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第20話

「湊」 肇はショッピングモールで、スマホを見て待っていた湊に声を掛けた。 先日約束した映画鑑賞の日、湊はシンプルなTシャツにダメージジーンズを着て来ていた。それでもやはり目立っていて、女性の視線を受けているが本人は気にしていないようだ。 「よくあの状態で平然といられるな」 肇はそう言うと、めんどくさいタイプの視線は避けるけどね、と笑う。 「もう長袖の季節かー。早いよね」 薄手の長袖で丁度いい気候になり、秋が来たなぁと肇も呟いた。 今日観る映画は人気マンガを実写映画化したものだ。湊が提案したのだけれど、どう考えても肇に合わせてくれたとしか思えない。 「観たいの無いのか? オレに合わせなくても良いんだぞ?」 肇はそう言うと、湊は特に無いよ、と微笑む。肇は湊が嘘をついていないかじっと見るが、彼は首を傾げただけだ。どうやら本当の事らしい。 二人は映画館に入ると、目的の映画のチケットを買う。上映時刻はもうすぐなので、すぐにシアターに向かった。 席に座ると、すぐに客電が落ちて、予告編が始まる。 映画は少年漫画原作らしい、友情と戦闘を主に描いた作品だ。主人公は大切にしていた友達をある日突然奪われ、復讐を名目に黒幕を探していく。 (途中で友達が生きてるって分かって、再会できた時は泣けるよな) 実際肇は、そのシーンで涙を堪えて見ていた。 (やばい、泣いたら絶対湊に何か言われる) その後の戦闘シーンも圧巻で、俳優さんもよくこれだけ動けるな、と感動した程だ。そして最後は友達と二人で力を合わせて、黒幕を倒し、大円団となる。 肇はエンドロールまでしっかり観て、客電が点いた所で、大きく息を吐いた。 「……」 肇は無言で立ち上がり、シアターを出る。湊は何も言わずに付いてきた。 「肇、お昼ご飯食べがてら、映画の感想話さない?」 ショッピングモールに戻ってきた所で、湊が提案する。肇はまだ上の空で返事をし、飲食店エリアのファミレスに入った。 「面白かったね。原作ファンとしてはどうだったの?」 注文が来た頃に、湊が話を振ってくる。 「あ、ああ……原作ファンから見ても、なかなかのできだったと思う」 「そうなんだ。俺、友達と主人公が再会した時、泣きそうになっちゃった」 湊がそう言うのを聞いて、自分だけじゃなかった、と思うと同時に、自分も泣きそうになっていた事は話したくないので、何とか誤魔化そうとした。 「な、泣く程じゃなかったけどなっ。俺はエピソード知ってる訳だし? こういう演出できたかーって思ってたよ」 「……そっか」 湊はそれだけ言って、肇を優しい目で見つめてくる。 「な、何だよ……」 「ううん?」 肇はいたたまれなくなって目を泳がせた。もしかして、これはバレてるのでは? と思うけれど、墓穴を掘りたくないので何も言えない。 それでも湊はまだ、肇を見てくる。 「何もかも見透かしたような目で見るんじゃないっ」 耐えられなくなって言うと、湊は声を上げて笑った。 「何動揺してるの?」 「お前が見つめてくるからだっ」 もう、と肇は熱くなった頬を覚ますようにジュースを口にする。 今日の湊はずっと機嫌が良さそうで、あの貼り付けたような笑顔は一度も見ていない。 (ま、アレをオレに対してやるようなら、速攻帰ってやるけどな) そう思って、注文したパスタを食べた。 二人はお昼ご飯を食べ終わると、そのままショッピングモールを回ることにする。ファミレスを出て、お互いの見たい店に寄って行った。 途中、CDショップに行くと、肇は湊が文化祭でやった曲のアーティストを教えてもらう。面白いアレンジだったので、もう一度聞いてみたいと思ったのだ。 「え、本当に買うの?」 CDをレジに持っていこうとすると、湊は驚いていた。基本アニソン中心だけれど、音楽に関しては雑食な肇は、気に入ったから、と構わず会計を済ます。 「さ、次はどこに行く?」 CDショップを出て肇が湊を振り返った。その後ろで、五歳くらいの男の子が、派手に転んだのを見る。 肇は反射的に男の子へ駆け寄った。 「大丈夫か?」 男の子は転んで痛かったのか、泣き出してしまう。その後ろで、父親らしき人が追いかけて来ていた。 「痛いよーっ」 「よしよし、痛かったな。立てるか?」 肇は男の子を立たせると、怪我は無いか確かめる。 「すみません……走るなって言ったでしょう?」 父親らしき人は男の子に駆け寄ると、男の子を抱っこした。すると、泣いていた男の子はスっと泣き止む。 「お、さすがだな。もう転ぶんじゃないぞ」 このくらいの歳の子は可愛いな、と思って肇は笑うと、親子と手を振って別れた。 「さ、気を取り直して。次どこ行く?」 「……肇、子供好きなの?」 今のを見てそう思ったらしい、湊がそんな事を聞いてくる。 「ん? 好きって言うか……目の前で転ばれたら助けるだろ。でも、可愛いとも思う」 肇は放っておけないだけなのだ。バイト先でのお局様ポジションといい、世話焼きなのかもしれない。 「そうなんだ。……そういう所も、やっぱ好きだなぁ」 何が? と湊を見ると、彼は微笑んで肇を見ていた。 「俺は肇が好きだよ。恋愛って意味で」 「……」 肇の脳は慌ただしく動き出す。 (ん? 好きって? 恋愛って意味でって、どういう事だ?) あまりにも唐突で、あまりにもサラッと言われて、肇は言葉の意味を理解する事ができない。理解できないのに、何故か心臓が高鳴り、身体が熱くなっていくのだ。 「え、あ……、その……」 胸が苦しくて痛い。心臓が口から飛び出そうで、落ち着け、と肇は自分に言い聞かせる。 「あ、ごめん……このタイミングで言うつもりなかったのに、つい……」 湊が口元を抑えた。彼の耳が赤くなっていて、照れていることが分かる。けれど、肇の照れは湊の比ではなかった。 湊は苦笑しながら、肇に大ダメージを負わせる言葉を言う。 「だから、付き合ってくれない?」 「……っ!」 肇は、何故さっきから言葉が出てこないんだ、とパニックになった。とりあえず、何でも良いからこのうるさい心臓を静かにさせたい。 「あ、や、……またな! 湊!」 肇は何とかそれだけ言うと、一目散に駆け出した。呼び止める声がしたけれど、今は湊の声ですら心臓が忙しく動き始めるので、逃げるしかない。 散々走って家に帰ってくると、自室に籠る。ごちゃごちゃした布やウイッグを雑に避けて、ベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。 「……っ」 何で? どうして? 湊の好きな子って、オレだったのか、とまだうるさい心臓の音を聞きながら考える。 すると、スマホが震えた。通話着信で、相手は湊だ。逃げるように帰ってきたから、当然だろう。けれど、今の肇には話をする余裕はない。 「……うー……」 肇は唸る。他の人に告白された時は、こんな風にならなかった。何故今回は、しかも返事をしないまま逃げてしまったのだろう? またスマホが震える。家に帰る前からも、湊からの着信がひっきりなしにあった。そろそろ出ないとダメだろうか? いや、まだ心の準備ができていない。 顔が熱い。肇は起き上がると、スマホを取り、湊へメッセージを送る。 『なに?』 メッセージなら何とか送れた。でも必要最低限だ。 『会いたい。ちゃんと話、させて?』 湊からの会いたいというメッセージに、また心臓が跳ねる。肇はそろそろと息を吐き出すと、緊張で震える指で返信を送った。 『無理』 それだけ送ったら後は無視だ。そう思ったら段々落ち着いてきた。 「あー……明日からどうするよ? 考えたくねぇな」 湊に会わずに返事を考えたいが、バイトも入っているのでそうもいかない。 湊の事は好きだ。けれどそれは友達としてであって、恋愛ではないと思う。でも、他の誰よりも彼の存在は大きくて、いっそ付き合ってみたら分かるのかな、と考えた。 (いや……好きでもないのに付き合うのは、多分湊が一番嫌いな行為だ) だからこそ、湊は告白されたら丁寧に断っている。自分の気持ちが盛り上がらなかったら、相手を傷付けてしまうから。 優しくて、相手を気遣うからこそ話さない事がある。彼が不器用だと亮介が言った意味が分かった。 「ああもう、無理。頭パンクしそう……」 やっぱり、自分が湊の気持ちに応えられない、というところに落ち着いてしまう。この答えを伝えたら、彼は一体どんな顔をするのだろう? 想像したくない。 「とりあえず、今日は考えるの止めて、早く寝よ……」 肇はそう呟いて、意味もなくスマホをいじった。

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