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図書館のお兄さん

本当はこんな場所、自分でも場違いだと思っている。学校の課題さえなければ図書館になんて通うことはなかった。 俺、司馬涼平は高校二年生になった途端、兄が東京の大学へ行くとかで一人部屋になったのを良いことに毎日のように朝方までネットゲームだとか、深夜番組だとかで睡眠時間を削りに削った毎日を過ごした。その結果、連日の遅刻により担任の逆鱗に触れて特別課題を課せられたという情けないオチ。どうせ言われただけではやらないと踏んだ担任は、この課題を提出しないと三者面談もしくは家庭訪問を実施すると全く持って慈悲の無い提案をしてきた。更に担任の専門教科が歴史社会で、課題内容も幕末期年表の作成。それも模造紙にでかでかと書いて持って来いときた。大作を期待された俺に課せられた期限は一ヶ月。担任曰く、文化祭でどこかに成果物として展示するから覚悟しておけ、だそうな。ぶっちゃけ、教科書パクればなんとでもなるだろうなんて思っていたけど、教科書を見てもサッパリだった。 そのため、滅多に通うこともない近所の図書館に自転車を飛ばして嫌々やってきたのだ。 「だいたい、年表って…やることがえぐいっつーの」 図書館に着くと、自転車を駐め中に入る。 まだ空調は涼しい風をフロアへ送り込んでいる時期だった。 入ると同時に本の独特な匂いが鼻をかすめる。あー、そうそう。こんな感じだったな。 皆んな静かにしていて人の邪魔をしないように、各々独自の世界に入り込む。嫌いじゃないけど、得意と言える雰囲気ではない。 とりあえず、使えそうな本を見つけることが先だと思って、何も考えなしに来た俺は筆記用具などの勉強道具は持参せず、文字通り体一つで図書館へ来た。キョロキョロと周りの本棚を見渡すが、滅多に来ない場所なだけあって全く本の探し方がわからない。分類とかも検討がつかないまま、上の棚ばかりをぼうっと見ながら歩いていると、前方に気を使っていなかったため、何かに思いっきりぶつかった。 「いった!」 思わず大きな声を出してしまい、やばいと思って慌てて口に手を当てた。 「ごめんなさい、大丈夫ですか?」 俺がぶつかったのは、返却と大きくマジックで書かれたワゴンの本をせっせと本棚に戻している男性だった。俺がぶつかったせいで、足元に本が散乱していた。 「いや、こっちこそごめんなさい。前見てなくて…。あ、えっと本、拾いますっ」 落ちた本を重ねて持ち上げると、ぶつかった男性はにこりと笑った。 「ありがとう。本当にごめんね」 俺よりも身長が高くて、少しだけ膝を落とされた気がしてちょっとだけイラっとした。 ありがとう、ともう一度言うとすぐに作業へ戻る。 「あの、図書館の人…っすか?」 「ん?あぁ、そうだよ。何か探しているの?」 しゃがんで本をしまっているため、俺を見上げる。よく見たら、綺麗な人だと思った。男性に綺麗なっていうのは何となく失礼だと思ったのだが、他に言い方が思いつかなかった。 「えっと、歴史の本なんスけど…」 すると、彼は立ち上がって先程よりも目をキラキラして近づいてきた。 「歴史、好きなの?」 さっきの綺麗な人っていうのは撤回したい。先程にはなかった強い圧を感じて、身じろぐと、俺の様子に気が付いたのか少し苦笑いをしながら、「歴史関連はこっちだよ」と案内を始めた。 話を聞くと、先程のお兄さんの名前は佐伯司といって、大学生バイトだった。茶色の髪はサラサラで、きっと学内で女の子に騒がられちゃう爽やか系イケメン。身長もすらっとしていてスタイルも抜群。それでいてこんなに綺麗な顔立ちで、笑うと綺麗を通り越して最早可愛いという顔。さぞかしモテるだろうな…。更に言えば頭も良く、歴史学を専攻し、将来は学校の先生になるのが夢らしく俺に課題のお勧めにと本を何冊か見繕ってくれた。こんな優しいスーパーイケメン、漫画の世界かよ…。 「幕末ならここからまとめるといいよ、ペリー来航から。この辺りにいろんな出来事があって明治に流れていくところだし。年号でまとめるといいかも」 楽しそうに参考書を開く姿は、本当に歴史の勉強が好きなんだろうというのがにじみ出てわかった。 「じゃあ、これが司馬くんの図書カードね。借りるときはこのカードと本をカウンターに持ってきて。あ、二週間の返却期限をすぎるとお家に督促状の葉書きちゃうから気をつけてね。返却はあっちのカウンターだよ」 白い細くて綺麗な指でカウンターを指し示す。カウンターより指につい気をとられてしまった。 「ありがとう、ございます…」俺はカードと本を受け取り、ぺこりと会釈をした。 「困ったら何時でもおいで。俺で力になれるなら協力するよ。人に教えること好きだし、何より歴史の勉強なら得意だし!それに司馬くんちゃんと話を聞いてくれるから教え子として文句ないし!」 兄にですらそんなことを言われたことがない俺は、すごく嬉しくて一瞬、こんなに喜ばれて逆に恥ずかしいとさえ思った。 「あの、えっと、佐伯さん」 「司でいいよ。司馬くんと同じ漢字だし、何か今日楽しかったし」 司さんはにっこりと笑う。 思わずドキっとした。 「じゃあ、司さん。俺、また来ます」 「うん、待ってるね。だいたいこの曜日と土日はここにいるから」 彼は笑顔を崩さずに言った。 もう一人の兄ができたような感じがして、照れ臭い感じもしたが、図書館から出た後はぼうっと司さんの笑顔だけが脳内で延々と再生された。 それから俺は毎週水土日の最低ニ日間は図書館へ足を運んだ。司さんを見つけると、声をかけずにそのままアイコンタクトで自習室へと移動する。最初は声をかけていたのだが、司さんの仕事を邪魔してしまうと思い、途中からは目配せだけで来てることだけを伝えていた。しかし、それでは気が済まないのか司さんは自習室に箒と塵取りを持って現れ、掃除をしながら俺に声をかけてくるようになった。 「お、結構進んでるね。あとどのくらい?」 「この辺りを纏めればそろそろ模造紙かなーってとこ。でも俺、字汚ねぇから展示されるとか本当無理…」 すると、司さんは俺のノートを手にとった。 「いやぁ、綺麗な字だと思うよ。全然平気」 司さんは感心したように、うんうん、と言いながら俺のノートを再びパラパラと捲る。 「よく纏められてるよ、頑張ったね」 また、にっこりと笑う。 この笑い方、本当に綺麗というか可愛いというか。これを見ると全身が熱くなる。指先からつま先まで全神経が司さんの笑顔に反応しているようだった。 「あ、そうだ。年表出来上がったら見に行きたいな。文化祭いつ?」 またあのキラキラとした目に切り替わり、俺の顔を覗き込む。 「言ったら来るから流石にダメ」 「えぇ!良いじゃん。協力したんだから俺だって見る権利あるよ」 良いじゃん、良いじゃん、を繰り返す司さん。まるで駄々っ子のようで、本当に歳上なのかと錯覚をする。 「司馬くん、お願いっ」 「わかった、わかったよ…そしたら、再来週の土日。シフト入れるなよ」 「え!良いの?じゃ、本当に行くからね?」 司さんの頬が少しだけ赤く染まっていた。 こんなに喜んでいるのを見るのは、初対面の時に歴史の本を探していると伝えた時以来だった。小声で「やったー!」というこの人を見て、不覚にも可愛いと感じた。 でもそれはきっと、初めての教え子の発表会に来るから緊張してるんだろうな。やばいな、ちゃんとしたのを作らないと。せめて司さんが「凄い!」と褒めてくれる物を作ろう。 次の日から俺は、先生に模造紙を早速貰いに行って年表作成を開始した。 文化祭前日に俺の完成させた年表を見て、担任は「よく頑張った」と、どえらいでかい声をだし、バシバシと俺の背中を叩いた。 そして、まさかの歴史コスプレ喫茶というわけのわからない自分のクラスの出し物のセット道具としてその年表が教室の一番後ろの壁にでかでかと貼り付けられたのだ。 落胆をしている俺をよそに、クラスメイト数人は「すげぇな」とか「お疲れ!」とか褒め言葉と労いの言葉を投げてかけていき、内心満更でもないなと思い始めた。 でも、よくよく考えるとこのクラスの出し物に司さんがくるわけで、更に言えばそのクラスにいる俺が変な格好をしている訳で…。見て欲しいものと見て欲しくないものを取り揃えてしまったと思うと、急に寒気がした。 次の日、俺の嫌な感じは的中した。 司さんは約束通り来てくれて、俺のクラスに来るやいなや、文学少年風の格好でいる俺を見てニコニコと笑顔で「凄い、似合ってるよ!可愛いなぁ」と感想を言った。スマホを取り出したかと思うと、パシャパシャと写真を撮り始める。可愛いとかそういう言葉を欲してる訳ではない俺は、少しだけ不機嫌になりながらも「こんなのじゃなくて、あっち見ろよ」と年表を指差した。年表を見た司さんはさっきのニコニコとは別の顔をした。 「司馬くん、凄いよ!凄いじゃないか!司馬くんは真面目だからちゃんと出来ると思ってたよ!」司さんは担任よりも興奮しながら、凄い凄いを連発。年表を端からきちんと見るために文字通り右往左往して教室の壁に釘付けになっている。 こんなに喜んでくれると恥ずかしい。 呑気にそんな事を考えていると、クラスの数人が「あのイケメン誰?」状態でざわつき始めた。 「ちょっと、司さん!騒ぎすぎ、皆見てるから」 教室からつまみ出そうと腕を引っ張るが、年表から視線を動かそうとしない成人男性は頑として動かなかった。 「嫌だよ、まだちゃんと見れてない!年表っていうのはこう、時系列に見ながらその時代の事件の情景を思い浮かべたりして見るのが良いんだよ」 「何言ってんだよ、本当にもうっ」 呆れて歴史オタク!と思わず突っ込みたくなる。こんなに釘付けになるなんて思ってもいなかったから、もっと綺麗な字でもっと間隔とか配置とか考えて書けばよかったと、今更後悔した。そして、ただでさえこの黙っていればイケメン学生。周りの人が騒がないわけがない。とうとう、動かないことを良いことにクラスの女子に囲まれて「司馬くんのお兄さんですか?」と、質問攻めにあっていた。 俺が司さんを引っ張り出せたのは、当番が終わる頃で、その頃には女子からも逃げ切れており、だいぶぐったりとしていた。試しに「一緒に回りますか?」なんて聞くと、顔を少しだけ赤らめたように見えた。 「え、良いの?司馬くん、彼女とかいるでしょ。俺はテキトーに回るから」 「彼女って…ったく良いから、そういうの。せっかく来たんだから案内するってば」 困ったようなハの字眉をしながら遠慮される方が気分が悪い。まるで本当にそんなことしないで、と言われているようだった。 「ありがとう」 吐き捨てるような言い方をした俺に対して、またあの笑顔でにっこりと笑う。今度はまた違う意味でこちらが困る。本当にこの人のこの笑う顔はずるい。見るだけで身体が熱くなっていくようだった。 「じゃ、まずこっち。俺は腹減ったから」 司さんの手の平を掴むと、そのまま正面玄関まで進んだ。何となく掴んでしまった手。 端から見れば手を繋いでいる様にしか見えないだろう…。何してるんだ、俺。 司さんは黙ってついてくる。 もしかして、文化祭で周りから見られて恥ずかしいことをしているのでは…。そう思ったが、外すに外せない。 というか、離したらきっと逃げられてしまうだろうし、むしろ俺が恥ずかしさのあまり逃げてしまうかもしれない。 でもこの人、一応男だから…と考えたが、振り切られるのも嫌で力加減を緩めるのも難しく、ただ冷や汗をかきながら廊下を歩いた。 正面玄関に着くと、外から中にかけて屋台の煙りから焼きそばやたこ焼きのソースが焦げる香ばしい匂いが充満していて、より腹の虫を唸らせた。俺は何事なかったかのように手を離すと、くるりと振り向いて声をかける。 「司さん、焼きそば食べよ…って、え?」 振り向いて司さんの顔を見ると、俯いて立っていた。体調が悪いのかと顔を覗き込むと、真っ赤に染めがりまるで茹でタコのようになっている。 「司さん、ちょっと…大丈夫?」 恐る恐る話しかけると、ゆっくりと首を縦に振る。しかし、どう見たって大丈夫ではない。 とにかく涼しいところへと思って、俺は再び司さんの手を取ると、校舎裏へ引っ張って言った。 「体調悪いなら言わないと、俺に気を使ってるんですよね…。だからさっき、俺の誘いを一旦断ったんでしょ」 司さんは校舎に寄りかかるように身体を預けてその場に座り込んだ。 そういうのは要らないのに。もっと頼って欲しい。歳下だからとかそんな遠慮しないで欲しい。 「そうじゃない、そうじゃなくて…ごめん、司馬くん」 司さんは震える声を絞り出しながら首を横に振る。 「じゃ、どうしたっていうの。顔真っ赤っスよ」 しゃがみこんで顔を覗き込む。目には流れていないが涙が薄っすらと見えた。 「司馬くんが…急に手を掴むから、ビックリして…歳上なのにドキドキしちゃって、恥ずかしいって思ったけど、振り切るのは嫌で…ちゃんとしなきゃって考えてたらカァーっとなっちゃって」 司さんは今にも泣きそうな顔をしていた。俺と視線が合うと、そのまままた顔を下に向ける。 「退いたでしょ、男の俺が少しでも君にドキドキしたから」震える声で司さんが話す。 何言ってんだ、この人本当に。俺の気も知らないで。 泣きそうで今にも感情が爆発しそうな司さんを見ただけで喉が唸る。涙の溜めた瞳なんて、ゴクリと生唾を飲み込む程に色気を感じた。 「司さん、俺さ。アンタの容姿を見て綺麗だとか、喜んでる姿を可愛いと思ったのは何度かあったよ…。だからきっとおあいこっス」 俺はしゃがんで司さんの顔を上げた。 潤んだ目と赤く染まった顔に体が疼いて、そのまま触れるだけのキスをした。 校舎裏にこの人を連れて、しかもキスまでしてしまって。俺はすでに取り返しのつかないことを仕出かした、そう思った。殴られても仕方ないと考えたが、理性は収まらない。触れるだけのキスだけでは物足りなくて、そのまま司さんの唇をわって舌を絡ませた。 「んっ、ふ」 司さんの声が耳に、脳に、全身に響く。次第にいやらしくなっていく水音はクラクラとするほど全身に響いた。 唇をゆっくりと離すと、トロンとした目をこちらに向ける司さんは乱れた呼吸を整えるのに必死だった。 「し、司馬くんっ…俺」 濡れた唇で喋る司さんに、ゴクリと喉が唸ってしまう。 司さんは俺の手を引き、もう一度触れるだけのキスをした。 離れるのが名残り惜しい。もっとしたい。もう一度、深くて甘いキスをしたい…。 「気持ちよくてもっとしたくなっちゃった…」 耳元で囁かれ、ブチンと何かが弾け切れる音が聞こえた。 俺は司さんの脚の間にわって入ると首筋から鎖骨にかけて舌を這わせて、時折吸い付き痕を付けた。 吸い付く度に啼く司さんにゾクゾクする。 更に司さんは恍惚した表情を浮かべて、手を俺のベルトへと伸ばしてきた。 「ちょ、さすがにここで最後までは…」 焦った俺は悪戯をする司さんの手を掴む。 「我慢できないよ…」 そう言って俺の手を払いのけると、そのままベルトを緩め、スラックスを少し下ろされ足を触られた。 太ももに息がかかり、ふくらはぎの裏からびりびりと刺激が伝う。 「つ、司さんっダメだって!ここ、一応学校だからっ」 出来る限り声を絞ったつもりが、触られるたびにピクンと跳ねて、上ずった声が漏れる。 気持ち良い触られ方は同性だからわかりきっているのか、それとも慣れているのかわからないが、膝から砕け落ちそうになった。 「でもほら、もう無理でしょ」 ニヤリと笑うこの表情にまたゴクリと生唾を飲む。俺の目がチカチカした瞬間に生暖かい感触が全身を痺れさせた。 目線を下に向けると、司さんが俺のを咥え舌を這わせている。驚きと、初めての快感が全身を駆け巡り、俺は訳も分からず司さんに向かって吐精していた。 「ごめん、調子に乗った…」 服を正しながら、司さんが俺に頭を下げた。 俺はふるふると頭を振る。 「俺が先に手を出したから」慌てて伝えると司さんは苦笑いをした。 俺は無理矢理してしまったことに応えてくれるだけで嬉しかったから。そんな顔してないで欲しい。 「いやでも、まさかここでやろうとしちゃったのは俺も思って無かったけど…」ボソりと言うと、バツの悪そうな顔をしたが、急に「あっ」と声を上げてぐいっと顔を寄せてきた。 「もしかして初めてだった?」 「うるさいなぁ、そんなことどうでも良いだろ…」 クスクスと笑う司さんはイタズラっ子の様に楽しそうに笑った。 良かった、司さんは笑ってくれていた。 安心しきった俺はそのまま司さんの手を握った。 「あの、司さん、俺」 「司馬くん、俺にもうキスしちゃダメだよ。俺、男の人に欲情しちゃうんだ。君は純粋に僕を慕ってくれていのに。君とはちゃんとした関係でいたかったな」 司さんは一気に喋ってその場から立ち上がると、「ごめんね」と言って去ろうとした。俺は払いのけられそうになった手をぎゅっと握った。 ここで逃したら本当にもう終わりだ。 「ちょっと待ってよ、司さんそれで良いの?調子に乗っちゃうぐらい俺のことで頭いっぱいになったんじゃないの?」 たぶん、更に力を込めて握ってしまったと思う。頭に血が上って、離したくない一心で叫んだ。 「だったら何…。司馬くんは俺で良いの?まだ高校生でしょ?彼女だってこれからできるかもしれない、ちゃんと恋愛できるのに。男の俺のこと構って時間潰しちゃダメなんだよ。君が道を外れる理由に俺はなりたくない」 ぴしゃりと言われて余計に腹が立った。この人は自分の気持ちを押し殺して俺のことしか考えてない。そこに一番腹が立った。何を言い返しても全部否定されそうで、やっぱりこの人はずるいと思った。 「さっきはただ嬉しくて、本当に調子に乗っちゃっただけだよ。ほんの少しの、この一瞬だけの気持ちなんだってば。気持ちで遊んでごめん」 言い聞かせるような言い方をする司さんの言葉が胸に刺さる。 この人は、本当にずるい大人なんだ。 「俺は司さんが良いんだよ。っていうか司さんしか無理。俺のことばっかで、自分のこと見ないんだから、俺がアンタを見てないで誰が見る訳。他の人になんか渡したくない」 握っていた手を引いて、俺は立ち上がっていた司さんを押し倒した。 「ちょ、司馬くんっ」 「その司馬くんっていうのももう飽きた。涼平で良いから」 俺は司さんを組み敷き、もう一度キスをした。 唇を離すと、司さんの顔は真っ赤に染め上がり、瞳は涙で潤んでいるのが分かった。 「泣くほど嬉しいならさ、何で離れるなんて言うの。一緒にいればいいでしょ」 耳元で囁くと、くすぐったいのか少しだけ肩がうごく。 「どうするの?」 煽るようにまた耳元で囁くと、小さな震える声で司さんが答えた。 「涼平くんと、いたい」 言った後に、顔を隠してしまう司さんは可愛いくて本当に離せられないと思った。 俺は答える代わりに司さんのおでこにキスをした。 「司さん、歴史以外って勉強見てもらえる?俺、今回色々やばそうで…」 あれから図書館に行く回数は減ったが、そ変わりに司さんの住むアパートに足を運ぶ回数が増えた。司さんは図書館からすぐ近くのアパートでひとり暮らしをしていて、身なりは綺麗なのに意外と掃除や洗濯に無頓着な部分があった。 「うん、良いよ。見れるところであればだけどね」 歴史以外って言うとテンションが上がらないのか、あのパタパタと尻尾が揺れる犬みたいで可愛いテンションは見せてくれない。 更に言えば、歴史以外のことになると本当に興味がないようで、この間の中間テスト前の勉強を見てくれた時は、途中で一人飽きてしまい、最終的に誘ってくる始末。実際、飽きているだけで教えられない訳では無いのに。 まぁ、俺も満更ではないんだけど…。 「司さん、飽きたらちょっかい出すのだけはやめてね。俺、今回マジでやばいから」 「わかったよ。しないから」 あ、これは拗ねたな。 少しだけ唇を尖らせる司さん。自室にいると図書館にいる時と全くの別人のようになっている。 素を見せてくれているという点では嬉しいことなのだが、こちらの理性との戦いも考えて欲しい。 「じゃ、数学から良いですか?ここの問題なんですけど」 「これはこの公式の応用問題。ほら、例題と日本語の言い回しが違うだけ。分かった?」 そう言いつつ、テーブルの向かいにいたのにわざわざ俺の横に座りなおした。 「司さん、近いんですけど」 「だってあの距離じゃ、涼平くんに触れないじゃん」 「邪魔するなら俺、帰りますけど…」 「なら余計離れないもん」 あー言えばこう言う。駄々っ子そのもの。呆れつつもそんな歳上に夢中になっているのは自分だ。 「じゃあ、もう良いです」 「え?やめちゃうの?今回やばいんでしょ?」 「とりあえず、アンタ黙らせてからにする」 司さん一番の弱点である耳元で囁くと、そのまま司さんは真横に倒れこんだ。 「涼平くん、降参っ…もう邪魔しないから」 真っ赤になって顔を隠すが、そんなことをしても煽るだけなのをいつになったら理解するのだろうか。 「本当に嘘が下手だよね」 司さんの耳たぶを甘噛みして、そのまま首筋に痕をつけた。 えへへ、と笑う司さんのほっぺをプニプニとつついて俺は身体を離した。 「え、ちょっ!お、終わり?」 「ゴムもないから終わり」 テーブルに向き直す俺の背中に抱きついて司さんがはひどい、いじわる、を連発する。 「いじわるじゃ無いってば」 すると、むくれ面のまま司さんはカバンを手に取ると玄関へ向かっていった。 びっくりして様子を見ていたが、靴を履き始めたところで声をかけた。 「司さん、どこ行くの?」 「コンビニ。ゴム買えばいいんでしょ?」 そう言い捨てて、部屋を出て行った。 そういうわけじゃないんだけどな、と溜め息をついたが、必死なあの顔を見れたのは貴重だと思った。 「帰ってくるまで勉強しよ」 あの人のことだから、無駄に走って帰ってきそうだけど…。

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