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第18話

「そのままで良かったのに……着替えちゃったの?」 湊は残念そうに眉を下げた。馬鹿言え、と肇は湊を睨む。 「あの格好のままだったら、注目されまくりだぞ? ただでさえお前は目立つんだから」 「……むしろその方が都合良かったのに」 「何か言ったか?」 肇はボソッと言った湊の言葉が聞き取れず、聞き返すが「何でもない」と言われたのでスルーした。 二人は賑わう廊下を、眺めながら歩いていく。どの生徒も勧誘に必死で、大声で声掛けをしている。 「ってか、文化祭なんだから、それこそ好きな子と見るもんじゃないのか? これを期に告白してみるとか」 興味を引かれるものが無いので、ただ歩くだけになって、間が持たないのでそんな話をしてしまう。 すると、湊の足が止まった。 「湊?」 湊は驚いたような、困ったような顔をしている。口元に手を当て、何かを考えているような素振りだ。 「俺、肇にそういう話、したっけ?」 (しまった……) 湊に好きな子がいると知ったのは、肇が盗み聞きしたからだ。これではそれがバレてしまう。 「い、一般論だよ一般論! こういうイベント事って、そういうの盛り上がるじゃないか」 肇は慌てて取り繕う。湊は何故かホッとしたような顔をして、一般論ね、と呟いた。 「ぶっちゃけどーなんだ? 好きな子いるのか?」 「そういうのは、自分が言ってから聞くものだと思う」 湊はニッコリ笑って言う。それもそうだな、と肇は苦笑した。この間話した状況と変わらないからだ。 「俺は相変わらず。恋愛とかよく分からん」 「そっか……」 湊は相槌を打った。それ以降彼は黙ってしまい、肇は突っ込む。 「おい、お前がオレから言えって言ったから言ったのに、お前は話さないとかどういう事だよ?」 人に話させておいて、自分は言わないのはずるいぞ、と言うと、湊はああごめん、と思い出したように言う。 「好きな子はいるんだけど……今回も厳しそうだなぁ」 湊は眉を下げた。困ったように笑う彼を見て、何故か肇も胸が苦しくなる。 肇は、せめて少しでも上手くいけばいいと、彼に同情した。 「お前は良い奴だし、それが上手く伝わるといいな。初めは嫌いだったけど、今はお前の事応援したいと思うよ」 「……っ」 肇はそう言って湊を見た。すると彼は視線を逸らす。そしていつか見た、何か言いたげな、苦しそうな表情をするのだ。 (そんなにその子の事、好きなんだな) 彼にこんな表情をさせるなんて、一体どういう子なんだろう、と肇は思う。 なんにせよ、テンションが下がってしまったので、申し訳ないと思いつつ歩いていると、湊が口を開く。 「何か……肇、出会った時から変わったよね」 「オレ?」 意外で聞き返すと、湊は頷いた。 「最初はもっとトゲトゲしてた。クラスにも馴染めてるみたいだし、うーん……柔らかくなった?」 「あっそ」 唐突に褒められて、肇は照れて素っ気ない相槌を打つ。 「ちょっと、いつも言いたい事言えって言うくせに、その反応はないんじゃない?」 湊は笑った。肇はオレが恥ずかしくなるような事は、言わなくても良いんだよ、とめちゃくちゃな理論をかざすと、湊はますます声を上げて笑う。 「体育館の方に行ってみる? 有志の催し物やってるし、移動してるより目立たないかも」 「おう」 湊の提案に、肇は同意した。これ以上からかわれなくて良かった、とホッとする。 「肇は音楽とか聞く?」 「あー……アニソンなら聞くけど。その繋がりで知ったバンドとかの曲も」 「そうなんだ」 何だか湊は嬉しそうだ。肇は思い付いたアニメの主題歌を挙げていくけれど、湊はピンと来ないようだった。お前は? と肇は聞くと、湊は答える。 「俺は……ハードコアとか、メタルとか……激しいのが好きかなぁ」 肇は湊の好みが意外過ぎて、思わず彼を見た。湊は笑う。 「意外って顔してる」 「そりゃまぁ……」 でも何だか妙に納得した。彼の内にこもった鬱憤は、そういった音楽を聞く事で解消されているのかな、と肇は思う。 「雑音が気にならなくなるのが、好きな理由かな」 笑顔でそういう事を言う湊に、肇は彼の違う一面を見た気がした。 二人は体育館に着くと、中に入る。バンド演奏で盛り上がっていたはずの客席が、湊の姿を見つけては彼に視線を送るようになってしまう。 「多賀先輩じゃん、かっこいい~」 「ホントだ、やっぱイケメンだよねー」 「ねぇ、隣にいる人は誰?」 女子たちがそう騒ぐのに対して、湊はいつも通り笑顔で手を振っている。その度に黄色い声が上がるから、ますます注目を浴びるという悪循環だ。 「多賀くんの隣にいる子、可愛いけど誰なんだろ? 一年生?」 しかも何故か肇まで注目されている。これはここに来たの、失敗だったかなと肇は慌てた。 すると、曲が終わった。ボーカルがマイクを持ち直すと、ビシッと湊を指差す。 『おい多賀! お前客の視線を持ってくんじゃねぇ!』 すると、ドッと客席が沸いた。 「あ、見つかっちゃった」 湊は笑顔でそう言った。いや、今更だろ、と肇は突っ込むと、ボーカルは更に湊に向かって言う。 『多賀、こっち来い。壇上来い』 「えー……」 湊は眉を下げて困ったように笑う。どうするんだ? と肇が聞くと、とりあえず行ってみるよ、待っててと歩き出した。 湊は軽い足取りで壇上に上がると、客席がザワつく。 『今から多賀に、ピアノを演奏してもらいます』 ボーカルが、壇上にあったピアノを指した。湊は動じた様子も無く、ピアノ椅子に座る。 (え、どうするつもりだよ湊) 肇は何故か緊張して、キュッとこぶしを握った。まさかいきなり演奏するんじゃないだろうな、と見守る。 湊は鍵盤に指を置くと、一呼吸置いて音を奏でる。 (うわ……っ) 肇は一瞬で、その音に惹き込まれた。 綺麗だけれど、物悲しいメロディーは、肇の胸をギュッと締め付ける。 (聞いた事ある……戦場のメリークリスマスだ) ワンフレーズ弾いたところで、ギターとベースとドラムが入ってくる。テンポも上がり、わぁっと客席が沸いた。 「やばい、多賀くんめっちゃかっこいい!」 近くにいた女子が騒いでいる。肇も同意見だ、と彼から視線を外せなかった。 ピアノも弾けるとか、どれだけチートだよ、と肇は思うけれど、器用な彼は、どれにも情熱を注いでいるようには見えない。 彼が本当に望んでいる事とは、一体何なのだろう? 肇は知りたいと思った。 曲が終わると、湊はバンドメンバーとハイタッチをして壇上から降りてくる。 「お前、ピアノも弾けるとかどれだけチートだよ」 しかも飛び入り参加で、と肇は言うと、湊は苦笑した。 「いや、前に遊びで合わせた事があったから。全くのアドリブではないよ」 それでも、練習も無しにあれだけ弾けるのはすごい、と肇は言う。 「あはは、いや……あんまり褒められると……」 「何だよ、立派な特技だろ?」 肇は言いながら、湊の様子がいつもと違う事に気付く。視線が合わないし、笑ってはいるけど、薄暗い中でも耳が赤くなっていくのが分かった。 (もしかして、コイツ照れてる?) あれだけ人に注目されても動じないのに、何故いま照れる、と肇まで恥ずかしくなってきた。 「何で照れてるんだよっ、こっちまで恥ずかしくなるだろっ」 「ごめん、何か……肇の言葉が刺さったから……」 そう言って二人で照れていると、何だこの状況、と肇は歩き出す。 「あ、待ってよ」 湊が付いてくる。 二人は体育館を出ると、湊のクラスでお好み焼きを買い、二人でシェアして食べた。 肇は、友達とこうやって回るイベント事は初めてだったので、悪くないな、と思う。 (ただ、行く先々で湊が注目されなければな) 隣でヘラヘラ笑う湊を、やっぱりイラッとしながら見る肇だった。

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