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第12話
肇がバイト先に着くと、これまでに見たことがないくらい、店は混雑していた。店長がホールと厨房を行き来してしのいでいるけれど、間に合っていない。
急いで着替えて厨房に行く。これで一人いないのは大きい。
厨房に入ると、店長がありがとう、と言って早速オーダーを言ってくる。肇はすぐに調理に取り掛かった。
(ってか、ホールは人、足りてんのか?)
手を動かしながら、肇はホールの様子をうかがう。湊が休む間もなく動いているし、他のスタッフもキビキビしている。
(単純に人が多いだけか)
肇はそれなら、と人が早く捌 けるよう、ホールスタッフに気付いた事を伝えていく。
「多賀、八番さんもう帰りそうだから。あと十一番片付け遅れてる」
「ああ、うん、ありがとう」
湊目当ての客じゃないならば、捌 けるのは早い。肇も時々テーブルの上を片付けにホールへ出たりして、何とかピークを乗り切った。
「ホントお局様 ……重箱の隅をつつくみたいね。オツカレサマデシター」
女性スタッフが、仕事終わりにボソリと呟いて上がっていく。肇はムッとしたけれど、調理中だったのでスルーした。
(だったら言われないように仕事しろよ)
心の中で悪態をつくと、できた料理をスタッフに渡していく。仕事をする上では歳は関係ないと思っているので、言うことは言うぞ、と開き直った。
「小木曽くん……」
呼ばれて見ると、湊がそばにいた。フライパンを動かしながら返事をする。
「何だ、お前も嫌味言いに来たのか?」
「嫌味? 違うよ、助かったってお礼を言いに来たんだ。よく厨房にいながらホールも見れるなぁって思ったから」
それと、と湊は続ける。
「この間来てた友達? 来てるよ。眼鏡の人」
え? と思って、肇はホールを見る。肇の視線に気付いたらしい亮介は、軽く手を振っていた。
そういえば、今日会うはずだったのだ。連絡した後返信は見ていなかったので、来るとは思っていなかった。
肇は店が空いている事を確認して、亮介の元へ行く。
「やぁ。早く切り上げるっていうからここに来てみたけど、当たりだったな」
「どうしたんです? 怜也さんは今日は非参加だから、亮介さんも適当に来て適当に帰るかと思ってました」
肇がそう言うと、亮介は野暮なこと言うなよ、と笑った。
「怜也から、肇の方が泣きそうな顔してたから、心配だって聞いたんだよ。俺だってお前に会いたかったし」
すると、おっと、と言って亮介は肇の後ろを見る。肇が振り返ると、湊が料理を持ってきていた。
「小木曽くん、まだ一応仕事中だよ」
「分かってるよ……亮介さん、もう上がりなので待ってて貰えますか?」
「もちろん、そのつもりだ」
肇はロッカー室に行く。未成年が働ける時間は終わりなので、湊も上がりなのだが。
案の定、湊は肇のピッタリ後を付いてきた。
「あの人は、写真にはいなかったよね?」
何故か湊の声がやや冷たい。
「その話はここではするな」
「あの人と話するの?」
そんな事、お前には関係ないじゃないか、と肇は湊を睨む。湊は思いのほか真剣な顔をしていた。
「……この前あの人と一緒に来てた人、告白してたよね?」
「……っ、おま、聞いてたのかよ、趣味悪い」
胃がムカムカする。肇はコック服を脱いだ。何で湊にそんな事を言われないといけないのだ。
「今回も告白?」
「はぁ? 知らねぇよ。お前には関係ない」
肇がそう言ってカバンを背負おうとした時だった。急に視界が回って、背中をロッカーに打ち付ける。
「……っ、てぇ……何す……っ」
肇の両肩をロッカーに押し付けた湊を睨もうと、声を上げかけた。しかし、見えた湊の表情に、言葉が出なくなる。
(何で……そんな苦しそうな顔をしてんだよ……)
湊は何か言いたそうに口を開くが、ギュッと唇を噛んで顔を下に向けた。彼の艶のいい茶髪しか見えず、どうしたら良いか分からなくなっていると、ごめん、と湊が離れる。
「ったく、何なんだよ……」
そう愚痴って、肇はカバンを持って店を出た。
肇は亮介を探すと、店の入口付近にいたので駆け寄る。
「すみません、お待たせしました」
おー、と亮介は笑う。私服姿はいつも良いね、と言うものの、写真は取られなかったので安心した。
「さっきも言ったけど、怜也が心配してたから様子を見に来た。……イケメンくんと何かあった?」
何故か湊の事を聞かれ、どうして彼が出てくるのか、と肇は不機嫌になる。
「アイツは関係ないです。……怜也さんに、心配掛けてすみませんと伝えてください」
肇はそう言うと、亮介は「自覚ないのか」と呟いている。
自覚もなにも、肇にとって湊はイライラさせられて嫌いな人だし、それを何故亮介に説明しなきゃいけないのか、とそれにもイラつく。
「あのですね亮介さん……人の気持ちを勝手に決めつけないでくれませんか?」
「肇……お前、本当はそっちが素だろ」
イライラを隠さずに肇は言うと、亮介にそう指摘される。肇は顔が熱くなるのを感じた。
「コスプレ仲間といる時の人懐こい肇は、こっちでそうできない反動かな? 真っ直ぐで、言いたい事言うから敵も多い」
肇は亮介の顔が見れなくなった。自分でも気付いていなかった事を言い当てられ、唇を噛む。
「怜也に夢見がちって言ったのはそこなんだけどな……イケメンくんにキツくあたる肇を見ても、気持ちは変わらなかったみたいだし」
「何が……言いたいんですか」
肇は亮介の目的が分からず、警戒する。
「いや? ただ単に肇を分析してるだけ。……そんなに警戒するなよ。俺の悪い癖だ」
亮介は両手を挙げて降参のポーズをした。何故亮介が降参なのか、意味がわからない。
「よく気がついて優しいのに、コミュ力無いからキツい言い方しかできない。不器用な肇が、俺は気に入ってるんだ。嫌な気分にさせたい訳じゃない」
悪かった、と言われ、肇は渋々頷く。理屈っぽい彼は、考え始めると止まらなくなるようだ。
「……駅まで送りますよ。歩きながら話しましょう」
肇はそう言うと、亮介は分かった、と二人で歩き出す。湊に会話を聞かれた事もあり、そうした方が良いと思った。
「……気持ちに応えられなくて申し訳なくなっちゃったんです」
肇は主語も無しに話しだす。亮介はそれでも理解したようで、それは仕方が無いよな、と頷く。
「怜也さんは優しいから、その場でもそう言ってくれましたけど。今日も、同じような感じになって……断ったら泣かれてしまいました。本人は大丈夫って言ってたけど、無理してるの見え見えで……」
「……なるほど。だから早く引き上げたのか」
肇は頷く。しかし、亮介は次にはニヤリと笑った。
「モテモテだな」
「からかわないで下さいよ……」
素直に気持ちは嬉しいと思う。けれど、付き合っても盛り上がらない気持ちのままなのが分かるので、断った。どうしようもないけど、心苦しいと肇は言う。
「オレ、人を好きになるとかよく分からなくて。断るのがこんなに苦しいのに、アイツはそういう経験いっぱいしているのかなって思ったんです」
「アイツ?」
亮介さんがイケメンくんと呼んでるアイツですよ、と肇は苦笑した。もうここまできたら恥はかき捨てだ、全部話してしまおう。
「でもアイツの事だから、きっとヘラヘラ笑いながら断るのかなって思ったら、ムカついて」
感情と言動が直結している肇にとって、湊は真逆だ。面白くもないのにいつもニコニコしていて、時折無理していると思うこともある。だからイライラするのだ。
「だから嫌いなんですけど……」
けれど、先程の湊の態度が気になる。肇はその事も亮介に話した。
すると、亮介は珍しく考える素振りをする。
「肇、それイケメンくんの事、気にしてるって事じゃないか?」
「……やっぱりそう思います?」
今日ふと辿り着いた答えに、亮介も辿り着く。という事はやはりどこかで、肇は湊の事を気にしているのだろう。
「うん。お前らは似たもの同士だと思うよ」
「は? 俺も多賀も、全然性格違いますよ?」
肇はそう言うと、そうじゃなくて、と亮介は笑う。
「不器用なところ、似てると思う。肇は直球過ぎて損するタイプで、イケメンくんは逆に自分を抑えすぎて損するタイプ」
ああなるほど、と肇は納得した。真逆のタイプだから気になるし、イライラするのだ。
「似てると分かったなら対処もし易いだろ? 同じバイト仲間なんだし、少しだけ歩み寄ってみたら?」
亮介の言葉選びはすごいなと肇は思う。対処、バイト仲間、歩み寄るというワードが、すんなり心に入っていくのが分かったからだ。
「……そう、ですね」
そこまで話したところで駅に着く。夜も深くなる時間だが、繁華街なので人の行き来はまだまだ多い。
それなら、と肇は思う。すると、亮介は肇の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「やっぱり肇は可愛いな。一枚撮らせてよ」
「えー、ここ往来がありますよ?」
そう言いながら、亮介はスマホで肇を撮る。
「じゃ、これは今夜の俺のオカズにするわ」
「は? ちょっと止めて下さいよ、そういう冗談……」
「本気だったらいいか?」
「余計にダメです!」
肇は叫ぶと、亮介は声を上げて笑った。彼は時折この手の冗談を言うけど、どこまで本気なのか、聞くのも怖い。
「大丈夫、横流ししたりしてないし、俺の大事なコレクションだから」
「……あのー、聞くのも怖いんですけど。亮介さん、どこまで本気なんです?」
亮介は真顔で言うので、本気か冗談かの区別がつかない。肇は恐る恐る聞いてみた。
「ん? 俺はいつでも本気だけど?」
ニッコリ笑って言う亮介。肇はその意味を理解し、カッと全身が熱くなった。
「……俺って鈍いですか?」
「そうだな」
この事は、怜也は知っているのだろうか。ふとそんな事を考えると、亮介は手を振った。
「いや、怜也は肇より鈍いから。多分知らないよ……モテる男は辛いねぇ」
「なんか……ホントごめんなさい……」
謝るなって、と亮介はまた頭をポンポンする。亮介は茶化して言うから、振られてダメージを受けているかも分からない。
「ちょっと、触りすぎですよ」
ふと後ろから声がして振り返った。
そこは湊がいた。
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