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第10話

(何なんだ、この状況……) 何故湊は強引に肇を連れてきたのだろう? 肇は仏頂面のまま、席に座っている。 四人の注文が揃った頃、純一がニコニコしながら言った。 「小木曽くんも漫画好きだったんだなー」 「みたいだね。純一と話が合うと思って」 (コイツが純一か……) 純一と呼ばれた男は、肇と似たような背格好をしている方だった。肇と同じく童顔で、歯を見せて笑う姿は人懐こい印象がある。 しかし、この人から肇のコスプレ写真が湊に知れる事になったのだ。まだ本人とはバレていないけれど、人知れず、肇は純一を睨む。 (それに……) 肇は純一の隣に座る、黒い服を着た方を見た。 黒髪を無造作風にしている彼は、切れ長の目をしているけれど、よく見ると整った顔をしている。肇の前では話している所を見ていないので、無口な奴だな、とその黒い服に目線がいった。 (なんか……縫製がめちゃくちゃ綺麗な服だな。普通の既製品に見えない) 肩の辺りや首周りを見ても、彼の体型にピッタリ合っている。 (どう見てもこの人の為に作った服だな……) 趣味とはいえ、ここまでピッタリの服を見れば、良い物だと素人でも分かる。肇は気になったけれど、コスプレ衣装ではないので、スルーする事にした。 「……どうした?」 じっと見ていた事に気付いたのだろう、黒服の方が口を開く。落ち着いた声は、逆に肇の緊張を高めた。 「別に」 「何、司? 小木曽くんがどうしたの?」 湊が聞く。どうやら黒い服の方は司と言うらしい。しかし、肇は何でも良いから、この空間から早く逃げ出したかった。 「……いや。湊が強引に連れて来て悪かったな」 それを聞いて、肇はドキッとする。司にそう言われたのは意外だったけど、心の中を読まれたようで、ますます居心地が悪くなった。 「そうだよ湊。珍しいな、お前がそこまで強引にするなんて」 純一がため息をついている。 「うん。俺は小木曽くんと仲良くなりたいのに、なかなかお喋りもしてくれないから」 「……」 肇はそっぽを向いた。この人らの会話を聞いていても、肇はなんのメリットもない。いるだけ無駄なのに、何故湊は連れてきたのか。 「でも、小木曽は歓迎しているようには見えないが?」 肇は心の中で「その通りだよ!」と叫ぶ。どうやら司は肇の味方のようだ。 「ま、まあまあ! 小木曽くん、漫画が好きなら俺と話そうよ、何が好きなの?」 「……基本何でも読む」 ある意味、自分がコスプレしたいと思うキャラを探すように漫画を読んでいる所があるので、ジャンルは問わない。もちろん、漫画が好きという前提はあるけれど。 湊の質問には答える気はないが、純一ならぽつりぽつりと答える。その様子に、湊はまた苦笑した。 「やっぱり俺、嫌われてる? その割にはバイト中は視線を感じるんだけど」 「ヘラヘラ笑ってて気持ち悪いから嫌いだね。バイト中は、トラブルが起きないように見張れって店長に言われてるから」 「店長に? ……そっか」 何故か少しテンションが下がったように見えた湊。すると、純一が吹き出して笑った。 「女の子がキャーキャー騒ぐ湊の笑顔を、ヘラヘラして気持ち悪いとか、スゲーなお前」 笑う純一の隣で、司は「なるほどな」と呟いた。何がなるほどなのか、肇は気になるけれど、掘り下げたらいけないような気がする。 「あ、女の子が騒ぐで思い出したけど、小木曽くん、コスプレとか興味ある?」 「えっ?」 (いや待て、その話題はやめろ) 思わず聞き返した肇は、嫌な汗が出てくるのを感じた。 「いま俺、ハマってるレイヤーさんがいるんだけど、これがまた結構人気な人でさ」 そう言って、純一はスマホを取り出す。肇は今すぐ逃げ出したい気持ちだったが、これで逃げたら怪しまれるかも、と深読みしてしまい動けない。 ほらコレ、とSNSの画像を見せてくれたのは、間違いなくロンギヌスのアカウントだった。 「男みたいなんだけど、女性キャラもやるんだよね。コレとか可愛くない? 男性キャラもめちゃくちゃカッコイイし」 (ちょっと待て、この羞恥プレイは何でしょう……) 肇は思わず頭の中の思考が丁寧語になる。乾いた笑いを上げると、そんなに興味ないか? と純一は残念そうだ。 「あ、これとか禁断の愛って感じがするよなー。ここまでやれるの、俺尊敬する」 肇は内心叫んだ。怜也と撮ったBL作品のキャラが出てきたからだ。レイヤー同士で見るならともかく、初対面に近い人に感想を言われるのは恥ずかし過ぎる。 「え、コレ……」 湊が反応した。 (やばい、怜也さんの顔は割と素だから、多賀は分かるかも!) 湊は素の怜也を見ている。肇と話していたから覚えているかもしれない。 「……その辺にしといてやれ、純一。湊も」 「俺も?」 ストップをかけたのは意外にも司だった。しかし、どういう事? という顔の二人だ。 「確かに、この人の顔どこかで見た事あるなーって思ったけど……」 そう言って、湊は怜也を指差す。そして、何かに気付いて、バッと肇を見た。 「え、司、分かってた? いつ?」 純一が司に聞いている。司は目を伏せ、この席に着いた時くらい、と答えていた。ほぼ最初からだ。彼は肇がコスプレ趣味を隠したがっていることすら見越して、強引に連れて来て悪かったなと言っていたらしい。 完全にバレてしまい、肇は身体がこれ以上ないくらい熱くなる。 「お、オレ! 用事! 思い出した!」 肇はいたたまれなくなり、席を立ってダッシュで店を出たのだった。

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