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第3話 オメガとアルファ

 三限目の後は予定がなく、俺は宮田と別れ図書室で時間を潰すことにした。  千早はたぶん、四限まで授業があるんだろう。  約束の時間まで、俺はアルファだとかオメガだとかについて色々と調べていた。  今日だけでなんだかいろいろあり過ぎるんだが?  高校の時、こんなこと気にもしなかったのに。  そもそも俺、この間まで高校生だったじゃん?  思春期なんて性にもっとも敏感なお年頃だけれど、バース性にまで向けたことなかった。  色々調べていくうちに、オメガがどうやって妊娠するのかとか、セックスのしかたとか出てきて、俺は思わずページを閉じた。  いや、興味がないわけじゃないけれど。  なんかこう、生々しくって見てられなかった。  そうだよな……アルファもオメガも男だったら……そうだよな……そうなるんだよな……  わかってはいたけれど衝撃的だった。  千早がアルファで、宮田がオメガ。  しかもふたりは運命の番。  詳しく調べたら、運命の番は本能的なもので逆らえるものではないらしい。  ってことは、宮田は相当な精神力で千早を拒否した、ってことか?  番が決まれば辛い発情期を過ごさなくて済むらしいし、悪いことじゃなさそうなのに、なんで宮田は番を嫌がるんだろう?  まあそんなの、俺が気にすることじゃねえか……  図書館で時間を過ごし、五時近くになって俺は図書館を出て食堂へと向かった。  この時間ともなると、構内に人影は少ない。  食堂へ着くと、千早が窓際の椅子に腰かけ、中庭へと視線を向けていた。  外は徐々に日が傾き始め、あと一時間もすれば辺りを闇が包むだろう。  うろんげな空気を纏い、普段とは別人のようだ。  あいつ、あんな顔するっけ?  高校から知ってるけど、あんな顔知らねえ。  あいつの前にはコーヒーのペットボトル。  俺が歩み寄ると、千早は気が付きこちらを向いてにこっと笑った。 「琳太郎」 「わりぃ、待たせた?」 「いいや、ちょっと考え事してたから大丈夫」  俺は千早の向かい側に腰かけてそして、昼の事を尋ねた。 「で、宮田が運命の相手ってまじなん?」 「あぁ」  千早は頷き、そしてペットボトルを掴んだ。 「まさか本当にいるなんて思わなかった」  そう呟き、ペットボトルのふたを開けそれに口をつける。  まあ、確かに朝、運命なんてないかもしれないけどみたいなこと、言ってたしなあ……  本能的なものだから逆らえないとか、相手が拒否してる状況だと厄介だな。 「でも、彼には拒絶されたよ」  千早が深刻そうな声で言う。  うわ、こいつ、こんな声出すんだ。 「まさか拒否られるとか思わなかった。今まで口説いて落とせなかったことなんてないのに」  ちょっと今、すげーこと言った? 「そんな話初耳だぞ」 「お前が興味なかっただけだろ」  そう言われて、俺は高校の時をふと思い返す。  興味がなかったというか……そこまで気にしてなかったと言うか。  恋の話くらいはしていたと思うんだけどな。 「俺だって十八だぞ。そういうことくらいあったよ。まあ、コレジャナイ感が強くて長く続いたことないけど」  コレジャナイ感。  そうか、運命の相手じゃないから……ってことか?  それってめちゃくちゃ大変じゃね? 「俺は、本能的に運命の番の存在を信じていたんだろうな。だから誰と付き合っても駄目だった。それで今朝、やっと見つけたと思ったのに……」  ぐしゃり、と、千早は空になったペットボトルを片手で握りつぶす。  こいつ大丈夫か?  なんでこんな追い詰められたような顔してるんだ?  千早は顔を上げ、大きく目を見開いて声を上げた。 「運命の相手なのに、なのに拒絶するとか、あり得ると思うか? 思わないだろ?」  同意を求められても、俺は頷くことも否定することもできなかった。  だが、俺の反応など気にせず、千早はしゃべり続ける。 「昼休みからずっと考えていたよ。何で拒絶されるのか。運命の相手だってこと、彼もわかっているはずなのになぜって。『今はまだ、そういう相手を持つつもりはない』って、はっきりと言われたよ。夢でも見てるのかと思った」  千早は首を振り、また視線を下へと向ける。 「宮田が嫌がっててお前……それでもあいつのこと、欲しいって思うのか?」  そう問いかけると、千早はばっと、顔を上げ、大きく頷いた。 「あぁ、今すぐにでも手に入れて閉じ込めてやりたい。ぐちゃぐちゃにして、喘ぐ姿を見てみたい」  生々しい言葉に、俺は顔が真っ赤になるのを感じた。  え、千早がこんなこと言うの、まじ?  こいつこんなこと言うやつじゃないよな?  変わり過ぎて、俺は驚くを通り越して困惑していた。  本能が求める運命の相手の存在って、こんなにも狂わせるのか?  ……大丈夫か、これ。  襲うとか、しねえだろうな。  そこまで馬鹿じゃねえと思いたいけど……  俺は不安を抱きつつ、千早に言った。 「お前それで、その……どうするの、宮田の事」 「……幸い学部も違うし、顔を合わせることは滅多にないだろうから……大丈夫だよ。ごめん、変なこと言って」  まあ確かに。  入学して三週間、ふたりは顔を合わせてないんだもんな。  でも。  お互いの存在を知ってしまった今、避けきることができるんだろうか?  宮田は大丈夫だろう。たぶん。  でも。  千早は……なんだかやばそうな気がする。  俺は、頭を抱える千早の手に触れ、 「なんか駄目そうなら言えよ。まあ、俺じゃあ何の役にも立たねえだろうけど、話し相手位はできるし」  そんなの慰めでしかないことはわかっているけれど。  でもこんなことしか言えなくて。  千早は顔をあげず、 「ありがとう」  とだけ言った。

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