1 / 1
寂しいベッドから連れ出して
最悪だ。本当に、ついていない。
つい数ヶ月前、大学入学のために上京した俺は落胆した。住んでいたアパートの欠陥が見つかり、急遽退去願いが出された。幸いだったのは殆ど家具は無かった事と、都会に慣れなかったが故に衣類も田舎からキャリーバッグとダンボール二つ分ほどなぐらいだ。入りきらないものは一旦月額制の倉庫に運び込んだ。同じ大学に通う兄、翔平に事情を説明し、居候先が決まったのも不幸中の幸いである。こんな気温差の激しい季節に追い出されるとは思ってもいなかった。しかし、兄ももともと二人暮らしを想定して部屋を借りてはいない。ワンルームに成人男性二人はだいぶ狭く、むさ苦しいものだった。
「悠平、紹介したい奴がいるから今日五限終わり空けとけよ」
今朝の事だった。何時も通りに朝食を抜き、台所の換気扇の下で煙草を吸いながら翔平が言った。
「会わせたい人?」
「そう。まぁ、気にいるだろ」
兄はにやりと笑って灰皿に灰を落とす。
気にいるって、何がだろう。
翔平の会わせたい人……。もしかしたら彼女かもしれない。居るのは知っていたが、見たことは無い。まぁ、弟が家に居候しているとなると連れ込む事も出来ないだろう。もしかしたら合鍵を渡しているから急に鉢合わせした時を考えての事かもしれない。
勝手に色々と想像をしながら、俺は翔平に「分かった」とだけ返事をした。
五限目の講義が終わる頃、スマホにメッセージが届いた。通知を見ると翔平から待ち合わせの場所が送られてきているのが分かった。場所は大学近くのカフェ。講義が終わったらすぐ来るように、と書いてあった。
言われた通り、講義が終わると指定されたカフェに向かった。校門を出た通りを左に真っ直ぐ進んだところ、駅の反対側まで向かう。外観は一昔前の喫茶店にも見えなくは無いその店は昼はカフェ、夜はバーという経営スタイルの店だった。店の扉を開けると、カウンターとソファー席が五卓ほど見え、その一番奥に設置されているソファー席に、翔平ともう一人、誰かが見えた。赤茶色の綺麗な長い髪の人だった。俺の正面を向いて座っているのが翔平で、顔が見えない。そういえば翔平が昔から髪の長い女の子が好きだと言っているのを思い出した。
「あ、来た来た。悠平、こっち」
翔平が自分の横に座れと、ソファーを軽く叩く。
「お待たせしました」
ぺこりと頭を下げ、腰を下ろして目の前に座る人の顔を見た。
「初めまして」
はっと息をのんだ。にこりと笑った笑顔は眩しくて、綺麗だった。
「えっと、あ、く、九条、悠平です…」
緊張してどもってしまった。まさかこんなに美人とは。直視出来ず、翔平の方を見ると彼はまた朝と同じくにやにやと何か企んでいるような表情を見せた。
「アキ、こいつだよ俺の弟」
「うん、似てるね。でも悠平くんのが可愛い」
「悠平、こいつは鳴海晶。俺と同じ学部の三年。びびったろ。こいつ多分うちの大学で一番美人な男子学生だぜ」
「こんにちは、悠平くん。鳴海晶です。アキって呼んでね」
改めてぺこりと頭を下げた。男性と聞いて驚いた。綺麗に真っ直ぐ肩よりも少し下の方まで伸びた艶やかな髪は他の女子学生よりも手入れがされている。にこりと笑う、細い目と長い睫毛に、マグカップを持つ綺麗な手。光に反射して爪の先の艶が光った。言われなかったら同じ男だとは気がつかない。本当に綺麗な人だ。
ぼうっと彼を眺めていると、横から翔平に脇腹を突かれた。
「あんまり見てると食われるぞ」
「へっ!?」
「こいつ、魔女だから」
「翔平、やめて」
マグカップを口元に運びながらアキさんが言った。静かに嗜める感じが、またグッと来た。
「冗談だよ。で、悠平、ここからが本題だ。お前、アパート無くなってから課題だの何だので結局新居見つけれてないだろ」
「あ、うん。ごめん」
俺は頷いた。正直、大学生というものを舐めていた。高校の授業より長い講義に、専門用語で話す上に参考書を指定したが講義中は自作のレジュメを使用する教授。そして何より課題の多さ。たった数回の講義に対してのレポートで求めてくる字数の多さ。慣れない俺にはついていくのがやっとで新居など探している暇が殆ど無かった。
「俺は良いんだけどさ。ワンルームじゃやっぱり狭いだろ。そんで、その話をしたらアキが部屋貸してくれるって言ってさ」
「え?」
驚く俺にアキさんは、ふふふと笑った。
「つい最近、ルームシェアを解消したばかりなんだ。部屋余ってて家賃ももったいないなぁって思ってたとこでね。悠平くんさえ良ければうちにおいでよ」
「えっ、でも」
「広いぞー、こいつの住んでるとこ」
「でもそれって結構高いんじゃ…」
「大丈夫。折半したら翔平の部屋と変わらない家賃だよ」
聞けば家賃は十万で、俺が最近始めたアルバイトの給料が入るまで多少負担してくれるとのこと。それに大学までは電車でたった二駅。しかも駅近の高層マンション。こんな有料物件は願っても無い。
俺はすぐに飛びついた。翔平にもこれ以上負担はかけれないし、何より本当に狭かった。
しかし、こんな綺麗で優しい人とのルームシェアを解消する人なんているのだろうか。
とにかく、災難から始まった大学生活で一番の好機が来たと、その時は俺も舞い上がっていた。
引っ越しは次の土曜日になった。少ない荷物をまとめ、借りていた倉庫も解約し、翔平に手伝ってもらってマンションへ荷物を全部運び込んだ。
オートロックの玄関に、広いエントランス。田舎暮らしで実家の近くは土地が余ってはいたが、こんな大きなマンションが無いため、開いた口が塞がらないままエレベーターに乗って部屋まで行った。
「たまげたわ…。俺こんなとこ住んで良いのかな…」
「ラッキーだと思え。だから何があっても出て行くなよ」
「出て行くほうが無理だろ」
「さて、田舎者にここの空気は合いますかねぇ」
「翔兄ぃ、うるさい」
「悠平、ただのルームシェアだからな。それを忘れるなよ」
エレベーターが七階で止まる直前に翔平が言った。急に口調が真面目になる。
「え?」
「あー、甘え過ぎるなってこと。対等に、って言ったの」
そう言って、開ボタンを押しながら顎で俺を外に追いやった。
一瞬、何事かと思ったが、おふざけの延長なのが分かって、ムッとした。
荷物を降ろすと一番端の部屋の前でアキさんが待っていた。今日は先日と違ってラフな格好をし、髪を後ろに束ねている。立ち姿も綺麗で、その場で見惚れていると後ろから翔平にわざとぶつかられた。
「待ってたよ。あ、荷物運ぶの手伝うね」
アキさんは俺の引いていたキャリーバッグの持ち手に触る。少しだけ触れた指にドキッとした。
「静電気かな、大丈夫?」
手が触れた瞬間に、肩がピクリと上がったのを見られてしまったようで、俺は首を思いっきり振った。電気みたいなのが走ったのは確かだけど、静電気ではない。
「だ、大丈夫です!」
慌てて返事をするとまた後ろから翔平に急かされた。
案内された部屋は、玄関も廊下も十分な広さで翔平の住むアパートよりも人の出入りが楽そうだった。トイレと風呂は別だし、脱衣所もある。洗濯機があっても気にならないほどスペースがあり、収納棚まであった。
「タオル類はここに入れてね。こっちの棚は今何も入ってないから」
洗濯機のすぐ上にある棚の左扉を開けながらアキさんが言った。きっとその横はアキさんのタオルが入っているのだろう。絶対いい匂いがしそうだ。先程近づかれてわかったが、ふわりと香水の良い香りがしたのを覚えている。
これから毎日、だ……。
思わず口角が緩みかけ、邪念を急いで払った。
「こっちは俺の部屋で、ここ、悠平くん使って。ベッドあるからマットレス敷いて使って良いからね」
ベッドと簡易机だけの部屋に案内された。カーテンもつけられていて、文句の言いようがない。
「あ、ありがとうございますっ」
事前に宅配便で送っておいた重い荷物も運び込まれていた。倉庫に預けていたマットレスもその荷物に並んで置かれている。
「ベッドこれ、お前が用意したのか?」
「ううん。前の同居人が要らないってそのまんまなの。捨てるの大変だし悠平くんが嫌じゃなきゃ使って」
「ふぅん」
翔平は俺の表情を見て、ビニール袋入れられていたマットレスを出してセッティングした。衣類はひとまずキャリーバッグと段ボールのままでも良さそうだが、クローゼットもあるため、冬のコートやジャケットはハンガーに掛けて収納する。
明日あたりに衣装ケースを買ってこよう。
「荷物少なくてよかったな」
「うん。本当に必要最低限しか持ってきてなかったから……。今度実家に連絡して送ってもらわないと」
適当に荷物を出し、案内されたリビングへ行く。想像していた通り、キッチンカウンターの横にはテーブルと椅子が並び、大きなソファーの前にはお洒落なローテーブル。その正面には大きなテレビが木製の台。ハードディスクも付いていて、窓際に観葉植物が設置されている。
「ドラマの世界みたい……」
思わず心の声が漏れた。後ろで二人が吹き出したのが聞こえた。赤面しながら振り向くと、翔平の方は明らかに悪意のある馬鹿にした笑い方だった。
「本当、おのぼりさんだよお前。外でそんなこと言うなよ」
「一言余計だよ、クソ兄貴」
「あははっ。仲良いんだね。悠平くん、お昼食べたら食器とか見に行かない?」
「い、行きます!行きたいですっ」
食い気味に返事をするとまた笑われた。
あぁ、どうしよう。本当にこの人、何しても綺麗過ぎて……。
今までの恋愛対象は女の子だったけれど、男の人も有りだな、なんて頭の隅で思って、舞い上がっている。翔平じゃないが、ルームシェアであることをきちんと考えていかないと。
心の中で「対等に」と何度も繰り返したが、明日になったら忘れてしまいそうな程、浮かれていた。
お昼を近くのレストランで軽く済ませると、翔平はバイトがあるからと言って帰って行き、アキさんと俺の二人きりになった。
買い物中は終始ニコニコと案内をしながら、一緒に食器や日用品を選んだ。
「ねぇ、このマグカップ可愛いよ」
「あ、これ、悠平くんっぽいな〜」
彼が手に取って見せてくるれるもの全てが欲しくなる。
なんだろう、これは。本当に恋をした、と思う……。
相手は男でもアキさんは綺麗で、優しい。それに物腰柔らかな話し方がすごく良い。見ていて飽きないし、どんどん惹かれていく。
真っ当にルームシェアなんて出来るのだろうか…。
結局、勧められたものの殆どを買い込んでしまった。
アキさんが詐欺師とかだったら、今頃俺は怪しい壺を何個買っているのだろう。溜息をつきつつも、幸せいっぱいのまま彼の後ろを付いて歩いた。
あれから数日が過ぎた。
突然転がり込んでもう一週間以上は経ったというのに、アキさんの傍はなかなか慣れない。朝の挨拶から、夜のシャワー後まで一つ一つの仕草にドキドキしてしまう。
酷い時にはそれに欲情して、一人で夜中に自身を慰める。相手は男性で、俺の恋愛対象はずっと女の人だったはずなのに。こんなにも夢中に視線の先の彼を追いかけてしまうのは誤算過ぎた。
これはもう好き以外の、恋以外の何物でもない。確信して尚、悩みに悩んだ。
夕方、スーパーで買い出しをして帰宅すると、これから出かけようとしているアキさんと鉢合わせした。
「あ、お帰り」
「たっ、ただいまですっ」
「買い物行ってきてくれたんだ、ありがとう」
ブーツを履きながら彼が言った。
少し俺より高い身長が、そのブーツのせいでまた少し大きくなる。
「悠平くん。俺、今日遅いから夕飯は用意しなくて良いからね。適当に済ませてくるし、何時になるかわからないから」
「あ、はいっ」
アキさんはたまにこういう日がある。同じ大学生だけれど、バイトは何をしているのかわからない。けれど、羽振りが良い。きっと実家がお金持ちか何かで、仕送りとかがあるのだろう。うちとは大違いだ。
すぐに返事を返した俺にふふふと笑いかける。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ドアが閉まると、玄関に彼の香水が残り香としてふわりと浮かんだ。
その日の夜だった。
簡単な夕食を一人分用意し、自室で明日提出期限のレポートを仕上げていた。気づいたら数時間は没頭していて、ふと見上げた掛け時計の秒針はすっかり日を跨いでいた。慌ててシャワーを浴び、リビングで髪を拭きながらぼうっとテレビを見ていた。通販番組ばかりが流れるあたり、夜も深い。
洗濯が追いつかないため、時々アキさんのタオルを借りていた俺は、彼の使う柔軟剤の香りを楽しみつつ、片手間に濡れた頭を拭いていた。
そういえば、アキさん遅いな……。
あらかた髪の雫が拭き取れて、洗面所にドライヤーをしに廊下へ出ると、バタバタと玄関の方で音がした。
ドライヤーを付けたまま、洗面所から顔を出すと、アキさんが帰ってきているのがみえる。フラフラと覚束ない足取りで自室へ向かっていて危なっかしい。
「アキさん、お帰りなさい。大丈夫ですかっ?」
ドライヤーを切って、駆け寄るとへにゃりと気の抜けた笑い方をされる。
「ただいま……ごめん、ちょっと引っ張って」
脱力したアキさんは俺の方に頭を預けると同時に全体重でのしかかってきた。
ぶわっと香る香水とアルコールの匂い。相当な量を飲んだのか、それともただ弱いのか分からないが、適量は超えているだろう。それに体温も高い様に感じた。ともかく言われた通り、いつも綺麗な彼を引きずって彼の部屋のベッドまで運ぶ。
「ごめんね……ありがと」
「いえ……。あの、お水とかいりますか?」
「うん、ちょうだい」
電球が眩しいのか、アキさんは額に手を当てて言った。明るい部屋で見ると、アキさんの頬はほんのり赤くなっている。
キッチンの冷蔵庫からミネラルウオーターのペットボトルを取り出して、彼の部屋に戻るとぎょっとした。先程まで着ていたコートと上着を乱雑に脱ぎ捨てている。俺は露わになった彼の上半身を見ないように、薄く目を閉じながら近寄った。
「アキさん、水飲めますか?」
「飲ませて」
「えっ……あぁ、えっと」
キャップを開けてから渡そうとするが、首を振られた。
「そうじゃなくて、口で飲ませて」
「ふぇ!?」
身体中の熱が頭にのぼってくる。
な、何を言ってるんだこの人は……っ。
額に当てていた手を、俺の手に重ね、指を絡められる。熱くて細くて、すべすべしていて、じんわり滲んだ汗に喉が唸った。
アキさんの手は、俺の手首にするりと滑るように移動して、肘のあたりまでゆっくりと這うようにのぼっていく。背中にぞわりとする感覚と下半身に痺れが走った。
「ねぇ、はやく」
「あのっ、アキさ」
「はやく……欲しい」
近寄せていないのに、アキさんの吐息で脳がくらくらする。俺の中で何かが弾け、ペットボトルの水を口に含むと、勢いに任せてアキさんの唇に自分の唇を重ねた。
「……っんく、んっ」
彼の口内に含んだ水を流し込む。ゆっくりと動く喉の動きに合わせ、小さく篭った声が漏れていた。我慢できない俺は、そのまま舌で歯列をなぞり、ゆっくりと熱を持った彼の舌を搦めとる。鼻に抜けるアルコールの香りが催淫剤のように感じた。
「んぁ、ふっ」
息が苦しくなり、呼吸が乱れる。思わず離した唇と彼の唇には繋がっていた証の様に銀色の線が伝い、ぷつんと途切れた。
涙を浮かべ、呼吸を整えながら俺を見上げるアキさんは今で見てきた何よりも興奮する。もう一度、かぶりつきたくなって、顔を首元へ近づけると、いつものふふふ、という笑い声が熱い息と共に耳に入った。
「悠平くん、キス……じょおずだね」
「あ、あのっ、いきなりごめんなさい…」
我に返って謝った。そうだ俺、何をしてるんだ…今、何をしようとしたんだ……。
冷静になろうにも、高まった感情は抑えられない。心臓はまだやけにうるさくて、さっきよりも強く彼を求めている。
「待ってね、準備するから……」
悟られたのか、アキさんはベッドの横にある引き出しから小さな箱を取り出した。なんだかはすぐにわかった。俺はそれを見てゴクリと唾を飲み込む。
「さっき、解したから……すぐ入ると思う」
さっき、とはいつのことなのか。しかし、彼の行動を目で追うのが精一杯で考えることができない。箱から取り出したコンドームを持って、俺の下半身に顔を近づけ、手を伸ばしてきた。シャワー後だった俺の格好はスウェットだったし、少し腰のゴムを簡単にずらされ下着を下される。思わずひゅっと声が出たのを、アキさんは静かに笑って揉み消した。
「少し冷たいかも」
息がかかる。温い空気と冷たい感触が俺の下半身に一緒に触れた。
「まっ、待って。アキさん、俺っ」
「ダーメ、待てない。それに悠平くんのここ、もう破裂しそうじゃない」
ちょんと指先で突かれ、肩の方まで刺激が走った。俺の顔を見てクスリと笑うと、アキさんは仰向けに寝転がった。膝を立てて脚を開く。
慎重に昂ぶった先端を当てると、アキさんは物欲しそうに喉を鳴らして俺を見上げる。
「い、良いの……?」
ドキドキしながら、訊ねると、ゆっくりとアキさんが頷いた。
「悠平く…んっ」
ゆっくりと、中に押し当てると、狭いところを強引に押し分けるように入り込んでいった。
「……っ、んっう、あっ」
熱くて、ぬるぬるで、繋がったところから融けそうだった。アキさんの声は甘ったるく耳に響く。その声をもっと聞きたくて、深いところまで達したところで動きを止めて、アキさんの性器に手を伸ばした。
「あっ、やぁっ……んふぁ」
ローションをかけたわけでもないのにぬるぬると濡れていて、根元から先端へと優しく撫でると、腰が揺れる。アキさんが達しそうになるところで止めて、また触れて…。何度も何度も焦らしてみると、アキさんは半泣きで俺を見上げていた。
「イかせて……くれないのっ」
その表情は、ずるい。俺の方が先にいってしまいそうになる。その顔が更に俺を欲情させ、アキさんの唇を塞いだ。
「ふ……っんぁっ」
卑猥な水音が部屋に響く。中を塞いだまま、また性器を撫で、空いてる手で乳首を摘んだ。触るたびにアキさんはベッドの上で身体を跳ねさせる。
「あっ、ん、ゃあ」
「アキさん……っ、可愛いっ……」
熱っぽい声で呟くと、アキさんが俺の首に腕を回してきた。
「おねっ……がいっ……も、いき、たいっ」
俺の中でまた、何かがプツンと切れる。耐えきれなくなり、アキさんの腰を掴んで動いた。深いところを擦り、浅いところも擦った。
「あっ、んぁっ、そこ、そこっや、熱いっ」
「アキさんっ、ここ?」
「だめっ、や、だめ……あっ、出る……っ!」
「っ、あ、俺も、だめっ……アキさんっ!」
アキさんが反応したところを突くと、身体の奥底から熱と快楽を引っ張り出されたように、二人してびくんと波打って震えながら精液を吐き出した。
大きな脱力感がどっと溢れて大きく息をついた。ずるりとアキさんの中から出ると、締め付けられていた感覚が消える。
アキさんはぐったりとしながら乱れた呼吸をゆっくりと整えている。
「ん……はぁ……お水、まだある?」
「え、あっ、はい」
サイドテーブルに置きっ放しにしていたペットボトルを渡すと、今度は口を付けて一人で飲んだ。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「え…?」
何で謝られるんだ…?
「それにしても……えっち、上手だね。クセになりそう」
アキさんは汗ばんだ手で俺の頬を撫でた。
「あの、アキさん、俺っ」
「悠平くん、俺疲れちゃったから……。もう寝たい。ごめんね。おやすみ」
そう言うと、アキさんは俺にペットボトルを渡して俺に背を向けてベッドに寝転んだ。
「あ、はい……。おやすみ、なさい」
言いかけた言葉を見失った俺は、彼にシーツをかけて部屋を出て行った。
次の日、朝起きるとリビングに行く足が重かった。昨日の今日で顔を合わせづらい。物音がしているからきっとアキさんは起きてきている。
昨日は全然眠ることもできなかった上に、部屋を出るに出れなくて、自室をうろうろともう何周目だというぐらいだ。時間はどんどん経つばかりで、すでに支度をして終えていないと講義に間に合わないというのに、こうも思い切りが出ない。
顔を合わせない方が気まずいだろう、そう思って廊下までは出るのだが、リビングからの物音に負けて先程引っ込んでしまった。
しかし、こんな時でも腹は減る。人間は全く面倒な生き物だ。
こんな時こそ、我慢しろっつーの……。
数分の葛藤の末、結局空腹に負けて部屋を出る。
リビングのドアに手をかけ、ゆっくりとと開けると、バスタオルで頭を拭きながらコーヒーを飲んでいるアキさんと目があった。
「あ、おはよう」
「お……はようございます…」
昨日の今日だから、目も合わせ辛い。
アキさんのあの表情がチラついて今朝も勝手に下半身は反応を示したのだ。目をぎゅっと閉じて、冷蔵庫まで行く。マグカップに牛乳を注いでレンジにかけた。
「ホットミルク?今日は随分ゆっくりなんだねぇ」
振り向くと、アキさんが立っていた。驚いたのと、昨日のことも重なって直視が出来ない。
「その……寝坊してしまって」
「あぁ、そっか」
ふふふとまたあのいつもの可愛い笑い方をする。
「昨日、凄かったもんね」
耳元で囁かれ、首が竦んだ。近づいた吐息と唇が耳たぶを掠め、くすぐったい。シャンプーの甘い香りが鼻を抜ける。
「おはようのキスしても良い?」
「えっ、いや…あの、アキさん」
「ん?」
頬にキスをされる寸前に呼び止めた。
「アキさんはその……恋人とかいるんですか?」
「気になる?」
「はい」
そりゃ、だって……。あんなことしてしまった手前、おかしなことを聞いているようだがやはりそういうのははっきりさせておかないといけない気がする。それに、こんなに綺麗な人に相手がいないなんて考え付かなかった。
アキさんはまた顔を近づけ、今度は頬にキスをした。
「ナイショ」
クスクスと楽しそうに笑って、アキさんはまたリビングのソファーに戻って行く。ふわりと移動して歩く彼はやっぱり綺麗で蝶々みたいだと思った。
「アキさん。俺が貴方を好きだと言ったら……どうしますか?」
思っていたことを口に出してしまっていた。
アキさんはこっちを見ている。
ヤバい、どうしよう…えっと……。
「……嬉しい」
いつも以上に綺麗に微笑まれ、心臓が止まるかと思った。全身の毛穴が発汗するのを感じ、鼻息が荒くなる。
「あ、あのっ」
言い方途端、電子レンジの温めが終わった合図で現実に引き戻され、慌てて取り出したマグカップはやけに熱く、大きな声を出してしまった。
運ばれたホットティーを一口飲んだ頃、カフェの扉が開いて、翔平が入ってくるのが見えた。
「よぉ。久しぶり」
翔平にあったのは本当に久しぶりだった。なんだかんだでバイトや講義で会う時間が取れなかったため、一ヶ月は経っていた。
「話って何だよ」
呼び出したのは俺。聞きたいことが山ほどあった。
「アキさんのことなんだけど」
「あー……。お前、何かされたか?」
「何かって……例えば」
「キスとか」
「ごほっ」
噎せてしまった。これではありました、と白状しているようなものだ。恐る恐る翔平を見ると「あーあ」と声を漏らし額に手を当てている。
「やっぱりか」
「やっぱりって……なんだよ」
「好みのタイプ、真逆だったはずなんだけどなぁ……」
翔平は大きく溜息をついた。なんだっていうんだ、そんなあからさまに。
「振られて誰でも良くなったってのは本当かもな……」
「は?今なんつった?」
翔平はグラスに入った水を一口飲み、深呼吸をする。
「あいつ、ルームシェアしてたって言ってただろ。その相手、前の彼氏だって言ってたんだよ。お前と真逆のタイプの。浮気症で、出ていかれたって言ってて」
「あのアキさんが?振られた……?」
「そうだよ。てか、あのって何だよ、あのって」
「あんなに綺麗な人なのに?」
「綺麗っていうか、まぁたしかに綺麗だけど。あいつもあいつで問題があるんだよ」
は?あの人のどこに問題が……?
分からない、という表情をしていたせいか、翔平はさっきよりも大きく深い溜息をついた。
「何だよ」
「お前、俺言ったよな?『ただのルームシェアだ』って。あいつな、振られてから誰とでも寝るって噂があって。俺はあんまり信じたくはないんだけど。ホテル街で夜遅くに男と歩いてるのを見たって人とかいるから」
夜遅くに……。
なんとなく、バラバラだったピースが頭の中でかちりと合わさっていく気がした。
あぁ、時々夜遅くに帰って来るのって……。
だからあの時、『さっき解した』なんて言ったのか。そうか、じゃあ、あの日も誰かと寝た後だったってことか……。
考えるのをやめたいのに、どんどんピースがハマっていく。深夜帰宅、朝帰りなんてざらだった。あの人はてっきり夜勤バイトをしているものだと思っていた。時々していた別の香水の匂いは、全く知らない男の人の匂いだったのか。
なんだ、そうか……。俺もきっと、その辺の一部だったんだ。じゃあ、なんであの時彼は「嬉しい」なんて言ったんだろう。あれはリップサービスというやつなのか。
ずしんと、胸に何かがつっかえた。違和感はあるのに咽せることもできない。無性に息をするのが、苦しくてたまらない。
「悪かったよ、俺もその……お前にまでちょっかい出すとか思ってなくて」
翔平のその言葉を聞いて、何かが溢れた。喉のあたりが熱くなり、頭痛と一緒に涙が溢れた。
「お、おいっ!泣くなよっ、つーか、えっ?何、お前まさか」
「うるさいっ……翔兄ぃ、うるさいっ」
嗚咽が込み上げてくる。苦しい、痛い。胸が熱い。目の前で狼狽えながら兄は鞄からポケットティッシュを有るだけ引っ張り出して俺の手に握らせた。
「とにかく、拭けよ……。ごめんな、俺ももう少しあいつのフォロー上手ければ……」
フォローって何だよ。自分だってアキさんのこと綺麗な人だって認めてるんだから、フォローなんかしたら……翔兄ぃだってきっと……!
嫌なことしか浮かばない。
自覚して、気がついて、傷ついて。
確かにあんなに綺麗な人が田舎から出てきた俺を好きになる訳がない。ただそこに居たから、手を伸ばされただけだったんだ……。
ふとスマホが鳴った。
表示された通知を見ると、メッセージの送り主はアキさんで、今日は遅くなる、という連絡だった。
あぁ、またか。きっと、この後は……。
やっぱり最悪だ。付いていない。上京していい事なんて全然ない。本当に、最悪だ。
『今日は帰ってくる?』
『すみません、今日は友人の家で課題をやる約束をしました』
『そっか。分かった。明日は?』
『課題次第では帰れません』
『わかった、頑張ってね』
顔を合わせ辛くなって、アキさんのいる時間帯にマンションへ帰るのが億劫になった。
電話であの声を聞けば、気持ちが高ぶってまた涙が溢れそうになる。できたのは簡単で素っ気ないメッセージのやりとりがやっとだった。
学年も学部も違うため、同じ大学でも滅多に会わないのが幸いだった。
どんな顔をして彼に会えばいいか分からない。自分は彼の恋人でも何でもないのに、勝手に近寄って、勝手に離れただけなのに。
もしかしたら傷ついているのは俺じゃなくてアキさんかもしれない。
それでも考えれば考えるほど辛くて、苦しい。
恋なんてしなければよかった。最初にもっときちんとしたアパートを見つけていれば、こんな事にはならなかった。全部自分が悪い。そうだ、自分が悪い。
追い込むだけ追い込んだ。彼のせいにはしたくなくて、そもそもの元凶は全部自分だと言い聞かせた。
しかし、泊まる所は殆どもう無い。翔平を頼りたかったが、今日はすでにバイトに出てしまっているし、あの人がどこでバイトをしてるのかを聞いていなかった。
アキさんにはあんなことを連絡していたが、泊まりに行く程仲のいい友人なんて居ない。サークルにも属さず、一人で行動をすることが多かった俺は、グループワーク以外で殆ど同学年とも話す機会が無かった。数人仲の良いやつも居たが、つい最近やっかいになったばかりでもう一度、と頼むのが気が引けてしまった。
ふらふらと学内の図書館に向かって歩く。とりあえず課題があるというのは本当だったから、参考資料でも探しに行こう。
どうせ、夜になったらあの人は出掛けて行くんだろうし。朝早く家を出ればきっと合わないで済むだろう。
適当に本棚の間をふらふらと歩いた。印刷の匂いに混じって、日に焼けた紙のつうんとした匂いがする。本を探しているのに、頭の中はやはりアキさんでいっぱいだった。本当は会いたい。会ったら辛いけれど、やっぱり会いたい。あの夜に抱いたからって、距離が近づいたと思っていたのは俺だけだけど、それでも良いと思ってしまった。
溜息が出て、嫌になる。高校を卒業して、こんなに女々しくなるなんて思っても見なかった。
結局、閉館時間まで図書館で時間を潰した。夕食は簡単にファーストフード店で済ませて、久しぶりにアキさんのいるマンションに戻って来た。
外から見て、電気はついていないように見える。きっと、やっぱり出掛けているんだ。
オートロックを解除して、エレベーターに乗る。久々でドキドキした。
七階で降り、一番奥の部屋へ向かう。鍵を開け、ゆっくりとドアを開けた。思っていた通り、部屋は真っ暗だ。玄関の明かりをつけ、靴を脱ぐ。物音を立てないように、全ての動作に神経を張り巡らせる。泥棒をしているみたいで何となく嫌な感じだ。そろりそろりと足を運び、自室のドアを開けた。
「……あれ、帰って来たの?」
暗い部屋の電気をつけると、俺のベッドに横たわっているアキさんがいた。
「な……なんで、ここに」
「悠平くんのこと考えてたら寂しくなっちゃって……。ベッド、勝手に寝転んでごめんね」
俺は首を振った。
俺のことを考えていた、何で?
気にしないように、荷物を下ろす。きっと、気まぐれだ……期待なんてしてはいけない。
「課題は終わったの?」
「終わりました、その……えっと」
「うん、いいよ。ゆっくりで」
急にアキさんを目の前にしたら、どもってしまった。久しぶりで何を話せばいいかわからない。いつもこの人と話すときはどこを見ていたんだっけ。どこを見たら普通に喋れたっけ。
焦りで言葉が出てこない。
アキさんは待っていた。ベッドに座って、俺を見上げている。
「あの、アキさんは……まだ、前の方を想ってるんですか」
「え?」
変な聞き方をしてしまった。まるで、今は自分の恋人だろうなんて言い出しているような、勘違い野郎みたいな、そんな言い方を。
困らせたい訳じゃなくて、そうじゃないのに。
「えっと、ごめんなさい。聞き方が、その」
「俺の元カレのこと、翔平から聞いたんだ?」
誤魔化せなくて、頷いた。誤魔化す必要も無かったけれど。
「もう、吹っ切れてるよ。でもね、やっぱり寂しいんだ。あんなに一緒にいたから」
「だからって」
「そういう生き方が良いとは思ってないけれど、そういう事でしか上書き出来ない人もいるんだよ。君だってそれを分かってて、利用された」
泣きそうな顔をして俺を見上げる。そんな顔、見たい訳じゃない。
「利用って……だから、あれは俺も」
「俺が誘ったから、でしょ。悠平くんは優しいね」
眉をハの字に寄せる。だから、そんな顔はしてほしくない。
「でもね、あの時久しぶりに優しくしてもらえたから……忘れられなくて。好きだって言ったらどうするって聞くくせに、それなのに、君は全然帰って来ないんだもん。嫌われたかと思っちゃった」
アキさんが腕を伸ばして俺の手を取る。手のひらを重ね、指を絡ませた。
あの日、抱いてしまった後にもしかしたらアキさんには別の誰かがいるのではと思っていた。
「誰かに抱かれた俺だって知ったら……俺を好きとは言ってくれないの?」
「そ、そんなことっ、ない」
「ほんと?」
ベッドに腰を下ろして、絡んだ手を引きそのまま抱きしめた。少し冷えたアキさんの身体が熱を持ち始める。
「アキさん、俺がこれから毎日ちゃんと帰って来るし、ご飯もちゃんとやります。だから、もう誰の所も行って欲しくない……っ」
アキさんの手のひらがぎゅっと俺の手のひらを握り返した。
「うん、もう行かない。もう行かないから……だから、俺だけの傍に居て」
「……はい」
視線がぶつかって、目を閉じる。引き寄せ合うように近づいた唇が重なった。
触れるだけのキスをし、唇から離れると、物足りなそうに俺を見上げる。
「今日はその、一緒に寝るだけでも良いですか……」
「え、なんで」
「アキさんのこと大事にするって決めたから、そんな気軽に抱く男にはなりたくない」
「それ、気軽に抱かれてた俺への当てつけ?」
怒って膨れた顔が可愛い。うっかり口にしそうで一度言葉を飲み込む。
「違くて。これからは俺しか抱かないし、今日はゆっくり二人で眠りたいんです」
少し強めに抱きしめると、納得してくれたのか、俺の首に腕を回してそのままベッドに倒れた。第一、こんな綺麗な人を抱くのはだいぶ緊張もする。
「わかった」
ふふふと、アキさんはまた可愛いく笑う。顔にかかった長い髪を払って、頬と額にキスをした。
「でも寝る前に、シャワー浴びて来ます」
「一緒に入る?」
「なっ」
「あはは。冗談だよ。悠平くん可愛い」
ドキンとした。一緒でも良かったのに。
でも明るいところで彼の裸をみたら、もっと我慢なんて出来ないとも思った。
アキさんと初めて一緒に大学へ向かった。
いつも、通学時間がすれ違っているため、同じ部屋に住んでいても彼が何限に何の講義を受けているのかは全く知らなかった。学部は違うが、彼は三年ということもあって他学部の講義を選択することもできる。
まぁ、俺と同じ講義を受けていたとしたら、俺が気付かない訳がない。
「あ、俺こっちだ」
アキさんが別館を指差した。通りで見ない訳だ。一年生で選択できる講義に、別館の教室で行なっているものはなかった。
「今日は何限まで?」
「四限で終わりです。その後バイトなんですけど」
「なら、お昼は一緒に食べよう。翔平も誘ってみるから」
アキさんはふにふにと俺の手のひらを揉み出す。手を繋ぎたいのかと思ったが、そうではなさそうで、繋ごうとするとそれを制する。
「少し離れるだけだけど、充電なの」
照れ臭そうに笑って、手をパッと離した。
なんだよそれ、急にそんな態度…可愛すぎてどうにかなるだろ。
「それじゃあ、昼休みに食堂で」
「うん。またあとでね」
抱き締めたいのをぐっとこらえて、俺は彼の背中を見送った。
講義中はアキさんのことで頭がいっぱいで、授業に集中することが出来なった。ノートがこんなに上手く取れないことは今までにない。ぼうっとして、視線の先にはそこにいたとないはずのアキさんの姿が見えてしまう程。
昼休みが待ち遠しくて、時計をちらちらと見るが、そういう日に限って全然時間が経たない気がした。
講義が終わって、食堂へ向かうと翔平とアキさんがすでに座っていた。
とりあえず、何か買ってから向かう事にし、食券を購入して列に並ぶ。麺類コーナーの醤油の匂いが鼻をかすめて、腹の虫が鳴いた。
最近、少しバイトを頑張っていたため、今日はいつも遠慮していた日替わり定食を頼んだ。トレーを持って、翔平とアキさんのいるテーブルへ向かおうと席の方に身体を向けると、そのテーブルに見知らぬ男性が座り込んでいるのが見えた。
なんだあいつ、アキさんに……近い。
距離感が馬鹿になっているその男は、アキさんの横に座って肩を抱いている。アキさんの表情は曇っていて、見るからに不快そうだ。
なんだ、なんであんな気軽に触れるんだ……。
「あの…」
足早にテーブルまで向かい、翔平の横の席の前に立った。アキさんの目はまん丸く見開いている。翔平の苦笑いと知らない男の笑った顔が癇に障った。
「どーも。どなた?」
「俺の弟」
男の質問に翔平が答えた。
「ふーん」
値踏みされているようで良い気がしない。アキさんの表情もまた曇っている。嫌がっているのが明らかに分かるのに。さっさと離れてくれないかな、この人。
「恭二、もう良いだろ。アキから離れろ」
翔平がため息混じりに言った。
大学生の距離感はたしかにおかしいが、彼のそれはただ不快で、こっちの気分が悪くなる一方だ。
「何でだよ、いいだろ俺ら付き合ってるし」
「もう付き合ってない」
「アキ、何度も言ってるだろ。俺たち別れ話は一度もしてない」
アキさんが恭二さんを睨んだ。
この人、もしかして。
「恭二、離れて。俺もう嫌だよ、キミに振り回されるの本当に辛い」
「はぁ?振り回されたのはこっちだっつーの。浮気症はお互い様だろ、お前だってホテルで別の男と寝てるの知ってるんだからな」
ここが大学の食堂であることを忘れているのか、恭二さんは大きな声で言った。幸い、座席が窓際の奥側だったから目立っことはなかったものの、周囲からは不審な目で見られている。
「もう、そんな事してない」
「してたのは認めたな、この浮気者」
アキさんの眉がピクリと動いた。
「恭二、本当にいい加減に」
「翔平は関係ないだろ。アキ、家で話そうか。こいつが居ると全然話進まねぇ」
「やだってば。話すことはないし、それにもうあの部屋は恭二の部屋じゃないっ」
アキさんが恭二さんの手を振り払う。爪が当たったようで、恭二さんは顔をしかめて手の甲を押さえた。
「アキ、てめ」
カチンときたのか、アキさんの肩に恭二さんの手が触れた。
ここまで我慢した俺はもう限界だった。
気がついたら定食と一緒に持って来ていたコップ一杯の水を思いっきり恭二さんに向けてぶちまけた。
「ちょっ、悠平くん…っ!」
「てめっ、何すん」
「離してください、その手」
アキさんの肩に触れる恭二さんの手を睨んだ。
「お前に関係ないだろ。これは俺とアキの問題なんだよ」
「関係ありますよ。今、アキさんは俺と暮らしてるんですから」
「は?」
食堂がざわつき始めた。そりゃあれだけ大きな声を出されたら気がつかないわけがないだろう。外も雨は降っていないのに、びしゃびしゃに濡れた男が騒いでいるのだ。
「俺は聞いてない」
「言ってないよ……。恭二は出て行ったんだから」
「あれはアキが俺を勝手に追い出したんだろ。ほとぼりが冷めた頃に帰ればって、それで」
「帰ってくるのが遅いんだよ」
アキさんは掴まれていた恭二さんの手を離した。
「恭二、俺もお前もダメなところは変わってないよ。でも俺はもう寂しいからって他をあてにしない。キミにもそういう相手が出来れば良いと思ってるから」
アキさんは鞄を持って俺と翔平に静かに「行こう」と言った。
食べる前にダメにしてしまった定食がもったいなくて、俺は食堂のおばちゃんに無理を言って持ち出せるよに紙皿にのせてもらった。
「ごめんね、悠平くん。お昼こんなにして」
俺は首を振り、割り箸で紙皿に移してもらったご飯を突いていた。翔平は横で盛大に溜息をついた。
「まさかあそこで恭二に出くわすとは……」
「うん」
「翔兄も知り合いなの?」
翔平は少し言いづらそうに頬を掻いた。
「恭二は、俺が大学に入学して初めてできた友達だったんだよ。そこでアキとくっついたんだけどさ」
「たぶん彼は普通の恋愛を結果的に望んだだけだよ。浮気相手は全部女の子だったし」
寂しそうにアキさんが言った。
きっとこの人は、本当に恭二さんが好きだったんだ……。それが分かって胸がちくりと痛む。
「でももう吹っ切れてるから。あの部屋に恭二は一年も帰って来てないし、俺も性悪だから鍵も変えたし荷物まで片付けちゃったし。だから、心配しないで良いよ」
にこりと笑ったアキさんの顔はやっぱり少し泣きそうで、辛そうだった。
バイトが終わって、帰宅すると、リビングの明かりがついていた。以前であればアキさんが出かけている曜日でもあったが、今日は家に居たらしい。
「ただいま」
「あ、おかえり」
にこりと笑ってソファーから立ち上がった。「丁度お茶のお代わり淹れようとしたんだ。悠平くんも飲む?」
「はい」
鞄を置いて、アキと一緒にキッチンに立った。ふわりとシャンプーのいい香りが漂う。お風呂、入った後なんだ……。
すんすんと鼻を鳴らしてしまったのに気がついたのか、アキさんは俺を見て笑った。
「悠平くん、今日はごめんね」
「え、いえ。あ、でも、あの人が使ってたベッドに寝てると思うと……。今日から夢見が悪そうで……」
「あー…。そうだよね……。気が回らなくて、ごめん。暫くかわろうか?」
俺は首を思いっきり振った。
あの人が使っていたベッドに一番乗せたくない人を寝かせてたまるか。でも、この間、俺がこっそり帰って来た時に俺の部屋のベッドで寝っ転がっていたのは……。いや、そもそも何で処分しなかったのだろうか。
聞くに聞けなくて、喉まで出かけて飲み込むと、やかんのお湯が沸騰し始めた。
「今、何でとっておいたんだ、って思った?それともまだ未練たらたらかよって思った?」
「……あの」
「当たってるんだ?」
「はい……」
「悠平くんは素直だよね。まぁ…正直なところ、取っておいたのは、すぐに帰って来るかもしれないって思ってたから。部屋の物は帰って来なくなってしばらくして少しずつ片付けたんだけど、重いし最後で良いかなーって。それにふらっと帰って来た時に俺のベッドにはもう入れてあげる気は無かったし、かといって追い出せるほど力もないからね。それでそのままにしてたの。翔平が悠平くんを紹介してくれるまであの部屋も全然開けてなかったし……最近は忘れかけてたんだ」
柔らかい声でアキさんは喋った。
やかんの火を止めて、紅茶の茶葉が入ったポットにお湯を注ぎ入れる。ふわりとアールグレイのいい香りが広がった。
「ま、結局帰って来なかったけどね」
俺のマグカップを棚から出しながら笑って言った。
「帰って来てほしかったんですか?」
「そりゃ、最初はね。ずっと待っていれば……って思ったけど大学で見かけた時、女の子と楽しそうだったのをみたらさ。なんかどうでも良くなったのは覚えてるよ。今はもう全然。鍵変えたあたりから吹っ切れちゃったな」
二つのマグカップに紅茶を淹れる指先が、相変わらず綺麗。
「あの……!俺がベッドを二つ、処分しても良いですか?」
「二つ?」
振り返って俺を見る。アキさんの動きと一緒にふわりとまたシャンプーの香りが舞った。
「はい。そんでダブルベット買って、俺の部屋に置きます。その部屋は寝室にして、俺とアキさんは毎日そこで寝れば良いんです。あ、でもそうなると机を置くスペースが無いので、空いた部屋を勉強部屋とし使わせてもらいたいんですけど……」
アキさんはポットとカップを置いて、俺に抱きついた。
「ねぇ……。浮気症なんだよ、俺。わがままも言うし、かなり女々しいよ?」
アキさんは少し震えている。一緒に寝るだけの、キスだけをしたあの日からずっと、俺の中ではこの人だけだっていうのに。
「そんなのもう、知ってますよ。それに、俺言いましたよね。俺はこれから毎日ちゃんと帰って来るし、家のこともちゃんと手伝いやります。だから、もう誰の所も行って欲しくないって。嘘言ったわけじゃなくて、本気なんですよ」
震える肩をそのまま抱きしめて、アキさんの耳元で囁く。
「一緒にいてくれますか?」
小さなピアスがゆっくり揺れた。
「うんっ……」
肩がじんわりと暖かく湿る。アキさんが涙を静かに流して、俺を受け入れてくれた。
頬が熱くなる。鼓動がどくどく速くなる。アキさんは俺の首に腕を回すと、涙浮かべながら、ふふふと笑った。
「悠平くん、大好き」
「俺もです」
抱き締め合って、隙間のないほど密着して唇を重ねた。
「……は、ぁ」
数センチ、いや数ミリ離れた隙で息を継ぐが、アキさんの唇にすぐ塞がれ、甘い舌が入り込んでくる。気持ちよくて、離れては絡めて、吸っては絡めて……。鼻から漏れる息がどんどんいけない色に変わり、身体中でこの人が欲しくて堪らなくなる。
「ん……ん、んん」
腰を撫で下ろして、尻を掴むと、アキさんの身体はびくりと震えた。開いた足の隙間に膝を差し入れると、肩がピクンと動く。
「悠平く…ん、キスで勃っちゃったの?」
荒く乱れる呼吸を整えながら、アキさんは意地悪くからかう。
「アキさんも、でしょ」
「ふふ、そうだね」
「今日はその……しても、良いかな……」
「こんなにしておいて、しないなんて言わせないからね」
小さく頷き、彼を押し倒した。するりと指で頬を撫でると、擽ったそうに身をよじらせる。
「悠平くんっ」
触ってアキさんを愉しんでいると、急に頭の芯がとろけるようなキスをされる。舌でたっぷりと甘く蕩かせ、俺の服をどんどん脱がしていく。
「んっ、んんふ」
突き出して、と言われた舌をちゅうちゅうと吸いあげられ、推し包むように唇を塞がれて息もできない。
気づけば二人の衣服はベッドの下に落とされていた。
ベッドとアキさんの背中の隙間に片手を滑り込ませ、腰を逸らした背中を辿り、足の付け根、太腿の裏を撫で下ろす。片足を折り曲げ、抱え上げると、アキさんは顔を真っ赤にした。
「ね……あたって、る」
「……あててます」
むき出しになったアキさんのものに、自分の腰が重なって、こすれ合って背中までびりびりと刺激が走る。
「これ、使って」
アキさんは腕を伸ばし、いつだかゴムを出した引き出しからローションとゴムを取り出した。
受け取ったローションを手に取って、ぬめりをまとった指でアキさんはあの場所をなぞる。ゆるゆるとなぞり、強張った窄まりを開いていく。
「う、あっん」
解けてきた後孔をぬくぬくとほぐす指はそのまま、唇を首筋にあてがい、胸へとゆっくりと降りていく。空いた手で摘み、尖らせられた方とは反対の触られていない方は舌で舐めあげた。
「んんんんっ!」
アキさんの身体が震えあがる。あ、あ、と息が漏れた。乳首を吸えば腰が動き、摘めばピクンと肩が揺れる。
「ね、ゆうへ…くんっ……も、やぁっ」
嫌だと言われるが、ちゅっと音を立ててまた吸い上げるとビクビクと背中をのけぞらせる。それに合わせて内側を指で何度も擦ると、水音を立てて甘い息を漏らした。
「いれてもいい?」
アキさんの耳元で囁くと、彼は我慢できないと言わんばかりにこくこくと頷いた。
熱く熱を持ったそこに押し当てると、柔らかくなった入り口は俺をどんどんと飲み込んだいく。
「あ、あ、んっはぁっ…!」
「すごい……アキさん、えっちだよ」
締め付けられ、ぞわりと腰の奥から快感が這い上がる。ゆっくりと腰を動かすと、先ほどよりも水音がはっきりと聞こえた。
「あっ、や、やぁっ」
たっぷりと腰を使ってゆっくり、長く強くストロークを繰り返す。ぐちゅ、と卑猥な音が部屋に響いた。
「っやぁ、んぁっ、ん」
一番奥を先端でぐりぐりと抉る。
彼の勃ちっぱなしの性器の先からは先走りの蜜がとろとろと溢れていた。
「アキさんっ……かわいい」
押し上げていたのをやめ、大きく息を吐き出してがっしりとアキさんの腰を掴んだ。そのまま強くのしかかりながら揺さぶりをかける。
「あっ……あ、あ、あ、あっ」
「や、ぁっやばいっ……出そ、う……アキさ、俺っ……出そうっ」
強く中をかきまわすと、アキさんからの締め付けも強くなった。
「まっ、やぁ、だめっ、だめっイっちゃ」
「イって、いいよ、アキさんっ」
強く腰を打ち付けると、アキさんの性器が跳ね上がりだらだらと絶頂を迎えて吐精した。熱さと暑さで顔が火照り、じんわりと汗が伝う。アキさんのだらりと脱力した姿に興奮が冷めない。
「ごめん、アキさん」
そう言い、アキさんの腰をもう一度掴み、出たり入ったりを繰り返した。
「あっ、や、んぁっは、ん、あ」
「アキさん、アキさん、アキさんっ」
内側を抉るように半円を描きながら押し回す。奥が当たり、ぎゅうぎゅうと中で締め付けられ俺ももう寸前まできていた。
「あっあ、あ、あ、あ!」
「い、くっ…!」
アキさんが大きく仰け反り、びくんと跳ねると同時に、内側の奥で膨れ上がっていた欲を思い切り弾けさせた。
気がついたら明け方だった。目を覚ますと、一緒に寝ていたはずのアキさんは居ない。
虚ろな目をこすり、寝る前のことを思い出す。
シャワーを浴びて、そのままアキさんを抱きしめながら眠っていた……はずだ。
ベッドから抜け出し、リビングへ行くと、コーヒーの香りが充満していた。
「あ、起こした?」
「いないから、びっくりして」
そばによって後ろから彼を抱きしめると、腕に頬を擦り寄せられる。
「あんなに啼かせるんだもん……喉乾くよ」
「アキさんが可愛いからつい」
ふふふと笑ってアキさんはコーヒーを一口飲んだ。
「今日は何食べたい?俺、作るよ」
「アキさんの得意料理ならなんでも良いよ。あ、皿は俺が洗います」
「ありがとう」
振り向き様に言うアキさんの額にキスをした。擽ったそうに赤くなった。
「……俺、アキさんが食べたいかも」
「悠平くん、俺より先におじさんみたいにならないで」
ともだちにシェアしよう!