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充さんと初めて会ったのは、大学のオープンキャンパスに行った時だった。
高2の、あっつい夏の日。
僕は絵を描くのが好きで、小さな頃から暇さえあれば絵を描いていた。なにかを見ながら描くこともあったし、想像して描く絵もあった。親はそんなに好きなら…って、小学生になる頃に画塾に通わせてくれて、当たり前に芸大を目指すようになった。
第1志望のそこは、途方もなく広い。
どこに行けばいいのか分からなかった。
うろうろしてるうちに、なんか全然関係なさそうなところに来てしまって、暑いし、持ってた水はもう飲み切ってるし、でも売店も自販機もないしで、とにかく日陰でちょっと休もう…ってへたり込んでたら、
「大丈夫ですか?」
そう言って顔を覗き込んでくれたのが充さんだった。
真っ白い、襟が大きく開いたTシャツを着ていて、首から肩がきれいに見えた。それから顔を見た。心配そうな眼差しで、唇が少し開いていた。
「あ、はい、」
「熱中症とかだったら大変だし、保健室行きますか?」
「いや、あの、…あの、」
彼はしゃがんだ。同じ目線になった。
きれいな切れ長の目だし、唇もなんでこんな、目を惹くんだろ?潤ってる、きれいだな
「……あ、」
「あ、起きた!」
顔を覗き込まれてる
「いずみー!さっきの人起きたよーっ」
ばたばた足音がして、それからまたもうひとり
「はああ…よかった、倒れたままだったらどうしようかと思ったー…!大丈夫ですか?痛いとか、気分悪いとか」
きれいな女の人と、さっきのきれいな男の人が並んでこっちを見てる
「大丈夫、です」
「よかった!何学部の方ですか?」
「いや、あの、」
「ここはブヨウカだから絵描く系の棟からだいぶ離れてるし、」
「ぶようか…?」
状況がつかめない
「いずみ、私ちょっと行かなきゃだわ。大丈夫そう?」
「うん、大丈夫」
「また連絡する」
女の人は、男の人の肩を、頭を撫でてそれから行ってしまった。
「水飲みますか?」
差し出されたペットボトルの水を受け取った。
「ありがとうございます」
飲んだら喉がものすごい鳴って恥ずかしい。
「何学部ですか?」
「油画科志望です、」
「しぼう?」
「はい、再来年には」
「え、え?ん?」
「高2です」
「高2!?え!先輩かと思ってた!!」
「なんでですか、」
「背!背ぇめっちゃでかい!」
たしかに僕、背はあるけど…
「あはは、なんだー!へへ、緊張してたー!なんか絵とか彫刻とかそっち系の先輩かなと思ってたから、こんなとこ来ちゃって嫌だったかなとか」
「こんなとこ?」
「この大学、舞踊科できてから間もないんだけど、この場所、絵の専攻の人たちの場所だったみたいで…だから、なんかね」
「なるほど…」
「あ!」
急な大きい声に、体がビクッてなった。
「今日オープンキャンパスだもんね!だから来たんだ?」
「そうです」
「そっかー!迷っちゃうよね、広いから。場所分かりそう?」
「どっちの方に行けば、油画科ですかね…」
「一緒に行ってあげる。俺もちょっとよく分かんないけど、ふたりいりゃなんとかなるでしょ!ねえ、名前はなんて言うの?」
「澤田です」
「下の名前は?」
「透」
「とおる」
にこっ、て笑う顔が眩しかった。思わず見惚れてしまう。本当にきれいだなって思って
「よし、行こう!」
その人は自分の名前は名乗らなくて、でもなんとなく聞きそびれてしまった。
いろんな話をしてるうちに、もうなんていうかすごく親しげな感じに思えてきた。なのに、名前は分からない。
「あ、いずみー」
お友達と思しき人が話しかけてくる。
「おー」
「こんなとこでなにしてんの?」
「油画科行きたくてさー。こっちで合ってる?」
「いや向こうじゃん?」
「げ、そっか!やってしまったー…ごめんね、透」
急に名前を呼ばれて、そわそわしてしまった。
くすくす笑って、背中をさすられる。
「あっち行ってみよっか。教えてくれてありがとね、じゃあね」
「はいよお疲れー」
またふたりになる。
「今の服飾科の友達なんだー」
「どうりでおしゃれだと思った……あの、」
「ん?」
「いずみさん、って言うんですね、名前、」
「あれ、俺名乗ってなかった?」
「はい、すみません、聞けばいいのに」
「いやいや、ごめんね。名乗りもせず怪しいよね俺!いずみです。いずみみちる」
「あー、」
苗字だったんだ、
「はは、泉は苗字」
ますます親しげになって、あと、こんなの初めて感じるなって思うような、なんていうか、抱きしめたくなるような、なんでそんなこと思うんだろう?泉さんは男の人なのに、どうしてこんなふうに思ってしまうんだろう?
つんとした鼻先、柔らかそうな唇、目には少し前髪がかかって、だから瞳を探したくて魅入ってしまう。
舞踊科だからか体の線も細くて、でも細いだけじゃない。美しい。
「もし僕が合格したら、泉さんの絵を描かせてくれませんか?」
「えー!俺の?」
「はい」
泉さんは立ち止まって僕を見て、にこっと笑う。
「絶対合格してきて!待ってるから」
やばい、本当に好きだ
合格すべく死に物狂いで勉強したし、絵を描いた。すべては充さんにまた会うためだった。
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