…。 泣けない泣けないと思っていたが、嗚咽が漏れて涙がぼろぼろ零れ落ちる。こめかみのあたりが押し込まれるような頭痛がして、視界が揺れた。 ふらふらと覚束ない足取りのまま、寝室に向かう。泣き疲れ、眠気がどっと襲ってきた。風呂が沸いた音も聞こえ、炊飯器のもそろそろ炊けるような音がしている。 全部どうでも良くなって、テーブルや家具にぶつかりながら寝室のベッドに倒れこんだ。 ガタンっ。 後ろで鈍い音がした。振り向くと、本棚にぶつかって数冊棚から落ちてしまったようだった。戻すのは後でも良いや、そう思ったが、一つだけ気になるものを発見した。 「何、これ」 黒い小さな塊が落ちている。食玩を集める趣味も互いに無いし、本棚は焦げ茶色でこんな色はしていない。 拾い上げてよく見ると小さなレンズがついているのが見える。 「…カメラ?」 口に出しすと、急に寒気が走った。 この後から誰かに見られている感覚が消えない上に、隠しカメラ。思わず汚いものを触ってしまったというように床に叩きつける。 身体の震えが止まらなくなり、唇も震え、ガチガチと歯が鳴った。 どうしようどうしようどうしよう。 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ。 その場にへたり込んで、蹲っていると、玄関の鍵が開く音がした。 「ただいま」 健人の声がする。 なのに、怖くて俺は蹲ったままだ。 「奏多?奏多、どうしたっ?」 大きな声が聞こえた。同時に炊飯器がお米の炊けた音を鳴らす。 駆け寄って来る健人の声は、心の底から俺を心配していて、慌てていた。 「腹、痛いのか?救急車、呼ぶか?なぁ、どうした?」 肩を揺さぶられ、思わずその手を振り払った。 「えっ…奏多?」 振り払われると思っていなかった健人は、唖然としている。 そんな、誰かを抱いた手でなんて、触って欲しくない。 「さわ……んな」 「え?ど、どうした、奏多。何かあった」 「もう良いっ!もう、良いよ。俺が要らないならそれで良い。この家から出て行くから。これ以上いると、頭おかしくなる…っ!それに、こんなのまで仕掛けられて……っ俺、ここに住んでるのも怖いよ……っ」 震える声しか出せなかった。大好きな人と住んでいた家の中で、自分から出て行くと言うのが苦しくて、嫌で、胸が張り裂けて死んでしまいそうだ。 健人の顔を見ることができなくて、下を向いたまま泣き叫んだ。 「奏多、それ…見つけたの」 「……うっ、本棚から落ちてっ」 鼻まで垂れて、声はうまく出せない。こんなぼろぼろの顔も見せたくなかった。 「……ごめん、本当に…怖い思いさせて」 そう言って健人は俺を強く抱き締めた。 「は、はなっ離してっ!」 ストーカーに関しては健人ではないと思っているし、俺は知らない誰かを抱いた手で抱き締められるのが死ぬほど嫌だった。それでも、やっぱり強さは健人の方があって、どんなにふり払おうにも、それ以上にきつく抱き締められた。 うわ言のように「ごめん、ごめん。ごめん」と何度も呟いて謝る。謝罪の言葉言われたら、他の誰かに気を取られてたことを肯定するみたいで、そんな言葉聞きたくなかった。 なのに。 「本当、ごめんっ。度が過ぎてるのはわかってた…でもやめられなくて。奏多が一人で我慢して、俺の名前呼びながらシてるのが凄く興奮して…っ」 「えっ……」 今、何て言った………? 「ずっと言えなくて、ごめん。帰りが遅いのも、奏多がまた一人でするかもって思って。カメラ設置して、近くのホテルに通って一人で俺もっ」 震えながら健人は喋り続けるが、俺は事態を飲み込むことがまるでできない。 え、浮気……じゃなくて盗撮してた……? 「ま、待って……健人、どういう」 「次第に俺の居ない時の奏多が気になって、いけると思った時は後をつけてた…だから、本当に怖い思いをさせて」 「ま、待ってっ!」 涙と嗚咽が抑えられず、まだきちんと喋れない俺は、抱き締めらながらも腕を伸ばして、ぐいっと力いっぱいに健人の腕をつねった。 「痛っ!」 力が緩み、胸に押し当てられていた頭が離れた。 「今の話っ、全部、ほん、となのっ」 健人はグズグズになった俺と同じぐらいにグズグズになっていた。ゆっくり頷いて目を擦っている。 「俺、浮気かと思って……だから今日、バイト休んだ」 「そ、そっか…だからどうりでGPS反応がないと思った…」 それを聞いて思わず苦笑いを浮かべてしまった。スマホを見ながらキョロキョロと挙動不審だったのはそれのせいなのか。納得がいき、なんか嫌だ…。 「浮気はしてないよ。俺の一番はなんでも奏多だし、それ以外がいたらこんなことしてない…」 「そ、か」 ふっと、急に力が抜けた。 脱力して、そのまま健人にもたれかかる。 「ごめん、もうしないから」 今度は力を入れずに抱き締められる。ふるえていて、か細い声だった。 「本当に、しない?」 「しない…。誓う。一生しないからっ。俺から離れないで…っ」 首元に頭を埋められ、ぐりぐりと動く。髪の毛が当たって首がくすぐったかった。 「じゃあ、約束して。もうGPSもダメ。嘘もダメ。残業ないならすぐに帰ってくること。カメラももちろんダメ」 「うん、する。するからっ」 「それから、今日は一緒にお風呂に入って、一緒にご飯食べて。そんで一緒に寝る。…約束できる?」 こくこくと、首を縦に振る。犬みたいで可愛いと思う自分も相当重症だ。俺だってたくさんワガママを言って困らせているけど、今日ぐらいは全部許してもらおう。 二人して支え合ってゆっくりと立ち上がり、とにかく涙でぐちゃぐちゃになった顔を洗いに風呂場へ向かった。 キスと同時に背中に回された手が、服の中を弄ってくる。最近交わしていた触れるだけのキスよりもずっと深い。なかを引っ張り出されそうな強さがあった。 「……は、ぁ」 少しの隙間から息を吸わないと、健人にすぐ唇を塞がれてしまう。逃げようとすると、すればするほど奥の方まで侵入してくる舌に入り込まれてしまった。 久しぶりの深いキスが気持ちいい。熱くなった舌を絡み合わせて、吸ってはまた絡めとる。身体中から健人を欲している自分がいた。 「ん……、んんっ」 健人の手がだんだんと下に降りて腰を撫でて、優しく尻を触った。ぴくんと跳ねると、そのままスウェットの中に手を伸ばし、内腿を撫でながらどんどん脱がしていく。 「奏多、キス気持ちよかった…?すっごい勃ってる」 耳元で甘い吐息と一緒に囁かれ、身じろいだ。 「け、健人だって……こんなじゃん」 軽く触ると、十分硬くなっているのがわかった。 「奏多が可愛いからだよ」 「そ、そういうのは、良いからっ」 ふふふ、と小さく笑うと向きを変えられる。中途半端に下されていたスウェットと下着はそのまま剥ぎ取られた。 「寒い?」 「ううん、大丈夫」 舌を強引に絡め取るキスをし、強く吸い上げられる。答えるようについていこうとするが、気持ちよくてそれどころではない。 「あっついから大丈夫そうだね」 離れたと思ったら唇を舌でなぞられた。 「俺だけ、脱いでるのやだ」 「ん、脱ぐから待って」 そう言って俺の上を脱がした後、健人は自分の上も脱ぎベッドの下に衣服を投げた。 健人の肌が自分の肌な密着する。暖かくてすぐに腕を首に回した。 「ほらね。あったかい」 「ん、ねぇ……あた、ってる」 健人が覆い被さったせいで、身体のいろんなところが触れ合っていた。むき出しになった自分のものに健人の腰が重なって、硬くなったものも寄り近く感じる。健人が腰を揺らすと先端が擦れあって、ぞわぞわした。 「触るよ、後ろ」 「う、ん」 俺の頭を優しく撫でると、健人は手を太腿の裏から尻の丸みへ滑らせた。大きく円をなぞるように撫でられて、緊張する。だんだんと滑る指は後孔へと行き着いた。 「久しぶりに中、入りたい」 「聞く、な、よっ」 するするとなぞられ、ぞわぞわとした感覚が全身に走った。くすくす、っと笑って健人はベッドのすぐ横の棚からローションの入ったボトルを取り出す。 健人はとろりと冷たいものを片手に取り、俺の昂ぶった先端に伝わらせ、開かれた足の間から窄まりの方まで垂らせていく。ぬめりをまとった健人の指がゆるゆると入口をなぞった。 キスを落としながら健人は優しく中に入ってくる。 「んんんっ」 背筋から腰へ痺れが走った。息が漏れる。 空いた手で乳首を触られて胸を突き出すようにぴくんと跳ねた。 「んぁっ」 指で摘まれていた乳首を、今度は唇で挟み、強く吸い上げられる。 「あっ、やぁっん」 舌で舐め上げられ、腰の奥まで疼いた。 「奏多、可愛い…」 また、言われた。耳元で囁く吐息にさえ感じる。硬く力を込めた舌先でまたくりくりと乳首を弄られた。小さく喘ぐと、健人はちゅっ、と音を立てて吸い上げる。 気持ちよくて、健人の触る場所全てが快楽に落とされる。 「んぁっ」 息が跳ねた。それに合わせるかのように内側を濡れた指が何度も行き来きし、水音に変わる。はぁっと呼吸を荒げると、今度は俺の唇を甘く噛んでペロリと舐めた。 「ねぇ、中……とろっとろだよ」 かわいいね、と言いながら耳たぶを舐められる。 「入れるからね…」 こくこくと頷くと、優しく頭を撫でてくれた。 柔らかく解された場所押し当てられた硬いものは熱を持って熱いままゆっくりと中に押し入ってきた。じわじわと、身体中に電気がつたう。 「んぁ、あ、あ、あ」 ぷちゅ、と根元まで入った音が聞こえた。奥が熱く、圧迫感に痙攣する。どくん、という心臓の鼓動が聞こえ、熱いものがこぼれ落ちた。 「んぁっん」 射精してしまった。入れた、だけで…いってしまった……。 弾んだ荒い息を整えようとするが、腰の奥で健人の熱はまだ残っていた。 「なん、それ……めっちゃえっちじゃん」 ずん、と中で更に膨れ上がるのが分かった。ぞわっと奥から快感ぎ這い上がる。ぴんと乳首を弾かれて背筋が伸びた。 「あ、今すごい、きゅってなったよ」 「そ、んな、こと」 「まって、ほら……抜こうとしたら……。見て、吸い付くみたいに中が、纏わりついてくる」 言いながら健人は俺の足を抱えあげ、ぐっと膝を折らせた。 「あ、やだっ」 「入ってるところ、見えるね」 「や、だめ、み、見ないで」 優しく笑ってくれるのに、全然言うことを聞いてくれない。ぐちゃぐちゃという卑猥な音を立てて抜き差ししては「可愛い」と見下ろしてくる。 「は、はずか、しいっ、からぁっ」 「見られて恥ずかしいの?俺にずっと一人でシてるところ、見られてたのに?」 「そ、それっ、ちが」 「ふふふ、やめない」 ごりごりた内側を擦り上げられる。 「ん、あぁっ」 「ねぇ、ここ、突くの……やめてほしいぐらい、恥ずかしい?」 「んっ、んん、んぁ、やぁ」 「お返事は?」 「い、いじわるっ」 意地悪な健人はたっぷりと腰を使ってゆっくりと一回一回のストロークを長く強く引く。掴んだ足首を大きく開かれた。下半身がびくんと跳ねて、飲み込んだ場所に力が入る。 「あ、やばい……」 うっとりと目を細め、健人がまた腰を動かす。ただ押し上げて動くだけだった健人が大きく息を吐き出した途端、がっしりと俺この腰を掴んだ。そのまま押さえ込み、のしかかるように揺さぶりをかける。 「ま、まってっ、あ、やっ……ん、あ」 「む、りっ……可愛いすぎ、あっ、やばい、やばい、出そ……」 「や、やだっ、まっだだめぇっ、ま、だ、いかないで……っ!っあ、あ、あっ!」 「そんな、お願い……」 強く突き上げられ、腰をうねらせ中を太い性器でめちゃくちゃにかき回す。 「聞かない、わけ、いかないね…っ」 「あぁ、っあ、い、いいっすご、あっ」 「かな、たっ……可愛いすぎ、んぁ、出、るっ!」 「んんんっ、あっ、んぁっ、あぁっ!」 強い腰に犯され、腹の上で跳ねる自分の性器が、絶頂を迎えて吐精したのと同時に、中で熱いものが勢いよく吐き出されたのを感じた。健人に可愛いと言われるたびに嬉しくて、感じてしまった。彼も同じように気持ちよくなっているのが見上げた表情からはっきりと見えてまたジン、と身体の奥が疼く。健人身体を震わせながら甘く長く息を吐き、ゆっくりと中から出ると、俺の額にくっついていた髪の毛を払ってキスを落とした。 「めちゃくちゃ、可愛い、かったよ……」 「…なら、もう一人にすんなよ」 力の入らない腕を首に回して抱きついた。 「そういえばあのコート、なんでクリーニングだしたの?」 「ん、あー…怒らない?」 「どうかな」 「ホテルでさ、 奏多が一人でシてる動画見てたら、勢いよく飛んじゃって」 「……やっぱ聞かなきゃ良かったっ!」 「ていうか、奏多。スマホめっちゃ通知きてるけど」 「あ、やばい!美奈子だっ」

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