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第22話 気に入らない
日曜日。
午前中は課題に追われ、午後は千早に散々啼かされた。
やたらとうなじを舐められ、時には噛まれたが何でそんなことされるのかわからなかった。
そして、瀬名さんからは一日に一回、メッセージが届いた。
夕飯何食べたかとか、アレルギーはあるかとか、そんなとりとめのない内容ばかりだった。
そして水曜日。
夕方、バイト先に行くとロッカールームに瀬名さんがいた。すでに着替え終えていた彼は、俺を見るなり爽やかな笑顔で言った。
「おはよー、結城」
「あ、おはようございます」
軽く頭を下げ、俺はロッカーの鍵を開けて制汗スプレーを取り出す。
「ねえ、結城」
「おわあ!」
いきなり後ろから腰に手を回されて抱きしめられ、思わず叫んでしまう。
「な、な、な、なんすか、いきなり!」
「ちょっとねー気になってさー」
笑いを含んだ声で言い、瀬名さんは俺の首筋に顔を埋めた。
「あはは、超ウケる」
と言い、瀬名さんはすっと離れていく。
何なんだこの人。
振り返ると、瀬名さんは首に手を当てて笑っている。
「せ、瀬名さん?」
内心怯えながら、俺は顔を引きつらせて声をかけた。
「ねえ、結城。もしかして、気がついてないの?」
また何かわけわからないこと言ってるぞ、この人。
「何がですか?」
俺が問いかけると、瀬名さんは手で首を二回ほど叩き言った。
「ここ。あ、もしかして意味知らないとか?」
「……へ?」
わけがわからねーぞ。
俺の反応を見て、瀬名さんは首から手をおろしそのままその手を腰に当てる。
「そっかー、気がついてないし知らないのか」
「すみません、何の話かさっぱりなんですが」
制汗スプレーを握りしめたまま困惑して俺が言うと、彼は俺の目の前まで来て、俺の頬を両手で挟んだ。
顔をじっと見つめ、にまーっと笑う。
「土曜日の昼、暇だよね?」
「へ?」
何を言われたのかわからず、変な声が出てしまう。
「バイト前にお昼行こう! 十一時に、東口のコンビニ前で!」
「え?」
俺の返事を待たず、瀬名さんは俺から離れ、そのまま手を振り、ロッカールームを出ていってしまった。
……なんだ、あれ?
ひとりでなんか色々言って、ひとりで勝手に決めて行っちゃうとか、わけわかんねーんだけど?
俺は首をかしげながらスプレーをロッカーにしまい、エプロンなどを取り出した。
勝手に決められた土曜日の予定は、断る理由もなく、お昼位いいか、と思いそのままにしておくことにした。
正直、瀬名さんに聞きたいことが色々とあり過ぎるし。
なんなんだ、あの人本当に。
そんな約束をした状態で千早に会うのは何故か後ろめたい気がしたが、そもそも彼が俺のバイト先の様子など知る方法などあるわけないので、気にしない様にしよう。
そう思っていたのに。
木曜日。
夕方、千早と顔を合わせるなり、不機嫌な声で言われた。
「瀬名悠人」
一瞬何を言われたのかわからず、それが瀬名さんのフルネームだと気が付いたとき、思わず変な声が出た。
「へ? な、な、なんでお前が瀬名さんの名前知ってんの?」
「調べた」
憮然とした顔で言い、千早は腕を組む。
調べたってどういうことですか、千早さん。
「医学部の二年で、親は総合病院の院長らしいな。本人は小児科医を目指しているとか」
すみません、大半が初耳ですが。
「そ、そ、そうなんだ」
「お前のバイト先にいる唯一のアルファで、特定の相手はいない、と言うところまでは調べた。あと、住所と……」
「んなことまで調べたの?」
驚く俺とは対照的に、千早は当然、という顔をする。
「あぁ、当たり前だろう? お前に近づく相手の事、知っておかないと対処できないからな」
「対処ってなんだよ。勝手にわけのわかんねえ三角関係作ろうとすんなよ全く」
呆れて俺が言うと、千早は不服そうな顔になる。
表情がコロコロ変わるなこいつ。なんなんだまったく。
「お前は俺の番だ。誰かに手を出されるのは気に入らない」
「そんなのあるわけねーだろ。俺は一般人(ベータ)だ。普通のアルファが俺なんかに興味持つかよ」
すると、千早は下に視線を向けぶつぶつと呟き考え込んでしまう。
「……確かにそうか。でもこの間の匂い……」
なんなんだこいつ。
面倒になり、俺は千早の腕を掴んだ。
「おい、行こうぜ! 俺、早くお前んち行きたいの!」
すると、千早はばっと顔を上げ、嬉しそうな表情になる。
なんなんだ、いったい。
「そうだな」
と言い、俺の身体を引き寄せた。
そして、何かを確認するように俺の首元に顔を埋めると、低い声で俺の名を呼んだ。
「琳太郎」
「なんだよ、離せよ、こんなところでやめろよ全く」
身をよじると、千早は俺を抱きしめたまま怪訝な顔で言った。
「お前、また何かされた?」
「何もねえよ。あるわけねえだろうが」
まあ、後ろから抱きしめられたし、顔挟まれたし、なんなら昼飯の約束まで取り付けられましたが。
それを言ったらどうなるのかわからないので、俺は千早の言葉を否定する。
「押し倒されたりとかも?」
「んなこと、バイト先でやる馬鹿いるかよ」
なんでこうも発想が極端なんだ千早は。
「僅かだけど匂いがするから……んー、もしかして、そいつ、俺の事、挑発してるのか?」
「考えすぎだろ、ほら、いい加減離せ。視線が痛い」
ここは人通りの少ない裏門とはいえ、全く人が通らないわけではない。
女子学生がキャーキャー言いながら、俺たちの横を通り過ぎていくのは羞恥プレイでしかない。
千早は不服そうではあったが、身体を離してはくれた。
「そいつ、気に入らない」
「はいはい、わかったから、ほら、お前の家、早く行こうぜ」
まだ文句を言う千早の腕を掴み、俺は通りを歩きだし、千早が車を止めているコインパーキングへと向かった。
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