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第3話

「……っ、は、……っ」  冷たい静寂の満ちた地下室に、濡れた音と微かな吐息が妙に大きく響く。リゼロンは壁に鎖と枷で縫い付けられたまま、衣服の前をはだけられ、あられもない姿を晒していた。それを嘲るでもなく、レオーネは淡々と「作業」に勤しんでいる。  エルフにだけ効く、と言われている薬は他ならぬエルフの錬金術師達が、ずっと昔に作ったそうだ。透明でとろみのある液体は、肌に纏わりついて皮膚からエルフの体をじりじりと責めるという。触れられるだけで過敏になるというのだから、粘膜などに塗ると堪らないのだと、薬の売り手はいやらしく笑っていた。  反吐が出る、と思いつつも、この日の為に用意したのだから自分もただの下衆だ、そうする理由が有ったとしても。自虐的に小さく笑ったことを、リゼロンは違う意味に受け取ったらしい。僅かに赤らんだ顔で平静を装いながら呟いた。 「私の子羊は、大きくなって……その名の通り獅子にも似たよい青年に育ったと、思っていたが……っ、人をこうして嬲るような者になったとは、実に、皮肉なことだな……」 「……なんとでも言えばいい。諸悪の根源はお前なんだから」  あの時、リゼロンが一方的に突き放さなければ。それから本当に二度と会えぬよう、霧を深めていなければ。あるいはこうして捕縛されても、素直に事情を打ち明けたなら。こんなことにはなっていないのだ。  そう考えて、レオーネは苦い思いをした。全て言い訳だ。それらを踏まえても、こういう手段に出ることを決めたのは、他ならぬ自分だ。わかっていて、止められないし、認めるわけにはいかなかった。 「……そんなことより、随分息が上がっているようだが」  思考を中断するように声をかける。ゆっくりと、性的なものを感じさせない手付きで胸に媚薬を塗り付けただけだ。まだ何も始まってはいない。しかしリゼロンは確かにふうふうといつもより荒い呼吸をしている。 「そんなに効くのか、これは」  商売人はいつも大袈裟なことを言うものだが、この様子では本当だったのかもしれない。こんなものを粘膜に塗ったりしたら、彼はどうなってしまうのだろう。興味と少しの不安が湧き起こったけれど、すぐにそれを暗い感情が覆い隠した。  これは復讐でもあり、尋問でもあるのだ。悪いのはリゼロンなのだから。彼が言うことを聞けば、こんなことをせずともすんだのだから。 「……っ、全く、ヒトの考えることは、いつも……」  ぽつり、とリゼロンが呟く。いつも何だ、と問うても、唇を噛むばかりで答えてはくれない。どうあっても、何も教えないつもりなのだろうか。眉を寄せて、するりと指を滑らせる。 「……ッ!」  胸の頂に軽く触れただけで、リゼロンの体がぴくりと震えた。レオーネはそしらぬふりをしながら胸を撫で、時折ソレを指で掠める。その度、リゼロンは震えて眉を寄せ、声を殺した。  こんなことをしているが、レオーネは同性とのこうしたことの知識は薄い。勿論、いずれ伴侶を持つ貴人は、それなりの教育を受ける。だがそれはあくまで異性を相手にする為のものだ。同性を相手にするとなれば、レオーネの知っていることは少ない。女性と同じように、ここで性感を得られるのだとも知らなかった。先程までは。 「……っ、ふ、……っ」  するすると、少しずつ指で撫でる頻度を上げると、リゼロンは不自由な身を捩った。逃げようとしているのかもしれない。極力声を殺そうとしている表情に焦りが見えた。頬は紅潮し僅かに汗ばんでいるようにも思える。指で掠めてきたソレは、最初に触れた時よりもツンと尖り、綺麗な桃色を晒していた。  レオーネは無言で媚薬の塗り薬を再び指に馴染ませると、おもむろにその突起を指で包んだ。 「――ッ、ぁ」  びく、と体が跳ねる。濡れた指でソレを優しく摘み離さずにいると、リゼロンがレオーネを見つめた。僅かに潤んだ瞳で何か言いたげだったが、ついに何も言わずに、ぎゅっと目を閉じる。  どうして、何も言ってくれないのか。  怒りにも似た感情がまた沸き起こって、レオーネはくにくにと優しく指の腹でソレを撫でてやる。媚薬を弱い部分に擦り込むように。 「ん、……んんっ、ぅ……!」  耐えるようにリゼロンの手が握り締められ、鎖が鳴る。刺激から逃れようとしているのか、揺れる体を押さえ込んで執拗に撫でた。  摘み上げ先端を撫で、押し潰すようにし、くりくりと転がす。指先で細かく撫で上げ、きゅっと強く摘む。 「く、っ……ぁ、…………っ!」  何をされても、リゼロンの身体は震えて反応を返した。明らかに快感を得ているようで、レオーネは不思議な心地になった。ここがそんなに気持ちいいものなのか、と。  慣れてきたのか反応が落ちる度に薬を塗り足すと、次第に息が上がり、抵抗は大きくなった。殺しきれない声が漏れ、リゼロンは俯いて表情を晒さなくなる。 「ふ、……ぅ、んん、……くうぅ……っ!」  すっかり固くなったソコを執拗に責め続けた。身を捩り続けるせいで鎖はガチャガチャと音を立て、長く滑らかな髪は乱れ始めている。これほど感じているのなら、何かと大変だろうと思いつつ、手を止めない。両手で左右の胸を同時に弄ぶと、「レオ、ネ、」と途切れ途切れに名を呼ばれた。 「なんだ?」  尋ねる間にも手は止めない。くりくりと先端を優しく撫でれば、「ぁ、ぁ……っ」とか細い声を漏らし、また身悶える。口を開けば嬌声でも漏れそうなのか、リゼロンはなかなか次の言葉を紡げなかった。  きゅ、と摘みあげると、小さな悲鳴が溢れる。そのまま指の動きを止めてやれば、のろのろとリゼロンが顔を上げた。  いつもとは違い、切羽詰まった表情を浮かべていた。すっかり瞳は涙で潤んでいるし、どうしようもなく快感に翻弄されているのだろう。そんな姿に、レオーネは暗い興奮を覚えた。  あの、リゼロンが。乱れているのだ。そう思うとゾクゾクする。 「……っ、レオー、ネ……っ」 「どうした? 話す気になったか」 「こ、んなことは、やめるといい……、そなたの為に、ならぬ……」  はぁっ、と熱い吐息を漏らしながら、そう呟く。レオーネは眉を寄せた。何を言っているのか、理解できない。 「やめさせる方法は有るだろう。素直に事情を話せばいい。十二年前に何があり、どうして俺を拒絶したのか。洗いざらい話せば」 「それは、できぬ……」 「なら、仕方ないな」 「……っ、あ!」  ぎゅ、と強めに摘み、軽く引っ張る。少し痛いくらいかもしれない、とは想像するが、エルフにはあまり痛覚が無い。となれば、彼に与えられているのは媚薬に増幅された強い快感のみだ。  リゼロンが仰反る。胸を差し出すようにして、引っ張られるほうに身体を寄せようとしているのだろう。逃げようとしているだけなのだろうが、見ている方からはひどく淫らに感じられた。 「続きをしなくてはいけないな。まだ弱点はいくらでも有る」 「……っ、レオーネ、やめ、やめなさい……こんなことは……っそなたのために、ならぬ……っ」  手を離し、リゼロンの腰に手を動かす。まだ身につけている下着はその奥に隠されたままの性器に押し上げられて、形がわかるほどだ。「無理やりこんなことをされているのに、気持ちいいんだな」と呟けば、リゼロンは「よせ」と力無く首を振った。 「そなたは、純真な、優しい子だ。このようなことに手を染めては、ならぬ、ならぬから……っ、あっ、あ……!」  つつ、と媚薬に濡れた指先が下着越しにそこを撫でた。それだけでリゼロンは腰を揺らす。刺激から逃れようと本能がそうしているのだろうが、加虐者を煽るばかりだ。「よせ」、「やめよ」と繰り返すのに耳を貸さず、するりと下着の中に手を忍び込ませた。 「ひっ……っ!」  リゼロンが悲鳴を上げて、また目を閉じた。直接触れたそれは熱く固さを持っている。濡れているのは何も、レオーネの手のひらに残っていた薬のせいだけでは無いだろう。 「すごいことになってるな……」 「よ、よせ、はなせ、だめだ、レオーネ……っ、んん、んうぅう……っ!」  手のひらで包んでゆっくりとそこを扱き上げる。薬を塗り込むように裏筋や先端を指で擦ると、かたかたと彼の脚が震えた。いよいよ抑えきれなくなった声が艶かしく漏れ、地下室には鎖の揺れる音と、水音、それからリゼロンの熱い嬌声が響く。 「待て、……レオーネ、ならぬ……っ、こ、これ以上は、ならぬぅ……っ」  震える声で制止を求める。レオーネは暗く笑って答えた。 「気持ちいいからやめて欲しいってことか? 何度も言っている。お前が話してくれればこんなこと、すぐにでもやめていい。逆に言えば、話さないなら続きをしなくちゃいけない」 「……っ、は、話せぬ、だから、よすのだ……! こ、こんなことは、そなたのためにならぬから、」 「くどいぞ」 「あっあ、あ!」  くちゅくちゅと音を立てるほど先端を手のひらの腹で撫でてやると、流石に耐えられなかったとみえる。リゼロンが明らかな喘ぎ声を漏らし、その細い腰が震える。ただでさえ敏感なそこを、媚薬などでいじめられるのだからたまらないだろう。  わかっていて、しばらく続けた。リゼロンはレオーネの名を呼び、よせ、と何度も繰り返した後に、「やめてくれ」と泣き出しそうな声を漏らした。  次第に態度が崩れてきている、その確かな感覚にレオーネの心に暗い炎が灯る。  そうだ、泣け、懇願し、詫びろ。そして全てを明かせ。 「これ以上は、だめ……だ……っ!」 「何がダメなんだ? 気持ちいいんだろう、責め苦を与えられているというのに」 「ひっ、ぃ、あ、ならぬ、これ以上は、……っ」  そなたが、穢れてしまうから。  リゼロンが発した言葉の意味を、レオーネは一瞬理解できなかった。少しの間、レオーネは動きを止める。そして彼の言わんとしていることを理解した時、激情が沸き起こった。 「俺が穢れる、だと⁉︎ この期に及んで、俺を心配しているふりなどして何になる!」 「あ、ア! ひ、い、……っ!」  媚薬を塗り足した指で、先端をグリグリと撫でる。キツいぐらいの刺激だろうが、知ったことではなかった。レオーネが穢れるのだとしたら、それは裏切ったリゼロンのせいだ。それを棚に上げて、気遣うようなことを言い出すこのエルフのことが、心底理解できない。  憎い、悔しい、悲しい。そして、それでも尚。 「俺が穢れると言うのなら、今すぐ話してくれ。それができないなら、俺は、俺には」  こうするしかないないんだ。  レオーネはそう言い捨てて、リゼロンに口付けた。

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